14話 うわっ、人型のゴーレムが襲ってきたよっ
長い机――ベルトコンベアに乗っていた魔動機を、工場の奥まで一通り回収してから、僕たちは工場棟の入り口に向かって、残りの魔動機を回収しながら歩いていた。
工場は長い間放置されていたせいか、金属以外の部品はほとんどが劣化して朽ち落ちていた。軽く息を吹きかけるだけで、細かい埃が風に乗って飛んでいった。
どうも研究棟と違って、工場棟には保存の魔術がかけられていないようで、工場設備の配管でさえ、金属部分以外の部品は軒並み崩れている。
例えばこの工場を再利用するつもりでいたとしたら、かなりの改修が必要だろうってアンジェリーナがぼやいていた。
使える工具は拾いながら――なんだけどね。
「それでもわたし達、魔道機械整備士は、ここからこの魔動機が動くようになるまで修復するんだけどね」
レイジのリュックサックに吸い込まれていく魔動機を、アンジェリーナが嬉しそうに眺めている。
本当に機械が好きなんだなって、改めて思う。
レイジの話によると、このアンジェリーナの魔動機好きは、僕が産まれても全然変わらなかったみたい。
物思いついた頃から、側にアンジェリーナがいた記憶がないんだよね。
レイジが探索に出かけていて、家に僕とアンジェリーナが二人でいるはずなのに、食事の時以外に顔を見たことがなかった。僕が早いうちから、一人で本とか読んでいて、手がかからなかったのも原因の一つだったのかも知れないけれど。
アンジェリーナは僕を放っておいて、大抵がガレージにいて車とかをいじっていたみたいなんだよね。
黒髪黒目とはいえ、エルフが作業着を着て機械いじりをしている姿は、何だか絵になるって、レイジが言っていた気がする。
「お母さん、魔動機はみんな金属部分しか残っていないみたいだけど、ここから動くようになるの?」
「大丈夫だよ。魔道機の構造自体は、だいたい共通しているからね。魔動機の内部で魔法を発動させて、その発動させた魔法を回転力に変換するプロセス自体は基本的に一緒なんだよ」
アンジェリーナの瞳がキラリと輝いたような、そんな幻が見えた気がした。
や、やばい。アンジェリーナの魔動機オタクスイッチを入れちゃったみたいだ。少し離れたところで魔動機を回収していたレイジが、ため息と共に首を横に振っているのが見えた。
「例えばこのトミジ式魔動機。これを動かすために使われているのが、水と火なんだよ。水を火で湧かし、蒸気を発生させてその蒸気の力でフィンを回すんだよ。
この構造のいいところは、魔石の魔力消費自体がもの凄く少なくてすむ所なんだ。故トミジ皇国がここを秘匿したかった理由でもあるね」
「う、うん……そうなんだ……」
「製造が終わると完全に密閉されていて、さらに分解不可能な魔動機だったから、今回ここに来て製造中の実物を目にできたことはもの凄いことなんだよ」
視線をレイジに向けて助けを呼ぼうとしたけれど、さっと目を反らされた。自分で油を注いで分かったけれど、アンジェリーナって絶対にエルフじゃ無いよね。
ツリーハウスで自然と共に生きるエルフは、魔動機なんて興味ないって、この間市場のエルフ店員さんが言っていた。
「ちなみに、他にも魔動機を研究製造している国もあるんだけれど、大抵が直接描かれた魔術から発動した魔法で、回転軸を回しているんだよね。
火を噴き出させたり、大量の水を流したり。風を動力にしている魔動機もあったかな。いずれにしても、もの凄く魔石の魔力消費が大きかったんだよ」
ああ、僕の馬鹿。何で余計なこと言っちゃったんだよ。
アンジェリーナの話はラインの突き当たりまで魔動機を回収して、再び真ん中辺りまで戻ってくるまで延々と続いた。
「そういったわけで、多少劣化で部品が無くなっていても、大抵動くようにまではできるかな。
ただ、やっぱり元のエンジンと違うから、本来の出力が得られなかったりするけどね」
「……う、うんわかったよ。ありがとう」
「今回は詳細な設計図が手に入ったから、ここのよりもっとすごいのができる予定だよ」
「……えっ、ほんとうに? 僕、楽しみにしてるね」
言ってから慌てて両手をくちにあてた。
また……余計なこといちゃったかな。
「まかせてよイブキちゃん。絶対に、すっごいのに乗せてあげるからね」
それだけ言うと、レイジの方に駆けていった。
アンジェリーナは僕の母親で、ずっとずっと長く生きているんだけど、まるで子供みたいに目をキラキラとさせて、魔動機のことを話してくれた。そんなアンジェリーナが、すっごく可愛く見えた気がしたよ。
そのうち僕にも、すっごく熱中できる何かが見つかるのかな……。
僕の思いに気がついたのか、顔を向けてきたレイジが優しい顔で頷いてくれた気がした。
組み立て途中の魔動機の全て回収したので、僕たちは外に出るために工場棟の入り口まで来ていた。
入ってきた時と同じように、アンジェリーナがスマートフォンを壁の認証パネルにかざしたところ、今度は一切反応しなかった。
「これはあれだ、ダンジョンコアかダンジョンマスターを探さないと、出られないパターンだな」
「え、なんで? お母さんが持っている、王族の認証キーが効かないの?」
「うん認証しないし、扉が開かないみたいだね……考えてみれば、ここって認証が別なのかも」
「だろうなぁ……」
工場棟に入ってきた扉は、固く閉ざされたままだった。透明なガラスドアの向こう側には、お昼前までいた町が見えている。
「うん、扉もダンジョン壁だから壊すことはできないね」
大剣で扉を切りつけたアンジェリーナが、欠けた剣先を眺めて呟く。
このガラスドアもダンジョン壁扱いみたいで、レイジとアンジェリーナが壊そうとしたんだけど、一切の傷が付かなかった。逆に、二人の剣先の方が負けて欠ける結果になった。
このままだと、外に出ることができないってことだよね。
押しても引いても、さらに横にも動かないから、完全に閉じ込められたようだ。
そういえばダンジョン化した壁はこの世界では最強の物質で、絶対破壊不可能オブジェクトだからすっごく硬いんだよね。いや違うか、硬いというかそもそも壊すことができないんだった。
「えっと、じゃあお父さん。僕たちはここのダンジョンを……攻略しないと駄目ってことなの?」
「まあ大筋はそうなるかな。ただそもそもだ、ここは工場として使用していたから、いくらダンジョン化させてあったからといって、攻略って言うのは少し違うと思うんだよな」
「今は使われていないけれど、ここって普通の人たちが普通に仕事をしていた所なのか。となると本来は、危険とは無縁な場所とも言えるね」
「そういうこと。だから、何を指して攻略とするのか難しいところなんだよ」
「嘘だよね……だって、ここにはもう誰もいないんでしょ? 誰が管理してるの?」
「まあ、奥まで調べるしか無いな」
とりあえず僕たちは、片っ端か部屋を覗いてみることにした。
近い部屋から覗いていくと、こっち側の部屋はほとんどが工具置き場だった。もしかしたら、一家一部屋みたいな感じに部屋が宛がわれていたのかも知れない。
他にも、会議室や食堂だったと思われる大部屋があって、椅子や机が風化していて残った金属がシュールに佇んでいた。
結局、端から端まで見てみたけれど、アンジェリーナに頼まれてレイジが工具を回収しただけだった。
案の定というか、魔獣は一体も出現してこない。
やっぱりここは前提が工場なのかも知れない。
「こうなると、工場のラインを挟んだ反対側を調べてみるしかないのか」
最初に工場棟に入った、開かずの入り口に戻りながら、レイジが難しい顔で呟いた。何だかアンジェリーナも疲れたような顔をしている。
「お父さん、向こう側に行くと何か問題があるの?」
「いや、別になにもないと思うよ」
「えっ? じゃあ何で、そんなに疲れた顔をしているの?」
「あのね、イブキちゃん。そろそろ夕方なんだよね。お腹が空かない?」
「……うん……言われてみれば、そんな気がしてきた……かな?」
指摘されて、けっこう時間が経過していることに気が付いた。
レイジのお腹が、グーッと大きな音を立てた。思わず僕とアンジェリーナは顔を見合わせて笑っていた。
一時間ほど、食事と休憩をしてから、再び生産ラインがある工場内に入って、連絡通路を渡って工場棟の反対側に向かった。
レイジのあとに続いて扉をくぐって、僕は突然レイジに抱きかかえられて横に飛んでいた。頭をレイジの腕にしっかりと抱え込まれて、数回通路を転がってからそっと床に座らされた。
少し離れたところから、ガギンッ、と言う大きな音が聞こえてくる。
「クッ、人型かっ――」
叫んだレイジが細剣を抜きながら駆けていく。
ふらふらする視界で僕が見たのは、人型の大きなゴーレムにアンジェリーナが襲われている光景だった。
抜剣の途中だったのだろう。アンジェリーナは、殴りかかってきたゴーレムの拳を、右肩の上で剣身に滑らせて受け流し、そのまま懐に飛び込んでいった。両手で大剣を持ち直して、回転しながら腕に斬りかかる。
ゴーレムは相当硬いのか、再びガギンッという音と同時に剣が跳ね返された。
アンジェリーナはその跳ね返された勢いを利用して、ゴーレムの腕を蹴って攻撃圏内から離脱した。
ここまでが、僕が見た一瞬の出来事だった。
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