13話 嘘だよね、工場棟がダンジョン化しているよっ
翌朝、窓から差し込む朝日で目が覚めた僕は、ベッドで横になったまま大きく背伸びをした。
そこで違和感に気がついた。
天井が見える。僕知ってるこれ、知らない天井だって言う場面だ。
「あれ、僕いつの間にベッドに戻ったんだろう……」
体にかかっていた布団をどかして起き上がろうとすると、布団が動かなかった。不思議に思って横を見ると、レイジとアンジェリーナが二人とも、ベッドの脇にうつ伏せの状態で寝息を立てていた。
なんで二人がここにいるのかな。
確か夫婦の部屋があってそこで寝ていたはず……待って、違うよ。確か夜に、ナナナシアから電話が来て、レイジとアンジェリーナがこの部屋に来たんだ。それからリビングに移動してみんなで話をしたはずだよ。
でもその後の記憶がない。何だかもやがかかっている。
でも僕がここで寝ているって事は、レイジかアンジェリーナが寝落ちしちゃった僕をベッドまで運んでくれたんじゃないかって思う。
考えてみたら、昨日一日でかなりの距離を歩いたし、僕もかなり疲れていたと思う。
何とか布団を動かして上体だけを起こすと、少しだけ頭痛がした。
そういえば寝ていた時に、何か夢を見ていたような気がするんだけど……はっきりと覚えていないな。何となく大きな何かと戦っていたイメージ程度で、ぜんぜん思い出せない。
手のひらをじっと見つめる。
僕はその夢の中で、誰かを幸せにすることができたのかな……。
軽く息を吐いて、頭を横に振った。まあ、いいか。
夢の内容ぜんぜん覚えていないし、思い出せないんだから考えても仕方ないんだと思う。ただ、もしかしたら僕の魂が、違う世界に転生していて、薄らと覚えている感覚はその時の物なのかも知れない。
「……う、うん……イブキちゃん……」
アンジェリーナが身じろぎした。どうやら目を覚ましたらしい、バッと起き上がると僕の顔をまじまじと見つめた。
そのまま目を大きく見開いて、ぜんぜん動かないんだけど……。
「お、お母さん。おはようございます。その顔は……昨日魂話を切った後に、僕に何かあったのかな……?」
「い……」
「い?」
「イブキちゃああぁんっ!」
アンジェリーナは僕の足下にかかっていた布団をはね飛ばすと、ギュッと僕を抱きしめてきた。隣でベッドの脇に俯せになっていたレイジが、布団に巻き込まれて壁まで吹っ飛んでいった。
「ちょっ、お母さんどうしたの? 何があったのか分からないけれど、僕はいつもの僕だよ」
「イブキちゃんっ! イブキちゃんっ、うわああああん――」
とうとうアンジェリーナは泣き出してしまった。僕の胸に顔を埋めて、泣きじゃくっている。
僕はアンジェリーナのサラサラの黒髪を、優しくなでることしかできなかった。でもいつもと逆の立場になって、何だかドキドキする。
その頃になってやっと、目が覚めたレイジが丸まった布団から脱出してきた。
レイジは立ち上がって僕の顔を見ると、安堵したのかすごく大きく息を吐き出した。
「イブキ、大丈夫なのか?」
「うん何も問題ないよ。教えてお父さん。昨日ナナナシアとの魂話を切った後の記憶が無いんだよ。きっとその時に、お父さんとお母さんのスマートフォンをアップグレードしたはずなんだけど……」
「ああ、これだな。間違いなくアップグレードは終わっている――」
そうしてレイジが昨日の夜、僕の体に起きたことを一つずつ説明してくれた。
レイジから見た客観的な話だったけれど、僕はまるで途中で人格が切り替わるような感じで話をした後、気を失うかのように眠りに落ちた事がわかった。
でもそれだけ。
発狂するわけでも無く、声のトーンと話す言葉の口調が変わっただけで、ちゃんと会話は成り立っていたみたいだし、そのまま僕は眠りに落ちたんだって。
そのときレイジはナナナシアに魂話していて、状態を聞いてくれていたんだって。結果は、問題なし。一晩寝て、朝起きれば普通の状態に戻っているはずだって言ってたみたい。
アップグレード元である僕のスマートフォンが、神器に近い魂樹端末だったから、想定以上に僕の魔力を消費したのが原因じゃないかって言ってたって。
それよりもむしろ、心配で落ち着きがなくなっていたアンジェリーナを宥める方が大変だったらしい。
床に座り込んだまま僕を抱きかかえていて、何とか言い聞かせてこの部屋まで移動させて、僕をベッドに寝かせた――までしか記憶が無いって笑ってた。
そしてナナナシアが言っていたように、僕は違う世界の違う僕に転生して、眠りという短い時間にその『向こうの僕』の一生を終えて、再び僕として目が覚めた。
だから僕は、僕のまま。
この『世界の僕』が『向こうの僕の魂』を持ったまま、再びここに帰ってきた状態かな。
そりゃ確かに、この星における魂の総量が一定ならば、僕が寝るたびに余分な魂を持って帰っていたら、いずれ枠が足りなくなっちゃうよね。
頼むよ、ナナナシア。このエラーを何とかしてよね。
僕には何もできないけど。
しばらく頭をなでていたら、アンジェリーナが安心したのか静かに寝息を立てていた。
レイジが言うには探索自体は、オオエド皇国に頼まれた重要書類は回収済みだから、あとはゆっくりと探索すればいいって。
アンジェリーナを、さっきまで僕が寝ていたベッドに寝かせてもらって、その横で今度は僕がアンジェリーナの起きるのをしばらく待っていた。
たぶん十時ぐらいかな、アンジェリーナ目覚めてまた僕に抱きついてきた。
その時には、いつものアンジェリーナだったよ。
リビングで朝食と昼食を兼用した食事を食べてから、何かあってもいいように武器と鎧をちゃんと装着して、さらに家の中を軽く掃除してから三人で家の外に出た。
準備は万端。
そして僕らは、工場棟に向かった。
工場に入る入り口は、家の裏手側にあった。ショッピングセンターが表って言う前提で裏側なんだけど。
僕たちが近付くと、工場に続く扉が音もなく開いた。
ゆっくりと慎重に扉をくぐって、工場棟の通路に出る。すると後ろで扉がまた、自動的に閉まった。
通路は十メートルほど行った先で壁になっていて、そこから左右に通路が延びていた。両方の通路を眺めるも、思った以上に通路が長く、何となく違和感を感じた。
「ねえお父さん、ここってなんか広すぎない?」
「これはあれだな、工場棟の維持管理にどうもダンジョンが使われている感じだな」
「それって、昨日行った大図書館みたいな感じ?」
「恐らく使い方はそれに近いな。ここは空間が拡張されて居るみたいだ」
「ついでに壁は全てダンジョン壁で、破壊不可能だね。完全に管理統制されている感じかな。でも、ここってダンジョンマスター居るんだよね?」
「それゃ居るだろう。何らかの形で魔力が補充されないと、そもそもダンジョンが維持できないからな」
壁には、等間隔に扉が付いている。
レイジは近くにある扉に手を掛けると、ゆっくりと扉を押し開け……られなかったようで、引き開けた。
「……中はそのまんま工場だな」
「罠とかは、まず無いだろうね。ここだけでも、このダンジョンが計画的に利用されていたことが分かるよ」
扉の先には細長く広い空間が広がっていた。高い天井は透明なアーチ状になっていて、外の自然光が取り込まれている。もっとも、壁自体が光っているので外から取り込んだ光と併せて、中は異様に明るかった。
「うわぁ、すごい。奥の方がまったく見えないよ」
出たところは二階の連絡通路のようで、左右の通路だけでなく反対側にある壁の通路まで、たくさんの連絡通路が延びている。その二階の通路には手すりがあって、そこから下の様子が分かるようになっていた。
僕がつま先立ちで下を覗こうと苦心していると、レイジが脇を抱え上げて下が見えるようにしてくれた。
「見てお父さん、あの机の上にあるのって魔動機?」
「そんな感じだな。作りかけだけれど、あれは車に載っているのと同じ魔道機じゃないかな。ここは生産ラインなんだろう」
「ああっ、あそこ見て。お母さんもう下りて行ってるよ」
ふと見ると、アンジェリーナがエンジンの側まで行って、さっそくあちこち観察を始めているようだ。
僕が顔だけ振り返ると、レイジが苦笑いを浮かべていた。
「アンジェの機械好きは、もう半分病気みたいなもんだからな。あれのせいで、森エルフの集落を飛び出したって昔聞いたよ。
今も昔も、森エルフは森とともに生きているからね。どうやらそれが耐えられなかったみたいなんだ」
「えっ、でもお母さんってエルフなのに黒髪黒目だよね? 森エルフって、確か緑がかった金髪に、目は碧眼じゃなかった?」
「元はな、アンジェも金髪碧眼だったんだ。俺の魔力を回し流したことで、そもそもヘンテコなエルフになっちまったんだよ」
「それって昨日、ナナナシアが言っていたマナエルフ?」
「正解。まあそのおかげで、こうやって今も一緒に居られるんだけどな……」
二人で一番近い階段を下りていると、僕たちに気が付いたアンジェリーナが笑顔で駆け寄ってきた。
「レイジ君レイジ君、全部持って帰るんだよね? これ全部、わたしが研究と開発に使っても大丈夫なんよだね?」
「ああ、全部持って帰ろうな。たぶん大丈夫だ」
「やったっ、約束だよ。これで今まで作れなかった車両がみんな作れるよ。レイジ君もイブキちゃんも、ちゃんと手伝ってね」
上機嫌なアンジェリーナは、踵を返すとスキップしながら奥の方に行ってしまった。
「えっと……お母さん、すごくご機嫌だね」
「はは、アンジェにしたらここは宝の山だからな……」
そう言いながら、レイジは近くにあった魔動機から、さっそくリュックサックの中に収納し始めた。
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