11話 ええっ、また電話が鳴ってるよっ

「お母さん、この先に本当に今夜休めるところがあるの?」

「ここの工場の最終的な構造図は見たから、もう少し行けば分かるよ」

 廊下を進むと、やがて広い空間に出た。

 といっても、まだここは建物の中みたいで、天井はガラス張りの屋根になっていて夜空に星が瞬いていた。今日はまだ月が出ない夜なのかな、夜空の星がキラキラと綺麗だ。


「えっ……ここって、町……?」

 そして僕は目を見張った。

 建物の中のはずなのに、そこには町があった。

 町と言っても大きな規模じゃない。向かって左側に住宅が三十棟ほどあって、右側にショッピングモールと、その奥に学校みたいな建物があるだけ。あとは、目の前の突き当たりに大きめの公園は見える。


 住宅の数から言うと村なんだけど、それに似合わない大きなショッピングモールがあるから、ここは町なんだって思った。

 でも、なんで……?


「さっき、ここの工場は国家機密だって説明したよね。ここの工場で働く人たちは、ここにずっと暮らしていたらしいんだよ。

 ここで産まれてここで働き、そしてここで一生を終える。希に外から住民が補填されたけれど、二度と外に出ることができなかった。完全に閉ざされた場所。

 ここは、それだけトミジ皇国にとって重要な施設だったんだね」

「でも今は、無人みたいだ。もうここには誰もいないんじゃないか?」

「ここは国のために見捨てられた町なんだ」

 思わず見上げたアンジェリーナの顔は、悲痛な面持ちでどこか遠くを見つめているようだった。

 確かに物音一つしない。それどころか生活感が全くない。ただ、地面にも埃とかは一切なくて、綺麗なままの町並みが保たれていた。


 それはあまりにも不自然で、何だかここが違う世界のような気がした。


「それで、ここにいた人たちはどうなったんだ?」

「皇女と天皇に、事の顛末だけ説明を受けたよ。

 全員が同意の下、ここで活動していた間の全ての記憶を消去された。命は失っていなかったけれど、記憶を消されて普通の生活なんてできるわけがないよね。

 避難先の今オオエド皇国のある土地に移住した後、施設に保護された状態で余生をゆっくりと過ごしたらしい」

「でもそれって……」

「そうだね。生きてはいたけれど、もう死んでいたも同然だったって。それは皇族の代を重ねても、戒めとしてずっと言い伝えられてきた話らしいよ」

 僕たちはそのまま、一番近くにあった家の扉を開けた。

 やっぱり中は綺麗なままで、今にも中から誰かがひょっこり顔を出しそうな、そんな空気が漂っていた。


 まだ良かったことが、誰もここで亡くなっていないことだけかな。


 不思議なことに、その家にはキッチンがなかった。それだけじゃなくて、風呂場もないし洗濯をする場所すらもなかった。

 あるのはトイレと洗面台だけ。

 リビングはあったけれど、基本的に睡眠をとるだけの家だった。


 きっと、道の反対側にあるショッピングモールが、生活の全てを担っていたんじゃないかって、そう思った。生活の全ては国から支給されていて、家は本当に休息をとるためだけにあったんじゃないかな。


 ベッドに、念のため生活魔法の浄化をかけて、僕は布団にもぐった。

 レイジとアンジェリーナはちょうど夫婦の部屋があったから、今頃二人で寝ていると思う。

 何だか慌ただしい一日だったけれど、ベッドのお陰で今日はゆっくり寝られそうだった。




「うわああああっ」

 腰元のスマートフォンが突然鳴り出した。

 ベッドに入ってうつらうつらしていた僕は、思いの外大きな音にビックリして飛び起きた。思いっきり、目が覚めちゃったんだけど。

 落ち着いて腰元のスマートフォンをたぐり寄せて、表示されている名前を見るとやっぱりというか、ナナナシアだった。なんだかトラブルの予感がするよ。


「えっと……もしもし?」

『あ、イブキ君だね? 良かった。まだ寝る前かなって思って、慌てて魂話かけたんだけど』

「布団に入って寝かかってたんだけど、僕」

『えっ、ほんとに? ご、ごめん……私っていつもタイミングが悪いのよね……』

 珍しくナナナシアがしおらしく愁傷なことを言うので、たぶん僕は思いっきり変な顔をしていたと思う。

 部屋の外が慌ただしくなって、扉を開けて部屋に飛び込んできたレイジとアンジェリーナが、部屋に入ったところで同時に動きを止めた。二人とも思いっきり目と口を見開いて、失礼だよね。


「……えっと、大丈夫かイブキ?」

「い、イブキちゃん……すっごい顔してるね……」

 もうね、二人に思いっきり心配されちゃった。慌てて近寄ってくると、スマートフォンを耳に当てたままの僕の体を、二人してあちこち触り始めた。


「あのさ、僕今魂話してるんだけど……体はなんともないよ?」

「そ、そうか……それならよかった」

「な、何だ。イブキちゃん、早く言ってよね」

 想定以上に心配されすぎて、結構へこんだ。

 だってさ、いつも滅茶苦茶なことを言うナナナシアが、まともなこと言うんだもん。そりゃあ、僕だって変な顔もするよ。たまたま変な顔の時に部屋に来られただけなんだけど。

 だから、しばらくナナナシアが耳元で話をしていたことに気がつかなかったのも、仕方がないと思うんだ。


『――もしもーし、聞こえてるかな?』

「うん、ごめん何?」

「イブキは誰と電話してるんだ?」

「もしかして昨日の……誰だっけ、思い出せないんだよね……」

『あれれ? その声って、今近くにレイジとアンジェリーナがいるのかな?』

 ちょっとだけ、レイジとアンジェリーナの声に気がついたナナナシアの声が、明るくなったような気がした。

 僕に用事があったんじゃないのかな?


「あ、ごめん。二人とも近くに来たよ」

『おー、それはいいタイミングだね。できれば、イブキ君の魂樹をスピーカーモードに変えてもらってもいいかな?

 できれば、三人一緒にお話がしたいのよ』

「わかった。ちょっと待ってて」

 あまりにも僕がナナナシアと自然に話していたからか、耳から電話を離した途端にアンジェリーナがおでこにおでこをくっつけてきた。


「うん、わたしのイブキちゃんは問題ないみたいだね」

「あの、お母さん? 話が進まなくなるから、お願いだから暴走はしないでね?」

「あ……ええ。わかった……よ?」

 何だか釈然としない顔で、アンジェリーナは首を傾げてきた。

 ともあれ、通話はそのままで一旦部屋を出てリビングまで移動して、テーブルの上に僕のスマートフォンを置いた。そこでやっと、スピーカーモードにするために画面にあるスピーカーアイコンをタップした。

 ちょうど今、椅子に座った三人がテーブルを丸く囲んでいる状態かな。


「いいよ、お待たせナナナシア」

『ありがとうイブキ君。それから、アンジェリーナは昨日振りで、レイジはかなり久しぶりかな?』

「その声は、昨日の自称女神だね?」

「アンジェ、言い方っ! って言うか、俺は話をするのは初めてだと思うんだけどな」

 話を聞いても、レイジはやっぱり首を捻っていた。


『あ、酷いな。最初に魂樹を登録した時に声だけだけど話をしたのよ。まあ、わたしも慣れていなかったから硬い会話しかできなかったけど』

「うん、やっぱり知らん」

『ええ……うそーん……』

 何だかレイジとナナナシアの会話を聞いていて、何だかちょっと安心した。いつものナナナシアだ。まあ、話をするのは二回目か三回目ぐらいだけど、やっぱりちょっとテキトーくらいがナナナシアらしいと思った。


「それで、その自称駄女神が話があるってことだけど、なに?」

「お、お母さん……」

『そう、それよ。それそれ。大事なことだから二回くらい言うよ』

「いや話は一回でいいのよ、できるだけに簡潔にお願い」

「あ、アンジェ……」

 僕とレイジは思わず顔を見合わせていた。

 アンジェリーナがちょっと辛辣すぎる気がする。レイジも気が付いたみたいだけど、力なく首を横に振った。


『分かったわ簡潔に言うね。

 あなた達三人、レイジはマナヒューマン、アンジェリーナはマナエルフ、イブキ君はハーフマナエルフなんだけど――』

「ちょっと待って、うちのイブキちゃんはハーフエルフのはずなんだけど」

『そこなんだけどね、だいたいがレイジが発端なのよ。『蘇り』属性なんてバグ抱えていて、今もそうだけど魂が完全にこの世界に固定されているのよ。

 それからアンジェリーナ。エルフの頭に『マナ』が付くって異常なのよ、ついでに『蘇り』属性持ってるし』

 ぜんぜん話が見えてこないんだけど……。


 蘇り属性は、確か僕も持っていたと思う。

 そういえば自分はエルフなんだって思っていたんだけど、僕ってハーフエルフだったんだ。知らなかった。

 ついでに、ハーフマナエルフだって判明しちゃったし。


 そもそも、ハーフマナエルフって何なのさ?

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