10話 ここかぁ、目的の工場に着いたよっ
辺りがオレンジ色に染まる頃、木々隙間から徐々に大きな建物が見えてきた。
僕は大きく息を吐くと、ちょっとだけ痛む足をさすった。
トミジ大図書館を出てから、三時間は歩いていると思う。途中で何回か、レイジの背中にお世話になったけれど、初めての探索だったから歩ける限りは頑張って歩いた。
まあ何が言いたいのかというと、だいぶ疲れたんだよね。
「ほら、イブキちゃんもうすぐだよ。建物の中に入れば、とりあえず休む場所が確保できるはずだから」
「うんわかった。ちょっとだけ、疲れただけだよ……」
少し視線をあげると、竜峰フジが夕日を浴びて真っ赤に染まっているのが見える。
しばらく前から、僕たちは平坦に均された道を歩いている。
それにしても、不思議な感じだったんだよね、この道。
廃都トミジを歩いている時は、長い間放置されていた都市だったから、木々が根を張り路面をデコボコに隆起させて、建物も建物の間すらも半ば自然に埋もれていた。
あの中にあって、トミジ大図書館の敷地だけは、別空間だったって思う。トミジ大図書館の庭園から外に出ると、あっという間に周りは自然に埋もれていたからね。
ところが地図を見ながら北に向かい、建物がどんどん少なくなっていって、ある場所を堺にして忽然と森の中に道が顕れたんだ。
その道はぱっと見た感じ、土の道に見えた。
緩やかに蛇行しながら、できるだけ先が見えづらいように作られたその道には、一切木の根が張り出してきていなかったんだよ。さすがの僕も、後ろをわざわざ振り向いて確認したくらい、異常だったんだ。
周りが全て森になっているにもかかわらず、その道だけ避けているような、そんな感じがする道だった。
「ねえお母さん、僕たちが向かっている工場って、どうしてこんなに人里離れた場所にあるのかな? 不便だと思うんだけど」
「ああ、それは俺も思った。何でだ? 車を作っている工場は確か南の海沿いにあったと思うんだが」
話をしながら歩いていたら、目的の建物に到着した。
アンジェリーナがその建物を見上げたので、つられて僕とレイジも一緒になって建物を見上げた。
白っぽい壁の、大きな工場だった。
建物の高さは目測だけど二十メートル位の高さがあると思う。人とが入る入り口と、荷物を搬出入する大きめの扉以外は、のっぺりとした外観の建物だ。
この建物ほど、この場所にそぐわない建物はないと思う。
周りの木々も同じくらい大きく育っているから、空でも飛ばないか限り周りから発見することはできないはずだけど。
「昔はね、魔動機の製造は国家機密扱いだったの。
各国でそれぞれに車は作っていたんだけど、魔動機を製造できる国はその中でも限られていたのよ。ここ、トミジ皇国はその数少ない国の一つだった。
ただそれが、五千五百年前のドラゴン騒動で、ここの工場を棄てて撤退せざるを得なかった。そしてここは完全に外界から隔離された」
「えっ、でも僕たち入ってくることができたよ?」
「それはね、わたしのスマートフォンの中にここの結界を抜けるために、皇族の認証コードを背面接触でコピーしてきたから、特に問題なくここまで来ることができたの」
「うん、それは俺も初耳だな」
扉を開けて中に入ると、照明が自動的に点灯した。
五千年以上経過しているのに、施設が当たり前に稼働していることにびっくりした。これもたぶん、アンジェリーナの持っている認証コードが生きているんじゃないかって思う。
入った所は、すごく豪華な部屋になっていた。
ほらあれ、この間レイジに連れて行って貰ったフェルニーランドで、すごく大きなホテルに泊まったんだけど、あの時のホテルのロビーがこんな感じだった。
フェルニーランドは、オオエド帝国皇国から東に進んで、大昔に栄えていたガンドゥン帝跡地の瓦礫の街を過ぎた先にある、センバ王国にあるレジャー施設だよ。一昨年完成して、さっそく連れて行って貰ったんだ。
あの時はお隣のユミちゃん一家と一緒に行って、すごく楽しかった記憶があるよ。道中はそれなりに魔獣が出没するから、車で移動したとしてもそう簡単に行ける場所じゃないんだけどね。
あの時に道中で何回か魔獣が出てきたんだけど、レイジとアンジェリーナが颯爽と倒していた。それを見て、僕も探索者に憧れたんだよね。今もそうだけど、すっごく格好良かった。
ごめん、話が逸れた。
その豪華な部屋のソファーに座って、三人は一息ついた。
レイジがリュックサックの中から茶器一式を取りだして、アンジェリーナがさっそくお茶を淹れてくれた。
「夕食は……ここでいいかな。奥に調理場があるみたいだから、レイジ君道具と材料を出して貰っていいかな?」
「それなら俺も一緒に行って作るよ。イブキはここでしばらく休んでいればいいからな」
「はーい」
二人を見送って、僕は一人ソファーに横になった。
考えてみれは、今日一日でかなりの距離を歩いてと思う。僕まだ五歳なんだけどな、けっこう無茶な移動だった。なんていうか、二人とも容赦なかった。
何だかすごく眠いんだけど、疲れすぎて瞼が開いたままで、何だかぼーっとしていたらすごくいい匂いがしてきた。
のそりと起き上がると、レイジがテーブルの上に設置した魔道コンロの上に、大きな鍋をのせるところだった。それこそ今夜は、鍋にしたらしい。色とりどりの野菜と、たくさんの肉がしっかりと煮込まれている。
味付けは、味噌がベースかな?
思いっきり香りを吸い込むと、美味しそうな香りで何だか目が覚めてきた。お腹グーッと大きな音を立てて、思わずレイジと顔を見合わせて笑った。
こういうのを見ると、拡張リュックサックは凄いと思う。
普通の探索だと、出先でこんなに贅沢な食事にはありつけないからね。
「今日の肉は、昼間仕留めたサーベルタイガーの肉だぞ。煮込むと筋がほぐれて柔らかくなるんだ」
「一緒に食べるように香草入りのご飯も炊いたよ。さあ食べようか」
アンジェリーナがおひつにごはんを入れて持ってきた。これ絶対に、家で食べる夕飯と一緒だよね?
違うとすれば、現地調達した食材が使われていることぐらいか。
「いただきます」
「「いただきます」」
手を合わせて、レイジの言葉に合わせて僕とアンジェリーナも復唱する。
それからアンジェリーナが持ってくれた鍋の具と、香草入りのご飯をお腹いっぱい食べた。すっごく美味しかったよ。
サーベルタイガーのお肉は独特な匂いが少ししたけれど、柔らかくて口に入れたら噛む前にとろけていった。その独特な匂いも、香草入りのご飯を食べたらすぐに消えちゃったよ。
ちなみに鍋の仕込みから味付けまでしたのって、レイジなんだって。
びっくりしたよ。
「少し食休みをしたら、今日のうちに奥の資料室で一通り資料を回収しておこうと思うけど、レイジ君とイブキちゃんはどうする?」
食事の後、片付けを終えたアンジェリーナが僕とレイジに声をかけてきた。
案の定鍋もご飯も、全部食べ切っちゃった。
ほんと、二人はよく食べるんだよね。僕なんてまだからだが小さいから、それほど食べられないのに。何か損している気がする。
「資料? 確かに調理室の隣にもう一つ部屋があったが、そこが資料室なのか?」
「そうだよ、一応機密室で認証コードがないと入れない部屋だけどね。そこの資料を持ち帰る代わりに、工場の物に関してはわたしたちが貰ってもいい約束になっているの。
皇族じゃないとここまで来ることができないんだけど、皇族はそもそもここまで来られないから、わたしが回収を頼まれたんだよ」
「それで、ここまでお膳立てしてくれたってことか。たしかに、探索者でもなければここまで来ることはないだろうな」
資料なんて僕だけでなく、レイジが見てもあまり意味がなかったので、結局アンジェリーナだけで回収に行くことになった。
実際には、二人ともお腹がいっぱいで動けなかっただけなんだけどね。
僕がレイジとしばらく待っていると、アンジェリーナが作業が終わったのかレイジを呼びに来た。どうやら、書類が多すぎて持てなかったみたい。こういう時に助かるのが、レイジのリュックサックなんだよね。
「それじゃあ、今日寝る場所に移動しようか」
「えっ、今日ってここで寝るんじゃないの?」
「おお。俺もそう思っていたんだけどな……違うのか?」
「二人とも何言ってるの。ここは言うなれば部外者用のロビーだよ。奥に行けばちゃんとした工員住宅があるし、他にも色々な生活に必要な設備が完備されているんだよ」
「えっ……? なにそれ、どういうこと?」
「話で聞くよりも、実際に目で見た方がいいね。さあ行くよ」
アンジェリーナが急かすから、またソファーに座り直していたレイジが苦笑いを浮かべて立ち上がった。僕が立ったのを見て、アンジェリーナは横開きの扉の前まで行ってスマートフォンを壁の読み取り機にかざした。
ピッという音の後に、扉が静かに横にスライドした。
それと同時に、奥に続く廊下の照明が点灯する。
「やっぱり……すごい……」
「ほら。イブキちゃん、行くよ」
全ての設備が問題なく稼働している。そんな様子をビックリして見ていたら、アンジェリーナが通路で振り返って手招きしていた。
「まって、今行くっ」
慌てて僕は、レイジとアンジェリーナ後を追った。
そのまま閉まらなかった扉に、誰も気がついていなかった。
読み取り機には『Error』の文字が赤く点滅していた。
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