8話 嘘だよね、ゴブリンが管理しているよっ

「グギギャッ、トミジ大図書館へようこそいらっしゃいました。

 そちらのお二人もトミジ大図書館にご入場でしたら、まずはこちらのカードをお持ちください」

 僕の目の前に現れた緑色の肌をした人は、腰のポーチから取りだした金属カードを、僕とアンジェリーナに手渡してきた。

 よく見れば、レイジの手にも同じカードが握られている。


「ね、ねえレイジ君。これって、ゴブリンなんだよね?」

 僕の隣で、アンジェリーナが半ば呆れ気味に呟いた。

 緑色の肌の人――ああ、知識が降りてきたよ。うん知ってる、ゴブリンだね。

 でも何だろう、目の前にいるゴブリンは凄く違和感がある。ゴブリンって魔獣のはずだよね? 何で喋っているのかな?

 そもそもゴブリンといえば顔が醜くて、知性のかけらもない凶暴な生き物だったはず。肌は濃い緑色で、耳がとがっていて頭髪も薄い、そんなイメージがあるんだけど。


 それが見た目だけ言えば、僕たちと同じような顔つきで、普通に知性的で整った顔をしているし、立ち振る舞いって言うのかな、物腰がすごく柔らかい。

 浮かべている笑顔はあくまでも自然で、そこに凶暴性の面影なんてものは微塵も感じられなかった。

 背丈は僕と同じくらいで、肌の色が違うだけ。耳の先端が尖っているから、きっと僕が隣で並んで歩いていても、ぜんぜん違和感がない気がする。

 僕はハーフエルフだから、同じように耳も尖っているしね。

 初めてゴブリンを見たんだけど、緑色の肌以外は、僕たちとほとんど変わらないような気がしてきた。


 でも、それでももし、このゴブリンが僕の知識にあるゴブリンなら――。


 僕はそっと腰に提げている小剣の柄に手を乗せた。少し引くと、剣が鞘から少し抜けて動いた。

 うん、ここは武器が強制的に禁止されているわけでもなさそうだし、抜こうと思えば普通に抜けそうだ。

 でも何でだろう? とても武器を抜く気にはなれない。


 僕は小剣の柄からそっと手を離した。

 

「申し遅れました、わたくしはここのトミジ大図書館において司書の総括をしています、メイズと申します。

 それではご案内いたしますので、こちらにどうぞグギャッ」

 そう言ってお辞儀をしたゴブリン――メイズは、踵を返してトミジ大図書館の中に歩き出した。

 それぞれ手に金属カードを手に持った僕たちは、その場で顔を見合わせると、メイズの後についてトミジ大図書館の扉をくぐって、中に足を踏み入れた。


 中に入ると途端に、独特な本の何とも言えない香りが鼻に流れ込んできた。うん、ここは間違いなく図書館だよ。

 書物の匂いは嫌いじゃない。

 入った場所は吹き抜けになっていて、見上げると二階より上にはたくさんの本棚が並んでいるのが見えた。

 ざっと見渡しただけでも両手で数え切れないほどの棚に、それこそもの凄い数の書物が綺麗に並べられているのが見える。


 僕たちが入った一階は全体が読書をするスペースのようで、左右にはたくさんの机と椅子が設置されていた。

 その真ん中にある通路を僕らはメイズに続いて歩いて行く。 


「お父さん、難しい顔してどうしたの?」

「いやな、びっくりしたんだよ。扉を開けたらこのゴブリンの……メイズさんがいて、綺麗なお辞儀の後に、このカードを俺に手渡してきたんだ。

 俺のイメージだと、ゴブリンって言えば顔を見ればすぐ襲ってくるような、野蛮な魔獣だったはずなんだが……敵意が全くなかったから、思わずそのままカードを受け取っちまった」

「グギャッ。ええ、そうですね。それは一般的にはレッサーゴブリンのことだと思います。一般的な野良のゴブリンは、基本的にレッサーゴブリンに分類されていて、確かに捕食のために積極手的に他者を襲います。

 この大図書館の中にもレッサーゴブリンがいますが、わたし達ゴブリンがいれば必ずその指揮下に入るので、お客様を襲うことはありませんのでご安心ください」

「レッサーゴブリン? それは初めて聞くね……」

 確かに僕もその目の前を歩いているメイズから、一切の敵意が感じられなかった。



 僕たちはメイズに先導されて、通路を進んだその先にあった受付に辿り着いた。

 受付……でいいのかな? 執務机が十台ほどあって、今は五体のゴブリンが事務作業をしているみたい。

 その周りには顔が醜いゴブリンがいて、色々と雑用をこなしていた。あれがもしかして、レッサーゴブリン?


「まずはそちらの椅子におかけください。必用な情報、もしくは書物をお伝えください。本日閲覧される書物に応じて、案内の者を付けさせて頂きます」

「おお、そんなことまでしてくれるのか」

 レイジが椅子に座りながら、思わず感嘆の声を漏らした。

 奥の部屋からティーカートを押したゴブリンが歩いてきて、僕たちにお茶を淹れたコップを配ってくれた。

 これは、紅茶かな? 凄くいい香りが漂ってきた。


「これは……いいお茶の葉を使っているね。どこで仕入れた物なのかな」

 さっそくアンジェリーナが反応した。

 確かに、すごくいい香りがする。家にいる時も、毎朝アンジェリーナがお茶を淹れているから、僕もこのお茶の香りがいい香りだって分かるよ。

 レイジもさっそくおかわりもらっているし。


「こちらは、このトミジ大図書館の中庭で栽培しているお茶の葉を、加工専門のゴブリンが時間をかけて乾かし、揉み、発酵などの工程を経て作っている物です。

 お茶の木の近くにダンジョンコアが設置されているため、植物本来の深みが出ているのでしょう」

「それは凄いね。私もさすがに、お茶の葉に魔力を当てるっていう発想はなかったよ」

「……ねえ待って、ここってダンジョンなの?」

 メイズの説明に、僕は思わず声を上げていた。

 ダンジョンって言えばあれだよね、モンスターとかが出現する迷宮を、お宝を探して探検していく、あのダンジョンなんだよね。

 どうしてこの大図書館がダンジョンなのかな。おかしいよね?

 

「はい。トミジ大図書館の維持管理には、ダンジョンの仕組みが使われております。

 蔵書の保存と、建物の維持管理の他、庭園の保護のために該当範囲がダンジョン化されています。ただ、その他に制限など設けられていませんので、施設内においては常識的な範囲での行動をお願いしています。

 もちろん、蔵書に影響がある火気の使用は禁止となっています」

「は、はい……よくわかりました」

 やっぱりモンスターが出現したりとかしないんだ……。


 それにしても、聞いてみるとやっぱりすごい。

 ここって過去に、トミジ皇国が廃都になって以来、ずっとこの状態を維持してきたんだよね。この間の話だと、確か廃都になってから五千五百年くらい経っているはずだよね。

 その長い間ずっと、このゴブリンたちが管理してきたのかな。


 そのあとも、レイジとアンジェリーナが、それぞれに気になったことをいろいろ聞いていた。


 僕はふと、そばを通りかかったレッサーゴブリンに気がついて、何となしに顔を見ていたら向こうも僕の視線に気がついた。レッサーゴブリンは書類を両手で抱えていて、『グギャッ』とだけ言って頭を下げると、そのまま仕事を再開していた。

 なんかもう、ここに来てゴブリンのイメージが、知識として降ってきたものとあまりにも違いすぎて、僕は首を傾げるしかなかった。


 って言うか、みんな話を脱線しすぎだよっ。

 僕も含めてだけど……。




「ところで、皆様はどういった書物をお探しなのでしょうか」

 メイズの言葉に、レイジとアンジェリーナがハッとした顔をした。

 そうなんだよね。僕たちはここのトミジ大図書館に、調べ物をしに来たはずなんだよ。でもそこに、意思疎通ができるゴブリンがいて、何だか話していたら楽しくなっちゃって、みんなで世間話をしていたんだ。

 うん、早く書物を探して、目的の探索先に向かわなきゃだと思う。


「えっと……レイジ君。ここで何を調べるんだっけ」

「ちよっ、アンジェ。北側に何かの工場があって、その正確な場所が分からないからここに調べに来たんじゃなかったのか?」

「うああ、そうだった。えっと……トミジ皇国の昔の地図というか、会社か工場が載った資料ってあるかな?」

「……お、お母さん。何その曖昧検索みたいなの……?」

 それを聞いて、メイズはスッと立ち上がると、綺麗にお辞儀をした。


「グギャッ、それでしたらわたくしが担当ですね。

 それではご案内しますので、このまま私に付いてきてください。

 ……あ、ちなみにですね、『グギャ』が稀に出ますが、わたくしがレッサーゴブリンだった頃の名残ですので、お聞き苦しいかと思いますがご容赦ください」

 僕たちは、慌てて椅子から立ち上がった。


 肌色がゴブリンだと、そんなに鳴き声、気にならないような気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る