7話 うええっ、図書館って建物が大きすぎるんだけどっ
魔力を体に纏う。
実はこれって、もの凄いことなんだよね。
魔法の勉強をしていた時にアンジェリーナが言っていたんだけれど、例えば魔法で炎を作ったとするよね。その魔法の炎は燃やしたい物を普通に燃やすんだけど、最初の炎って魔力でできた炎なんだ。
対象物に炎が移って、燃焼が終わった魔力の炎は『魔素』として空気中に漂って、その魔素は地面に浸透して落ちていって、この星のコアに吸い込まれていくらしいんだ。
で、例えばその場で魔力だけを体外に放出したとする。
するとその魔力は体から出てすぐに魔素に変わって、さっきと同じように地面を経由して星のコアまで浸透していくんだって。例えば地面じゃなくて建物の上にいても、魔素になった時点で床すらもすり抜けていくらしいんだ。
その魔力を、レイジは体の外に纏っている。
本来はすぐに魔素に変わっちゃうはずの魔力を、鎧を兼ねた動作補助のために体に薄く纏っていたんだよ。
「お父さん、魔力を体の表面に纏うのって、どうやるの?」
「ん? なに、簡単なことだ。魔力を体のを表面に貼り付けて、周りに散っていかないように制御するんだ。そんなに難しいことじゃない。
もう少し魔力を厚く纏うと、緑色の綺麗な全身鎧になるんだぞ」
「あのね、レイジ君。いつも簡単にできるみたいに言うけれど、それって普通は不可能なことなんだよ?
そもそもあれからわたしも試してみたけど、一回も成功していないんだからね。普通は体内の魔力を直接筋肉に働きかけて、肉体強化するのが精一杯なんだから」
「そうなのか?」
「えっ、そこで僕に話を振られても、僕知らないよ。こっちが聞いてるんだけど……」
ビルの屋上でアンジェリーナが回復するのを待って、僕たちは再び市街地を北に向けて歩いている。
ちなみにさっき僕たちを襲ってきた猫みたいな獣は、サーベルタイガーっていう名前の動物なんだって。魔獣じゃないって聞いた時には、ちょっとびっくりした。すごく魔獣っぽかったから。
でも魔石がないし、ビルの中につがいがいたから、動物に間違いないみたい。
確かに、魔獣は単体生物で、子どもが産まれたりしないんだよね。
そのサーベルタイガーは、牙が丈夫でいろいろ加工できるのと、食べられる肉が多いからってレイジがリュックサックに収納していた。もちろん、その場で血抜きをしてからだけどね。
そのあと出発したんだけど、僕はあの見上げるほどの高さにあるビルの屋上に、ひとっ飛びで飛び乗れたレイジの能力が気になって仕方がなかった。
「でもそれが、『ままといよろい』って言うんだね」
「イブキちゃん、どっちかというとう『まとんがい』だと思うよ」
「あのな、アンジェ。すっごく言い辛いんだけどな、魔纏鎧の真ん中の字、纏うは『てん』としか読めないんだが……それは……」
「えっ……そうなのレイジ君?」
「ほら、スマートフォンのアプリで『纏』を調べても、テンとしか書かれていないぞ。どこからトンが来たんだよ」
「ほ……ほんとだ……すごく恥ずかしい……」
アンジェリーナは、レイジに指摘されて色白の顔を真っ赤に染めていた。
いや、そもそも、どっちでもいいような話題なんだけど。
「だったらさ、いっそのこと『マナアーマー』とかにすればいいんじゃないの?」
「それだな。魔纏鎧はマナアーマーにしよう」
「うん、それだね。それが一番いいよ」
「ええっ……即決なんだ……」
まあ結果的にだけど、僕も魔力を纏うことはできなかったよ。
放出して纏おうとするんだけど、普通に魔素になって霧散していった感じ。アンジェリーナがレイジのことを普通じゃないって言っていたけれど、よく分かった気がする。
探索先ではマナアーマーは結構使っていたみたい。主にアンジェリーナがピンチになった時限定みたいだけど。
適当な食堂跡で昼食をとって、再び僕たちは歩き始めた。
お昼を食べた辺りは、ちょうど高層ビルが建ち並ぶ地域で、魔獣や動物もさすがにこんな奥までは来ていないみたいだった。
もっとも、ビルの中にわざわざ入らなかったから、もしかしたら中に棲んでいる魔獣とかもいたのかもしれないけれど。
どのみち多い茂る木々とか、自然の勢いには勝てないみたいで、隆起した道路に立ち並ぶ巨木とか、そんな景色は変わらなかった。
唯一、周りが高いビルだからなのか、生えている木の丈が高くなっていたのはありがたかったかな。根っこはたくさん路面を割っていたけれど、それ以外は割合歩きやすかった。
やがてそんなビル群も再び低いビルに変わっていって、やがて高い壁が左側に見えてきた。
「この辺は皇居区だね、わたしも一回だけ来たことがあるよ。
といっても、すでに避難で大騒ぎになっていて、駆けつけた車に皇族を乗せてとんぼ返りしただけなんだけどね」
「皇族って……なんでお母さんがそんなに重要な役を受けられたの? だって、エルフで魔法が使えるからって言っても、ただの一般人だったんだよね?」
「イブキちゃんそれ聞く? 長くなるけど」
「……あ、今日はやめとく。家に帰ってからゆっくり聞かせてよ」
「それが賢明かな。まあ、探索先で困っていた皇女さん助けたってだけなんだけどね」
「思いっきり短くて分かりやすいよっ」
壁の脇にある道を、再び低く多い茂る草木を切り裂きながら進むと、やがて壁もなくなり視界が開けた。
手前にある道を境に、それまで鬱陶しいまでに茂っていた自然の木々が根っこの侵入すらも遮られていた。
目の前に現れたのは、庭園だった。
そこは、そこだけは、おそらく昔のままで、整然と立ち並ぶ立木は綺麗な形に剪定されていた。地面は一面に芝生で覆われていて、その高さも全て刈りそろえられている。
その立木の奥には、巨大な建造物が悠然と立っていて、その周りにある池には綺麗な水が湛えられていて、その水面を水鳥が優雅に漂っていた。
「すごい……お母さんこれって、昔のままなのかな……?」
「そうね、ここが大図書館みたいだけど……確かにこれはすごいね」
僕の隣では、レイジとアンジェリーナが同じようにその光景を眺めていた。
さすがの二人も、ここまで当時のままに保存されているとは、想像していなかったんだと思う。
そんな庭園に僕らは足を踏み入れた。
「幅は……凄いな、一キロくらいあるのか。しかしこれはでかいな」
建物に近付くにつれて、図書館の巨大さをひしひしと感じる。
高さだけ見れば十階建てのビルくらいはありそうで、そのビルが左右一キロ位あるように見える。奥行きなんて見えないんだけど、一体どれくらいの本がここにあるんだろう。
「ねえお父さん、ここって何でこんなに綺麗なままなの?」
「あー、たぶん保存の魔術でもかかっているんじゃないかな」
「でもここって、誰も住んでいないんだよね? 誰が管理しているのかな」
「確かにな……もしかしたら、誰かがいるのかも知れないぞ」
「さすがにレイジ君、無理じゃないかな。五千五百年の間管理しているなんて、よっぽどだよ」
そんなことを話ながら、三人で大図書館の入り口まで足を進めた。
やっぱり建物は、見上げるほど大きな建物だ。壁は全て真っ白で、立体的な彫刻があちらこちらに彫り込まれていた。対して、窓ガラスは外から見ると真っ黒で、光が中に入らないようになっているみたいだった。
しばらく見上げていたら、さすがの僕も首が痛くなってきた。
「それじゃあ、開けるぞ……」
両開きになっている扉の片方に、レイジが手をかけた。
レイジがノブを回すと、カチャッと言う小気味いい音とともに、扉のロックが解除されたのが分かった。そのままゆっくりと扉を押すと、中から光が漏れ出てきた。
やっぱり施設自体が普通に機能している感じだ。
一応警戒して、人一人通れるくらい開けた状態でレイジが先に入った。
そしてその場ですぐに立ち止まった。
「お父さん、何かあったの?」
「レイジ君? 何かいたの?」
僕とアンジェリーナの問いかけに、レイジは首だけ回して何だかぎこちなく首を縦に振ってきた。何だか難しい顔をしている。
その理由は、その後すぐに分かった。
「グギャッ」
「……えっ?」
反対側の扉が開いて、そこから小綺麗な服装の、緑色の肌をした人型の生き物がひょっこり顔を出してきた。
えっと……この生き物って、なに?
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