5話 待って、体には何も変化ないよっ
「さすがに意味が分からないから、ちゃんと話をしなきゃ駄目ね」
アンジェリーナからピリピリとした雰囲気が伝わってくる。
僕はアンジェリーナの怒気に気圧されて、そっとレイジの後ろに隠れた。
おもむろにアンジェリーナは立ち上がると、靴を履いてテントの外に出ていった。少し先で片手を上に掲げると、魔法で特大の光球を出現させて上空に打ち上げる。
辺りが昼間のように明るくなった。
『あれ? やっぱりその声って、イブキ君じゃ……ないの? んんっ?』
「初めまして。わたしは、イブキの母です。息子が大変お世話になったようですが、いったいこんな夜更けにどんなご用でしょうか?」
『どうしてかしら、イブキ君の魂樹に連絡したはずなんだけど…………うん、間違っていないよ。発信先はイブキ君の魂樹になっている』
「ええ、これは息子のスマートフォンですから。それで、あなたは?」
とりあえず普通に話している、ように見える?
いや、口調がいつもと少し違う。
そーっと、レイジの後ろから顔を出して、レイジの顔を見上げてみた。眉を顰めていたレイジは、僕の顔を見ると苦笑いを浮かべながら、手を頭に乗せてきた。
一旦アンジェリーナを見て、僕の顔をもう一度見てから首を横に振ってくる。
周りに警戒しているのか、腰に下げた剣に右手を乗せている。
『私はナナナシアよ。そうね……この世界を司る女神様かしら?』
「ええ、それで? その自称女神様が、息子に何の用なのでしょうか」
『あー、確かに女神は自称だけど、そこはあえて自称って言わないでよ』
さすがの僕も、ナナナシアの言葉に思いっきり肩を落とした。
自称を肯定するって、それただの不審者じゃん。それにあの時もそうだったけれど、相手の言葉をちゃんと聞いていないし。
「それで、要点だけをどうぞ。何か用事があったのでしょう? わたしが息子の代わりに聞きます」
『ちなみにあなたの名前は、何なに子さん?』
「それはノーコメントで、今は関係ないですよね。話すべきは先ほどおっしゃっていた、異世界転生についてでしょう」
『えー、少しだけ待っててね、イブキ君の魂樹からそっちの座標を割り出すから……』
もうね、アンジェリーナのイライラが手に取るように分かった。
顔が完全に無表情で、たぶん場合によってはナナナシアって人のところまで行きそうな気がする。
行けるのかな、どこにいるんだろう?
でも考えてみれば、ナナナシアと話したのって夢の中だ。今朝見た夢をただの夢だと思っていたから、今まで二人に夢の話をしていない。
つまりこの時点で、完全に『知らない女の人から魂話が来た』状態なわけだよね。そりゃ、母親であるアンジェリーナが見逃すはずがない。
「それで、息子に何かしたのですか?」
『待ってねー、まだだよー。あ、なるほど、イブキ君はこんなとこにいるんだね。廃都トミジに探索に出ているのかな? そっちは今は、夜みたいだね』
「……おい、ふざけるな。お前はいい加減に人の話を聞け」
あ、キレた。
「異世界転生とくれば、うちの息子に何かしたのだろう。その状況だと、経過を確認するために魂話をしてきた。そんなところか。
だが、残念だな家の息子は転生などしていないよ。昨夜は夜中に何度も確認したが、静かに寝息を立てて寝ていた。
お前の魂胆は分からんが、息子は何も変わっていない」
僕も慌てて自分で体のあちこちを触ってみたけれど……うん、体は何も変化していないよ。
アンジェリーナが大きく息を吐いている。
『あー、やっとわかった。魂樹の特定が出来た。
あなたがアンジェリーナで、イブキ君の側にいるのがレイジなのね。まあ分かるって言ってもその程度なんだけど。
逆探知って魔力を無駄に使うから、けっこう大変なんだよ?』
「お前……どういうつもりだ? お前にそんなことをする権利はないだろう!」
『それはあるのよ、ここは私の星だもの』
「ははっ、悪い冗談だな。お前みたいなとち狂った阿呆が、星の関係者なはずがない」
『二人の魂樹と疑似リンクを張って、と……ああ、そういうことか。これはかなり厄介な状態なのね。うわぁ……。
イブキ君の異常は、アンジェリーナとレイジが由来なのか、これは本腰入れて再調整しないと駄目みたいね』
「は? だからお前はさっきから、人の話を聞けと言っているだろうがっ!」
『ごめんね急用というか、これはもう緊急メンテだね』
「おい、お前。まだ話は終わっていないぞっ!」
僕の前でレイジがブルッと震えた。
うん、分かるよ。僕も今のアンジェリーナ怖いもん。
『また魂話するね。あ、出来ればアンジェリーナとレイジの魂樹を、イブキ君のと一緒にしておいてくれるかな。
背面接触でアップデートすればいいから。よろしくね』
「おい、待てこら。ふざけんな!」
また、言うだけ言ってナナナシアは通話を切断したらしい。
やっぱりあの自称女神、うざいんだけど。
しばらく呆然としていたアンジェリーナは最後に大きく息を吐くと、念の為なのか画面をもう一度タップして確認してから、こっちまで歩いてきて僕にスマートフォンを手渡してきた。
その時にはもう、いつものアンジェリーナに戻っている感じだった。
「ね、イブキちゃん。詳しい話を聞いてもいいかな」
「う、うん。わかった。今朝見た夢の話なんだけど――」
こうして夢で会った話をすることになったんだけど、話をするにつれて二人はやっぱりというか、難しい顔をして僕の話を聞いていた。
「何だか突拍子もない話だな。そのナナナシアって名乗った女から魂話が来たんだから、夢で片付ける訳にもいかないけど……」
「イブキちゃんは、その夢の前には、他の夢とか見ていなかったのかな?」
「わかんない。今朝見て覚えている夢はそれだけだったし、もしその前に見ていたとしてもわかんないよ」
「そうなんだね……でも、わたしにはどうしてもその夢の話が引っかかるのよね」
「えっと、お母さんどういうこと?」
上空でまばゆい光を放っていた光球を消して、三人はそろって夕食を食べたテーブルについた。
アンジェリーナが淹れてくれたお茶が、温かそうな湯気を立てている。
「昨日も夜中に、何度か確認して気が付いたのだけど、転生のくだりが真実だとするなら、イブキちゃんの顔が白かったのも納得できるんだよね」
「おい待てアンジェ、それはどういう事だ?」
「わたし達の身体は魂の器で、その魂が身体を動かしているの。イブキちゃんの顔が白かったのは、身体がほとんど動いていない状態だと言えるよね。それはつまり、魂が抜けていたって考えることができるのよ。
レイジ君も今朝飛んで来た時には、顔が白いと大騒ぎしていたじゃない」
「ああ……確かに、そうだったが……」
「えっ、本当に僕の顔って白くなっていたの?」
僕が首を傾げると、二人とも大きく頷いてきた。
さすがに自分が寝ている時の状態なんて知らないし、どんな状態が異常かだって分からない。ただ、何かが違うんだなってことだけは分かった。
「ただイブキちゃんの顔は真っ白だったけれど、呼吸はしていたし脈拍も正常だったよ。呼びかけても全く反応がなくて、起きる様子がない以外はね」
「そういや、産まれた時から毎晩そんな様子じゃなかったか? 起きる時間になればちゃんと起きていたし。
もっとも俺は、朝から動いていたことが多いから、あまり多くは知らないんだが」
「そういう意味ではいつも通りではあったかもね……」
「ええっ……僕の睡眠は、やっぱり謎のままなんだ……」
結局、結論が出ないままもう一度就寝することになった。
ゆっくりと、本当にゆっくりと僕は、夢の中に沈んでいく――。
そして僕は――。
そして俺は、目が覚める――。
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