4話 ちょっと、変な人から着信来たんだけどっ

 廃都トミジに到着したのが三時頃だったので、レイジがリュックサックから車を取り出して、野営の準備を始める頃には、もう夕方になっていた。

 車のリアゲートを跳ね上げて、そこから斜めにタープを張った。それだけだと面積が足りないので、柱を立てて横にも同じようにタープを伸ばす。

 こうして車を使ったテントが完成した。

 地面には簡易屋根に合わせて敷物を敷いて、みんなで寝転がれるようにする。

 季節は夏なので、まだ薄手の羽織だけで寝ることができる。


「凄いよ、車があっという間にテントになったよっ」

 僕は何だか嬉しくなって、靴を脱いでテントの下に寝転がった。手を思いっきり伸ばしても、天井代わりのタープには手が届かない。

 起き上がって手を伸ばしても、やっぱり天井がまだかなり上にある。


 やばい、楽しいや。


「イブキ、ちょっとあそこの森まで狩りに行ってくるから、アンジェと留守番頼むぞ」

「はーい、お父さんっ」

 靴を履いてアンジェリーナの所に行くと、野菜を切って夕飯の下ごしらえをしているところだった。

 周りを見ると近くの籠にジャガイモが入っていたので、手に取ってナイフでむき始めた。


「お母さん、今日は何を食べるの?」

「今日はカレーかな。レイジ君が何を狩ってくるかにもよるけれど」

 鍋に生活魔法で水を溜めて、即席のコンロに乗せた。

 二人で一緒に切った野菜を鍋に入れて、ゆっくりと煮込んでいく。


「あれ? お母さん、玉葱は入れなくてもいいの?」

「お肉がまだ来ていないから、今は入れないよ。あとでお肉と一緒に別の鍋で炒めて、放り込むんだよ。待ってる時間がもったいないからね」

 そんなもんなのかな?

 使ったナイフを生活魔法で水洗いして、軽く風で乾かしてから、鞘に納めた。刃物は使ったら、ちゃんと手入れをしないと駄目だってレイジが言ってた。

 アンジェリーナはお米をといで、魔道具の炊飯器でご飯を炊き始めた。やがて、お米の炊ける匂いが漂ってくる。


「駄目だな、鹿しか獲れなかったぞ……」

「えっ、待って。鹿が獲れればすごいんだけど」

 レイジが体より大きな鹿を背負って帰ってきた。途中まで戻ってきて、周りを見回してから、また森の方に戻っていった。


「あ、あれ? お母さん……お父さんどうしたのかな?」

「たぶん血抜きして解体するのに、釣り下げる木を探していたんだと思うよ。レイジ君は色々出来るんだけど、たまに抜けてるんだよね」

「えっ、なにそれ駄目じゃん」

 結局鹿は、血抜きしたあとで綺麗に解体して、レイジの拡張リュックサックに入れて戻ってきてた。もしかして僕に狩った鹿を見せたかったのかな?

 玉葱と鹿肉を炒めてから、鍋に投入。アンジェリーナが独自配合した香辛料を入れて少し煮込んだら、アンジェリーナ特製カレーの完成だ

 

 そのあとしっかりカレーライスを食べたよ。

 いつもと違って外で食べたから、すっごく美味しかったな。




 厚手の布を敷いてその上に寝転んだ時に、突然僕の腰元のスマートフォンが着信音を鳴らし始めた。

 びっくりした僕は跳ねるように起き上がると、腰元に付かず離れずの状態で浮かんでいるスマートフォンを掴んで、思いっきり遠くに放り投げていた。


「あ……」

「どうしたの、イブキちゃん。電話が鳴ったみたいだけど」

「どうしたイブキっ! 何かあったのかっ」

 隣で静かに寝息を立てていたアンジェリーナが、起き上がって心配そうに声を掛けてくる。

 車の屋根の上に乗って夜警の準備をしていたレイジも、慌てて飛び降りてきた。


「う……うん。寝ようと思ったら、いきなり電話が鳴って……びっくりして、遠くに放り投げちゃった。どうしよう……」

「ああ、それなら大丈夫だ。ある程度するとちゃんとイブキの元に帰ってくるよ」

「えっ? そうなの?」

 しばらくすると、僕のスマートフォンは着信音を鳴らしながら、地面を滑るようにこっちに向かってきた。そのまま当たり前のように腰元に留まった。

 え、何これ怖い。一種のホラーなんだけど。

 改めてスマートフォンを手に持って、マジマジと見つめた。


 このスマートフォンは魂樹って言う名前の魔道具で、物心ついた時からずっと僕の腰元に浮いている。もちろんレイジもアンジェリーナも持っているよ。

 オオエド皇国だと、皇国民全員が魂樹の所持を義務づけられていて、産まれてすぐに認証手続きをするんだって。確かに僕も物心ついた時には、腰元に浮かんでいたと思う。


 もちろん他の国とか、外の世界には普通に持っていない人もいるんだけれど、そういう人たちは単に知らないだけなんだろうね。

 すごく便利だもん。所持しているだけで魔力が増えて、魔法が使えるようになるんだから。


 って言うか待って、形が変わってるよ。

 少し厚くなって、横開きの折りたたみ式になっている。

 これって夢の中でナナナシアとか名乗った女の人が、紫色の光を浴びせて改造した形だよ。今まで気が付かなかった。

 一応、開かなくても片面にちゃんと画面があって、開かなくても問題なく使えるんだけど……あれって、夢じゃなかったのかな……?


「イブキちゃん、早くスマートフォンに出なくてもいいのかな?」

「あ、そうだった」

 僕が物思いにふけっている間も、どうやら着信音が鳴りっぱなしだったらしい。隣で座ってこっちを見ていたアンジェリーナが、心配そうに声を掛けてきた。

 その横にはレイジもいて、じっと僕の方を見ている。


「それでイブキ、いったい誰からの着信なんだ? やけに長く鳴っている気がするんだが……」

「えっと……待って。いま確認してみる……」

 しばらく触っていなかったからか画面が暗転していたので、横の電源ボタンを押す。これって電源切る機会が無いんだけれど、何で電源ボタンがあるんだろう?

 そして僕は、画面に表示されている名前を見て、ぎょっとした。マジで。


 着信先は、ナナナシアだった。


 これって、夢の中に出てきたあの女の人の名前だよね。


「……ね、ねえ、ナナナシアって書いてあるけど、これ誰なんだろう……?」

「ナナナシア? それって普通に、この星の名前だろう? さすがに星から魂話がかかってくるってのは、間違い魂話なんじゃないのか」

「レイジ君、わたしたちのスマートフォンは魂樹って言う名前の魔道具で、お互いに魂話帳に登録した相手としか、発着信できないんだよ?

 意味不明なレベルのセキュリティが施されているし、着信表示されているってことは、ちゃんとイブキちゃんの魂話帳に登録されている相手なんだよ。

 ちょっとイブキちゃん、わたしに見せて貰ってもいいかな」

「うん、お母さんお願い。何だかちょっと怖い」

 僕は言われるままに、アンジェリーナにスマートフォンを手渡した。アンジェリーナは、画面に表示されている名前を確認すると、眉間に皺を寄せながらおもむろに画面をタップした。


「……もしもし?」

『あ、イブキ君おはよう。もしかしてそっちは夕方だったかな? 無事に異世界転生できたみたいで、よかったね』

「ちょっと、それって何のことなの……?」

 魂話に出たアンジェリーナは、あからさまに顔をしかめた。

 僕のスマートフォンは改造されたせいか、向こうの声が周りにいても聞こえている。やっぱり、不良品になってるよっ。


「なあ、イブキ。異世界転生って、何のことだ?」

「ごめんお父さん、さすがに僕にも分からないよ……」

「イブキちゃんは確か、昨日の夜も普通に就寝して、朝は起こしても起きなかったから、レイジ君に助手席に乗せて貰ったはずだよね?」

「うん、普通にベッドに寝た。朝起きて車の中にいたのには、さすがにびっくりしたけど」

『あれれ? もしもーし、そう言えばイブキ君じゃない声がしたよ? どうなっているのかしら。おーい』

 どうなっているかなんて、こっちが聞きたいんだけど。


 とりあえず三人で顔を見合わせて、首を傾げるしかなかった。

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