護衛の福井さん

「領主様、そろそろお時間です」


 秘書の声に書類から顔を上げる。


「もうそんな時間か」


 首を軽く回して、体をほぐす。

 書類仕事は肩が凝ってしょうがない。


 書類を仕舞っていると、護衛の福井が近寄ってくる。

 領主である自分には護衛が付く。

 それは、執務中は勿論のこと。プライベートな時間であっても変わらない。

 護衛の福井は自分よりも一回り大きな体をしている。椅子に座ったままの状態で、全身が金属鎧の福井が寄ってくると、割と圧迫感がある。

 護衛の福井は、長年に渡って護衛を務めてくれている。護衛というよろも気心の知れた友人と言っても良い。

 堅物だから、護衛中には無駄話の一つもしようとしないが。


「ここで装備して行かれますか?」

「ああ、そうだな」


 そして、今の時代には不要だとも思うが、外を出歩く際には、鎧を着て帯剣をするのが領主の慣わしだ。

 騎士として街を守る気概を示すのだ、ということになっている。

 恐らくは、街を囲む外壁に、魔物が押し寄せていた頃の名残だろう。いつ魔物の襲撃があっても、指揮を取れるようにと。

 実際、過去の領主には数人、魔物襲撃で命を落とした者がいたと、記録に残っている。

 今は攻めてくる魔物はなく、街の外には畑が広がっている。

 そのため、実用的な意味はなく、領主という象徴を鎧に託してあるに等しい。


 福井からグリーブを受け取り、脛に当てる。留め金をかければ鎧は足にぴったりと沿う。続けてキュイスを受け取り太ももへ当てる。太ももから膝までを覆うキュイスを身に着けた後で、サバトンを履く。これで足は完全に鎧の中だ。

 腰回りを保護するフォールズを付けたら、その上からブレストプレートとバックプレートで胴体を挟むように身に着ける。金属の鎧には、服のようにすっぽりとかぶれるような柔軟性はない。相応の重さもあるから、慣れた者でなければ非常に苦労することになる。

 ブレストプレートには我が家の紋章が刻まれている。

 年のせいか、運動不足のせいか、最近はブレストプレートを身に着けると腹のあたりが苦しい。留め金を締めると常に圧迫されている感じがある。


「少々、運動不足かもしれんな」


 書類仕事が多いのは事実だ。今日のように視察の予定でもなければ、一日中、書類に向かっていることも少なくない。

 昔は、それこそ、騎士の嗜みだと言われて剣を振る訓練もしていたが、領主を継いで仕事に追われるようになると、訓練の時間を捻出するのも難しい。

 今の時代に領主が剣を振るうことは、ない。

 本当の戦いで前線に出ることは勿論なく、試合に出ることもない。

 試合の一つでもあるのなら、真面目に訓練もするのだろうが、何もないのに、ない時間を割いて訓練をする気にもなれない。

 自然と、運動不足になる。

 つまり運動不足だからであって、年のせいではないだろう。


 上腕部にリヤーブレイズを身に着ける。ここまで着ると腕の自由が大分制限される。秘書に声をかけて留め金を止めてもらわなければ厳しい。

 前腕にはバンブレースを身に着け、最後にガントレットに指を通すと、体はすっぽりと鎧の中だ。


 残ったヘルメットを小脇に抱えてて、秘書が開けたドアに向かって一歩を踏み出す。


「領主様。部屋を出る前にヘルメットも身に着けて頂けますか」


 すぐ横から福井の声が聞こえる。


「館を出る時ではダメかね? ヘルメットは視界が塞がるのが気になってね」

「お願いします。この位置では万が一に対処出来ません」


 それもそうかと、小脇に抱えたままだったヘルメットを被る。

 下がったままの位置で固定されているバイザーで、視界はとても狭い。


「それでは参ります」

「ああ、よろしく頼む」


 至近距離から聞こえる福井の声に応えると、鎧が勝手に歩き出す。

 扉を閉めた秘書が後ろに付き従う。

 護衛の福井はリビングアーマーだ。中に入っているだけで、移動は任せてしまえる。

 護衛としても全身を隈なく覆っているフルプレートの福井の体にかかっては、敵が現れたとしても、攻撃を私の体に届かせることは出来ないだろう。

 歩くのを完全に福井に任せて、今日の視察について思考を巡らせる。

 代表者の名前と立場、見るべき内容。一番重要なことは何か、うまく行ってないとすればどうやって誤魔化してくるか。


 さっきまで見ていた書類の数字を思い出す。

 数字だけ見れば問題はなさそうだったが。それを鵜呑みにして良いならば、視察など必要ない。しっかりと見定めて問題を洗い出さなければいけない。

 そう。

 例えば運動不足。

 歩くのを福井に任せてしまっているから、運動不足なのではないだろうか。

 我ながら、鋭い着眼点であろう。

 しかし、万が一の迎撃や逃走といった咄嗟の行動を考えれば、福井に動作を任せてしまうのが安全とも言える。

 では、比較的安全な、館の中での移動だけでも自分で歩くか。

 執務室から、玄関までの短い距離だが。

 いや、それよりも運動をする時間を確保するほうが良いか。


 視察の場所につくまで、思索は続く。

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