農家の葛西さん

 街の外れ、街を囲う壁は、かつてのように街の安全を担う役割から解放されて久しいが、境界線としての役割は、まだ残っている。

 街から一歩出ると、そこには広大な畑が広がっている。

 街の中にあったひしめく建物達の代わりに、そこでは農作物達が場所の奪い合いをしているようだ。

 街から出た街道は、畑の中を縫うように進み、やがては農村を通り抜け、次の街へと至る。


 昼間であれば、広大な畑のいくつかで、人の姿を見かけるだろう。

 種まきの季節や、刈りいれの季節だけではなく、畑に必要な作業は多い。

 雑草の刈り取りや、追肥、害虫の駆除など、手間を掛けれるかどうかで収穫量は呆れるほどに変わる。

 そんな、忙しく働く姿が見えるのも日がある間だけだ。

 夕暮れに追い出されるように、畑の中から人の姿は消えてゆく。

 広大な畑だ。家の灯りに不自由する時代は遠く過ぎ去ったとは言え、広大な畑全てを照らす明かりなど、用意出来るものではない。

 そして用意する必要もない。

 明るいうちは農作業に精を出していた人々は、日が落ちる頃にはその姿を消す。

 帰った先は、街なのか、村なのか。

 しかし、稀に、闇夜の中で畑に踏み込む者がいる。


 ガタガタと音を立てて、荷車があぜ道を進む。

 そのすぐ前には、小さなランタンの光。


「あにきぃ、本当にもうかるんですかい?」

「間違いねえ。ちゃんと調べてあんだ」


 それは二人の男だった。

 前を歩く男がランタンを持ち、その後ろを荷車を引いた男が追いかけている。

 汚れたままの服を着たその姿は、街の中でも壁のすぐ側にある貧民区の者達だろうか。

 見ればランタンの縁は欠け、荷車には錆びが浮いている。


「この奥にある畑にはな、高い薬草があんだよ。そいつなら荷車一つでも大儲け出来るんだ」

「さっすがあにき」


 二人は畑泥棒だった。

 どこから聞きつけたのか、そこらの野菜や果物よりも高値がつくという薬草を狙って、深夜の畑を目指して来た。

 真っ暗な畑には、当然のことながら人の姿などはない。

 この辺りの畑を耕しているのは、街に住む者が多い。そうでなければ街とは逆方向に街道を進んだ先にある農村だ。

 周囲には畑だけで、ここに家を建てて住んでいる者は居ない。

 そのため、ランタンの光も、荷車の音も、それを咎める者は居ない。


「ここだ」


 そして二人は一つの畑に辿り着く。

 他の畑に比べて幾分小さなその区画は、畝毎に違うものを植えているようで、作物の高さが違う畝が並んでいる。

 そして畑の一番手前には一際大きな葉を茂らせたものが、一株だけ植えてあった。


「どれを刈ればいんですかい?」

「馬鹿、刈るんじゃねーんだ。薬草だからな、根っこから掘り起こすんだ」


 掘ると聞いて、その労力に顔をしかめる。


「そこのでかいのからやるぞ」


 どうにも本気で掘るらしい兄貴分の言葉に、この場から帰りたくなる。それでも、眠いのを我慢して、荷車を引いてやってきたのにタダで帰るのもという気持ちもある。

 結局は、兄貴分を放って帰るわけにも行かずに、掘ることを決める。

 ここで帰ろうものなら、どんな目に合わされるか、分かったものじゃない。


 大きな葉の根本に手を入れ、土を退かす。

 掘ると聞いてもいないから道具もない。大人しく手で土を退ける。

 幸い、土は柔らかく、二人の男の手によって、土はどんどん除けられていく。

 しばらくして、土の下にあった根らしきものの天辺が見えてくる。


「よし、引っこ抜くぞ」


 兄貴分の男の号令で、二人は大きな葉の根本を掴んで引っ張り上げる。


「兄貴、これ重いっすよ」


 二人がかりで引っ張っても、なかなか抜けてこない。


「その分、高く売れるってもんだ。せーので行くぞ。せーの」


 息を合わせて力をこめると、やっと土の下から動く気配がする。


「もういっちょいくぞ。せーの」


 ずるりと、確かな手ごたえでそれが地面の上に現れる。


 顔。


 大きな葉を頭から生やした顔が、地面の下から現れる。

 それは緑に光る目を見開いて、叫び声を上げた。



「もう、なんなのこいつら」


 気絶した男二人を見下ろして、葛西は独り言ちる。

 葛西は既に全身を地面の上にあらわしていた。

 頭の上から生えている大きな葉や、人に似た四肢ながら、良く見ると蔦が絡まって四肢に似た形を取っているのが見て取れる。

 それはアルラウネ、と呼ばれる種族の姿だ。

 人の言葉も話せるし、意志疎通は可能だが、一般的には植物の一種だと認識されている。


「折角、気持ちよく寝てたのに。夜中に起こすなんて、肌が荒れたらどう責任を取るつもりなのかしら」


 ぶつぶつと文句を言いながらあたりを見回し、荷車から二人が畑泥棒に来たのだと確信する。


「面倒だわー、どうして、このまま肥料にしちゃダメなのかしら」


 言いながらも近くに生えている蔦を使って手早く二人を縛り上げる。

 明るくなったら荷車に載せていって衛兵に突き出せばいいだろうと、縛り終わった二人はそのまま転がして置くことにする。


 葛西は全身の蔦を使って穴の中に入り直す。

 蔦の数本を使って、周囲の土を自分の上に掛けてから蔦を引っ込めれば、そこには元と変わらず大きな葉だけが残って見える。


 転がったままの二人の男は、揃って口を半開きにしたまま、白目を剥いて気絶していた。

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