第3話
三日目
異星滞在 9日目
ここに来てから3日が経った。様々な人種国籍の人間が、入り乱れて生活した時、個人の特徴を民族全体の特徴と拡大解釈してしまうことがある。意識していないと、すぐに主語を大きくしてしまうという話だ。
何が言いたいかといえば、現在女性陣の間で、「日本人の男は理屈的で、配慮に欠ける人種」という偏見が蔓延している。心外だ。私は日本人に囲まれて生きてきた頃もそういわれていたのだから、日本人ではなく私の特徴だ。
紙が滲んでいるが、それは涙ではなく、汗によるものだと強く主張しておく。
そんな私個人の話は置いておいて、人間が20何人も共同生活をしていれば、まあ遅かれ早かれ起きるだろうなという事態が起こった。意見の相違による分断である。
事の発端は朝食の時間で、エブラという男とサムの口論だった。
エブラはトルコ人の男性で、軍人だったらしく地球、というより祖国に帰る事を至上命題に据えている。というかサムがおかしいだけで、他の地球人は大体そうだ。それでもエブラの地球への帰還欲と言えばいいのか、現状の打破へ対する情熱は凄まじいものだった。
そうしてエブラ率いる「今すぐにでもこの監獄から抜け出し、地球へ帰る」派とサム率いる「宇宙人がどういう思考をしているのかよくわからないのだから、下手に刺激しない方が良い」派で私達は分断された。因みに私は、図書室のある2階部分を脱出派が抑えたため、脱出派に属している。
脱出派に属した人達は大抵皆家族に会いたい、という動機だった。この星に来て9日、地球の時間間隔に置き換えれば、もう2週間近くになる。むしろ良く今まで不満が爆発しなかったと、褒めてやりたいものだ。私も実家の家族ももちろんだが、アパートに置いてきたペット達が心配でならない。何かあれば、お互いのペットの世話を任せあおうなと約束した、隣部屋に住む同類の友人K氏が世話をしてくれている事に期待する外ない。
ペットの身の上でペットの心配をするのもおかしな話だ。
脱出派はまずケージから出る方法を探す事から始まった。ペットショップの店員や、飼い主の動向を観察した限り、ケージの中と外では空気が違うと考えて間違いない。そう考えれば、このケージのどこかにダクトのようなものがあるはずだ。
探索は、主に学校の地下がメインだった。エブラが常備していた手回し式の懐中電灯(そんなものがあるならなぜ初日の夜、ライターを持って出かけた私に貸してくれなかったのか)を頼りに、全員で探索をした。地下部分は照明がついている時間でも暗く、電気の無いケージの中では常に暗闇が広がっていた。
1日かけて探索したが、ダクトや外への手がかりは見つからなかった。暗い廊下の先に、妙に開けた空間が広がっていただけだった。
なんだか日記に登場するのが男性ばかりで嫌気がさしてきたので、女性を一人紹介して今日の日記は終わろうと思う。(現状私と会話してくれる女性が彼女しかいない)
彼女は東洋人っぽい顔立ちをしているが、自分がどこの人間だったかをよく覚えていないらしい。彼女は控えめな性格、と言えばいいのか、あまりにも存在感が薄い。そのせいか、私たちの誰も、彼女がいつから一緒にいたのかを、覚えていないのだ。
宇宙船に乗っていた時から一緒だったという人もいれば、ペットショップでいつの間にか近くにいたという人もいる。本人も、地球で捕まった事以外、現在まで記憶があいまいなんだそうだ。実際、宇宙船で軽いパニックを起こし、最近ようやく落ち着いてきた人もいる。
そんな彼女の存在を全員が認識したのは、ペットショップから現在のケージに移り、改めての点呼を取った時だ。そこで、この子がいたいなかったの議論が起こった。
とても不思議な人で、先住民を見てもたいして驚いた様子も無かったのに、私の懐中時計やエブラ氏の懐中電灯には、まるで初めて見たかのような反応を示していた。
現在、彼女は私の隣で子供向けの絵本を必死に読んでいる。会話は普通にできるのに、まるでここに来るまで、文字という物に触れたことが無かったような反応だ。
彼女は、記憶喪失で自分の名前も覚えていないそうなので、便宜上「りあん」と呼ばせてもらうことにした。
なおサムと私以外は知らないが、苗字は「えい」ということになっている。
三日目 終わり
宇宙生物観察日記 モル @morumori8014
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