第2話

二日目


異星滞在8日 

 

飼育生活2日目、この星に来て8日が経った。未だに1日36時間の感覚がつかめていない。飼い主とコンタクトが取れるようになったら、照明のオンオフのサイクルを24時間に変えてもらえないか打診したい。いや、コンタクトが取れたら地球に返してもらえばいいのか。

………


 大事件だ。このケージには先住人がいた。しかも私達、野生個体(現代社会が野生環境かどうかという議論はここでは控えさせてもらう)とは違う、CB個体(飼育環境で生まれた個体をこう呼ぶ)の人類だ。彼らは男女合わせて10人ほどで校舎の一角に暮らし、とても知的生命体とは思えない堕落ぶりを見せていた。上半身の筋肉は衰え、腹は脂肪を溜めこんでいた。飼い主が餌を入れるためのダクトの周りで寝転がり、餌をもごもごと食べている。歯もぼろぼろだ。朝ご飯を求めてさまよっていた私達が彼らの暮らすスペースを見つけると、お互いに叫んだ。きっと彼らから見ても、我々が奇妙に見えたのだろう。


 私は同じ飼育者として、あの宇宙人が私達を見つけた時の興奮ぶりを理解した。彼はきっとこのレイアウトをフル活用してほしかったのだろう。しかし店で買ったヒトは飼育されることに甘んじ、食べ物が出てくる場所から動くことは無かった。そこで飼い主は考えた。地球で今生きている私達を連れてくれば、このレイアウトケージを活用し、ついでに完全に野性味を失った彼らを再び文化的人類にしてくれるのではないかと。

 気持ちが悪い程のエゴである。宇宙人の思考の中に我々の人権だとか、自由だというものは存在しない。しかし私にそれを否定することができるだろうか?昨日私は「カメレオンを飼育するならまず彼らにここが安全だと分かってもらうことだ」などと抜かしている。「カメレオンにここに住んでいただけるかお伺いを立てる」なんて工程説明も実践もしていない。というか不可能だろ。

 宇宙人同士のコミュニケーションは光で行われている。自称学者が解読を試みていたが、1週間の観察では何も分からないというのが結論だった。つまるところ発光する器官を持たない我々は彼らからみて、喉から出る音を使って集団行動をとる、知能の高いサルの仲間だ。

 この「彼らから見て我々はただのサル」という考察を仲間に話したら大顰蹙を買った。とくに宗教にうるさい方々の反発はものすごいものだった、どんなに学問として進化論を学ぼうとも、心の奥で私達は神に似せて作られたと、信じていたからかもしれない。しかし、忘れてはいけない。ヒトやサルを進化の頂点と盲信し「霊長類」なんて名前を付けたのは、ほかならぬ人類自身なのだ。

後、繁殖個体と野生個体を同じケージで飼育するのは絶対にやってはいけないことだ。


 私はそうして飼育者及びにわか生物学的な観点から彼らを考察したが、自称学者のサム(本人の要望により名前を出すことになった。本人の許可が取れた人は今後名前を出すかもしれない)は言語的な観点から、彼らに尋常じゃないレベルの興味を抱いた。なんでもサムは、アメリカの大学で言語学の研究に励んでいたそうだ。地球から連れ去られてほとんどの人間が絶望している中、彼は以下の発言を残している。ちなみにこちらも本人の要望による引用である。彼の顕示欲に私の日記が侵略されている。

「発光器官を持つことを前提とした言語と、地球とは全く違う環境で未知の進化を遂げた新言語!言語学の夜明けだ!」

彼は変態だ。多分ただの言語学者では、こんなことにはならないだろう。…多分。

余談だが、受験英語しか知らなかった私に、英会話教育を行ってくれたのもサムだ。今でも小難しい表現は彼に日本語で伝えて、翻訳してもらっている。おそらく彼がいなければ、私含めケージ内で孤立していた人間が数人いただろう。変人だが、良い奴だ。


 そういえば、自分達がペットとして飼育されている事を認め始めた人達から、自分達がもっと大きな生物の生餌として購入されたのでは、と不安がる声が上がっていたので、私はそれを否定するため私なりの考察を伝えた。

 前提として、我々を捕獲した宇宙船は、そこそこ広いスペースで20人程運ばれていた。餌として扱うなら、最低限息をするスペースだけ残して、敷き詰めて千人単位で運んだ方が効率的だ、アメリカの奴隷船なんかが良い例だろう。宇宙船1隻で人間20人は、餌を運ぶと考えたらあまりに非効率だ。

 そしてマウスのように私達を親にして子供を、なんてことも考えにくい。ヒトには繁殖期の概念が無いとはいえ、出産まで最低10か月はかかり、1度に生まれるのも1人、多くても2人だ。極めつけに繁殖した子が孫を産めるようになるまで10数年はかかる。餌にするにはあまりに非効率だ。セダカヘビ(カタツムリしか食べないヘビ)のように人間しか食べない生物がいれば別だが、そんな生物がいるなら我々が知らないはずがない。そういった事を踏まえて、宇宙規模で愛玩動物を収集している文明圏で、人間を餌として飼育するとは考えづらい。

 と感情論を極力省いて説明したら、女性陣にドン引きされた。どうも繁殖と表現したことがまずかったらしい。現在私はこれを書きながら、図書室で孤独に夕食を食べている。考察を他人に共有するのはやめた方がいいのかもしれない…。


二日目 終わり

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