宇宙生物観察日記
モル
第1話
始めに
カメレオンをご存じだろうか、爬虫類に属するトカゲの仲間で、その世話の難しさを補って余りある魅力を持った生物だ。
彼らにはこんな話がある。彼らは枝から枝へ移動して暮らす関係上、眼球を動かして周囲を観察する能力に長けている。その結果、彼らは他の爬虫類に比べ空間把握能力がずば抜けて高いのだ。それ故、彼らは飼育ケージに入れられた瞬間から「自分より大きな何かが私を閉じ込めている」という状況を理解する。という話だ。
そのため、カメレオンを飼育しようと思うならば、まず彼らに、あのでかい生物は餌をくれる存在で、ここは安全な場所である。と思ってもらう事が重要だという。真偽は分からないが、大型のカメレオンは人の顔まで判別し、飼い主にだけは近づいてくる、なんてこともあるらしい。
何故今そんな事を書いているかと言えば、ヒト科ヒト属ヒト種の私が置かれている現在の状況が、だいたいそんな感じだからである。
一日目
私はなんてことは無い大学生だった。ペットショップでアルバイトをしながら、生物について学んでいた。少ないが友人はいたし、なんだかんだ充実した毎日を過ごしていた。
2年間をそうして過ごし、朧気ではあるが、卒業した後の事についても考え始めていた寒い秋の日、私は宇宙人に連れ去られた。
大学に向かう途中に何者かに眠らされ、起きた時には宇宙船の中にいた。そこには20人程の、人種も国籍もばらばらな人間達が閉じ込められていた。閉じ込められたのは檻というよりケージのようで、透明なガラスが全面を覆い、外の景色がよく見えた。
何時間かそうしていると、私達を運んでいた宇宙人が顔を見せた。そいつらは二人組で、人間の何倍もの大きさをしていた。シルエットは人間に近かったが、目や鼻は無く、代わりに黒いガラスのようなものが顔の中心に埋め込まれ、それを取り囲むように色とりどりのガラスが埋め込まれていた。囲いのガラスは電球のようにぴこぴこと光り、どうやら宇宙人同士はその光のやりとりでコミュニケーションを取っているらしかった。
私達はそのまま別の宇宙人に引き継がれ、大きな棚の一角に収納された。
あそこはきっと人間がいう所のペットショップだろう。壁の前面に棚が置かれ、その棚全てを埋め尽くすように私達が入れられているようなケージがあった。ケージには見たことも無いような生き物が入れられていたが、中には牛やライオンと言った地球の生物もケージに入れられて陳列されていた。
その棚に陳列され、この星の時間で一週間程が経過した。私は祖父が入学祝にくれた手回し式の懐中時計を持っていたので、閉じ込められた現在でも、現在の時刻を知ることが出来た。地球で学者をしていたらしい男の話によると、この星の1日はだいたい36時間らしく、奇跡的に時計3周分が1日ということになった。
現地時間で1週間、地球時間で10日半経過した日、1体の宇宙人が私達のケージへすっ飛んできた。彼は私達を見るなり、店員らしい宇宙人の方へ駆けていき、私達が入ったケージごとごっそりと持って帰った。元店員として私は確信した。彼はリッチだ。
宇宙人の顔の違いなんて分からないが、10日も観察したりされたりしていれば、彼の感情表現も少しずつ分かってくる。ライトの光るパターンは、言語的なコミュニケーション以外にも、喜怒哀楽のような感情表現にも使われているらしい。私達を見つけ運んでいる宇宙人は、彼が所有しているのであろう宇宙船的な物に私達を入れるまで、すべてのライトがぎんぎんに輝かせていた。
こうして私達は、ペットショップでの生活から解放された。棚で陳列されているような狭いケージで、排泄等をどう行っていたかについては、私というか彼女達のために残さないでおこうと思う。
彼は、私達が外気に触れないよう細心の注意を払いながら、既に用意されていた飼育スペースに私達を入れていった。
20人ばかりいた人間達は、そこで歓声を上げた。まず土だ。さらさらとした土が、高校のグラウンド程の広さで敷き詰められていた。土よりコンクリートの方が踏みなれているはずの現代人達だったが、やはり土の方が感動的だった。
そして土の先に、大きな建物があった。きっとあの宇宙人は地球の文明オタクなのだろう。高等学校のような3階建ての建物が、グラウンドの先にそびえたっていた。
ような、というのはやめよう、これは日本でよく見るタイプの学校のレイアウトケージだ。私達を購入したあの宇宙人は、ペットが野生化で生きていた環境を再現するタイプの飼育者らしい。
学校の細部まで再現、というのはさすがに無理だったようだが、図書室には地球の本が所蔵されていたし、保健室には救急医療セットが置かれていた。
倉庫に大量の布団がしまってあったので、私達は久しぶりのまともな寝床に感動し、そのまま寝てしまった。
皆が寝静まった夜、ライターの火を頼りに学校の探索を行った。
図書館の中で日本語の本を探していると、棚の奥に机と紙があった。
ケージ内では便宜上英語が公用語として使われている。そのせいで日本語を忘れてしまいそうになる。せめて日本語で日記位書こうと、私は筆を取った。
一日目 終わり
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