ルイちゃんのチョコレート講座! その3

 工程3。冷えたヤツを丸くする。


 冷蔵庫に入れて30分くらいで、ガナッシュなるものへとなったチョコレートを取り出し、ちょうどいい柔らかさとなっているヤツを、スプーンですくう。

 で、1つ1つラップにくるんで丸くする。


 丸くする。丸くする。丸くする。丸くする。永遠と丸くする。チョコレートがなくなるまでだ。

 何この地味な作業……。


「い、いつまで続くんすかね? この作業」


「もう飽きたのか? 終わったらまた冷蔵庫に入れて、出してコーティングして、また冷蔵庫に入れるけど?」


「そ、そんなに……」


 思ったよりも工程が多いな。『冷蔵庫に入れて完成!』ってわけじゃなかった。

 地味な作業も嫌だが、いつ終わるのかも分からないのが、もっとヤダ!


「まあ、お前の分は丸くしたら終わりだ。それを冷やして、ココアパウダーと粉糖とミックススプレーを、それぞれまぶして完成だから」


「えー、俺もどうせならカラフルに手の込んだ、お店しようにしたい!」


 そして何より、俺だけショボいのはさらにヤダ! ルイがお店仕様にするというなら俺もそうしたい!


「……どっちなんだよ。今日は大人しく簡単なのにしとけよ。手順を増やすと上手くいかなくなるから」


 らしいので簡単なのにします。先生であるルイちゃんが言うのだからそうなんでしょう。

 お店仕様は憧れるが、失敗しては元も子もない。今日のところは完成を第一に考えていく。


 つまり、俺のは終わりが見えてきた!


 丸くされたチョコレートたちは再び冷蔵庫に入れられ、あと1時間もすれば完全に固まるそうです。

 ルイはこの間も黙々と作業しております。きっとプロなんでしょう。


 ルイは自分用を頑張っているようなので、黙って見守ります。

 もちろん、学ぶべきところがないかは観察してだ。チョコレートが固まるまで暇だし。


「どうすんだ。明日もやんのか?」


 ルイが自分の作業から、目と手は離さずに話しかけてきた。器用なやつである。

 そして、その申し出は非常にありがたい。


「ああ、バリエーションが豊富なのにこした事はない。出来るなら頼みたい」


「分かった。明日は何作っかな……」


 シンプルにハート型チョコとか欲しいが、シンプルでなくてもいい。むしろバリエーションが豊富なのは、たくさん貰う予定の俺からしたらありがたい。

 こう、これはあの子から。これはあの子から。ってやりたい!


「トリュフチョコは保存がきくのか?」


「冷蔵庫に入れてれば、2、3日なら大丈夫だと思う」


 これもメモしておかねば。貰ったはいいが、1日では食べきれないと困る。致死量のチョコを摂取して死亡とか笑えないし。

 材料に工程。保存期間と。メモメモ。これだけ書いておけば向こうでも役立つし、再現もできるな。


「……なぁ、誰に作ってやるんだ?」


「うん?」


「チョコレートだよ。何もなしにチョコを作りたいなんて言わないだろ。お前は思いつきで行動するやつだが、行動するってことは、ちゃんと理由があるはずだ」


 別に俺はバレンタインに、誰にも何も作らない。だって俺は、チョコを貰いたい側なんだから。

 だけど、ルイから見たら、チョコを教わって誰かに作ってやる。そんなふうに見えるのか……。


「悪いが逆バレンタインではない。豆からチョコレートを作りたいのと。できたらその先の、トリュフチョコみたいなお菓子が知りたい。それだけだ」


 実は異世界があって、そこでバレンタインをやりたいと正直に言ってみればいいのか?

 果たしてこいつは、俺の話を信じるだろうか?

 バレた時は全部話すしかないが、そうでない限りは黙っているが正解なはずだ。


「そうか……」


 それだけ口にしてルイは、自分の作業に集中しだした。



 ※



 工程4。これで仕上げだ! 粉まみれにしてやる!

 カッコつけてないで粉をまぶします。

 冷え冷えー、になったチョコレートさんに粉類をまぶします。


 ココアパウダーをまぶして1種類。

 粉糖をまぶして1種類。

 ミックススプレーをまぶして1種類。

 合計3種類のトリュフチョコが出来ました。美味しいです!


「……食うの早くね? 出来ました。もう次の瞬間には食べたよな?」


「美味しいよ?」


「良かったな」


 完全に自分の分が終わった俺は、自作のトリュフチョコをつまみながら、ルイの方の仕上げを観察する。

 そうやって見ているうちに、先ほど俺のは簡単だとルイが言った意味が分かった。


 固まったはずのチョコをもう一度、湯せんしたチョコにくぐらせ飾り付ける。

 その作業は、素人目から見てもちゃんと技術が必要で、その素人の俺には到底出来ない芸当だったからだ。

 俺の作ったのが家庭用だとするなら、ルイの作ったのは本当にお店用。売ってるのと遜色ない。


「よし、できた……食うなよ? 写真撮んだから」


 早速1ついただこうと思ったら、俺の行動を察したように釘を刺された。これでは食べられない!

 スマホでの撮影が終わるのを待つしかないのか。んっ?


「もしかして、最初に見せたトリュフチョコの画像は自分で作ったやつなのか?」


「そうだよ」


「たいへんおどろきました!」


 てっきり拾った画像かと思ったら、あれも自分で作ったんだって! ビックリだね。ビックリだよ!


「おい、邪魔だ。そこ影になるからそっち寄れよ! あー、そこも邪魔。どっか行ってろ」


「……」


 ルイちゃんは映える写真を撮るので忙しいらしので、少し放っておきます。触らぬ幼馴染大明神様に祟りなしです。終わったころにまたこよう。


「おっちゃん。今日も店番で忙しいみたいだね?」


 なので、台所を出て廊下を真っ直ぐに進み、のれんをくぐり和菓子屋側にやってきた。

 今日も今日とて大変お忙しいおっちゃんに、わざわざ労いの言葉をかけにきたんだ。もちろん嘘だ。


「……こないだは悪かったよ」


「何の話だい? 僕にはなんのことかわかんないな」


 最後まで助けにこなかった薄情なこの男。

 謝られたところで素直に許したりはしない!

 さて、どうしてくれようか……。


「なんだ、カカオ豆いんねーのか?」


「──いるに決まってんだろ! こないだ助けてくれなかったんだから、そのくらい手伝ってくれよ!」


「わかったよ。ネットでも買えるみたいだが、俺が用意するから間違っても注文すんなよ?」


「えっ、ネットで買えんならポチるけど」


 諭吉さんが大量にいる俺に不可能はない!

 しかし、諭吉さん使いたくないし、おっちゃんにも立場とかありそうなのでお任せします。


 カカオ豆をくれるというなら、こないだの件は許してやらなくもないです。



 ※



 おっちゃんと話していた間に、映える写真は撮り終えたらしい。終わったからと呼びにきた、幼馴染大明神様はご機嫌だ。

 さっきはダメだったが、今なら許されるだろう。


「1つ頂いでもよろしいでしょうか?」


「もういいよ。食べたきゃ食べて」


「──やったぜ!」


 作ったら満足らしいルイは1つも食べていない。まさかとは思うが、普段は映えるために作ってたりするんだろうか?


「では1つ。 ──うまっ! これは本当に同じ材料なのか! ヤベェな。こっちもうまい」


 ルイの方の出来上がったトリュフチョコは、カラフルさがまず違う。3種類ともまぶしてある粉の色が違う。

 それぞれ味も違うし、食感も俺のとは違う。ふわっとしたチョコから固いチョコになる。これが後からつけられてたチョコ効果か!


「同じ材料なのかって、ずっと一緒に作っただろうが」


「そうでした。うまっ、全部美味い! 映えるだけでなく手が込んでいると分かる」


「美味いか……なら、良かった」


 ──あれっ? 今なんか……。


「カカオマスからチョコレート作んのは、もう1つ違うの作ってからにする。材料はまたメールするから。明日は間違えんなよ!」


 それだけ言われて、ルイちゃんのチョコレート講座は終わり、即時解散となった。

 ルイが作ったトリュフチョコは全部、お土産にと渡された。こんなにどうすんだ。

 じゃなくて、最後のあれは……。


「お疲れー、どうだった? れいちゃん。どうしたの?」


 早く帰って冷蔵庫にチョコを入れないといけない俺は、玄関を出たところで、外にいたおばちゃんに声をかけられた。


「なぁ、おばちゃん。俺はルイに不味いって言ったのか?」


「なに、美味しくなかったの?」


「──違くて! 昔だよ」


「昔って言うけど、そんなに経ってないじゃない」


 それはそうかもしれない。

 けど、たった数年かもしれないけど昔だ。

 今じゃないし、もう戻れないんだから。


「違うわよ。あの子がそんなこと言われたら、どうすると思う?」


「……こないだのようになると思います」


「正解! 口より先に手が出るわねー。なら、違うのよ?」


 いい線。もしくは正解だと思ったのだが、俺に名探偵の才能はないらしい。

 当たらずとも遠からずですらないのか。


「ねぇ、本当に知りたいの? 今更だし、もうあの子怒ってないわよ?」


「知りたい。そんなつもりは無かったんだけど、どうしても知りたくなった」


「そう。なら、明日またヒントをあげるわ。また明日ね」


 そして、その日はモヤモヤしたまま眠りについた。

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