悪魔のレート。また零斗とかかってる!

 ──ズルズル


 ニュアンスとしてはそんな音だろう。


 ──ズルズル ──ズルズル


 しかし、何の音なのかは分からない。


 ──ズルズル ──ズルズル ──ドカッ!


 急に身体に衝撃を受けて意識が覚醒した。

 目を開けて初めに目に入ったのは、絶対に自分の部屋ではない石の壁。同じような材質の柱も見える。

 次にここが角だということに気づく。

 どうやら、この曲がり角にぶつかった衝撃で目が覚めたらしい。


 また、ズルズルは続いていく。


 目覚めたら何故だが、俺の意思とは関係なく移動してる。それもそのはず、俺は誰かに引きずられているのだ。『どこに?』『なんで?』は分からないが、自分の状態は思い出した。


 お姫様に『泊まっていったら?』と意味深に言われ、まんまと勘違いし、結果として簀巻きにされた。

 簀巻きにされて、床に転がされて、目が覚めたら引きずられていましたとさ。


 今日も不幸は続いているのだろうか……。


 ズルズルから脱却しようにも、簀巻きでは動きたくても動けない。

 それに足元から引きづられてるから、引きずっている相手の顔も見えない。


「誰かは知らないが1回止まろう?」


「起きたのか……小僧」


 声をかけたら、引きずっているヤツが誰だか分かった。

 ──そしてヤバい! まさかのセバスだ。

 ずっと不機嫌な悪魔が、俺をどこかに連れて行こうとしている!


 マズイぞ……このままだとヤラれる。

 きっと目障りな俺を葬ろうと、お姫様の部屋から連れ出したのだ。


「誰か助けて! 悪魔にヤラれるーーーー」


「──やかましい! 早朝から叫ぶな!」


「何、普通なことを言ってんだ!」


「ほら、着いたぞ」


 抵抗むなしく俺はどこかの部屋へと、転がされ入れられる。そして扉の閉まる音。

 いよいよもってピンチになってしまった。身動きも取れない中、密室へと入れられてしまった。


「こんな直接的な手段に出るなんて……」


 何に怒っていたのかも分からないまま、消されるなんて納得いくはずもない。

 そもそも、消される意味が分からない! 悪魔の身勝手に付き合う理由もない!


「おい、セバス……」


 しかし、入ってきた方にセバスの姿は見えない。

 ──あれっ? あいつ部屋に入ってないのか?


「おはようございます。ずいぶん愉快な様子ですが、どうされたんですか?」


 セバスはいなかったがもう1人、背後というか部屋的には正面にいた! イイ声のイイ顔の男、ニクスがいる!


「──とうとう本性を出したな! 俺は最初から、いいやつすぎると思ってたんだ! セバスとグルになって俺を葬ろうとするとは……悪魔め」


「その様子だと何も聞いていないのですか?」


「待て、やめろ! 何も知らない。俺が何をした! ここで俺を消しても、第2第3の俺が現れて、お前たちを同じ目に合わせるだろう。だから、考え直せ。今なら土下座で許してやる!」


 俺の恩情を無視して二クスは俺に手をかけようと、いや……俺を手にかけようとする。『ヤラれる!』そう思ったのだが、ニクスは簀巻きを解除してくれる。


 ──あれっ?


「早朝だったので驚きましたが、てっきり伝わっているものだと。ご説明しますのでどうぞ」


 簀巻きを解除してくれた二クスは、自分の机であるところに移動していき、俺は近くの椅子に座るようにと促される。


「まて……聞いた。お姫様から聞いたよ? 何か話があるんだろう?」


 そういえば本当にそんなことを言われた。二クスが呼んでいると。というか、それが簀巻きの発端だ。

 お姫様に、朝早く二クスのところに行ったらいいじゃないかって言われて、昨日は泊まっていけとなったんだから。


「先ほどセバス殿に会った際に、姫に伝えたことをセバスにもお伝えしたのですが、そうしたらすぐに連れてくると仰ったので、お任せしたのですが……何も言われなかったのですか?」


「気づいたらもう廊下だった。ズルズルされて、ここまで来たんだ」


 二クスは軽く引いているらしい。

 まあ、いきなり簀巻きでやってきて、ろくに話も伝わってなかったらそんな顔をするだろうが、これは本当のことだ。


「実は、お渡ししたいものがありまして……」


「簀巻きにされ。引きづられて目を覚ました。俺への感想はないのか?」


「先日、姫がお世話になったお礼が出ています」


「おい、無視すんな! ……なに、お礼?」


 いっさい簀巻きに触れようとしないニクスに、『何か言えや?』と詰め寄るつもりだった俺の前に、いい生地そうな布の袋が置かれる。

 ドサッと音がするくらいの重量の袋がだ。


「掛かった費用に、王からのお礼を合わせた額になっています。お納めください」


 お礼は袋が1つ。そのジャラジャラ感から察するに、中身はお金らしいな。

 しかし、その重量はおかしくない? いや、中身は全部100円玉とか?


 小銭ならあり得る。どうせ俺へのお礼なんだ。くれるというならいただきましょう!

 そう考えながら袋を開く。


「……これ……何? どこのお金?」


 すると中にはギッシリと、謎の金色の硬貨が袋いっぱい入ってる。これをどうしろと?


「こちらの金貨ですね」


「日本は円なんだ。金貨じゃ使えない……って、これきんなのか?」


「それは金貨ですので。当たり前かと」


「持ち帰ってもいい?」


「もちろん。そのための物ですので」


 きんて高いよね? これ全部でおいくらになるのかしら。

 続いていた不幸は終わったらしい! これだけあれば、もうバイトなんぞしなくてもいい! やったぜ!


「王様にありがとうと伝えてくれ。俺は用事が出来たから帰る!」


「はい。お伝えしますが……急にどうなされたのですか?」


「どうもしない。ぼくはいつもどおりだよ?」


「それは無理があるかと──」


 用は済んだから、ニクスの話を最後まで聞くことなく部屋を出る。ここが二クスの執務室らしい。一応、覚えておこう。一応ね。


 さて、この金貨を換金するにはどうすればいい? 未成年では無理だろう。親に頼めるはずもない。

 ……おっちゃんでも、ダメだ。バレた時のリスクが高い。


 出所のわからないきんを、換金なんて無理じゃね? そう思った時──


「小僧、何やら困っているようだな。その金、換金してやろうか?」


 そんな声がして、俺をここまで運んできた悪魔が立っていた。

 俺の心内を見透かしたような言葉……っていうか、こいつは知ってやがったし、俺を待っていやがったんだな。


「セバス。お前にそんなことできるのか?」


「悪魔を見くびるなよ。容易だ」


 世界間の移動ができたり。クローゼットをビフォーアフターできたり。姿を消せたりできるセバスだが、それとこれとは話が変わってくる。

 俺の言う換金ってのは円にするってことだ。意味分かってんだろうな?


「本当に? 円になる?」


「なるぞ。悪魔のレートでよければだがな」


「──はっ?」


「日によって変わるが、今日はいい方だぞ。どうする?」


 ここまで言っておいてあれだが、悪魔に換金を頼むとか怖すぎるんだけど……。


 ……どうしよう?

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