期待したら裏切られました
♢9♢
今日、ルイに買っていったアレ。並ばないと買えないプリンは、実は5個あった。
買った時に1つだけ別にしてもらったんだ。
……理由はね?
「プリン、美味しいわね。卵がこんなふうになるなんて」
お姫様にも1つ持っていこうと思ってさ。
優しい俺は、プリンを知らない彼女の分も買っていたんだ。
もちろん、ただの善意だよ? 他意はない。
「美味しいなら良かった。買ってきたかいがあった」
「昨日からどうしたのよ? 毎晩こんなの持ってくるなんて」
俺は、美味しそうに食べる姿が見たいだけなんだ。昨日のチョコレートケーキも、本当に美味しそうに食べていたからさ。それだけなんだ。
「気にするな、たまたまだ。チョコレートを教えてもらえることになった記念? まあ、そんな感じだ。めでたいからだ」
「そう。あたしはプリンが美味しいから、なんでもいいけどね」
バカめ、──もちろん嘘だけどな! 昨夜のことを俺は根に持っている!
寝る前に甘いものを摂取して、それが何日続ければ自分の増量に気がつくのかを、試してみようじゃないか!
「そういえば、ニクスが呼んでたわよ? 次にいらしたら自分のところに来て欲しいって。忘れないうちでよかったわ。確かに伝えたからね」
「……何?」
わざわざ、そんなことを伝えておくってことは、緊急の要件なのか? 何か起きそうなほど、バレンタイン計画はまだ進んでいないのだが?
要件をお姫様に話していないというのが気になる。
「今から行ってもいいのか?」
「何時だと思ってるの? もう執務室にいるはずないじゃない。バカなの?」
「……」
もしやと思って聞いてみただけだよ! 緊急だった場合があるじゃん!
しかし、そうなると早くても明日の夜になってしまうか……。
ルイに言われた板チョコなんぞコンビニでも買えるが、財布の中身が心もとなくなってきた。そこで、安く買えそうなスーパーに行きたい。
早くから開店しているスーパーに、学校に行く前に寄って行きたいから、朝は早く出掛けたいんだ。7時から開いてるとか神でしかない。学生の自分は助かっております。
「気になるなら、今日はここに泊まっていったら? それで朝一番で、二クスのところに行ったらいいじゃない」
「──えっ?!」
泊まっていったらと、今そう聞こえたんですが?
それも、『ここ』ってお姫様はそう言ったよな。確かに言ったよな! ここって今いるココってことすっか!?
「い、い、いいのか。本当に?」
「うん……」
勘違いではないらしい。聞き間違いでもだ。お姫様は本気で、泊まっていけと言っている。
あー、ボクわかった! ここって言うのは城のことで、同じ部屋じゃないというやつだ!
勘違いした野郎がガッカリするっていう、おきまりのやつだ。そんなオチだよね。ボク知ってた!
「今からじゃ、部屋も用意できないから……」
──う、嘘だろ? まさか本当に……。
「ここでよかったらだけど」
「えーーーーーーっ!?」
お泊りイベントが発生するようなフラグが、いったいどこにあった!
──読み返して! 今すぐ!
読み返して俺に教えて! 主人公は全然分からなかったんだけど!?
「……ダメだ。やっぱり帰る。好意はありがたいが、時間も心配だからな。浦島太郎になってしまっては困る」
笑いたければヘタレと笑え。俺にそんな度胸などない。
急にイベントが発生しても『うひゃっぴー!』とは喜べない。
うひゃっぴーってところで何?
「大丈夫よ。クローゼットが開いてる間は繋がってるけど、閉じれば向こうの時間は全然進まない。朝になって帰っても、向こうは夜のままよ?」
「何それ。すごくない?」
つまりあれか。この世界は、1日で1年分の修行ができるというアレか。まさか実在したのか……。
まあ、俺なら修行するくらいなら、1年遊んで暮らすけど。
「でも、1回それやっちゃうと、時間がちぐはぐになんないか? こっちは1日進んで向こうはそのままなわけだろ?」
「大丈夫よ。あんただけ、1日が1日多くなるだけだから。世界間の時間も、世界自体が帳尻を合わせてくれるから特に問題ないわ。時間って、きっちりしているようで融通が利くのよ。少しだけね」
「……んっ?」
俺だけ1日が2日になるのはなんとなく分かる。けど、世界が帳尻を合わせてくれるというのはどういうこと? 世界さんは話し合いできるの?
「反応を見る限り、説明しても理解薄そうだからやめとくわ……。クローゼットが開いてる間だけ繋がってて、あとは都合よく世界が対応してくれる。分かった?」
「だいぶはしょったよね?」
「でも、これなら理解できるでしょ。変に気にしなければいいのよ。注意するのは、不要な時はきちんとクローゼットが閉まっているか確かめるだけ。簡単でしょ?」
おっしゃるとおりです。難しい話より大分いいです。
しかし、それではヘタレるわけにはいかないではないか。逃げ出す理由がなくなった……。
「だから、泊まっていきなさい」
「はい」
──俺は逃げない! 泊まれというなら泊まるまでだ! まだ、何があるとかないとかは分からないが、この流れに身をまかせる。
寝るだけ。寝るだけだ。なんて考えても、ドキドキするもんはするわ! ハァハァもしてしまうわ!
「用意するから、いいって言うまで目をつぶってて……」
「はい」
大人しく指示に従うと、何やら布が擦れるような音がする。男子の想像力をここで働かせるなら、服を脱いでいるようにも聞こえる。そう思ったらそうとしか聞こえない! まさに今、俺の前でパジャマにお着替えしているというのか!
だが、絶対に目を開けない。
その選択肢はイベント自体をぶっ壊すものだと思うからだ。したがって、本当は何が起きているのかは分からない。
「動かないでね」
「──な、なんで抱きつくの! いや、言うほど抱きつかれてはいないけどなんなの!? 服を脱がせるつもり! 変態、変態!」
「わけわかんないこと言ってないで黙ってなさい! 動くな! 力加減が難しいんだから……」
身体が何かに素早く包まれる。いや、くるまれる? そして圧迫感。まるで紐でぐるぐる巻きにされているような?
その作業は非常に手際よく行われ、あっという間に出来上がる。 ……簀巻きだよね。これ?
「──これでよし!」
「ねぇ、なんで簀巻き? 一緒に寝るんじゃないの?」
「絶対イヤ。変なことされそうだし……」
「──帰る、お家に帰る! 帰るから解け!」
騙された。なんて巧妙な罠なんだ……。これに引っかからない男がいるはずない。
期待させて、大人しくしてる間に拘束。
出来上がるのは、身動き取れなくなった簀巻きマン。
「どうしても帰りたいなら、自分でどうぞ?」
そう言って、お姫様は俺を突き飛ばす。簀巻きな俺は床へと転がる。
ヤバい、起き上がれない! めっちゃ拘束力が高い!
そして、もぞもぞしている間にクローゼットには鍵がかけられる。
「人の善意は素直に受け取りなさい」
「これが善意だと? この簀巻きがか?!」
「仕方ないじゃない。夜中にわざわざ、誰かを起こして部屋を用意してもらうなんて悪いわ。そう思うでしょ?」
「──俺には悪いと思わないのか!」
クローゼットから寝巻きらしいものを持ってきたお姫様は、それを持って天蓋付きベッドに消えていく。
シュルシュル音がして着替え終わったのだろう、部屋の明かりが消える。
「甘いもの食べて、そのまま寝るなんて虫歯になるぞ! 俺も虫歯になりたくないから歯を磨きたい。お風呂にも入りたい! そうしなきゃ眠れない! 眠れないよーー」
「うるさい。1回歯を磨いたし、今から水場に行くのもめんどくさい。1日くらいノーカンよノーカン。いいから寝なさい。嫌なら廊下に放り出すわよ?」
なんたる仕打ち。俺が何をしたというのか? これが善意だと言うなら、世界はどうかしている。
その上、廊下に放り出すだと。この時期に? 俺死んじゃうよ?
「あと……変なことしようとしたら、全力で窓からぶん投げるから。そのつもりで」
この高さも死んじゃうよ? なんだろう……今日は厄日なんだろうか?
日頃の行いが良いはずなのに。身体中痛いのに。あれ以上の不幸など、ごめんこうむりたいのに。
なんか今日は不幸だーーーーっ!
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