暴力はなにも生まない。しかし話は進む。

 怒れる幼馴染に、物理攻撃と木刀による殴打で、ボッコボコにされました。今はとても全身が痛いです。

 あれで死んでいないのが奇跡だと思います。日頃の行いがいいから、生きているんだと思います。


 その攻撃の最中。何度も助けを求めても、最後まで誰も助けてはくれませんでした。

 それどころか、その様子をとても楽しそうに見ているしまつ。

 次に『ヤバイ!』と思った時には、一目散に逃げることにします。今日は命の危機を全力で感じました。


「まだ、生きてるのか……」


 幼馴染様による攻撃が終わったと思ったら、俺が生きていると気づかれた。死んだふりが見破られた!

 俺が生きていることが許せないらしい幼馴染様は、いよいよトドメを刺すつもりのようで、木刀を振り下ろすのではなく突き刺そうとしてくる。


「まて……突きは危ない……。本当に死んでしまう……──いい加減に助けろよ! なんで楽しそうなんだよ! 見てないで助けてください!」


 どこの辺から近くで見ていたのか、おばちゃんはニコニコしながら俺たちを眺めている。

 しかし、一切止めようとはしない! だけど、このままではトドメを刺される!


「ルイ、そろそろやめなさい。でないと、れいちゃん死んじゃうわよ?」


「ダメだ。息の根を止める」


 おばちゃんは、やっと助け船を出してくれるようだ。

 ──遅っ! もう虫の息になってから助けられても! けど、ありがとうございます! ルイは本当にやるからね!


「まあまあ。せっかくだから、みんなでプリン食べましょう? 並ばないと買えないやつよ! この前、食べたいって話してたじゃない」


「プリン?」


「あら、聞いてないの? この子、学校サボって買ってきたのよ」


「……相変わらず、ムダな行動力」


 最初に出すつもりだったのが、あまりの威圧感に存在を忘れてた。

 しかし、焼け石に水なんじゃないのか?

 もっとちゃんと止めてほしい。まず凶器を取り上げてほしい。


「ほらほら、開けるわよ。ルイもこっちきて見て! れいちゃんも、いつまでも死んだフリしてないで起きて。もうパンツは散々見たでしょう」


「助ける気があるのかないのか! 再び木刀が振るわれるからやめて!」


「起きられるじゃない。ルイ、嘘よ嘘! れいちゃんは何も見てないわ。もうそれはしまいなさい!」


「プリンを買ってまいりましたので、お納めください。行ったら本当に並んでいて、買うのが大変な品らしいので、美味しさは保証されていると思われます。是非ともお召し上がりになってくださいませーー。お許しくださいませーー」


 木刀が振るわれる気配が、プリンによって薄れていく。ルイの視線は木刀とプリンの箱を、行ったり来たりしている。もう一押しだ!


「怒ったまま食べたところで、美味しくはないかもしれない。俺にトドメを刺して食べたら、後味が悪いかもしれない。プリンに罪はないのです。美味しいまま召し上がり下さい。お助けくださいませーー」


 再びの『DO・GE・ZA』をし、水色の布のことを記憶から消去する。

 もったいないとか思ってはいけない。忘れるんだ。


「……ふん」


 ルイは木刀を立てかけ、プリンのあるテーブルに移動していく。それを見たおばちゃんは、俺を手招きしてテーブルに来いという。

 木刀から手を離したということは、許されたのか? マジか、本当にプリンに救われるとは。買ってきてよかったーーっ。


「2人とも早く座りなさい。いつもの位置にね」


「なんで──」


「ルイ、このテーブルに座る位置は昔から決まってるのよ? ルイが左で、れいちゃんは右。行儀よくしなさい」


「……」


 先にルイが座布団に座り、その隣が空いている。

 まさか。お、俺に座れと? 昔とは違うし、今の恐怖が色濃く残る俺にルイの隣に座れと?


「れいちゃんも座りなさい?」


「はい……」


 ノーとは言えない。おばちゃんは怒ると怖いのは知ってるから。娘であるルイも当然知ってる。

 圧力に逆らうことなど出来ずにルイの隣に座ると、『うんうん』と何かに納得したおばちゃんは、プリンの入った箱を開ける。


「あら、4つも入ってる。ちょうど人数分ね」


「いや、おっちゃんの分はなくなった。ヤツは店番で大変忙しいらしい。その1個は回収する」


「あらあら……」


 ──おっちゃんに食わせる分などない! 助けにもこない薄情者め!

 覚えていろ、必ず報復してやる!


「あと、俺もいらない。糖分は足りてますので……」


 食べたくても食べられないよねー。食べたら血の味しかしなさそう。ガチに殴られて、口の中は血の味がしているのです。


「あらそうなの? なら2つ食べられる計算ね。ルイも食べるでしょ?」


「いいの? 並んで買ってきたんでしょ?」


 意外にもルイが話しかけてくる。

 隣にいるだけで不満なのかと思ったのだが、意外にそうでもないのかな? プリンの力かな?


「ああ、食いたくなったら、また並ぶさ」


 入手法は知ってるのだ。それでいい。

 元より今日は手土産として買ってきたんだ。食わなかったとしても、おかしいところはない。


「れいちゃん。カッコつけてるけど、次に学校サボったら、お母さんに報告するからね?」


 もう、学校をふけて並べなくなった……。

 おばちゃんからママンに伝えられてたら、サボりは素バレするより罪が重くなり、ルイより厳しめにしばき倒されるだろう。

 ウチのママンもこわいんだ。


「すいませんでした。以後、気をつけます」


「まったく……ところで、何でチョコレートなの? やっぱり煽ってるの?」


 チョコレートと言ったらルイは怒っていた。だが、チョコレートに思い当たることなどない……はずだ。


 しかし、実際にルイはブチギレた訳だし。おばちゃんも、煽ってるのかと言う。チョコレートに何かはあるんだろう。

 俺には、まったく何のことか分からないのだがな。


「そいつは何も覚えてない。なんか、またムカついてきた」


「──もうやめて! 零斗れいとくんのライフはとっくにゼロなのよ!」


「まだ余裕があるよな。そうやって、ふざけてられるんだから。そんな気が起きないようにしてやる」


 立ち上がろうとするルイの手をなんとか掴み、木刀までいかせないようにする。もうあれは無理だから!

 引き倒そうとする俺と、引きずってでも木刀を取りにいこうとするルイ。


「そういうのは2人きりの時にやってください。人前でイチャイチャするのは、やめたほうがいいわよ」


 俺たちの攻防に、おばちゃんにはそんなことを言う。

 おばちゃんにはあの暴力が、イチャイチャしているように見えていたのか……。だから笑ってた。こわっ──! 悪魔よりこわい!


「──イチャイチャなんてしてない!」


 ルイは当然、完全否定である。まあそうだね。イチャイチャはしてないからね。

 あれがイチャイチャなんだとしたら世界は終わりだよ。


「離せ! ……ちっ……」


 ルイは物理攻撃に移るつもりだったのだろうが、その足が上げられることはなかった。

 イチャイチャ発言により躊躇いが生まれた。なんという抑止力! すごいよ!


「やっぱり美味しいわね。もう1個は明日に取っておきましょう」


 そして、何事もなかったようにプリンをパクついてる、おばちゃん。本当にすごいと思う……。


「もういい! はぁ……チョコレートでしょ? カカオ豆から作りたいみたいだけど、そんなの売ってないぞ。カカオマスなら手に入るけど」


「カカオマスって、何? それにカカオ豆って売ってないの? じゃあ、どうやって作るんだよ! チョコレート!」


 予想外の事態だ。こっちで豆がなくては豆からチョコレートを作るのを、教わることなどできるわけがない。

 それではチョコレートがない異世界で、チョコレートを作るのが遠ざかる。というか無理になる。


「売ってるのじゃダメな理由って何? どうせ、後先考えずに行動してるんだろ?」


「──後先は考えてない! おっしゃる通りです。そして、ダメな理由も言えません!」


「……やっぱりふざけてんだな」


 ふざけてるわけではない。本当に言えないのだ。

 異世界とか、プロデューサーのこととか、バレンタインにチョコレートほしいからとか、言えるわけない。


「理由は尋ねずに教えてください! カカオ豆は絶対に手に入れますから! お願いします!」


「ルイ、もう暴力じゃ先に進まないわよ。さっきので終わり。れいちゃんを手伝ってやりなさい。カカオ豆は、お父さんが用意するから」


「おばちゃん。また、俺を助けてくれるなんて……」


 そして、おっちゃん。一応ありがとう。

 プリンはもうないけど助けてくれるなんて。

 本人は何も言ってない? いいんだよ。どうせ、おばちゃんには逆らえないんだから。


「……わかったよ。いきなり豆からとか無理だから、簡単なところからやるから」


 成る程。カカオ豆からチョコレートの生成は難しいと読んだ。

 ならば簡単なところから始め、最後に到達すると。


「明日。板チョコ用意して、もう1回きて」


「よかったわね。調理にはウチを使っていいわよ。道具も一通りあるし」


「──今日から、幼馴染大明神様と呼ばせていただきます!」


「──やめろ!」

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