DO・GE・ZA

※4-3


 おっちゃんに和菓子屋の裏側。自宅の方から入れと言われた俺は、恐る恐るインターホンを鳴らす。

 こんなにプルプルしながらインターホンを鳴らしたのも、人が出てくるのを待つのも始めてだ。もう帰りたい。


「あら、れいちゃん。いらっしゃい。ルイは居間よ」


 いつでも逃げられる体勢でいたのだが、幼馴染様が初っ端から出てくることはなく、何故だかひじょーーに楽しそうなおばちゃんが出てきた。

 おばちゃんは幼馴染様の母上であらせられる方だ。顔はよく似ている。中身は真逆だがな。


「なんか、ご機嫌ですね」

「こんなにおもし……──良い日なんだから! お茶とお菓子はすぐ持っていくから、あがってあがって」


 この人さ「こんなに面白い」って、いま言いかけたよね?

 いい日とか言って誤魔化そうとしても、その本音は誤魔化せない。楽しそうなのは面白そうと思ってるからじゃん。

 他人事だと思いやがってー。おっちゃんもおっちゃんなら、おばちゃんもおばちゃんだ!


「……お菓子はいいです。これ、買ってきましたから」


 おばちゃんはお菓子って言うけど、店に出てる和菓子じゃん。チョコレートもだが、餡子の甘さも今の俺には必要ない。

 お茶も本当は遠慮したい。熱々のお茶が顔に飛んできたら嫌だし……うわぁ、嫌な想像してしまった。


「うそ、どうやって。学校サボったわね! そんな子に跨がせる敷居はウチにはありません。出直してきなさい!」


 手土産に驚かれたがそれは一瞬でキッと睨まれる。そんな幼馴染様と似た顔をされると、幼馴染様に睨まれた気になってしまう。こ、こわいです。

 だが、怯んでばかりはいられないのだ。これを練習と思って乗り切らなくては!


「ちょこっと抜け出しただけですー。ちゃんと戻って、クソつまらない授業を聞きましたー。黙っているなら1個やろう」

「……今日のところはそれで手を打とう。中に入りなさい」


 よし、勝った。プリン1個で買収に成功した! これで親バレもない。いい出だしなのかもしれない!


「おじゃまします」

「はい、いらっしゃいませ」


 ずいぶん久しぶりにこの家の玄関に足を踏み入れた。

 靴を脱ぎ家の中を進んでも、店の方と違ってこっちは記憶の中と何も変わらない。


「……って、なんでついてくるんですか?」

「台所は居間の横よ。お茶用意しなくちゃ! それと晩ご飯の支度もしなくちゃ!」


 絶対違う。おもしろそうだから隣で立ち聞きしてるつもりだ。おばちゃんはそういう人だ。

 しかしあれだ。そういうことならば……。


「おばちゃんはさ。おっちゃんと違って、俺がピンチの時は、助けてくれるよね?」

「言ったでしょう。晩ご飯の支度しなくちゃいけないから、ムリ!」


 こっちも助けてはくれないらしい。密室で助けもないとなるとこれは死ぬかな?

 今からでも帰った方がいいんじゃないだろうか?


「最初から若い2人に任せて、お邪魔虫はすぐに退散するから。気にせずやってください」


 なんで、そんなに楽しそうなんだろうか……。

 俺はこんなにも不安と恐怖で吐きそうなのに。マジで逃げ出したいのに。


「れいちゃん。あの子も鬼じゃないわ。誠意を見せれば許してくれるわ。 ……きっと」

「きっとなんだ。余計に不安になったわ」

「でもね。れいちゃんが悪いのよ? 私だったら、ぶっころしてるわね。きっと」


 昔の俺は何をやらかしたんだろうか?

 というか、おばちゃんはルイが怒っている理由を知ってるのか。俺はまったく心当たりがないというのに。


「それが何なのか教えていただくわけには……」

「あら、覚えてないの? じゃあ教えない」

「なんで!? ぶっころされるよ!」

「ほらほら、ただでさえ機嫌が悪いのよ。早く行きなさい!」


 おばちゃんに背中を押され、居間の障子の前についてしまった。

 そしておばちゃん。「早く逝きなさい」って言わなかった!? そう聞こえたんだが。き、聞き間違えだよね?



 ※※※



 突然だが、俺がこれまで味わってきた恐怖を、数字で表してみようと思う。最大値は100点とする。

 異世界で拷問椅子に括り付けられ、強面たちに囲まれる。これが100点だ。もうぶっちぎりで!


 お姫様の着替えシーンに遭遇する。うーん、70点かな? あの時は他の感情も多分に含まれていたからな……邪なやつが。

 セバスにヤラれそうになる。60点だな。「こわっ!」とは思ったが、俺は恐怖に耐性を得た。もう半端なことではビビらない。


 この何日かで様々な恐怖体験をし、もう慣れた。余裕。くらいに思っていたんだが……。


「「……」」


 居間に入ってすでに10分。互いに何も話さない。

 前に座る幼馴染様は能面のような無。怒りなどまるで感じさせないが、それが俺には恐怖でしかない。


 何をされたわけでもないが、俺が感じている恐怖は99点。わかるか? 最大値から1点しか違わない。

 囲まれての状況と大差ない。むしろ1人の圧としては、これ以上は有り得ない。

 くそっ、なんて力だ……。俺じゃ到底敵わない!


 余裕があるように思えるかもしれないが、そんなわけがない。こうでもしないとここに居られないんだ。


「「…………」」


 そしてついに互いに黙ったまま動かない沈黙を、幼馴染様が破る。ルイはスマホをいじり始めた。

 こいつは自分から口を開くつもりはないらしい。俺からいくしかないようだ。


「えー、本日はお日柄もよく──」


 やっと口を開いた俺に、幼馴染様から視線が注がれる。その目はこう言っている。「ちげーだろ?」と。


「幼馴染様におかれましては──」


 今度は、「ふざけてんのか?」だろうか。

 こんなことなら簡単にわかるのに、どうして何に怒っているのかはわからないんだろ……。


「──俺が悪かった。ごめん!」


 日本人が謝るといえばこれしかない。

 土下座である。DO・GE・ZA。謝るならこれだ。


「……」


 頭を下げたままの俺にルイは何も言わないが、少ししてパシャと音がした。

 どうやら生で見ることの少ないだろう土下座は撮影されたらしい。だが、やはりルイは何も言わない。


「……それは何に謝ってるの? どうせなんにもわからないで謝ってるんでしょ」


 しばらくしてから、土下座の姿勢のままの俺にルイは言う。

 流石は幼馴染である。よく俺を理解している。


「だけど……やっと謝りにきたから、話くらいは聞いてやる。けど、その前に立って」


 一応、土下座の効果はあったようで、ルイの態度は軟化したような気がする。

 しかし、ここで待たせては意味がなくなるかもしれないので、すぐに言われたように立ち上がる。


 久しぶりに幼馴染と並んでみて、ルイは俺と身長が大して変わらないと知った。何センチか俺の方が高いくらいだろう。

 会わない間に互いに成長した俺たちたが、目線の高さは昔からずっと同じくらいだ。

 そんな成長しても変わらないところと、明らかに変わったところ……。


 ルイを姫的な誰かさんと比較すると、出るところは出ている。引っこむところも引っこんでいる。

 変わったといえば髪も染められる。制服も今どきに着崩していて、ギャルっぽくなっている。昔はもっと真面目な感じだったのに。


 そんなふうに変わった幼馴染だが、それでも唯一その爪だけは何もされてない。

 今も変わらず、「将来の夢はお菓子屋さん」なだけはある。


零斗れいと、一発殴らせろ。それで許してやる」

「わかった。お前の気が済むならやってくれ」


 そしてなんと男らしい。女々しい俺とは大違いだ。とは言え、女子の殴らせろって要は平手打ちだろ?

 くるとわかっていて、覚悟していればどうということもない!

 それで許されるなら喜んで一発殴られよう。


「さあこい!」

「いい度胸だ、 ──このクソ野郎が!」

「ぐはっ────!?」


 平手打ちどころか本気のグーで殴られた!? 全然、平手打ちチガウ!


「──よし!」


 予期せぬ本気のグーパンチに何の用意もなかった俺は、受け身すら取れずに襖に突っ込み、大きく襖に穴を開ける。

 その音は家中に聞こえたことだろう……ぐふっ。


「それで。話ってなんなの? 早く言えよ。いつまでも寝っ転がってないで」


 殴って満足したらしい幼馴染様は切り替えが早い。ただね……少しくらい俺を心配してくれないのかな?

 これ、絶対に口の中とか切れてるよ。血の味するもん。とはいえ、ようやく目的を達成できるところまできた。口の中が痛いが言わねば。


「チョコレートを作りたいんだ。豆から」

「……はぁ?」


 正直に目的を言ったのだが、何故だかルイにゴミを見るような目をされた。

 それに先ほどと違い明らかに怒っている。

 あれ? なんか、危険な感じなんだけど? 命の危機な感じがする……。


「よりによってチョコレート! 零斗、本当はわかってて言ってるんでしょ!」


 スゴイ! チョコレートのレートと零斗ってかかってる。これは笑うところかな?

 ハッハッハーー……なんて言って誤魔化せない!


「──やっぱり殺す! ふざけんな!」


 ルイの怒りのメーターは何故だかぐんぐん上がっているようだ。振り切れたら俺は死ぬ!

 そして襖に突っ込んだまま起き上がっていない俺に、容赦なくルイは蹴りを放つ。やはり物理攻撃を多用し始めた! 痛い!


「痛い、いってーな。全然一発じゃねーじゃねーか! それに見えてる。パンツ見えてるぞ!」

「なっ──!? お前はどこ見てんだ!」

「そのスカート丈で、足を上げ下げしたら見えない方がおかしい! 横暴だ。暴力反対!」


 スカートを抑えながらも足蹴にするのをやめなかったルイだが、顔を赤らめたまま居間に戻り、何やらごそごそしている。

 この隙に起き上がり逃げなくては! きっと俺は殺されてしまう。


「ぶっころす……」

「はっ?」


 ごそごそしていたルイが振り返ると、その手には木刀が握られる。ブンと1回振られた木刀が出した音は、そのガチな重さを表している。


「なんでそんなのあるんだ!? そ、それで殴ったら本当に死んじゃうよ? おっちゃんもおばちゃんも、いい加減に助けろよ! 絶対に聞こえてんだろ!」


 しかし、俺の叫びも虚しく誰も助けはこない。

 もうボッコボコである。次回に続く……。

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