さっそく予定変更。しょうがない。

♢3♢


 我が家と商店街の裏を、特に誰にも気づかれることなく抜け、無事に駅まで到着。

 そこから電車に乗り約10分。二駅先までやってきた。

 ここは市内の中心部かつ最大の町であり、基本的になんでもあるところだ。


 俺の通う学校も最寄駅はここだ。バイト先もここ。遊びに来るのもここと、中心部というのがよくわかるだろう?

 なんでもあるってのは素晴らしいのだよ。まあ、買物するだけなら商店街でも済むだろう。


 しかし、今日はチョコレートがメインなのだ。

 あの場所に住んでいる俺から言わしてもらうと、「バレンタインらしさはあそこにはない!」。それと「決して。女の子と歩いてるのを見られるのが、恥ずかしいとかじゃないんだからね!」以上だ。

 さて、前置きはこのくらいにして話を進めよう。


 とはいえ実はな。ここに来るまでもすごく大変だったんだ。もうかなり疲れたんだ。

 あぁ、何があったのかというとな……。

 見る物全てが珍しいお姫様により俺は怒涛の質問責め。あまりのことに短時間でかなり疲労した気がする。通学時と同じ電車に乗って来ただけなのにだ。


 そんな俺とは対照的に、お姫様はすこぶる元気だ。それに世間知らず。流石は箱入りのお姫様だ。

 こちらの事がわからないのは大目に見よう。しかしだね。


「──すごいわね! デンシャ、あれも欲しい!」


「電車なんて売ってない。そもそも、あんなの個人が所有するわけないだろ。どこ走らせんだよ!」


 あれもって。いくらする……というか持って帰れるわけないだろ。おもちゃじゃないのよ?

 お姫様は自販機にも同じようなことを言った気がする。


「そうなの?」


「そうなの! 個人が所有する乗り物は、そこら辺を走りまくってる車だ。あれとか、あれとか、あれとかだ!」


「なら、クルマなら買える?」


 金銭感覚もお姫様なこいつは終始この調子だ。

 あれも欲しい。これも欲しい。って、向こうなら買えてしまうのだろうか? だとしたら、こわいわー。


「……買えなくはない。だが、乗れはするが運転はできないぞ? 専用の資格が別に必要になる。電車もそうだ。資格がないと動かせない」


「あるだけではダメってことね。ならしょうがない。今日のところは諦めましょう」


 今日のところはなんだ……。

 次は車と電車を買っちゃうのかな。姫、こわいわー。


「まぁ、なんだ。車の話は終わりにして、今日の予定を発表する。ここまで一切言うチャンスがなかったわけだが、それももういい」


「そういえば、どこに何をしに行くの?」


「よくぞ聞いてくれました! しかし、決めてあった予定は急遽変更されました。本当はチョコレートを最初に持ってくるつもりだったんだが、その前に服を買いに行く!」


 俺のリサーチ不足。というか知るわけねー。お姫様が姫な服しか持ってないとは知らなかったよ。

 この先もいちいちミッションインナントカするわけにもいかないし、お姫様に服と靴は必須だ。


「……誰の?」


「──お前のだよ! これからもいちいち借りてたんじゃな。なので、服を買ってやるから先にそっちに行く」


「これからも……」


 予定変更してでも先に行くべきだ。

 目的地にも服は売ってるのだが、予算的な問題がある。予算的な。な。

 そこでお手軽価格なお店に行ってから、予定コースに戻ることにする。


「んっ、今なんか言ったか?」

「べ、別に」

「なら、さっそく行動開始する。まずは移動だな。こっからだとバスがいいか? いや、節約だな……」


 いくらかかるかわからない。僕、女の子の服の値段なんてわからない……わからないよ。

 バス代すらケチるのはどうかと思うが、帰りはともかく行きは節約ということで。お出かけ日和だし!



 ※※※



 そんなわけで徒歩にてやって来ました。ユ◯クロの大型店です! ここなら俺の財布でも大丈夫だ。大丈夫なはずだ……。大丈夫だよね?


 ときに、みんなもユ○クロ好きだよな。な!? おかしくはないよね? 女の子も行くよね!?

 俺、自分では基本的にユ◯クロしか行かないんだけど。オシャレとかあまり興味ないんだけど。


「着いたがどうだ……女の子も女の人もいる。むしろ多い! よかった。これならお姫様をお連れしても大丈夫だ」


「ここは服が売ってるのね。それに、人が多いわね……」


「それは日曜だからな。ほら、入り口にいてもしょうがない。中に行くぞ」


「……うん」


 ここまでずっと元気だったのに、お姫様が急に弱気になった。見てわかるが明らかにテンションも下がってる。

 はて、この理由はなんだろう?

 電車は結構空いてたし、ここまでは歩きだった。比べると人が密集してるってことかな?


「もしかして、人が多いところダメなのか?」


「ちょっとね。こんなに人が集まってる場所になんて、普段はわざわざ行かないし」


 今の聞きました!? なんたるお姫様発言!

 確かにだだっ広い城の中なら、こんなふうに人が集まってる場所はないかもしれない。あったとしてもお姫様には無縁そうだ。


 こんな時はあれだ。よく迷子になるやつにする、迷子にならないようにする方法と一緒だ。

 昔、買い物に行った先でよく行方不明になっていた妹にしていたようにするのがいいだろう。と、とても恥ずかしいが、この際しょうがないよな。


「ほら」


「その手はなに?」


「──掴めよ! 俺だって恥ずかしいんだぞ! 嫌なら服でもいいから。ここまで来て行かないという選択肢はない。俺が先歩くから。入っちまえばそんなに人は密集してない。こっから見えるところと、レジ前には列ができてるけどな」


 お姫様は少し逡巡したが、服の裾を掴むことにしたらしい。手を繋いではハードルが高いから俺としても助かる。

 妹にするのとはわけが違うのだ。


「前向いてるのが嫌だったら視線下げて、俺の背中とか足元とか見るようにして歩け。それなら視覚はなんとかなる。行くぞ」


「ありがとう」


「どういたしまして」


 いざ店内に入ってしまえばやはり混んでるのはレジの周囲で、奥に行けば密集度はそうでもないとわかる。

 それに今は混んでるレジも、俺たちの買い物が終わるころにははけるだろう。もうすぐお昼時だし、そっちにみんな行くだろうからな。


「次はあっちに行って!」

「──はいはい」

「はいは1回!」


 そして今や、さっきまでテンションが下がっていたお姫様も服に夢中である。あっちにこっちにと見て回っている。

 興味は人混み嫌いも凌駕しつつあるらしい。


「あれ可愛い! 次、あれ見たい」

「はーい」

「意味なく伸ばさない!」


 このように女子はオシャレ好き。これは異世界だろうと変わらないらしく、どこであっても共通する理念なのかもしれない。


「……」


 問題は俺である。この間も俺はずっと裾を掴まれている。となれば、必然的にずっと一緒に店内を見て回るかたちになる。

 なにも1人で行ってこいと言いはしないが、こうしている俺たちは他人から見てどう見えるのか? つい、そんなことが気になってしまう。


 楽しげに会話し、一緒に服を選び、並んで歩く俺たちは……──いかん、これはいかんぞ! 俺は接待する側なんだ。邪念は振り払わねば。

 なに、お前は邪念の塊だ? ちょっと何を言われているのかわかりません。



 ※※※



 店内を見て回り一通りの服を選び終えた。こいつを脳内で足し算していくと……諭吉さん1人では足りない。2人は必要になる。

 それで足りるかどうかというくらいです。


「こんなもんか。しかし一度に全身揃えるとなると、結構な額になるのな。女の子の服というのはお高いんだね……」


「次はどうするの?」


「入り口のところのレジに行く。んで、金を払えば買い物終了だ。どこも同じだから覚えとけよ」


「なるほど。だから、みんな並んでたのね」


 最初と違い今はレジの人混みはなくなり、並んでいる人も数人と少ない。

 今がチャンスだとレジへと向かい、待ち時間にお姫様に買物レクチャーし、自分たちの会計を済まし店を出た。


 払いは当然俺だが、荷物も当然のように俺が持っている。別にいいけどな……。

 買い物の荷物持ちはよくさせられてるし! むしろ荷物持ちとして連れて行かれるし!


「誰かさんの支度が遅かったから、次で最後だ。余計なところにだいぶ時間がかかってるし」


 しかしいつもと同じ荷物持ちだとしても、今日はこのくらいの嫌味は許されるはずだ。

 出発が遅かったからもう昼過ぎだ。帰宅までで夕方くらいまでと考えているので、移動時間も計算するとこんなもん、


「ごめん。あたしのせいで。こんなの初めてだったし……。楽しみで時間かけちゃったから……」


 あ、あれーーっ!? なんだか俺が悪い雰囲気になってるよね。

 そんなに急降下しちゃうのかい。今までご機嫌だったじゃないの!


「だ、大丈夫だぞ! 次はデパートだ。メインがなくなったわけじゃない。というか、そこ以外がオマケだからな!」


「……ごめん」


「だ、だ、大丈夫だって。むしろオマケがなくなったからメインが際立つというかなんというか……。とにかく問題ない! 気にせず行こう!」


 やらかしたのがわかったから、なんとかフォローしようと必死である。だけど、言っていることは事実だろ?

 チョコレートがメインなんだから、あとはオマケだ。


 ……なんて、我ながら情けない言い訳だ。

 家族から「おまえは口が悪い」とよく言われるから、気をつけてはいるんだがやらかしてしまった。


「ほら、行くぞ。あそこのデカい建物が目的地だ」


「……うん」


 やっちまった……。

 まさか今日を楽しみにしてたとは思わなかった。ただの興味本位だと思っていた。

 けど、どうやら違ったのだ。それだけではなかったのだ。

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