ミッションインナントカ
※2-4
俺は現在とあるミッションを行なっている。
脳内にはスパイ映画のBGMが流れていて、気分もまさにスパイ映画だ。
ハラハラとドキドキが止まりません。自分の家の中でな!
自室から階段まではクリア。そのまま先行し、階段下まで行って1階の安全も確認。
どこにも問題がないことを確かめてから、階段上で待っているお姫様を手招きする。
(今のうちだ……)
(どうして小声なの?)
(そういう遊びだ。気にするな)
(そう)
自分の家の中で不自然なほどキョロキョロし、何度も誰もいないことを確認しながら、目的地を目指して進む。
俺の背後には、俺とは別の理由でキョロキョロしているお姫様。単純に初めて見るものや、城ではない普通の民家が珍しいのだろう。
(こっちだ。背後はカバーするから先に行け。真っ直ぐだから)
(通路が狭いんだけど……。引っかかる)
(我慢して! ってか、これが普通だからな!? どこでもが城の中のように、姫ドレスに優しい造りにはなってないんだよ!)
このミッションの目的地である妹の部屋は1階の奥にある。先ほどまでいた俺の部屋は2階なんだが、妹の部屋はその真下にあたる1階というわけだ。
その部屋まで家の廊下の幅と同じくらいある、本日の超・姫ドレスのスカート部分をあちこちにこすりながらも、無事に到着することに成功した。
「ほら、コレを参考に着替えてこい。服はタンスだと思う。俺は何も手伝わない……いや、手伝えない。部屋に忍び込んだなんて知れたら、俺は社会的に殺されてしまう。ここで見張ってるから、時間をかけず早急に頼む」
「わかった」
先ほど安全確認に行っていた時に、茶の間で拾っておいたファッション雑誌をお姫様に手渡す。
文字は読めなくとも写真ならば関係ない。参考資料には十分だろう。
「俺は女の子のファッションなんてわからない。間違ってもさっきみたいに意見を聞こうと思うな? その雑誌を信じろ。では、健闘を祈ります」
「わかった」
「あと、くれぐれも散らかすなよ! 服をベッドに並べるのもなしだ!」
お姫様は頷き妹の部屋の中へと入っていく。
それを見送った俺には、お着替え終了までの見張りしか仕事はないわけだが……女の子に妹の服を着せる。これはどうなんだろうか?
法には触れないが、いろいろとなにかには引っかかる気がするな。だけど他に手はないし。
日にちの変更はできれば避けたい。バレンタインまでの残りの日数は限りがあるんだ。これに割けるのは今日だけだ。
「──まだかな?」
5分が過ぎたがこのくらいは仕方ない。のか?
お姫様にとっては初めて見るものだし、着替え1つするにしても時間も掛かるだろう。
「──まだ、かな?」
10分が過ぎたぞ。もうそろそろ、着替えは終わってるんじゃないのか?
時間もないって言ってんのに……。
「──はっ!」
思わず中の様子を確かめようと、ドアノブに手をかけ回そうとして、先ほどの光景を思い出した。
だから紳士な俺はノックすることにした。
「──まだか? 時間かかり過ぎだぞ」
で、ノックして。声を掛けて。反応を待つ。
しかし返事がない。2回、3回とやっても返事はない。
聞こえない、なんてことはない!
この家の壁の薄さはよく知ってるからな。上で騒ごうものなら、下から猛抗議を受けるからね?
「おい、ノックしたからな。開けるぞー」
ギイっと音を立ててドアが開いていく。何割かは、先ほどのようにお着替え中のパターンがあると思った。
いやいや、決していやらしい意味ではなく。いやらしい意味ではなくね! 見たいとかないし!
「なにっ……」
しかし、そこにはワンピースに身を包んだお姫様がいた。ベッドに腰掛けて、俺が渡したものではないファッション雑誌を読んでいるな。
「お前はなにをやってんだ! 着替えたなら言えよ。ずっと待たされる方のことも考えて!」
「……」
「おい、聞いてんのか? 聞こえてますかーー」
「…………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
おお、ひめよ。いつのまにかしんでしまうとはなさけない。
「──スゴイわね! 驚いた……。服ひとつとってもこんなに違うのね。これなんてすごく素敵!」
復活の呪文が必要などということはなく、お姫様はこれまでで最大の、とびきりの笑顔を見せた。
ファンション誌1冊に、ただ夢中になっていただけらしい。服にあれこれ言う辺りは女の子らしい。
だけど、雑誌くらいでこれでは先が思いやられる気がする。
「同じ服でも合わせ方でこんなに見え方が違うのよ! ドレスでは出来ない芸当だわ」
けど、こいつはこんな顔もするんだ……。いやいや、そうじゃないだろ! そんな場合ではないぞ、俺!
着替えは終わったのだから、急ぎ撤退だ。
部屋は荒らしてないし、ワンピースを選んだのもいい選択だ。持ち出す服が少なくて済む。
そのチョイスはそこまで考えてか? だけど……少し寒そうだな。
「上着は? 外寒いぞ」
「これを参考にしたのよ。間違いないでしょ。でも、首に巻くやつは見つからなかったわ」
お姫様は参考にしたページを見せてくる。雑誌にあって、お姫様にないものはマフラーだ。
この部屋にもマフラーはあったはずだが、妹はいないのだからマフラーは持っていったのだろう。
なら、脱いだドレスも隠さなきゃだし。ついでだ……ついで。
「マフラーなら俺のやつがある。それでいいか?」
「貸してくれるの?」
「2月の外を連れ回して、風邪を引かせるわけにはいかないからな。セバスとかに殺されてしまう」
「……そういうことにしておきましょう。貸してくれるなら借りるわ」
「マフラー取ってくるついでにドレスも置いてくるから、もう少しここにいろ。雑誌はあったところに戻して、すぐに出ていけるようにしとけよ」
あとは靴か。姫シューズは今の服装に合ってない。まあ、下駄箱に行けばなんとかなるだろう。
下駄箱ではなくシューズボックス? ……意味一緒だろ。
※※※
ドレスを隠し、マフラーを装備させ、ついでに靴も拝借し、無事に外まで出てこれた。
このミッションを終えてわかったことがある。お姫様の背格好は妹と一緒くらいらしい。
服から靴まで問題ないとはな。発展途上ということにしておきましょう。
「あんた、ここが家なのよね?」
「あんな城と比べんなよ……。庶民はこんなもんだよ」
「これ、向こう側はどうなってるの? こっちって裏なんでしょ?」
お姫様はちゃんと聞いていたらしい。俺が、「裏から出れば見つからない」と言ったのを。
「店だよ。本屋なんだ」
「お店が前で後ろは家なのね。へー」
「表側にはいかないぞ? 裏から出た意味がなくなるからな」
ウチは大きくもない町の本屋だ。
隣は和菓子屋。間があって金物屋。そんなふうに続いていく、必要な店は一通りある商店街だ。
寂れてはいるが一応どこも営業している。
俺にとっては「田舎だな」と思うくらいだが、お姫様には違うんだろう。全部が初めての場所。初めての物に溢れてる。
それらにはしゃぐ気持ちもわかる。ここは、あの面白味のない世界ではないのだ。
ついでに言うとお姫様でもない。重責もない。ここでは、ただの女の子だ。ただな……。
「──勝手に動くな! どこいくんだ! 商店街なんてのは顔見知りしかいないんだよ。表に出て行こうとするな!」
本屋の息子が商店街を女の子と歩いてた。なんてのはいい話の種になる。
誰だとなったら何て言うんだ。「ああ、異世界のお姫様だよ」なんて絶対に言えないだろ。
「──ああ、もう。子供か! 制止も聞かず勝手に歩いて行ってしまう。これでは本当に先が思いやられるぞ……」
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