お姫様。あぁ、その響きは素晴らしい!

♢2♢


 もう一昨日である2月1日。記念すべき異世界でのイベント第1弾として、バレンタイン作戦が行われることが決定した。

 俺は全権を担うプロデューサーという役職を得て、さっそく翌日から行動を開始……したかったのだが、どうやって異世界に行ったらいいのかわからなくて、昨日は来れませんでした。


 日にちもないのにさっそく1日ムダにしてしまいました……。いい感じに出鼻をくじかれた感じです。

 そういう今日も帰り道にセバスが現れなかったら、きっと今日も無駄になっていたことでしょう。異世界への移動くらいなんとかしてほしいものです。


 しかし俺はバカではないので、それならそれでバレンタインに関する情報を収集したので、「完全に1日ムダとは言えない」ってことにします。「今日やろうとしているところは昨日できたんじゃね?」っても思うけど、済んだことなので切り替えて行きましょう!


 では、今日はさっそく向かいたいところがあるので、プロデューサーはテキパキと移動します。

 もう1秒もムダにできないからな!


「──宣伝ですか? 確かに。やると宣言しても内容もろくにわからずでは、成果も得られないでしょうから。宣伝は必須ですね」


 まずは広報を頼みにきた。強面の中にあって、強面ではない唯一の男に。

 今日も今日とてイケメンで、部屋の様子から察するに、仕事も出来る男らしい二クスくんに。


「話が早くて助かる。で、二クスくんには広報を受け持ってほしいんだけど? ほら、俺は情報収集とかいろいろあるじゃん?」


 バレンタインをやるにあたって必要になるであろう、バレンタイン関連の情報や歴史等は、暇だった昨日すでにひと通り調べた。近年の風潮なんかもだ。

 二クスくんが優秀なのがわかったから、ただ頼むだけだ。彼がイケメンだからだ。


 あと、近年の風潮に関して1つ。どーしても聞いてほしいことがある。友チョコとかやってるから……。

 友達同士でチョコを渡しあったりするから、俺の分がないんじゃないのか?


 なに? 女友達がいるなら義理チョコくらい貰えるだろって……──喧嘩売ってんのか。買うぞ! ここまでで察しろや!

 っと、このままではいかん。話を戻そう。


「うーん、手伝いたくはあるのですが……」


「机の上の紙の山は俺には見えない。それが脳筋が多いからなんだとしても知ったこっちゃない。そこにプラスしてなんとか!」


「結構キツいんですよ、この量」


「じゃあぶっちゃけるけど、宣伝に関しては俺じゃ無理だろ? 知り合いなんて、あのおっさんたちしかいないんだぜ。それにだ。あのおっさんたちに頼んでみろ。新しい戦の名前とかと勘違いされるのが関の山だ」


 筋肉が目立つ身内に対して率直な意見を言ってみる。あのおっさんたちには、筋肉が必要になる事柄以外はなんの期待もできない。


「……耳が痛いですね。あながち間違いではないのが辛いところです。わかりました。宣伝に関しては、私が責任をもって対応いたします」


 これにはニクスも同じような意見を持っているらしく、紙山を見ながらだが承諾してくれた。

 すごく手伝ってほしそうだが、ボクに異世界文字は読めません。ただのパンピーだからね。


「さっすがニクスさん。おっさんたちとは違うぜ! では、広報担当よろしく。で、もう1つ聞きたいことがあるんだ」


「なんでしょう?」


「宣伝には広告塔が必要だ。誰か心当たりはあるか? ビックリするくらいの有名人がいいな」


 俺の台詞にニクスは即答した。そんなヤツは1人しかいないとばかりに紹介された。

 バレンタインまで日にちがないと二クスに伝えるとすぐに会えることになり、案内役としてセバスが呼ばれ、あっという間にその人物の部屋を訪れることになった。


 で、実はだな。その人物を俺は知っているのだ。何故なら、その人物は城の中にいるお方だからだ。

 これも実はな。一昨日の帰りにお見かけして少しだが会話もした。さらに実は今日も来た時にすれ違った。


 目が合うと会釈してくれる。挨拶すればその綺麗な声で返してくれる。立ち振る舞いから気品に溢れ、その笑顔は見るものを魅了する。

 そのお方はこの世界のお姫様だ! そのお方がこの度、広告塔にと推薦されたのだ!


 どうやったらあんな強面の王様から、あんなに美しい姫が生まれるのかわからないほどだ。母親がよほど綺麗なんだろう。

 でなければああ、、はなるまい。

 お姫様は超美人なんだぜ! そして俺はそのお姫様に広告塔を頼みにきたのだ!


 ヤバい、お姫様の部屋の前まで来たら緊張してきた。身だしなみとか大丈夫だよな?

 俺は今から広告塔としてお姫様を口説くというわけだが、なんて話そうか。ストレートに「好きです」か?

 えっ──、違う!? そうじゃないの!?


「姫、少しよろしいですかな? 小僧が何やら話があるそうでして」


 このザ・ファンタジーな城内で、お姫様の部屋まで俺を案内してきたセバスが、扉越しにお伺いを立てている。


 しかしだ。さっきの今でアポなしだし。1人でいきなり突撃するわけにもいかないのは確かだが、小僧というのは俺のことかな?

 プロデューサーだと言っているのに小僧呼びとは、どうもこの悪魔は俺を舐めているようだな。よし、ぶっころ……。


「──わかりました。扉は開いていますから、どうぞ中に入ってきてください」


 背中を見せている悪魔にぶつけようと、廊下にあった花瓶を手に取ろうとしたら、お姫様から入室の許可が出た。

 その優しい声色にはセバスの小僧発言も気にならなくなる。お姫様を待たせるわけにもいかないので、部屋の中へと足を踏み入れることにするね。


 もうね、扉を開けたところから空気が違った。具体的に言うとすごくいい匂いがした。

 どうして女の子の部屋とはいい匂いがするんだろな。

 いや、姫だからお姫様の香りなのかな?


「失礼します!」


 これもザ・ファンタジーな姫ドレスに身を包んだお姫様は、部屋に入ってきた俺を見てニコリと微笑んでくれる。

 そして彼女は椅子に座り読書中だったようだが立ち上がって、わざわざ近くまで来てお出迎えしてくれた。

 なんていうかすごく絵になる光景だったというか、今のを絵にして飾るべきだと思う!


「こんにちは!」「こんにちは」


 お姫様は金髪に碧眼。ツヤのある髪にその瞳がよく映える。ザ・姫感がハンパない。

 身長は……俺が168センチだったと思う。最後に測った時から変わらなければね。もう、半年以上は前のことだけどね。


 それを参考にすると、お姫様は俺より10センチは低い。160あるかないかくらいだと思われる。

 身体つきは、どこがとは言わないが控え目に見える。ないわけではない。そこそこはある。

 なんのことかは自分で考えてね? 最後に。


 これは個人の感想です。実際には異なる場合があります。俺は一切の責任を負いません。

 よし! 万が一の場合もこれで大丈夫だ!


「それでお話とはなんでしょう?」


「はい、実はお頼み申したいことがありまして。急で申し訳ないとは思ったのですが、お伺いさせていただきました!」


「……セバス。音が漏れないようにしてくださる」


 お姫様はにこやかなままで優しく言うけど、今のは俺の言ったことに対する返答ではなくない?

 そして、お姫様からよくわからないことを言われたセバスは、何故だがパチンと指を弾くんだけど。今のはなに?


「で、話ってなに? あたし忙しいんだけど」

「……えっ?」


 セバスの謎の行動を合図にしたかの様に、お姫様は再び椅子に戻って足を組んで座り、盛大にため息をついて、ものすごく嫌そうな俺に視線を向けてくる。


「なんでだんまり。なんか話があるんでしょ? 早く言いなさいよ」

「…………えっ?」


 これはおかしい。いつもと様子がまるで違うではないか。俺の知るお姫様はこんな子ではない。

 もっと姫らしく、もっと姫らしい女の子のはずだ。アレかな。本人じゃなくて影武者とかかな?


「お、お姫様ですか?」

「他の誰に見えるって言うのよ」


 はっきり即答するあたり本人に間違いないらしい。しかし……。それでは……。まさかそんな……しかし……。

 本当にお姫様が本人だとして考えられるのは……。


「もしかして、それが素なのか?」


「ああ、あなたもなのね。そうよ、悪い? 表向きはいい顔していなくちゃいけないのよ。何せ、お姫様、、、だからね」


「うわぁ……」


 とても嫌なものを見てしまった。こんなの正直見たくなかったし、絶対に知りたくなかった。

 最初からお姫様然としたお姫様はいなかったのだ。俺の中の理想のお姫様像は粉々に砕け散った。


「ふん。幻滅した? でもね、──こんな場所に閉じ込められてろくに自由すらない。せめて部屋にいる時くらい取り繕うのは嫌なのよ! ここだけが素の自分でいていいところ。部屋から一歩でも外に出ればあたし、、、はお姫様。はそうやって生きてきたのよ!」


 だが、砕け散った理想の代わりに、本当の言葉が追加されていく。そのむき出しの感情は真に迫っている。

 お姫様という立場がそうさせるのか。そう振る舞うことを強いられているのか。

 どちらにせよそれゆえ人気がある。そういうことか。


「なら、嫌だと言えよ! 本当の私はこうじゃないと。本当はこうしたいんだと言ってみろよ!」


「ずいぶんと知ったふうなことを言うのね。そんなこと出来ると思う? 弱みを見せず振る舞うことが必要なのよ。誰にも隙を見せず、その存在自体が支えとなるようなね!」


「それは戦いがあったころの話だろ。今は平和な世の中だ。それなのに上の奴らがちゃんとしないから、この世界はつまらないんだよ!」


 つい我慢ができずに言ったのは俺だが、お姫様も一歩もひかないから、ひとつ言葉を交わすたびに俺たちは近づき、ついには間近で睨み合う格好になる。


 しかし普段は女の子には優しい俺だが、引かないところは引かないし、違うと思うことは違うと言うのだ。

 何より、お姫様がお姫様でなかったのは残念だが。演じられた偽物より、素の本物の方が俺はいい。


「姫様、相手はたかが人間。そこまで相手にしなくてもいいのですよ。 ……お前もだ、小僧。相手は姫様だぞ? 口を慎め」


「「──黙って(て!)ろ!」」


 横槍を一蹴されて流石のセバスもおし黙るが、俺たちはお互いに一歩も引くことなく、顔の近い睨み合いは続く。


「あんた。つまらないって言ってたわよね?」


「ああ、言った」


「あたしもそう思う。ここは城の中だけじゃなく外もつまらないんでしょう? あんたに何ができるの? それが本題でもあるんでしょう」


 そ、そうだった。俺は別に言い争いをしに来たわけではないのだ。このお姫様に頼みがあってきたのだ。

 しかし、今となっては無理じゃね? どうしよう……。

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