今日も魔女は怠惰に生きる
文月蜜夜
日常の一片
ある日の昼下がり。
丘の上の一軒家でのお話し。
(ぽかぽか陽気が気持ちい~)
一人の女性が屋根の上で日向ぼっこをしていた。
白のブラウスと黒のロングスカート、艶やかな黒髪を隠す大きなウィッチハットを被った彼女はさながら物語に出てくる魔女のようにも見える。
そんな魔女っぽい格好をした彼女は日差しの下で眠りこける。
「ネルカ様!ネルカ様~!もー、何処にいかれたんですかー!?」
屋根の下、庭先からメイド服を着た少女の呼ぶ声が聞こえてきた。
(眠いし返事しなくていいかなー、眠いし)
ネルカと呼ばれた魔女の格好をした女性は、呼ばれているにも拘らず惰眠をむさぼろうとする。
「しょうがないですね…」
(ん?諦めたかな?)
「探索魔法『サーチ』………見つけました、氷結魔法『アイスランス』!!!」
突如、ネルカの頭上に大きな氷柱が出現する。
「ちょ!?」
「穿て!!!」
庭先の少女が勢いよく腕を振り下ろすと氷柱が射出される。
「やっば!【燃えろ】!!」
ネルカが叫ぶと突如、氷柱が燃え盛る。
圧倒的熱量にさらされた氷柱は一瞬で蒸発する。
「危ないじゃんか!フィー!!」
ネルカは跳ね起きると、肩を鳴らしながら庭先のフィーと呼ばれた少女を注意する。
注意されたフィーは、綺麗な金髪を風に揺らしながら屋根の上にいるネルカを見上げる。
「呼んでも返事せずに狸寝入りするネルカ様が悪いんですよ!!」
そんなネルカにフィーは反論する。
そんなフィーの様子にネルカは気まずそうな表情になって押し黙る。
「それにあのぐらいではネルカ様に傷一つつけられないじゃないですか」
「確かに常時魔力で防護壁を作るようにはしてるけど流石にびっくりするんだからね!」
「何度も言ってますけど狸寝入りせずちゃんと返事してください」
「えー」
ネルカは頬を掻きながら不満の声を漏らす。
「えー、じゃありません!全くもー、ネルカ様はやればすごい人なのに怠惰なんですから…」
ネルカは屋根から飛び降りるとふわりと着地する。
そして、フィーの近くによると肩を軽く叩く。
「フィーが働きすぎなんだよ、もっと肩の力抜いて休んでいこ?」
「ネルカ様のせいなんですけどね?」
額に青筋を浮かべながら怒りを抑えた笑顔でフィーがネルカをみる。
笑っていない目からは日頃からの鬱憤を感じられる。
「そ、それよりも私を呼んでたのってなんでなの?」
「…はー、まぁいいです。ネルカ様の怠惰は今夜じっくりと話すとしまして」
あちゃー今夜は寝れないな、とネルカは心の中で思うとフィーの言葉に耳を傾ける。
「私とネルカ様宛に国から依頼書が届きました」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「えーと?何々?」
家の中に入るとフィーから渡された手紙を開封する。
王家の紋が蝋付けされた手紙はそれが王家から、そして国からの依頼であることがわかる。
「『ネルカ殿、フィー殿。此度は急な依頼で申し訳ないことを先に書面で謝罪しておく…』あぁ、そういったのはいいから依頼内容はっと…『依頼内容になるが西方、ウート高原に現れたワイバーン40頭以上からなる群れとフライドラゴンを討伐してもらいたい』うぇえ、めんどくさー」
「ネルカ様、女性がそんな声をあげてはいけません」
「それでもこれはめんどくさいよー」
ネルカは手紙を机の上に放り投げると机に突っ伏す。
そんなネルカが放り投げた手紙を空中でフィーが掴み取ると続きを読む。
「『報酬として聖金貨80枚と…』受けましょう、さぁ、準備して今すぐ行きましょう!さぁ、早く!!!」
急にフィーがやる気を出す。
物凄い勢いでネルカが座っている椅子の背後に一瞬で回り込むとネルカを瞬時に立たせる。
「ちょちょ、ちょっと待って!なんでそんな急にやる気に!?」
「善は急げと言います、早いにこしたことにはないのです!」
「わかった!わかったから!一旦落ち着いて!」
ふんす、とやる気になったフィーに腕を引っ張られ家の外に連れ出される。
「といってもここからウート高原は馬車を使っても3日かかる…」
「転移魔法使えますよね?」
フィーはネルカを見つめるといい笑顔で言い放つ。
「えー…」
「使えますよね?」
「はー、疲れるの嫌なんだけどしょうがないなぁ。フィー近くにいてね?…魔法陣展開」
ネルカの足元に五芒星や六芒星。その他複雑な記号で構成された幾何学模様の魔法陣が展開される。
通常、転移魔法の魔法陣はその膨大な量の情報を整理しつつなおかつ魔力を練らなければならないので、王宮に勤める魔導士の中でもトップクラスの実力を持った者が10人でようやく制御できる代物だ。
それをネルカはたった一人で制御し構築していく。
これだけで彼女がどれほど優秀な魔導士かということがわかる。
「座標指定…完了。魔力供給…完了。魔法陣構築…完了。フィー!飛ぶよ、捕まって!」
「はい!ネルカ様!」
フィーがネルカの腕に抱きつく。
しっかりとフィーが掴まっていることを確認するとネルカは転移の呪文を紡ぐ。
「空間魔法『テレポート』ッ!」
魔法陣が強い光を放つ。
数秒して光が収まると家の前から二人の姿が忽然と消えていた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
高原に風が吹きすさぶ。
獰猛な魔物が住む影響か木々はなぎ倒され倒木が目立つ。
そんな人の気配がしない高原にネルカとフィーは降り立つ。
「着きましたね…ネルカ様?」
「はぁ、疲れた…」
気の抜けた声をあげながら草の上で体の力を抜き寝転がる。
「フィー、疲れた。癒して」
「回復魔法『ヒー…」
「ちっがーーう!!!そうじゃない!!!!」
まるで子供が駄々をこねるかのように手足をばたつかせる。
恥ずかしいものを見るかのようにフィーがネルカを見るが、そんなことは関係ないとばかりに暴れるのをやめない。
しばらくその状態が続いたがフィーは諦めたように溜息を吐くと寝るかの横に座る。
「ちょっとだけですよ?」
フィーはネルカの頭を抱えると膝の上に乗せる。
そして、手慣れた動作で頭をなでる。
「にゃはー」
「今回は依頼もあるのでこの場では手短に。家に戻ったらまたやってあげます」
「ありがと!フィー、大好きだよ!!」
「はいはい、私も好きですよ。ネルカ様」
ネルカは恍惚とした表情でフィーの膝枕を堪能する。
何度か体勢を変えながら、頬や頭に伝わるひざの柔らかさを感じ取る。
そうしているうちにフィーの下腹部にネルカの鼻が当たる。そして何を思ったかネルカは鼻を鳴らしフィーの匂いを嗅ぐ。
「ちょ!ネルカ様!?匂いを嗅がないでください!!」
「クンクン…フィーは花のようないい匂いがするねぇ…」
「もう、膝枕お終いです!」
フィーはネルカの頭を横に転がす。
「へぶっ!」と草に顔面から突っ込み間抜けな声を上げる。
「もー!ひどいよ、フィー!」
「今のはネルカ様が悪いです!それに外ではそういうことしないで下さいといつも言っているではないですか!」
フィーは怒りながら立ち上がると先に進もうと歩を進める。
起き上がったネルカは急いで追いかけるとフィーの横に並ぶ。
横からフィーの顔を覗き込むように頭を傾けるとにやつきながら言葉を紡ぐ。
「つまりは家の中ならいいということですな?」
ピタリとフィーが足を止める。
止まった時に顔を俯かせたため表情は伺えないが、大方恥ずかしがって顔を赤らめているのだろうと予想を立てたネルカは更に煽る。
「顔を俯かせちゃって、フィーはかわいいなぁ♡」
「…ネルカ様」
フィーは煽ってくるネルカに対し低い子で威圧する。
その声を聴きネルカは冷や汗をかく。
フィーは顔をあげにっこりと、しかし目が一切笑ってない表情でネルカを見据える。
そんな表情にネルカは短く悲鳴を上げる。
「ひっ!」
「今朝の分も含め夜はたっぷりと…それはもうたっぷりと可愛がってあげますのでお覚悟を…」
「ハイ、オテヤワラカニオネガイシマス」
やってしまったと内心後悔しつつもやってしまったことは戻らない。
いくらネルカが凄腕の魔導士と言えども時を戻すことはできないのだ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
――30分後
フィーの探索魔法でワイバーンの群れとフライドラゴンを見つけたネルカとフィーは、遠視魔法で群れの規模を把握する。
「うわぁ…うじゃうじゃいるね…」
「依頼書にあった40頭よりも数が多いですね」
「同系種の魔物は上位魔物の近くに下位魔物が群れるという…大方フライドラゴンの近くにワイバーンの群れが集まってこれだけの規模になったんだろうねぇ…」
「遠視で見る限り50は超えてますね」
「うへぇ、めんどくさぁ…」
ネルカは頭を掻くとどうしたものかと考える。
ネルカが、使える魔法の中でも高威力のものを使えばごく簡単にワイバーンもろともフライドラゴンも、仕留めることができるだろう。しかし、それを行うと高原の一部を消し飛ばしてしまい生態系にも影響を与えてしまうだろう。そのため、一体ずつ仕留めなければいけない。
「環境を考慮して大魔法を放つことはできない、かといって数が多いから下手な冒険者には任せられない…」
「加えて、近くにいてこの規模の群れを倒せるのはネルカ様だけという判断でしょうね」
「はー、めんどくさいし報酬足りないよぉ…後でせびってやる!」
「そういたしましょう」
二人で顔を見合わせ笑いあうとワイバーンの群れに対して歩き出す。
「じゃ、私がフライドラゴンとワイバーン20体」
「では、ネルカ様が打ち漏らしたワイバーンも含め残りは任せてください」
「頼りにしてるよ、フィー」
「えぇ、ご期待に応えますよ」
ネルカとフィーは魔力を高め身体能力を強化する。
ネルカが指先に魔法陣を展開する。
「じゃ、開幕魔法で狼煙と行きますか!電磁魔法『レールガン』ッ!!!!」
指先から光と雷の奔流が解き放たれる。
空気を焼きながら放たれた魔法が直進すると、そのままワイバーン5体を巻き込みはるか空の彼方へと消える。それと同時に、地面が抉れる勢いで二人が走り出す。
フィーは斜めに跳躍すると宙に飛び出す。
「空気魔法『エアステップ』ッ!」
そして、
魔法で生み出した空気の足場を連続で蹴りどんどん加速するフィー。そのまま、一切勢いを殺さずメイド服の裾から取り出した短刀に魔力を纏わせるとすれ違い様にワイバーンの首を落とす。
返り血が噴き出すよりも早くその場を離脱すると次々と標的の首を切り落としていく。
彼女が通った軌跡の後には噴き出た血で空を赤く染める。さながらその様子は空に赤い花が咲くかのようだ。
「フィーいつになくやる気だねぇ…じゃ、私も仕留めますか!」
ネルカはフライドラゴンの下で立ち止まると魔法の準備を始める。
立ち止まって格好の的になっているネルカを見逃すほどフライドラゴンは馬鹿ではない。
フライドラゴンは空中で制止すると大きく息を吸い込む。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
鼓膜を破らんばかりの大声量の咆哮と共にドラゴンの代名詞であるブレスが放たれる。
圧縮された空気の塊が矮小な人間であるネルカを消し飛ばさんと迫りくる。
「乙女相手になんと手厳しい。でも、無駄だよ!自由魔法『
ネルカの目の前の空間が
歪んだ空間とフライドラゴンのブレスがぶつかり合った瞬間、フライドラゴンのブレスが掻き消える。
フライドラゴンは何が起こったか分からないといった様子で辺りを見渡す。
自由魔法―ネルカが作った完全オリジナルの魔法。複雑怪奇な魔法の構築及び、多大な魔力を完璧にコントロールするだけの魔力操作力があるネルカだからこそ使える、正真正銘ネルカによるネルカのためのネルカだけの魔法。それが自由魔法。
そのうちの一つ『
つまり――
不意にフライドラゴンの頭上の空間が歪み軋むような音を立てる。
気が付いたフライドラゴンが頭上を見上げるが時すでに遅し、自身の放った大質量のブレスが周りのワイバーンを巻き込み地に向かい解き放たれる。
「GYAABAAAAAAAAAAA!!!!」
フライドラゴンは自身のブレスが直撃し、地面に落下する。
そこに止めとばかりに巨大な氷柱を十数本構えたネルカが迎え撃つ。
「止め!穿てッ氷結魔法『アイシクルランス』ッ!!!」
十数本の氷柱が一斉に射出される。
放たれた氷の槍はフライドラゴンの胴体を貫き凍結していく。また、同時に放たれたアイシクルランスが周りにいるワイバーンたちも残さず仕留める。
さっと見渡すとあれだけいたワイバーンも残り一体になっており、その一体もフィーの手により空に赤い花を咲かせる。
「終わりましたね、ネルカ様」
「あー疲れた。で?この大量の死骸はどうすればいいの?ほっとくと魔物が寄ってきて食べちゃうよ?」
「依頼書に書いてありましたが、ワイバーンの素材は有効活用ができないので燃やしてしまっていいとのことです。フライドラゴンの方は…見事に氷漬けですね」
「つい、やっちゃった☆」
「まぁ、これなら魔物が来て食べることも無いでしょうし後ほど王国の騎士団の方を派遣していただいて回収してもらいましょう」
「じゃ、ワイバーン燃やしちゃうね」
「お願いします」
ネルカはそう言うとワイバーンの死骸に魔法で炎を点ける。ネルカによって生み出された超火力の炎は一瞬でワイバーンの骨すら消し去る。
「はい、しゅーりょー。帰って寝よー」
そういったネルカの肩をフィーはがっしりと掴む。
錆びた機械を動かすようにぎこちない動きでネルカは振り返ると、そこにはたいそういい笑顔のフィーがいた。
「さ、ネルカ様帰ったらお仕置きの時間です♡」
「ひっ!」
「早く帰りましょう?」
「いや、でも私疲れたし…」
「早く帰りましょう?」
「ア、ハイ」
ネルカは空間魔法を発動すると自宅に帰る。
ネルカはこの後一体どんなお仕置きが待っているのかビクつきながら、心の中でフィーが早めに許してくれるのを祈ることしかできない。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「ひどい目にあった…」
あの後、ネルカは家に帰るなりフィーのお説教から始まり、お仕置きをされ、夜はたっぷりと愛されてしまった。
「フィーは加減を知らないからなぁ…結局気絶するまでイカされたし…まぁ、気持ちよかったけど…」
「なら今晩も可愛がってあげましょうか?ネルカ様?」
「うわっ、フィー戻ってたの!」
「はい、ネルカ様が寝てる間に王城まで行き、昨日の依頼の報告と報酬を受け取ってきました」
「へー、ありがとね。後、今日は1日怠惰に過ごすって決めたの。夜の相手ならしないよ」
「残念。では、お昼の用意をしてきますね」
「はーい、庭先にいるからできたら呼んでね」
フィーはネルカにそう伝えると自宅に入りお昼の用意に取り掛かる。
そんなフィーを視線で見送ったネルカは自室から持ってきた本を片手に庭先に置かれたロッキングチェアに向かう。
春の陽気が暖かな庭先は絶好の睡眠スポットだろう。
「さーて、今日も惰眠を貪りますか~」
ロッキングチェアに座る魔女は今日も怠惰に生きる。
今日も魔女は怠惰に生きる 文月蜜夜 @7moonMituya
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