第3話 異世界転生の棚ぼた感が怖い
「――アナタ、勇者なんですって?」
四階への階段へ向かう途中の廊下で、白ビキニ姿の女に声をかけられた。どこかで泳いでいる時に溺死するなりして転生したのかもしれない。そういう感じの転生パターンがあるのかはわからないが。
「何ていうかまぁ、そういうことらしいです」
こんな時に言うのもなんだが、めちゃくちゃ可愛い子だ。いままで女性と会話することなんて、嫁を除けばスーパーのおばちゃんか、職場の清掃のおばちゃんくらいしかいなかった俺には少々刺激が強い。
布面積のミニマムさも相まって、もうドキドキが止まらない。いいや、駄目だ。俺は嫁一筋と決めている。
「ねぇ、あたしを仲間にしてよ」
「君を?」
「そ。勇者パーティーって何か良いじゃん」
「そりゃ『何か良い』だろうけど……」
それはゲームの中の話であって、自分がガチの勇者の場合はその限りではない。
「あたし、『商人』になるみたいなのよ。転生前に簿記とっといて良かった~」
「簿記……」
そういう資格なんかも考慮されるのか。
でも、俺は勇者になれるような資格なんてあっただろうか。
「ね? 良いでしょ? あたし、結構良い仕事するからさ。ね? ね? 勇者様ァ~ん?」
くねくねと身をよじらせ、上目遣いで見つめられる。転生前にはまずあり得なかった展開だ。こんなに可愛い女の子が俺に媚を売ってくるなんて。
だから、昔の俺だったら二つ返事でOKする展開ではある。
だけれども――、
「ごめん。それは無理」
「えっ、何でよ!」
「だからそういうの止めて」
さらに胸部の布面積を狭めようとしていた彼女の手を布から離す。色仕掛けでどうにかしようとしていたらしい。
「何よ! ケチ!!」
キーキーと騒ぐ女を無視して階段を目指す。随分と広い建物だ。何階まであるのだろう。
壁に張られている『階段→』の通りに歩いていると、今度は廊下の隅で座り込んでいる女の子を見つけた。コスプレ中に転生したのか、頭の上には可愛らしい猫耳が付いている。切れ長の目が、ちらり、と俺をとらえた。
「あなた、転生は初めてかニャ?」
「ニャ?」
「あちきは元猫なんだニャ」
「な、成る程」
「猫は七つの命を持っているからニャ、あちきはもうかれこれ六回も転生してるニャ」
「ベテランなんですね」
「そうニャ。わからないことがあったらあちきに聞くと良いニャ」
ふふん、と鼻を鳴らし、胸を張る猫女。猫と言われると、そのしなやかな身体も何だかそれっぽく見えるから不思議なものだ。
「ありがとうございます」
「あちきはこれが最後の転生ニャから、『大賢者』とやらになることが決まってるんだニャ」
「へぇ。『大賢者』ですか。何かすごそう」
「そうニャ、そうニャ。すごいんだニャ。あちきがいれば最初の冒険がぐっと楽になるニャ。だから――」
「ん?」
「あちきを連れていくニャ! ニャニャニャーン!」
結局またこのパターンかよ。
「間に合ってます!」
そう吐き捨てて、ダッシュでその場を去る。
俺のパーティーは嫁以外の女人を禁ず!
たったいま俺の中でそう確定した。
まぁ、むっさいおっさんなら……いや、駄目だ、嫁が危ない! やっぱり二人! 俺と嫁! だけ! 以上!
転生ラノベは黙ってても美少女が寄ってくると聞いていたが、まさか俺にも当てはまるとは。もしかして勇者補正なんていうのもあったりするんだろうか。と思いながら窓ガラスに映った自分の姿を見て驚愕する。
な、何だ、このイケメン! 誰だよ! 俺だよ!!
怖い! 異世界転生怖い! 転生と同時に否応なしにもイケメンへチェンジ! それでいて勇者! この棚ぼた感、怖すぎる!!
鏡ではないのでディテールはいまいちわからないが、とにかく日本人の顔ではない。かといって、欧米の顔かと言われても何か違う。強いて言えば、そう、日本で作られたゲームのCG顔とでも言うべきだろうか。たぶん欧米人をモデルにしてるんだろうけど、どことなくアニメの面影が残っていて彫りはそこまで深くない、というやつだ。
成る程これが異世界ファンタジーの顔ってやつなんだな。
……待てよ。
俺の顔がここまで変わっているということは、だ。
当然嫁の顔だって変わっているだろう。
なのでもしかしたら、さっきの白ビキニ女が嫁だったかもしれない。出自(で良いんだろうか)がはっきりしているあの猫女はさすがに違うだろうが。白ビキニの可能性はなきにしも――いや、違う! 俺達はトラック転生なんだ。溺死転生じゃなくて轢死転生! って轢死転生って響きが嫌だな。いや、溺死も嫌だけど。
それに嫁は簿記の資格も持ってないし、そもそもあんな逆ナンなんて節操のないことはしない!
とりあえず!
とりあえずは四階だ!
そんで、嫁のことも聞いてみよう。
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