第2話 勇者になりますがよろしいですか?

 仮に嫁もトラック転生したとして、だ。


 もしかしたらここはひとりずつ処理していくタイプなのかもしれない。だから既にもろもろの手続きを済ませて現地に向かっているのかもしれないし、俺の後なのかもしれない。


 もしくは――、


 もしかしたら、嫁だけは助かったのかもしれない。


 それはそれでもちろん喜ばしいことだ。

 

 ただ、俺が寂しい、というだけで。


 

 38歳童貞リーマン、というのは、まぁぶっちゃけ俺のことだ。

 恥ずかしながらこの年まで彼女なんて出来たこともなかったし、かといって、風俗で『初めて』を済ませる勇気もなかった。何か病気とか怖いし。それにやっぱりそういうことは好きな人と――というのもあったし。


 だから、このままひとりで生きていくんだろうってずっと思ってた。


 そんな時、俺の前に現れたのが嫁だ。

 もう正直天使とか女神とか、そんな使い古された陳腐な言葉では言い表せないほどの存在。嫁のためなら俺は何だって出来る。


 俺達がそろってトラックに轢かれたのは、二人だけのささやかな結婚式を終え、役所に婚姻届を提出したその帰りのこと。


 結婚するまでは清い身体でいようね、ってキスもしたことがなかった。いまどき小学生かよって思われるかもしれないが、手を繋ぐことしかしていなかったんだ。それが今夜、いよいよ――、という段だった。



「64番の番号札でお待ちの方、お待たせしましたー」


 書類の提出と同時に渡された『64番』の番号札。コインロッカーについてるようなプラスチックのやつだ。この札からわかる通り、俺の前には63人の転生待ちがいて、俺の後ろにも数人――いや、十数人いる。


 待合ソファに腰掛けつつ、辺りを見回してみたが(立ってうろうろしていたら怒られたのだ)、嫁の姿はなかった。

 やはり嫁だけは一命をとりとめたのだろうか。がっつり轢かれたと思っていたが、もしかしたら俺が無意識にかばってたりしたのかもしれない。だとしたら、ちょっと恰好良かったかな、なんて思ってみる。


「64番の方~? おりませんかぁ~?」

「――あ、俺です! はい!」

「――チッ」


 うっそ、舌打ちしやがった、こいつ……。

 明らかにちょっと面倒くさそうな顔で、「おかけくださァーい」と言ったその女も正直女神感は0だ。おいおい、巷の異世界転生とちょっと違くないか。


「ええと『真嶋ましま 勇史ゆうし』さん、38歳、と。ハァイ、お名前と生年月日、お間違えないですかァー?」

「えっと……、漢字が……」

「ハァ?」

「あの、『ましま』の『ま』は『真』じゃなくて『眞』です。えっと、旧字の……」

「――チッ。ウチのパソコン古いんでェー、旧字は出ないんですよねェー」

「あ、そ、そうなんですか。すみません。じゃあそれで大丈夫です」

「ハァーイ、っと」


 どうやら俺の担当は外れらしい。

 隣のブースでは明るいおばちゃん系の女性が、「転生は初めて~? ってそりゃそうよねぇ、オッホッホ!」と場を和ませつつ話を進めている。一方こちらと言えば、そこそこ可愛い女性ではあるものの、深夜のコンビニ店員の雰囲気というか、全身から『めんどくさいからとっとと終わらせよ』オーラが出まくっているのだ。


 そしてその女性はやっぱり面倒くさそうに、ハンドスキャナーのようなものを取り出すと、「ハァ」とため息混じりに書類の上の方に印字されているバーコードをスキャンした。


 何、昨今の異世界転生ってこんなことになってんの?!


 そして、それが終わると、キーボードをカタカタと打つ。


「ハァイ、それではお客様の職業は『勇者』になりますがよろしいですかァー?」

「あ、ハイ。……え? いや、勇者!?」

「ハァイ。特に問題がなければ」

「問題しかありませんよ! 俺、元サラリーマンですよ? ずっとデスクワークでしたし、学生時代も格闘技とかやってきてませんし……」

「あー、皆さん良く言われるんですよねェー。でも大丈夫ですよ。この書類を四階の『スキル付与課』に持っていけば、それなりのスキル付けてもらえるんでェー」

「いや、それなりって!」

「とにかく大丈夫ですから。あの、次の人つかえてるんで、すみませんけど」

「え!? そんな!」

「65番の番号札でお待ちの方、お待たせしましたー」

「ちょ! おい!」


 結局、65番の男に尻を蹴り飛ばされて、俺はその場から強制退去させられた。


 いや、勇者ってこんな扱い受けんの?

 

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