夫婦そろってトラックに轢かれたけど、俺の愛妻が見当たらない
宇部 松清
第1話 予習はしてきてますね?
「『予習』はしてきてますね?」
それがそいつの第一声だった。
「は?」
「えーと、そうですね。あなたの年齢と昨今のトレンド、諸々から考えて……。例えば……『38歳童貞リーマンの俺が異世界で100人斬り(無論そういう意味で)を目指す!』ですとか」
「は?」
「『異世界でスローライフがしたいと言ったな、あれは嘘だ。~この元魔王の農業女子が肉食すぎる!~』」
「ちょ、待っ……」
「この辺が売れ筋ですかね」
確かにその二冊はいま売れに売れまくってコミカライズやらアニメ化やらされているWEB小説発のライトノベルだ。
「あとそれから……、あなた、『ファイナルクエスト』と『ドラゴンファンタジー』どっち派でした?」
「は?」
今度はRPG?
どっち派って言われても……。
「例えば……、バトルはターン制? それともリアルタイム制? どっちが好みですか?」
「ああ、そういうこと。それなら……俺はターン制ですかね。結構長考しちゃうタイプなんで」
「成る程、『ファイクエ』に一票、と。では、全滅時の扱いですけど、所持金半額没収の上、パーティーメンバーは死んだまま再開パターンになりますがよろしいですね?」
「よろしいわけないでしょ!」
「では、セーブポイントからやり直しパターンの方がよろしい、と」
「そりゃそうでしょうよ!」
「その場合、セーブポイント後に得たアイテムなどの財産はすべてなかったことになりますが、よろしいですね?」
「うっ……。そう言われるとなぁ。そうか、所持金がなくなってもそういうのは残ってるんだもんな……。悩むぜ……」
「早くしてもらえます? 私あと十分で休憩時間なんですよね」
「えっ、あ、はい。すみません。あ、じゃ、ええと所持金半額の方で良いです。小まめに銀行とかに預けに行くんで」
「はい、わかりました」
「……いや、そうじゃなくて!!」
ばん、と長テーブルを叩き、声を荒らげる。
しかし目の前にいるその女――カチッとしたスーツ姿で度のきつそうな眼鏡をかけた、もっさいおかっぱヘアだ――は、眉ひとつ動かさない。
「何なんだよこの状況! どこだよここ! まずそこからだろ、説明!」
これが男だったら胸ぐらをつかんでいるところだ、というくらいの勢いで言ってみたが、その女は何なら「ハァ? 何言ってんのこいつ」とでも言いたげな表情で俺を見つめている。
「ですから、『予習』はしてきてますね、って確認したじゃないですか」
「したけど、あんなので説明になるか! ……うん? 『予習』……?」
『38歳童貞リーマンの俺が異世界で100人斬り(無論そういう意味で)を目指す!』
『異世界でスローライフがしたいと言ったな、あれは嘘だ。~この元魔王の農業女子が肉食すぎる!~』
どちらも、トラックで轢かれて死んだ冴えない中年男性が異世界に転生して(いわゆる『トラック転生』というやつである)、女神様からチートスキルをもらって俺TUEEEしつつ、美少女とウハウハのハーレム生活を送るという内容のライトノベルである。
「え? じゃ、え? もしかして?」
「その通りです」
ということは、ということは、ということは――、
「俺、トラック転生したってこと?!」
「そうです」
「そんじゃ、あなた女神様?」
「いえ、私はただの総合受付です」
「え? あ、そうなんスか」
「じゃ、私休憩ですので。こちらの書類を持って三階の『職業選択課』へお進みください」
「は、はい。わかりました」
と、何やらわけのわからない言葉で書かれた書類を受け取る。三階か。ええと、ああ、あそこの階段から行くのね。成る程。っつーか、三階まで階段とかマジかよ。エレベーターないのかよ。
そこで、は、と気が付く。
ちょっと待て。
どうして俺ひとりなんだ?
トラックに轢かれたのは俺だけじゃない。俺の嫁もだ。
俺は嫁といっしょに轢かれたのだ。
だから、俺が転生したんなら、嫁もここにいないとおかしい。
「な、なぁ! 俺の嫁は――?」
と、慌ててさっきの総合受付に戻ったが、もうそこにさっきの女はおらず、そのかわりに『休憩中』というプレートが下げられていた。
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