第8話 喫茶店とメイドさんとちょっぴり嫉妬と②

 先輩と共にやって来た雰囲気がある喫茶店。そこで楽しく私たちは話していたのだが、なぜか知らない間に小さな女の子が座っていた。


 金髪碧眼のツインテールというまるでおとぎ話話のような女の子。子供特有のふんわりした肌にあどけない表情。そんな子が今、席の目の前にいる。


 いつの間に。しかもなぜここにいるのだろう。そもそもここに来るまでの道のりにこんな小さい女の子がいるのは不自然だ。でもとりあえず声をかけてみる。


「あ、あの。君、どうしたの? なんでここに?」


「……」


 質問しても無言のままで表情も変わらない。


「えぇっと答えてくれないとお姉さん達困っちゃうんだけど」


「……」


 全然答えてくれない。小さい子の相手は全く慣れていないと言うわけではないけど、この子は感情をあまり出してくれない。どう接したら良いのだろう。


 私が困り果てていると、今度は横にいる水瀬先輩がその子に声をかけた。


「どうしたのですか? 小さなお嬢様」


 先輩は微笑みながらその子に問いかける。するとその子はぴくりと顔を動かして、先輩の方を向いた。


 そして頬を少し赤らめると何か思い立ったのか、座っている席を飛び降りた。


 その子は、ちょこちょこと移動を始めると、なんと先輩の膝元に座ったのである。


「な!?」


 私は驚いて声を出してしまう。


 そしてその子は、うっとりとした表情で水瀬先輩に寄り添い始めたのである。


(こ、この子。なんで先輩の膝元に座ってるの!?)


 たったそれだけなのに、私はもやもやとした感情に蝕まれる。


「ど、どうしたのです。なぜ私の膝元に?」


 先輩も同様に困惑していた。しかし先輩のそれは私と違い、純粋な慌て方。そんな先輩の声に、今まで何も話さなかった女の子は遂に口を開いた。


「お姉ちゃんが好きだから」


「なぁぁ!?」


 私は思わず、立ち上がりいままで以上に驚嘆の声を荒げてしまう。それは静かな店内に響き、キッチンにいたスタッフもびっくりしてこちらに出てきてしまった。


「な、何を言ってるの!? す、好きって」


 そしてその女の子に顔をぐいっと近づける。一体何を告白してるんだ。


「好きなものは好きなの」


 女の子は顔をむっとして私に敵意を表し、いままで見せなかった感情的な表情を見せる。


「お嬢様、落ち着いて下さい。それよりもこの子のご両親と連絡を取るのが先です」


「あ、すいません。つい熱くなっちゃって」


 先輩にそう言われて、我に帰る。いけないいけない。なんで小さな子供相手に私はむきになってるの。落ち着け落ち着け。


「でもどうしましょう。この子、いったいどこから来たのか分からないし」


「そうですよね。困りました」


 横に立っているマスターにも今一度確認してみたが聞いてみたが、見たことがない顔だという。


 だから本人に聞くしかないが、私が質問しても答えてくれない。だから先輩はそれを察して、今度は先輩がその子に質問した。


「小さなお嬢様。あなたはどこから来られたのですか?」


 また小動物のように、顔をぴくりと動かし、口を開いた。


「お父さんとお出かけしてた。場所はよくわからない」


「そうですか。ではお父様はいまどこに?」


「お父さんは迷子。私とはぐれた。こまった人」


 確実にこの子がはぐれたように思うけど。


「あ、あなたがはぐれたんでしょ。お父さん心配してるよ絶対」


「うるさい、あなた嫌い。お姉ちゃん好き」


「な!?」


 私が指摘すると、その子は急に毒を吐き、そして先輩のおっぱいに顔をうずめた。当然ながら私はかちんときた。


「こ、このぉ!! 先輩、こんな子の態度には問題があります。即刻、外に放り出しましょ!!」


「落ち着いてくださいお嬢様。そうはいきませんよ。どうしかしてこの子の親に連絡しなくては」


 私が怒り心頭の中、先輩は冷静だ。でもこんな生意気で、先輩の胸に文字通り飛び込めるなんてうらやまけしからん。


「小さなお嬢様。なにかお父さんの手掛かりになるものを持っていませんか。持っていたならば迷子になったお父様も探せます」


 しかし先輩はそんな私の醜い嫉妬を流して、その女の子の立場になって詳細を聞こうとする。


「アリス」


「へ?」


「私の名前はアリス。アリスって呼んで」


 するとその子は急に自分の名前を名乗って、その名前を呼ぶことを求めてきた。いきなり話が飛ぶから小さい子の考えはよくわからない。


「ア、アリスちゃん?」


「うん、アリスだよ」


 自分の名前を呼ばれてその子は嬉しそうに満面の笑みを見せた。と同時に私の胸はちくりと痛む。私は促さるように先輩の腕に抱きつく。


「先輩、私も名前で読んでください」


「お、お嬢様!!?」


  私から先輩にくっつきに行くのはあまりないからか、先輩はえらく驚いていた。でもそんなのは関係ない。


「そ、そんなお嬢様を呼び捨てなんてできません」


「じゃあなんで初めて会ったその子には名前呼んだのですか? わ、私も呼んでほしいです!!」


 先輩をきゅっと抑えつける。なぜか手に力が入ってしまう。


「いじわるしちゃだめ。お姉さん困ってる」


「うるさいな。あなたがそもそもこの店に来なかったらこんな事になってないの!!」


「あなた嫌い嫌い。このお姉ちゃんはアリスの一目惚れの相手なの!! 好きなの好きなの!!」


「ひ、一目惚れ!?」


 先輩を取り合って大人気なく小さな子と言い争ってしまう。傍から見る人はなんて子供相手にみっともないと思うだろうな。


「わ、私もそう。先輩のことが好きなの!! 大好きなの!!!」


「お、お、お、お嬢様。そんな大声で!!?」


 私がついつい喋ってしまう告白に近い言葉に先輩も顔を仰天させながらますます驚いている。


 横に立つマスターさんもなんとも言えず、ただ顔を赤らめながら気まずそうに立っている。しかしだ、そんな言い争いをしているとアリスのポケットからひらりと小さな紙が落ちる。


「あら?」


 それに気がついたマスターさんはそれを拾い上げて、内容を見る。するとその内容に驚いて、騒ぎ立てる私達に割り込んで話しかけてきた。


「お、お客様!! その子が落とした紙に、親御さんの連絡先が!!」


「「えぇ!?」」


 私と先輩はそれを聞いて、すぐに紙の内容を確認した。そして当の本人のアリスは何のことかわからず、キョトンとした顔をしていた。




★★★★★★★★★★




「Oh、Sorry。ご迷惑おかけしました」


「い、いえそんな」


「アリスさんに何もなくてよかったですね」


「は、ありがたいです」


 数十分後、連絡を受けた父親が店に訪れて私達にお礼を言っていた。アリスの容姿は金髪碧眼であり、十中八九日本人ではないと思っていたが、訪れた父親を見て確信した。


 七三分けの髪型にがっちりとした体型の方の人であるが、アリスと一緒の金髪碧眼である。よくよく見ると顔つきなんかも若干似ている。海外の人なのは確かだが、かなり日本語がうまい。


 ちなみに先程アリスが落とした紙は父親がアリスとはぐれた時のために入れておいていたものらしい。


「パパ、もうはぐれたらだめでしょ。心配したよ」


「ははは、心配かけてごめんな。あなた達にもご迷惑かけました。なにかお礼をしなくては」


「いえいえ、そんな」


「もったいなきお言葉ですが、お礼をしていただく必要はありませんよ」


 父親はなにかお礼をと言ってくるが流石に気が引ける。


「パパお礼は必要よ。こういうのはどう!? 私がお姉ちゃんの家に行ってあげるの。最高のプレゼントよ」


「アリス、それは……」


 するとアリスはとんでもないことを言い出した。この子がうちに来るなんて逆に罰ゲームと思ってしまう。父親も困っているではないか。


 しかし先輩は『ふふ』っと微笑むと、先程拾った紙の何も書いていない所にすらすらと何かを書き出す。少し覗き見るとそれは先輩の携帯の番号であった。


「ではここに電話にかけてもらえれば、私と連絡が付きます。その時にまた話しましょうか」


「せ、先輩いいんですか?」


「やった!! またお姉ちゃんと会える。」


「Wow ありがとうございます」


「えぇ、確かに大変ではありましたけどその子と遊べて楽しかったです。このままお別れもなんですからね」


「わたしは会いたくないけど」


 ぼそっと呟く言葉に、アリスだけは聞こえたようでむっと私を睨んできた。私も当然睨み返す。


「はっはっは。それは助かります。ではご連絡させていただきます。その時はなにかお土産を持ってきたいと思います。ではGood Bye。ありがとう」


「ばいばい!!!」


「ふふふ、またね」


 最後にアリスにウインク。それを受けてまたアリスは顔をあかめていた。そして二人は店から出ていったのであった。




「ふぅ、つかれたぁ」


「大変でしたね」


 二人を見送ると、私と先輩はぐったりと店の席に座った。するとそんな私達に店のマスターさんが温かいココアを持ってきてくれた。


「あれ? 頼んでませんけど」


「ふふ、おふたりともご迷惑かけてしまったので、サービスです。ではおゆっくりと」


 そういうとマスターさんは店のドア前に行き、なんと店の看板にCloseのプレートを貼り付けてしまう。そしてそのまま店の中に戻ると、奥にある厨房へのさらに奥の方へ行ってしまった。


「え、えぇえ?」


 そういうことなのかよくわからず、私は戸惑いに戸惑ってしまう。


「まったく、お節介ですね」


 先輩だけは意味を把握したのか、ガラス窓に店のカーテンを掛けて店内の風景を外から見えないように遮断した。


「せ、先輩これってどういう?」


「お店の人がわざわざ私達だけのために二人っきりの空間を作ってくれたんですよ」


 そして先輩は私を壁際に寄せる。


「ふふ、お嬢様。あの子に嫉妬してもしたよね?」


「ふえ、そ、それはその……」


「私嬉しかったのです。しかもあんなに人前で大好きって、私びっくりしたんですから」


「い、嫌だって。あんな子に先輩を取られたくなくて」


 先程のやり取りを思い出して、かぁと顔がゆでだこのように赤くになってしまう。


「だからびっくりさせれたお仕置きです。ふふ」


 先輩の視線が光る。


「せ、先輩……」


「私も大好きですよ。咲お嬢様❤」


「ふえ!!?」



 その瞬間、私の口は先輩の口で塞がれた。

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