死ぬこと以外はかすり傷

木製人間

第1話

彼には痛覚が存在しなかった。先天的なものらしく、生まれてこの方痛みを感じたことがないらしかった。「死ぬこと以外はかすり傷だよ」という彼の口癖は、我々が普段使うそれとは全く意味の異なるものであり、彼にとっては打撲も粉砕骨折も何一つ感じるところはなく、ひとへにかすり傷に同じであるようだった。


彼とは病院で知り合った。入院している数少ない同年代だということで担当医が紹介してくれた。「歳の近い話し相手がいた方が楽しいでしょ?」とのことだった。病状というものは人と会話するだけでも回復の兆しを見せたりするものらしいと聞いていたので、そういう狙いもあっての提案だろうと思った。


彼は左脚に包帯を巻いて、松葉杖を突いていた。ひどい骨折で入院しているのだろうと思った。しかしながら彼は「死ぬこと以外はかすり傷なんだ。僕は痛みを感じないから」と言った。予期せぬ言葉にかなり虚をつかれた。何を言っているんだこいつは。僕は数秒では理解が追いつかず、彼の目と左脚を交互に見つめることしかできなかった。その事に気づいた彼は「あ、骨が折れてるのに気づかずに歩き続けちゃってさ、複雑骨折になっちゃったんだ」と言った。僕の思い込みは間違いではなかったようだ。先にそっちを説明して欲しかった。

「骨折に気がつかないなんて、大変だね」

「そうでもないよ。痛くないし。かすり傷さ」

「かすり傷じゃ入院しないでしょ」

「確かに。君は賢いなぁ」

こいつは意外と間抜けかもしれない。そんな印象を受けた。


僕は間抜けなこいつと仲良くするつもりは毛頭なかったが、彼はそうではないらしい。僕の病室によくやってきては、とりとめのない話をしてきた。

「ゲームやってたらさ、敵から攻撃を受けた時におもわず『痛てぇ!』って言っちゃうんだよね」

「攻撃を受けてもお前は痛くないだろ」

「うん、痛覚ないし」

「いや、そういうことじゃない」

こいつはかなり間抜けかもしれない。そんな印象に変わった。

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