新人類の君と、旧人類の僕と

あさと

第1話

-眩しい。

光を遮るはずのカーテンもなく、大きく打ち広げられた窓から、容赦なく光が差し込んでいる。

 深い眠りから目覚めたように頭がスッキリしない。

 事実、とてつもなく長い時間、寝ていたように思える。


 スッキリしない頭をゆっくりと振るわせ、視線を揺らす。

 部屋の隅から隅へ視線を這わそうと試みたが、その試みは遮られた。

 天使がいたのだ。


 天使は窓からほど近く、ただ広く広がったスペースにいた。

 両手にほうきを持っている。どうやら、掃き掃除をしているようだ。

 つややかな混じりけのない黒色の髪は肩よりも少し低い位置まで伸ばされ、開け放たれた窓から吹き込むそよ風にわずかに揺らされていた。

黒真珠を思わせる黒く丸い瞳は床に向けられ、作業に集中していることを伺わせた。

鼻筋はそれほど高くはないが、整ったかたちをしている。口も、また、整っており、その小さな唇からは今にも歌が紡がれそうだ。

キメの細かい白いシワひとつない肌は、若さとみずみずしさを感じさせた。

細く引き締まった胴からは、彫刻を思わせるような白い四肢が伸び、その華奢ながらもしなやかな体躯は、淡い空色のワンピースで覆われている。ワンピースの後ろの部分にはほとんど布がなく、背中が大きくさらけ出されていた。

元来であれば、その大胆な装いに気恥ずかしくなり目をそらしたくなるところだが、そんなことも一切気にならず、目をそらすどころかその一点に目を囚われた。


-翼が生えていた。


惜しみもなくさらけ出された背中から白く大きな翼が生えている。装飾のたぐいでないことはすぐに察せられた。紛れもなく、白く透き通った背中から生えていた。

翼はたたまれていたが、華奢な体躯に比べ大きなものだった。丈夫そうであったが、同時に柔らかそうでもあった。


黒い髪に黒い瞳。思い描く天使像とはかけ離れてはいたが、翼と全身から漂う神々しいまでの儚さから天使にしか思えなかった。


不意の光で焼かれていた目が、すっかりクリアになっている。先ほどまであった頭の気怠さも霧散し、静謐をたたえていた。


「すっかり日が高くなりましたね」

不意に、天使の唇から言葉が発せられた。

ほうきを持った手は止まっており、天使の目線は窓の方を向いていた。こちらを伺った素振りはない。

「ねえ、新九郎さん。この間、新九郎さんと同じ名前のひとが出てくる本を見つけたんです。とてもかっこいいんですよ」

天使から発せられた、新九郎という名前は自分のものであった。意識ははっきりしないが自身の名前だとはっきり認識することができた。

なぜ、名前を知っているのか不思議であったが、天使が新九郎に話しかけているようでいて、独り言のような喋り方はもっと不思議であった。


天使に声をかけようと試みたが、うまく言葉を選ぶ事ができず、結果的に沈黙を得た。ひとり幾度もの沈黙を取得しているうちに天使が振り返った。

-目があった。

天使の黒く大きな目がさらに大きく開かれ、小さな口も可愛らしく開かれている。今まで天使にしか見えなかったはずの表情が、いつのまにか年相応の少女の表情になっていた。


今度は、翼の生えた少女が沈黙を取得しているようだった。

新九郎は、なにか言葉を発さないという想いに駆られ、取り敢えず口を開いた。

「おはようございます」

なんとも、間抜けな第一声であった。自らの選んだ言葉に失望し、気の利いたこと一つ言えない自分自身にも失望した。


「おはようございます」

少女が笑顔で挨拶を返してくれた。

「挨拶は大事ですもんね」と妙に得心している様子だ。


新九郎はその笑顔で救われた気分になると同時に、それで救われる自身の浅はかさに嫌気が差した。

とはいえ、確かに挨拶は大事だったようで、一度口を開いてしまえば、少女は誰なのか、ここはどこなのかと、次に発するべき言葉、聞きたいことばかりではあるけれども、浮かんでくる。

しかし、挨拶が大事だったのは少女も同じだったようで、少女が言葉を紡いでいた。


「新九郎さんは、ご自分のこと覚えていますか」


少女は天使の表情になっていた。

言葉遣いこそ、先程のひとり言と同じであったが、言葉の雰囲気は先程とまるで違っていた。

天使は、神妙な面持ちを崩さない。その問いかけをすることが、まるで自分の役割だというかのように


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新人類の君と、旧人類の僕と あさと @asato_miki

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