第7話 「何、彼氏?本当に大丈夫?だって、あんなに……」

あたしは秀平と付き合うことになった。


でも、そこに不安はある。


あたしが秀平を信じ切れるのか、とか……


























あたしたちは真っ先にこまとトシに報告した。


「遅い」


そしたら二人で怒られてしまった。


「愛は何で気付かないの? あんなに好きですって言われてたのに。言葉にしなくても態度に出てたよ、初めから」


「秀平はもう少し押せ。鈍いのには気付いてたんだからもう少しくらい押さなきゃ愛ちゃんは気付かないだろ」


ごもっともです。


言い返せないのが悔しいけど、それが事実なんだからしょうがない。あたしは言葉にされて、あたしが暴露するまで秀平がどれだけ本気だったかなんて気付かなかったし、その前なんてそんな風に思われてることにすら気付けなかった。


ていうか、あたしって相当鈍いのかな?


「まぁ、でも納まるところに納まったって感じだよな」


「そういう風に纏めようとするな。お前、大事な話されたんだろ? 俺も聞かせてもらえてないような話。そっちの解決を先にして来い」


それ、家に来るってことだよね。ていうか、トシ。そのあたり知ってはいたんだね。


まぁ、こまもあたしがこまから離れないって前提でトシと付き合ってるんだし。だから、あたしには触れて欲しくないことがあるってことを知ってたんだろう。


「まぁ、ほっといていい話でもないしな。愛、今日でもいいか?」


「遅くなるよ? 母さん、いつも夜まで仕事してるし」


「構わない。大事なことだから」


あぁ。やっぱり秀平は強引だ。


というか、今になって理解してきた。


今日、あたしは秀平と2人で家にいることになるんだよね?


やばいやばい! 意識してきたら急に恥ずかしくなってきた。どうしよう。でも、今更断る流れでもない。


それに、あたしもこの問題は今日にでも決着をつけとかないと、後回しに後回しを重ねてどうしようもないことになりそうな感じ。それは嫌。だけど、あたしは母さんが帰ってくるまで2人っきりっていう現実に耐えられるのかな。そこが問題。


「愛。もしかして、2人っきりってこと意識してない?」


「っ!」


こまに耳打ちされてあたしは焦った。


ばれた?


「そんなに意識しそうなら、走りに行ったり、デートでもしたらいいじゃない。佐間君も走るんでしょ? 何かしてれば意識することもないんじゃない?」


「ありがと。そうしてみる」


こまはやっぱりあたしを助けてくれる。


でも、こまがトシと付き合うようになってから。あたしはこまにどれだけ依存していたのかを思い知った。一人じゃ何もできないんだって思い知らされた。


こまがトシと出かけてる間、あたしは何もできなかった。いつもこまがいて、動いてくれていたから。あたしは自分がしていたことを自覚した。


うん。決めた。


「こま」


だから、ここでこまに伝えよう。


「何?」


こまは優しいから。何でもないように振舞っていたけど、やっぱりどこかで重荷にはなってたと思うから。


「あたし、こまから卒業する」


別に、あたしの人間関係からこまを消すわけじゃない。ただ、こまに背負ってもらう自分でいたくないって思ったから。


それがあたしの、秀平と付き合っていく中での最初の目標。これができないようなら、あたしはどうにもならない。だから、絶対、自分の力で歩くんだ。


「そっか。でも、愛は少しずつだけど、一人立ちをしてたよ? 気付いてなかったかもしれないけど。愛も色々悩んでたんだよね?


 今は、自分のことだけでいいから。それが終わったら、また話しよう。ずっと、友達だから」


「うん」


ただ嬉しくて、そして、今晩のあたしが壁を乗り越えるための力にもなる。


























で、気付けば放課後。


あたしと秀平は連れ立って街へと繰り出していた。


今日は部活を休ませてもらった。流石に、今日のことを考えると体を団体競技は周りに迷惑をかけそうだった。


「愛。行きたいところ、ある?」


「別に」


あああああああああああ……


何でそんな素っ気無い返事したの。下手なことして秀平に愛想尽かされたくないのに。なのにどうして。


「じゃあ、何か飲む?」


「別に」


だから!


あー。頭の中じゃこんなに冷静なのに、どうして実際には動けないんだろ。あたし、秀平には嫌われたくない。失いたくないのに。


気付けば自分から手放そうとしてるような行動をしてる。


こんなの、嫌。


「……」


秀平が黙り込んで、こっちを真剣な表情をして見てる。


「愛」


名前が呼ばれた。あたしは秀平の顔を見ることもできなくて、俯いてしまった。


「愛。もしかして、つまらない?」


そんなことない。


でも、それを言葉にできなくて、あたしは首を横に振るだけだった。


「そっか。じゃ、緊張してる?」


これ、緊張って言えるのかな?


「愛」


秀平があたしの名前を呼んで、あたしの手を掴んだ。


あたしの手が秀平の胸に添えられる。


「俺、今さ、凄い緊張してる。わかる? 俺の鼓動。すごいドキドキしてる。」


わかるよ。凄く、激しい。


「俺、こうやって女の子と一緒に2人っきりで歩くの初めてで。だから、凄い緊張してる」


言わなきゃ。何か、言わなきゃ駄目なんだ。


「あ、あたし」


「何も言わなくていい」


「え」


「今は、何も言わないで。ただ歩こう。それだけでいい。いきなり、普通の恋人みたいにしろって言われたってできないだろ?だから、今はそのままでいい。できれば、いつもみたいにじゃれ合いたいけど、それも無理なら隣にいてくれればいいから」


秀平のほうが、落ち着いてるね。


あたしは自分のことで精一杯で、どうにもできなくなってる。


だから、せめて。今、あたしがたった一つ、秀平のためにできることをしよう。隣にいることぐらい、今のあたしでも出来るはずだから。


























母さんが帰ってくる前にあたしたちは夕食を済ませた。ここで初めて、あたしは秀平に料理を振舞った。


「ほんっと、美味かった」


で、当の本人はまだ絶賛してくれてる。


そこまで言われると嬉しいんだけど。如何せん、誰もいないのがわかっていても恥ずかしい。


「でも、もっとオシャレなもののほうがいいでしょ」


普段の料理なんて茶色多目だ。なんていうか、彼氏に見せたいものかと聞かれると違うと答えたくなる。


「お洒落ってなんだよ。普通に美味しいものを食べられたんだから、そこに文句はないよ。あるとすれば……」


秀平は少しだけ考え込む素振を見せた。


あぁ…… 何を言われるんだろう。秀平に言われたらちゃんと直さなきゃ。


「こんなに美味しいのに、それを俺の彼女が卑下してるとこ」


「え」


「勿体無いだろ。こんなにいいのに、それを彼氏に出すようなメニューじゃない、とか言い出すし。俺は、変に飾ったものが欲しいわけじゃない。そんなもの、今まで散々渡されてきた。そういうのに限って下手くそだし。でも、愛のは別。何をしたって俺にとっては特別なんだよ。愛にとって、普通で彼氏に出せないって思ったものでも、俺は知りたい。俺は欲しい。愛が当たり前にしてること、全部知りたい」


どうして、こんなに許してくれるんだろう。もう、こんなこと言われたら、落ち込む自分が馬鹿みたいじゃない。


っと…… そろそろ母さん帰って来る時間だ。


「秀平、そろそろ戻ってくるよ。話があるってことは伝えてあるから、いきなり放り出されることはないと思う。多分」


「多分かよ」


ごめん。こればっかりは断言できないんだ。


母さんもあたしと一緒で顔のいい男を信用しないから。一番助けて欲しかったときに助けてくれない奴を思い出してしまうから。


「まぁ、わかるけどさ」


秀平が溜息とともに同意の言葉を吐き出した直後、狭いアパートの鍵が開けられた。


帰って来た。


「ただいまー。って、愛。これはどんな冗談なのかしら?」


母さんが秀平の顔を見るなり言い切った。そりゃそうでしょうに。あたしだってこんなことになるなんて思いもしなかったんだから。


「母さん、これが冗談でなくてね」


「へぇ。あれだけ顔のいいだけの男なんていなくなれって言ってたのに」


「そうなんだけどね。気付けば、ね」


お互い溜息を吐きながらの会話と化してた。ついでに、秀平を置き去りにして。


「でね、母さん。実は、こいつ…… 彼氏なの」


「彼氏ね」


母さんはあたしの脇をすり抜け、秀平のところへと向かっていった。


「あんた。名前は?」


「佐間、秀平です」


「愛と、どういう関係?」


「クラスメイトです。高校に入ってから知り合いました」


「女性遍歴は?」


「ありません。今日、初めて愛に告白されました」


それだけ聞くと、母さんは秀平に思いっきり顔を近づけた。


「信用できないね。その顔で女性遍歴なし? 冗談も大概にしなよ」


「母さん。それは、こまの彼氏と、学校の先輩達が本当だって証明してくれたよ」


「信じてるのね?」


母さんの声に、秀平と話してたときの棘はない。


「うん」


だから、あたしも迷わずに頷いた。


「はぁ。あんたね」


母さんはあたしに向かって呆れたように溜息を吐いた。


「何、彼氏? 本当に大丈夫? だって、あんなに……」


その言葉で、本当に心配されてるんだってわかる。でも、それが要らない心配だって、これから証明してかなきゃいけないんだ。


それを、秀平としていかなきゃいけないんだ。


「大丈夫だよ。あたし、入学して暫くの間、秀平のこと、ほんとに嫌いだった。でも、きちんと秀平を見て、知って、好きって言われて、考えて。あたし、秀平が嘘を吐かないって気付いたし、本当に真剣なんだってこともわかったから」


「愛」


「大丈夫。絶対、大丈夫だから」


それは母さんに向けた言葉じゃなかったかもしれない。


あたしがそう信じようとする決意だったかもしれないし、違うものだったかもしれない。でも、あたしがそう思ってることは母さんには伝わったみたいだった。


「ふぅ。じゃ、好きになさい。それより、佐間君。早く帰らないと駄目なんじゃない? 流石にこんな時間まで拘束してられないじゃない」


「そうですね。じゃ、そろそろ帰らせてもらいます」


「気をつけてね」


「はい」


秀平は玄関に向かっていって、靴を履きながら口を開いた。


「愛」


「え?」


ここで話しかけられるなんて考えてもなかったから身構える暇もなかった。


「明日。迎えに来るから来るまで出ないで」


「ええええっ」


そのまま、あたしの答えなんて聞かずに秀平は「お邪魔しました」と一言母さんに向かって残して去っていった。


秀平が帰って暫く経ってもあたしは呆然としたままでいた。


「愛は、愛されてるね。ここまで大事にされてるんなら、大丈夫かな」


「どの口が」


まだ、普通の恋人らしいことなんてしてない。


一緒に街を歩いたくらい。料理を出したことなんて恋人らしいのかな? 普通はお菓子と、そういうのじゃないのかな?


「愛は形に拘るの?」


「え?」


母さんの言葉の意味がわからなかった。


形?


「彼も、愛も初めてでも彼のほうが主導権握ってる感じか」


「だって、一ヶ月も好きって言われ続けてたのに、それが本気で、あたしも好きだってわかったのって今日だよ」


スタートラインが違う。秀平のほうが随分先を行ってる。


少し、不公平じゃない?


漸く、秀平のことを好きって自覚したあたしと、一ヶ月もあたしに好きだと言い続けて来た秀平。どちらも恋愛初心者だとしても、秀平のほうが……


「そう? まぁ、母さんは恋愛のアドバイスなんてできないからね。生憎、好きになった相手があんなのだったから。


 そんなだから、生まれてくる子供には本当に幸せになって欲しいから、皆でなくても、本当に大事な誰かに強く愛されるようになってほしいから、『愛』って名前にしたの。だから、沢山、愛されてきなさい」


「うん。そうする」


ずっと、言われ続けてきたあたしの名前の由来。本当はもう一つあるけど、そっちはまたの機会に。今は関係なくはないけど、取り敢えずこっち。


それがこの瞬間、叶ったんだと、理解できた。


「じゃあ、今日はそろそろ休みなさい。色々あって疲れてるでしょ?母さんもすぐに休ませてもらうから」


「うん」


愛は、愛される女になります。でも、きちんと秀平を愛せるようにしよう。


貰うだけじゃ駄目。あげるだけでも駄目。だから……










後書き


実は、秀平に『肉食女子が嫌い』という意外に個性がなかったのがこれを書いていた頃の悩みだったりします。

単純に、愛の救済を目的に書き始めたお話だったので。

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