第6話 「振り回すの、やめてよね」
あれから、一月ぐらいが過ぎて。
気付けばあたしと秀平はかなり仲がよくなっていた。
こういうの、馬が合うって言うのかな?
「愛、今日は暇?」
「残念。部活」
もう、あたしと秀平の間ではこんな会話は当たり前のものになっていて。まぁ、それを悪いとは言わないし、今となっては気にすることもなくなっていた。
何より、話してみるとこれでもかってぐらいに会話が弾む。
こんなことなら変に意地張ったりするんじゃなかったとか、ちょっと後悔してみたり。
「そっかー。じゃ、今度試合に出ることとかあったら呼んでくれよ。俺、応援行くから」
「え、いいよ。別にそこまでしなくても。第一、あんたのファンに刺されそう」
「いやいやいや。言ったでしょ、俺は愛が好きなんだって。だから、俺が応援したいのも一緒にいたいのも愛だけ」
そう。これは、これだけは未だに理解できてない。
秀平があたしのことを好きだということ。あたしはこの一月、毎日のように言われてきたけど未だに理解できてないのが現状。
ていうか、あたしのどこがいいんだろ?
だって、あたしってがさつだし、あれだけ酷いことも言ってきたし。背も低いし、可愛げもないし。
こんな女を好きになる秀平の視力と脳は大丈夫なのかと真剣に思ってしまう今日この頃。これで実はからかわれていただけなんて言われた日には本気で人間不信になりそう。
「秀平。あんた、毎回思うけど、本気? 頭大丈夫? もしかしてマゾなの?」
「おい。お前は俺を何だと思って」
「や、だってさ。あんなに罵倒してきた相手を未だに好きだなんて言えるんだから。正気を疑いたくもなると思わない?」
「俺は一途なんだよ」
こうして話してる分には本気っぽいんだけどね。やっぱり、内容が内容だけに今ひとつ踏み込めない。
大体、こんな風に誰かに付きまとわれるのはあたしのキャラじゃない。
「…… あたし、ちょっと行ってくるね」
「おー行ってこい」
どこに、と訊いてこないところが嬉しい。だって、トイレに行くなんて、あまり男に向かって言いたくないじゃない。
「はぁ、毎回どうもねぇ」
溜息だけはこうして出てくるけど、あたしの秀平に対する答えだけはいつまでたっても出てこない。
「ちょっと」
「は?」
溜息を吐いてるうちにあたしはクラスの内外問わずの女子に囲まれてた。
いやいやいや。何、この状況。
「話があるんだけど、来てくれるよね?」
それ、疑問系の意味あるの?
こうやって回り囲んで、断ったらどうなるかわかるよね的な空気を全力で出しつつ訊いて来るんだから。それなら最初から「着いて来い」とでも言われたほうがしっくり来る。
いや、実際言われても困るけど。
「あんたさ、何で呼ばれたかわかってる?」
「さぁ?」
どうせ秀平のことだろうけど敢えて気付かない振りをしておく。だって、秀平のことだけど、どのことか見当もつかないから。
「あんた、嘗めてない? まぁ、いいわ。教えてあげる。あんたさ、佐間君の何? 金魚の糞みたいにくっついてさ、みっともないとか思わないの? ていうか」
リーダー格の子が溜息を吐いた。
「振り回すの、やめてよね」
そう来たか。あんたらの主観ではそうなるわけだ。
実際に振り回されてるのは他でもないあたしだというのに。ついでに言えば付き纏ってるのはあたしではなく秀平のほうなんだけど。色々と誤解が先行してる感じ。
でも、それを言っても理解はしてもらえないんだろうなぁ。
面倒だけど、正直、本気でトイレに行きたいから早く解放してほしいんだよね。だけどどう説明したものかなぁ。
「何してるの?」
あたしが思案に暮れてるところに、声がかけられた。あたしを囲んでいるのとは違う女子が2人、あたしを見てた。
リボンの色からして、先輩か。
「いえ、何でもないです」
「そう?」
「はい」
急に大人しくなった女子達が去っていく。何だろ? この人、実は総番だったりするのかな?
「大丈夫だった?」
「え、あたしですか?」
「あなた以外に誰がいるのよ?」
2人…… 髪の短い明るそうな人と、長い髪の大人しそうな人があたしのほうを見ながら笑ってる。
笑われてるんだけど、不思議と不快じゃない。
「いないですよね」
だからあたしも笑うことにした。取り敢えず笑っとけば秀平のことで絡まれたってこともなかったことに出来るかもしれないと思えたから。
でも、そんなことはない。実際に起こってしまったんだから。
はぁ、顔のいい奴と一緒にいるとこんな悩みも出てくるなんて、知らなかったな。
「名前、訊いてもいいかな?」
「内海です」
「内海さん。下の名前は?」
髪の短いほうの人があたしの名前を聞きだそうとしてる。呪いとかそういう人じゃないよね?
「蓮。先に名乗ったほうがいいよ。私、
「そだね。私は
名乗れという空気が出来てしまった。や、別に断る理由もないんだけどね。
「愛です。愛情の愛って書いてまなって読みます」
「へぇ。いい名前だね」
「ありがとうございます」
素直に嬉しい。名前を褒められることはやっぱり嬉しいんだ。
「えっと堤先輩と喜嶋先輩はどうして……」
「いいよ、名前で」
「え、でも」
あたしだって部活をやってるんだ。上下関係に五月蝿いのはどこでも一緒。だから先輩の申し出を素直に聞けなかった。
「いいよ。名前で。別に部活の先輩じゃないし、ただこうして会った時とかに話が出来るくらいの関係でいいから」
「はぁ」
「あ、一応訊いておくけど、余計なお世話だったりとかした?」
「いえ。答えに詰まっていたので助かったのが正直なところです」
「そう」
蓮先輩は何かを考えてるみたいだった。
「ひょっとして、あなた、あの佐間と仲がいいとか?」
その横で紗奈香先輩があたしの現状を的確についてきた。いや、まぁ、友達だからね。仲がいいのは当たり前でしょ。
でも、それだけでこの状況だもんね。誤魔化してもしょうがないか。
「そうですけど。先輩、しゅ…… じゃなくて、佐間のこと知ってるんですか?」
「うん。中学のときの後輩。アイドルみたいな顔してるのに中身は硬派って言えばいいのかな? まぁ、誰とも付き合ったりとかそういう話はなかったね」
それはトシと本人からも聞いた。
あんまり信じてなかったけど、やっぱりそうだったんだ。
「それにしても、振り回すな、ね。愛ちゃんも随分振り回されてるだろうけど、そろそろ愛ちゃんも彼のこと、振り回してるって自覚したほうがいいわよ」
蓮先輩が言った。その言葉の意味を図りきることができなくて、あたしは蓮先輩たちまでさっきの女子と一緒に見えてしまった。
どうなんだろう。この人たちは、信じられるのかな。
「あ、誤解しないでね。私達は別に彼に興味はないわよ? でもね、今まで女の子を傍に寄せ付けなかった彼がどうして愛ちゃんの傍にいるのか、とか、色々な言葉とか、もう一度考えてあげて。
じゃないと、あの空回りは可哀想過ぎるから」
空、回り?
それって、どういうことなんだろう?
「蓮、そろそろ戻らないと。授業始まるよ」
「あ、うん。じゃあね、愛ちゃん」
「はい……」
もう、何が何だかわからなくて。
大体、毎回思うことだけど。
秀平はあたしのどこがいいんだろう? 本人の言葉を聞いても信じられないんだから、それだけあたしが相手っていうのが想像できないんだ。
それは、あたしだけのことじゃない。さっき絡んできた女子もそう。彼女達にしてみればあたしが秀平の傍にいることがありえないんだろう。だからこそ、あたしが悪者に見える。
どうしろって。
「はぁ……」
溜息一つ。
教室に戻る気が起きない。
仕方ない。サボろう。帰ったら母さんには絶対に謝るとして。
あたしは学校の外のコンビニに入った。
大して興味のない雑誌を立ち読みしてみる。
つまらない。でも、他にすることもない。あんまりうろうろすると補導されるし、家に帰るわけにもいかない。
適当に時間潰して学校に戻らなきゃ。
「サボりかい?」
ん? あたしのこと?
声の方向を向くと、大学生ぐらいの男の人が立ってた。
「えっと、そんなとこですけど。ナンパならお断りです」
取り敢えず断っとく。
あたしの嫌いな行為の中でもトップクラスに君臨するそれを自分がされるつもりもない。
「いや。ナンパじゃないよ。ただ、こんな近いところで堂々としてるんだから勇気あるなって思って。俺もそこまではできなかった」
「昔、こういうことしてたんですか?」
「まぁな。それで見つかって怒られたりしたもんさ。で、君はそんな擦れてるわけでもないだろうに、どうして一人でこんなことしてるんだ?」
なんとまぁ。今日はお節介によく出会う日だことで。
「別に。大したことじゃありませんから」
「んー。ずばり、男女関係、とか?」
だからどうして。
この人は的確に答えを打ち抜いてくるんでしょう?
「あ、その顔は当たりだな」
洞察力抜群だね。今はそんな人お断りしたいんだけど。そうもいかない今日この頃。
「何を悩んでるかはわからんが、今すぐ学校に戻ったほうがいいぞ。今の君がしてるのはただの逃げだからな。逃げたところで何の解決にもなりはしないもんさ。ただ、問題を先送りしてるだけで。いつか、また同じように、更に大きくなった問題と向き合わなきゃいけなくなるんだ。
それで苦労するのは自分自身。早いうちに解決しておくのが吉。これ、人生の先輩からの忠告」
「蓮先輩にしても紗奈香先輩にしても。皆、随分とお節介な人ばかり」
「お、蓮の知り合い? 俺、蓮と付き合ってるんだよ。蓮に会ったらよろしく伝えておいてくれ」
世間っていうものは随分と狭いものだということを思い知った瞬間だった。
それにしても。
だから蓮先輩は秀平に興味を持たないわけだ。普通の女の子だったらきゃあきゃあ言いながらあいつの周りにいたことだろう。
それがいいのか悪いのかは、あたしにはわからないけど。
「お疲れ」
教室に戻ったあたしを待っていたのは秀平の無情な言葉だった。
「待って。もう一回、言って」
「何だよ。そんなに信じたくないのか? あんまりにも女子が五月蝿いから俺とお前、付き合ってることにしといた」
いやいやいやいや! 五月蝿いからって、そら酷くないですか?
確かに、一月も答えを先延ばしにしてきたあたしが何か言える立場じゃないかもしれないけど……
それに秀平とは仲良くなれてるけど、それが付き合うとなると話は別。
「あたし、利用されてる?」
「いや。俺の願望」
「死ね」
「久々に聞くな、それ」
あたしも久しぶりに言ったわよ。
何で、どうしてよりによってあたしなのよ。
でも、終りに出来る雰囲気でもないし…… 仕方ないか。そろそろ、秀平に家のこと話して離れてもらうしかないかな。
知ってるのはこまくらいなんだけどね。こまは知ってても離れないでいてくれたから。
何より、あたしが顔だけの男を嫌うようになった切っ掛けだしね。ちゃんと、秀平にはわかってもらわないと。
「秀平。少し、重くて長い話するけど、聞いて」
拒否は認めない。
「わかった。いつがいい?」
「今すぐ。授業はサボってもらうから」
勝手に付き合ってることにしてくれたんだ。これくらいは聞いてもらわないと。
「了解。屋上でも行くか」
あたしたちは連れ立って屋上に向かった。
道中は終始無言だった。
あたしは何を言っていいかわからずに、ただ、秀平の後をついていった。
ぎぃ、と重い音を立てて屋上の扉が開いた。
空はいっそ腹の立つくらい晴れてる。あたしとは真逆の空。
「話って?」
秀平の雰囲気が冷たい。一瞬、その雰囲気に呑まれそうになるけど、ここで負けるために来たんじゃない。
意を決して、あたしは口を開いた。
「あたし、片親なんだ」
シングルマザーってやつ。しかも父親がアレ過ぎて身内からは縁切られるようなやつ。実は認知されてなければ、母さんと籍を入れたわけでもない。本当に生物学上の父親というレベルの無責任さ。
でも、あたしは母さんに大事にされてるってわかるし、母さんもそんな擦れてたわけじゃないんだと思う。だけど、母さんは実家には帰れない。あたしたちに頼るべき親族はいないんだ。
「あたしの父親は、あたしのことを認知すらしなかった。だって、母さんが高校生のときに妊娠させて、それで本人は責任を取るのが嫌で姿を消したんだって。
酷い話だよね。母さんはあたしを堕ろさなかったから家を追い出されて。高校中退の子持ちが生きていけるほど世間は甘くないのにね。母さんは、いろんな友達を頼って歩いて、こまのお母さんの家族にあたしを預かってもらうことが出来たんだ。だから、あたしとこまは姉妹みたいにして育ってきたの。
で、ね。あたしが中学に上がる頃ぐらいかな? 家に、知らない男がいたの。その男はね、あたしを見るなり言ったの」
あの言葉だけは忘れない。あの瞬間ほど、憎悪に身も心も焦がれた瞬間はない。それほどに、あの言葉が、あの男が憎い。
「あの時の失敗かって。あたしがいる所為で人生失敗してるって。じゃ、あたしは何? あたしだけが悪いの? 母さんの苦労は何だったの? あいつをずっと悪く言わなかった母さんの気持ちまで踏みにじるってどういうことなの?」
どうしようもなく、あたしの中に黒い感情が渦巻いてる。あたしだけじゃ止められない。
こまだから話せた。
じゃあ、秀平には? 離れて欲しいから話してるの? それとも……
「そいつ…… 今はホストしてるんだって。昔から顔は良かったからって。母さんにも聞いたんだ。校内でもかっこいいって評判の人だったって。で、憧れてて、付き合ってみたけど。そしたら、勝手に逃げたって。
あたしはそれ以来、顔のいいだけの男を信用しなくなった。どうせ、適当に女の子捕まえて、あとは捨てるんだって。そんな風に見えたから。
秀平。あたし、こんな憎しみばっかり抱えて生きてるんだよ? ほんとにあたしを彼女にしたいの?」
わかった。
あたしは、秀平に受け容れて欲しかったんだ。あたしという、内海愛という人間を。
今、やっと気付けた。
あたし、秀平のこと……
「あたし、秀平のこと、好きみたいだから。だから、秀平があたしを裏切らないのなら、こんなあたしでも大丈夫なら、一緒にいたい」
好きだったんだ。あれだけ反発したのも、好きだったからだったんだ。
ずっと、憎しみしか持ってこなかったからどうしていいかわからなかったんだ。
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
やっぱり、都合が良すぎたかな。
「おい、誤解するなよ。俺は、基本的に女嫌いなんだよ。俺をアイドルか何かとしてしか見てない連中が嫌いだ。でも、お前、違っただろ? 最初に俺のこと否定して。で、次にあんなに仲良くなれた。
そんな奴、今までお前しかいないんだよ。そんな奴なら、受け容れるしかないだろ? 俺にはそれしか出来ないんだから。そうすることでしか、お前に近付けないんだから。どれだけ近付こうとしても、どうしても超えられないものがあった。
それを、お前が壊してくれたんだ。俺は、ずっと、お前といたいよ」
「しゅうへ……」
あたしの言葉は最後まで言い切れなかった。
気付けば涙が溢れていて、言葉に出来なくて、何より、あたしの体は秀平に抱きしめられていたから。
少し痛いくらい。でも、その痛みが秀平の傍にいられるんだって実感をくれる。
そっか…… あたし、こんなに黒くても一緒にいていいんだ……
ありがと、秀平。
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