第2話 「え、マジで?」

信じられない。


あいつは…… どこまであたしの領域に土足で踏み込んでくるのよ。


そんな権利、あんたには何もないのよ。















入学して暫くして、遠足が組まれた。


うん。ま、いいよ。あたしは山とか好きだし。最近の女の子がどうなのかは推して知るべしだけど。あ、あたし山ガールの存在は信じてないから。


「じゃ、班を決めます」


そう、問題はこれだ。あたしの隣に座る男と同じ班になるわけにはいかない。だからこそ、班を決めるのも籤なのは助かった。そうじゃなくて席の配置で決められた日には先生を恨んでただろうね。うん。


で、今は放課後になってくじが出来たから急遽やってしまおうとクラス委員が言い出したんだ。


まーそうなるだろうね。殆どの女子があいつ狙いだから。てか、鬱陶しいな。


あたしはこまと一緒になれたらいいなってくらいなんだけどな。


暫くして、あたしは籤を引いた。


えっと、二班……


「え、マジで?」


あたしは我が目を疑った。


だって、二班にはあいつがいる。ついでにこまもいない。


あぁ。あたしの背に突き刺さるような視線が。


好きであいつと一緒になってるわけじゃないのに。勝手じゃない、こんなの。あたしが何したってのよ。


あー。憂鬱。


「お。内海一緒か。よろしくな」


「よろしくされたくないわよ」


あいつがあたしの持ってる籤を覗き込んでそんなことを言ってきた。


「何だよ。そんな邪険にしてくれなくてもいいだろ? 折角一緒の班になるんだ。仲良くなろうぜ」


願い下げよ。そんなの。


あたしは手に持ってた籤を高々と掲げた。


こまは、四班か。


「誰か四班の人。これと交換しない?」


「おいっ、内海! 」


あいつが慌ててる。でも、あたしが何であんたなんかと一緒にいなきゃいけないのよ。それぐらいならあたしはこまと一緒を選ぶわ。


「はい」


そして、あたしに四班の籤を差し出してくる女子がいた。素直に二班の籤を手渡す。


「ありがと。でも、折角佐間君が仲良くしようって言ってるのに酷くない? 」


「残念。あたしはチャラ男に興味はないのよ」


不機嫌そうな女子を適当にあしらいながらあたしは四班の籤を引っ手繰った。


四班は男が多い。


その中で女子はあたしとこまだけだった。うわっ男所帯だ。


「愛、大丈夫なの? 孤立したりしない? 」


「大丈夫よ。こまは心配性ね」


あたしが笑って言うと、こまは何かぶつぶつ言ってた。残念ながらあたしには聞き取れなかったけど。


「おーい、向井むかい。俺と変わってよ」


はぁ!


ちょっと。あいつは何を考えてるのよ。何で態々こっちに来るわけ?


「いいのかよ」


「あぁ。偶には男連中とつるみたい時だってあるんだよ」


だったら他所に行け。


「おい。内海が睨んでるぞ」


「気にすんなって。それに、自己主張の激しい連中がいる中で、この2人は寄って来ないし」


そりゃ、あたしはチャラ男が嫌いで、こまには彼氏がいるからね。あんたなんかに寄ってく理由がない。


「じゃ、改めてよろしくな」


「帰れ」


即答するあたし。


でも奴は笑ってるばかりで行動するつもりもないみたい。


「向井君。佐間と変わって」


「え、内海。そんなに佐間が嫌いなのかよ」


「嫌いよ」


再び即答。


「駄目だ。どうせ佐間はお前を追いかけるんだ。逃げるだけ無駄だぞ」


「どういう意味よ」


「まんま、その通りだと思うけど。ていうか、ここ最近の佐間見てて思うところないわけ?」


あいつを見てて?そんなの、一つしかないじゃない。


「チャラ男」


あ、もう一つあったっけ。


「それから、あたしとこまをハーレムの末席に加えようとしてる」


「お前、馬鹿だろ?」


向井君が溜息を吐いてそのままあたしに背を向けた。馬鹿はそっちじゃないの?


結局、向井君は変わってくれなかった。


























「うぁあああああ。何なのよ、あいつはぁっ! 」


昼休みにあたしとこまはお弁当を広げながら話をしてた。勿論、そこにはこまの彼氏のトシがいる。何でも、こまが通ってた学生塾で知り合ったとか。


ま、どうでもいいけどね。あたしに彼氏だなんて縁のない話だもの。


「今日は随分と荒れてるんだね」


トシは基本的には凄く落ち着いた人。だからこまとはお似合い。


で、あたしの話をこまと一緒に聞いてくれる人でもある。


「ちょっと、トシ。聞きなさい。佐間って奴がね」


「あー秀平しゅうへいか。何だ、一緒のクラスなのか。あいつ、凄いし、意外だろ?」


「あ、うん。わかるな、それ」


ちょっと。どうして2人で納得してるのよ。


「何が意外なのよ。あいつ、ただのチャラ男でしょ? ていうか、トシは何であいつを知ってるの?」


「俺? 同中だからね。ていうか、愛ちゃん。そっか。道理で荒れてるわけだ」


一人で納得しないでよ。わけがわからないじゃない。


こまも隣で頷くの止めてよ。何なの、これ。


「成る程成る程。確かに、言われてみれば特徴も合致するね」


もうわけがわからない。


あたしが話してたはずなのに、気付けばあたし一人が蚊帳の外。ちょっと酷くない?


「俊之。愛は何にもわかってないみたいよ」


「え、でもなぁ。この愛ちゃん見てると言わない方がいいって気がするんだけど」


本人を前にそんな話をしないでよ。


わかってないとか言わないほうがいいって何なのよ。こま、わかるように説明してよ。


「言った方がいいと思うな。多分、いつか殴りあいになるわ」


「む。それはよろしくないね。折角苦労して入った学校なのにそんなつまらないことで退学はね」


トシはあたしの方を見ずに口を開いた。


「秀平はね、愛ちゃんとこまと仲良くなりたいんだよ」


「は? 寝言は寝てから言ってよ」


あたしと仲良く? 意味ないじゃん。


残念ながらあたしはあいつのハーレムには入らないんだから。


「ほら。やっぱり言わないほうが良かった」


「根気が必要ね」


だから何なのよ。あたしが何なの?


もう。ほんとにどういうことなわけ? あたしの普通の日常を返せ。


























今日は部活。


あたしは中学でずっと続けてたバスケをまた続けることにした。まぁ、プロにはならないし、なれないだろうけど暫くは続けていたいからね。


そして、部活も終わって、疲れて帰る頃に下駄箱のところに人影があるのに気付いた。誰か、いるのかな?


案外、誰かの彼氏が彼女待ってたりしてね。


「お、来た」


あー何でこいつかなぁ。


ま、あたしじゃないでしょ。


靴を履き替えようとするとあいつがあたしのすぐ目の前にいた。


「何で無視するの?」


「は?」


無視も何も。あたしを相手にしてるわけじゃないでしょうに。


「何言ってんの? あんた、誰か待ってるんでしょ? あたしに構ってる暇があるんならさっさと行ったらいいじゃない」


「いやいや。内海こそ何言ってるんだよ。俺、内海を待ってたんだけど」


は?


「いやいやいや。寝言は寝てから言いなさいよ。あたしを待ってて何になるっていうのよ」


「一緒に帰ろうよ。折角同じ班になったんだから少しくらい仲良くなりたいし」


勝手に班に入ってきたくせに。


「無理矢理一緒になったくせに」


「内海は無理矢理出て行ったよな」


それを言われると痛いけど、でも、あたしは一緒になりたくなかった。でも、あの子は一緒になりたかった。あたしとじゃ意味がないじゃない。


それに、あたしはチャラ男は嫌いだ。だらしなくて、それをかっこいいんだって勘違いして、寄ってくる女全員にいい顔して。


そんなチャラ男があたしは死ぬほど嫌いだ。


目の前のこの男も、どうせそうだ。まわりに女が寄ってくる男は絶対にそうだ。そんな男の傍には絶対に行かない。


「あたしとあいつはギブアンドテイクで成り立ったの。あたしはこまと一緒が良かった。あいつはあんたと一緒が良かった。それでいいじゃない」


「俺は、内海と一緒が良かったな。折角隣になったのに全然話してないだろ?」


「必要ないじゃない」


あたしはあんたが嫌いだから。だから話す必要もない。


「何で? 俺のこと嫌い?」


「嫌いよ。女の子を侍らす男なんて大っ嫌いよ。あたしはそんな男も女も死ぬほど嫌いなの。だからあんたなんか大っ嫌いなの」


当たり前すぎること。


あたしはアイドルとかも興味ないし、クラスで誰がかっこいいとかにも興味なかった。そんな作り物に興味はなかった。


だって、それは絶対にあたしだけを見てはくれないから。


別に顔がかっこいい必要はない。痩せてる必要もない。足が速い必要もなければ頭がいい必要もない。ただ、傍にいて安心をくれる相手ならいい。


アイドルやチャラ男は絶対に安心をくれない。それぐらいわかってるのよ。


「内海は、俺のこと誤解してる」


「誤解? 何を誤解するって言うのよ。事実あんたの周りには女子がいっぱいいるじゃない。休憩時間にあたしは自分の席にすら戻れないのよ? そこまで集めておいて何が誤解よ。


 さっきも言ったけど、寝言は寝てから言いなさいよ」


「誤解、してるよ」


「だったら、それを今すぐこの場で証明して見せなさいよ。できるものならしてみなさいよ。あたしに、自分はチャラ男じゃないって証明してみせなさいよ」


あいつは呆然としてた。


「邪魔。あたし、帰る」


その隙にあたしはあいつの脇をすり抜けようとした。


「待って」


「何よ」


まだ何かあるの? そんなにあたしをハーレムの末席に加えたいの? 信じられない。馬鹿じゃないの?


「あんた馬鹿? こんな可愛くもない女捕まえてハーレムにでも入れるつもり? そんなことしなくても他にもっと可愛い子なんているじゃない。あたしに構うことないでしょ」


折角部活ですっきりしたと思ってたのに。これじゃ意味ないじゃない。


あーあ。後で走りに行こうかな。


「ハーレムって、何? 俺がいつそんなの作ったの? 俺がチャラ男だって内海は証明できるの? だったら、教えて」


「馬鹿。あんた見てれば誰でも一発でわかるわよ」


「それ、答えになってない。ついでに言わせてもらえれば内海は可愛いよ」


あたしは突然に言われた可愛い、という言葉に急に恥ずかしくなって一気に走り出した。幸い、さっきまで走り回ってたおかげで体はよく動く。


ていうか、ほんと不愉快。あとでこまに相談しよ。


























家に帰ってから、あたしはmp3プレイヤーを持って家を飛び出した。


目的地は近所の陸上競技場。ここは常時解放されてて走りたいときに走れるようになってる。ウインドブレーカーの下に黒いアンダーウェアを着てきた。


なんか、動いた後に疲れを残さないらしい。


それに、これなら何の気兼ねもなく上着とかズボンも脱げるしね。下半身の手入れのときに邪魔になるときもあるから脱ぐときもあるんだよね。


まぁ、今日は時間も遅いからそういうのは家でやるけどね。


よっし。走ったらこまに電話しよ。


それから40分後。


あたしは漸く走り終えて息を整えてからこまの携帯に電話した。お互い、中学卒業と同時に携帯を買ってもらった。


まだ、あたしはこまにしか電話したことがない。ま、それでもいいよね。


「あ、もしもし?」


『どうしたの?』


「うん。今日さ、部活終わったらあいつが待ち構えててさ。話がしたいとか、あたしと仲良くしたいとか、自分はチャラ男じゃないとかさ。説得力ないし、正直ムカつくんだけど」


今日のことを話す。


そしたら、こまは何も言わなかった。


「こま?」


『愛は、残酷だね』


え? どういうこと? 何でこまがあいつの肩を持つの?


こまだってチャラ男は嫌いでしょ。


『ねぇ、愛。愛はどうして俊之は好きなの? 俊之はチャラ男じゃないの?』


「こま、何馬鹿なこと言ってるの? こまの彼氏がチャラ男なわけないじゃない」


『それ、佐間君にも言える? 俊之と佐間君が本当に違うって、きちんと説明できる?』


「ねぇ、こま。変だよ? それにトシがあいつと一緒なわけないでしょ」


電話の向こうで、こまが溜息を吐いたのがわかった。


どうしてかわからないけど、こまは怒っている。それもあたしに対して。


どういうこと? まったく理解できないんだけど。


『愛。一回でいいから佐間君と話してみてよ』


「嫌。襲われるじゃない」


『愛!』


何でこまが怒ってるんだろう。あいつがチャラ男なのは事実でしかない。それをこまが必死に否定したがるのがわからない。


『はぁ。愛。今度の班での打ち合わせで絶対に話してね』


「何であたしが! ほっといたらあいつの周りには女子が寄ってくるんだからどっかに放り出しとけばいいじゃない」


『いい、愛。絶対、だからね』


こまは電話を切った。


もうわけがわからない。


「わけ、わかんないよ」


折角走って気分がすっきりしたのに、またモヤモヤした気分になってしまった。


無言でさっきまで走ってたグラウンドを見る。


何故か、もう走るなって言われてる気がした。


わけ、わかんない。

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