第3話 「あれ、知り合い?」
一瞬だった。
正直、俺にとって女子はかなりうざい存在だったけど。
でも、彼女だけは違ったんだ。
無事、高校に合格が決まった次の日。
俺は合格発表のときは彼女と一緒にいるとかほざいてた俊之に連絡をした。
『お前、無事に受かってたか?』
「何だよ。受かってるに決まってるだろ? お前が選んだ学校だ。自信を持って受けたよ」
正直、勉強は嫌いだったが、俊之が俺に合った学校を選んでくれたおかげで少しだけ力が入った感じ。
だからこそ、余計な手間をかけさせたかもしれないと不安に思うこともあった。
「でも、悪かったな。態々、探させてさ」
『そうでもない。こまの友達もお前と似たような成績で、それも一緒に探せたから』
「そうなのか」
こまってのは俊之の彼女。他校の生徒だったけど、塾で知り合ったとか。
「ん、てことは」
ふと、思った。
『何だよ』
「あれ、知り合い?」
あれ、というのは合格発表の日に2人いた女の子のことだ。片方が彼女として、もう片方がその彼女の友達ってことだろう。
個人的には、ていうか、片方は俺も知ってる。
ま、一方的にだけどさ。
『あれって?』
「ショートの、ちょっと背の高いほう」
俺はどっちが彼女かを知らない。だからこういう質問をするしかなかった。
『あぁ。そっちがこまの友達だよ。お前、知ってるのか?』
「知ってるって言えば知ってるんだけど」
かなり言いにくいことではある。
だって、たまに走りに行く陸上競技場であまりに無防備な姿を晒すんだから。周りの男も鼻の下を伸ばしてるんだぜ?
俺も、人のことは言えないが。
『ん、もしかして、陸上競技場の話か?』
知ってるのかよっ。
『こまから愚痴で聞かされるんだ。ほら、何て言ったっけ? あの黒い着るサポーターみたいな奴』
「インナータイツか」
『まぁ、それを下に着てるからってそのままウインドブレーカーを脱いだりするんだろ? あれ、体型がはっきり出るっていうからスタイルがいい女の子が着てるとかなりやばいって』
「そう、それなんだ。あの子、周りがそんな目で見てることに気付いてないんだ。寧ろ、自分が普通に可愛い顔してるってこと自覚してない節がある」
『あーわかるわかる。っと、今から出なきゃいけないんだ。また今度な』
わかった、とだけ答えて俺は電話を切った。
しっかし、俺が女子をこんなに気にするのって、初めてじゃないか?
入学式。
最初のHRで俺は女子の大群に囲まれてしまった。勘弁してくれ。だから嫌なんだ。
「佐間君。好きな食べ物って?」
とか、色々聞いてくる。
俺は何も聞いてないけど、でも奴らは構わずに話しかけてくる。実際、自覚してることではあるんだけど、顔はそこそこ整っているらしい。
なんか、ジャニーズ系とか言われたこともある。
でも、俺はアイドルでもなんでもないからそんなこと言われても何にもならない。寧ろ、邪魔。
「あ」
鬱陶しくて、適当に視線を動かしてたら。
そこに、あの子がいたんだ。
そう、俊之の彼女の友達。
陸上競技場の彼女。
同じクラスだったんだ。
無性に、彼女に駆け寄りたくなった。
きっと、いや、間違いなく、俺は彼女に一目惚れしていたんだ。それをこの瞬間、自覚した。
抱きしめたい。キスしたい。独占したい。俺にだけ、笑いかけてほしい。
この恋を自覚した瞬間、色々な感情が俺の中を駆け巡る。
今すぐにでも話しかけたい。
でも、彼女は俺のほうを一瞬だけ見ると、すぐに汚いものを見るかのようにして俺から視線を逸らした。
何で? 理解できない。
それでも、俺は彼女に近付きたい。そう思った。
その日の帰り道。俺は俊之と歩いていた。
「なぁ。あの子、お前の彼女の友達って名前なんていうの?」
「女に興味を示すなんて珍しいな」
槍でも降るんじゃないかとまで言われてしまった。そこまで言わなくてもいいのにとは思うが、無駄なので何も言わない。
それよりも、今は彼女のことを知りたい。
「まぁ、そういうこともあるか。あの子はな、内海愛。愛は、愛情の愛でマナって読むんだ」
「説明ありがとう。そこまで聞いてないけどな」
そう言うなよ、とか言いながら俊之は笑っていた。
「でもな、秀平。あの子、ちゃらちゃらした男が嫌いだって言ってたぞ」
「どうしてそこで俺を見る」
俺は、別にチャラチャラなんてしてない。
寧ろ、女が勝手に寄ってくるんだ。俺はそれが邪魔で仕方がないんだ。
「あのな、お前がどう思っていても、周りに女が寄ってくるお前はチャラチャラしてるようにしか見えないんだ。だから、お前ら相性最悪だと思うぞ」
「お前、俺がいつあの子のこと好きだって言ったんだ?」
俊之は溜息を吐いてから言葉を紡いだ。
「馬鹿か。お前が特定の女の話題、それも、相手を知りたいなんてこと言ってきた時点でわかる」
「そんなにわかりやすいのか、俺は」
「こういうことだけだ」
それは救いにも何にもなりゃしない。
しかし、前途多難もいいところだ。
本当に振り向いてほしい女の子は俺を嫌っていて、振り向かなくてもいい女ばかり俺に寄ってくる。
出来れば遠慮したいんだけど、そうもいかないのはわかってる。
「お前も、本気で誰か好きになったかと思えば。また随分と強敵を好きになったもんだ」
「好きでそうしてるわけじゃない」
「だろうな。俺も、好きになろうとしてこまを好きになったわけじゃない。そういうことしてるのはお前の周りに寄ってくる女だよ」
その通りだった。
俺も、あの子、内海を好きになったのも自分の意思じゃない。気付けば好きだった。
俊之だって、そうだったんだろう。気付けば、彼女のこと好きで、それが叶ったんだ。
なのに、俺の周りに寄ってくる女は男を一種のステータスと勘違いしてる。顔のいい男を隣に置いておけば自慢になる。それを俺もわかってる。
わかってるから腹が立つんだ。わかってるから嫌なんだ。
俺はアクセサリーでも調度品でもないんだ。お前らのステータスじゃない。俺は俺だ。俺を俺として見てくれない存在に用はないんだ。
だからなのか。
俺は内海なら俺を俺として見てくれる気がした。きちんと、俺をわかってもらえれば、だけど。
でも、それがとても難しいんだろうってことも予想がついた。
だって。
「前途多難すぎる」
「自覚あるのか」
彼女は俺を汚いものを見るかのように見ていた。それは、俺が彼女の目に間違いなくチャラチャラした男にしか見えていなかったことの証明だから。
でも、攻めるしかない。引いたところで意味がない。既に引かれてるんだから。押していくしかないんだ。
「絶対諦めない。俺が、この俺が女にここまで必死になるんだぜ? ありえないだろ」
「それについては同意だ。まぁ、愛ちゃんもここらで自分が周囲の目を集める容姿をしてるってことに気付いてほしいものだね」
気付いてないのかよっ。
翌日のHRは席替えだった。今の、出席番号順の席でも内海は隣だった。
でも、その特等席を手放したくないのが俺の正直なところだ。
だけどなぁ。
「……」
内海はすっげー不機嫌だった。そりゃもう見てて怖いくらい。
俺が隣ってのがよっぽど気に食わないみたいだった。
いや、そこまでされてもどうにもならんのだが。
「じゃ、全員順に回していけ。ついでに好きなとこに一本線を足してもいいぞ」
先生のこの言葉の瞬間、内海の表情が変わった。
何ていうか、面白そうなことを見つけた子供の顔。いや、そのまんまか。
で、内海に紙が回ってきた。やっぱり楽しそうだ。
「内海、なんかむっちゃ楽しそう」
俺は今なら普通に話できるかもしれないと思って話しかけてみるけど、内海は線を引くのに夢中で俺の声に気付いてくれない。
で、それを無視したと思ったのか女子が一斉に内海を睨みつけた。当の内海は少し首を傾げて見せるけど、特に気にするでもなく作業に戻っていた。
「内海?」
俺はもう一度声をかけた。ふ、と内海が少しだけ顔を上げる。
気付いてくれたか、と思うけど。すぐに作業に戻ろうとする。駄目だ。今戻られたらまた内海が睨まれる。
俺はちょっとした強硬手段をとることにした。
「聞いてる?」
顔を近づけて、覗き込んでみた。
「うわぁああああああああっ」
悲鳴を上げられてしまった。でも、やっと気付いてくれた。
「うーつみー。俺の話聞いてる? さっきからずっと話しかけてんだけど」
漸く、俺の声を聞いてくれたけど、反応はいまいちだった。
「は?」
ほら。
「内海、何で無視するわけ?」
「いや、ホームルーム中でしょ?」
やっぱ嫌われてんのかな。それはそれでショック大きいんだけど。
「先生は暫く雑談でもしてろって言ってたけど」
ほんとはそんなこと言ってない。でも、周りの雰囲気はそんな感じだ。
「あたしが話すことないから」
正直、この態度には腹が立つ。でも、そこは我慢だ。
「ふぅん」
上手くすれば、俺は内海の隣をキープできる。それはかなり低い確率だけど、ゼロじゃない。
俺としてはそれを願うしかないでしょう?
「よし、今から番号を発表する。それがお前らの席を決める順番だ」
マジで? よっしゃ、確率アップ。
「最初だからな。談合はなしだ」
さらによっしゃ。これなら内海の近くに行きそうなのは俊之の彼女の宮路だけだ。
いけるかもしれない。
どうか、近い番号でありますように。
「内海、1番」
何故に!
何で最初なんだよ。
まぁ、俺が先よりはマシだけどさ。でも、俺が後になればなるほど苦労しそうだ。
「じゃ、窓際の一番後ろで」
マジかよ! 何でそんな選択肢を減らしてくれるんだよ!
いや、ここで怒ってたってどうにもならないけど。
ていうか、そんなに嫌か?
で、暫く女子が続いたりしたけど、談合でもしたのか、申し合わせたように俺が入るための席が確保されている。
まだ、内海の隣は空いてる。宮路は内海の前を選んだ。
このままなら行ける。
「次、佐間」
よっしゃ来た来た来た来た来たッ!
やったぜ、隣空いてる。
「えーと、内海の隣で」
「ふざけんな」
いやいやいや。拒否反応早すぎるでしょ。
ていうか、俺はあんな女子の中心席になんか行きたくない。ていうか、あんなところ行ったらストレスで胃に穴が開きそうだ。
「いや、お前が口出すなよ。しかも今回談合なしだろ」
絶対にここから下がってたまるか。俺は、内海の近くにいたいんだ。それだけなんだよ。
「ん。佐間が内海の隣だな」
よっし!
「じゃ、よろしくな」
内海は暫く黙り込んだ後に、
「ヨロシク」
「うわ。全然感情篭ってない。てか棒読み酷くないデスカ?」
ひどくね?
取り敢えず、何とか無事に席は決まった。
た、助かったぁ。
内海が帰った後、俺は宮路に呼び止められた。
「佐間君」
「えっと、宮路さん、だっけ」
「えぇ」
俊之も随分といい子を選んだよなぁ。
「佐間君、もしかしなくても愛のこと好きですよね?」
しかもあっさりばれた。
いや、まぁ、あからさまだったかとは思うけど、早すぎやしないかい?
「隠さなくても大丈夫ですよ。私は応援派ですから」
何、その応援派って。
まぁ、その応援派ってのが宮路と俊之しかいないことぐらい想像に難くないけどな。
「しかし、随分と難関を選ばれましたね? 佐間君ぐらいの顔なら女の子に不自由しないんじゃないですか?」
「それとこれとは関係ない。寧ろ、俺は寄ってくる女は邪魔なくらいなんだ。俺はアクセサリーでも調度品でもない。見せびらかすものじゃないんだよ。それをわかってくれない奴に用はない」
「あら、やっぱり、そういうこと言う人でしたか」
わかってるなら訊くなよ。
「好きでいるのはいいですよ。でも、愛の心を開くのは難しいですよ。それぐらいに愛と顔のいい男の相性は最悪ですからね」
どういうことかはわからないけど、障害だらけのこの恋に、心強いかもわからないけど味方が出来たのだけは確かみたいだ。
しかし、
「前途多難すぎる」
昨日言った台詞をもう一度繰り返すことになってしまった。
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