第11話 あの世の存在
「延命をしても長くは生きられません。例外的な長期脳死でない限り、一か月がいいところでしょう。そこが植物状態とは違うところです。こんな時に申し上げるのもなんですが、脳死は人の死か、という論争が起きたのはご存知ですか」
俺は力なく頷いた。
「植物状態というのは、頭部の外傷や脳への血流停止などが原因で、大脳の働きが失われて意識が戻らない状態のことをいいます。けれど、呼吸や体温調節、血液循環などの生命維持に必要な脳幹は機能しているのです」
俺は話を促すためにだけ小さく頷いた。入院患者だろうか、廊下を歩くスリッパの音がする。
「それに比べ、脳死は心臓以外は機能していません。臓器移植法改定案で、臓器移植に関してのみ脳死を人の死と認めることになりました。けれど、心臓死が社会通念としての死であった日本では、脳死を人の死とすることには今なお大きな抵抗があります」
はいと頷いたものの、医師の語りかける内容は頭に入ってはこなかった。
美紀子が助からない。美紀子が死ぬ? ありえない。あってはならないことだ。膝をグッと掴んだ。美紀子の異変を知らせる日南子からの電話も、昼下がりの夢だ。これは、現実ではない。
「しかし、脳死という状態が不可逆的である以上、明らかなる死なのです」
俺はぎゅっと目を閉じた。耳もふさいでしまいたかった。
「白石さん、私はあの世というものを信じています。確信していると言った方がいいでしょう。だから、恐れることなく次の扉を開けてあげる選択もあると思うのです」
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