第9話 孫たち帰る

「帰っちゃったわね」三人を見送ったばかりの玄関のドアを、お前が寂しそうに見つめる。


「うん。たいして広い家でもないのに、なんかガランとするな」

「さて、洗い物しなくちゃ」両手をテーブルに付いて、グイと体を押し上げた。

「あなた、まだ飲むんでしょ」

「いいよ、自分で出すから」


「でもさ」洗い物をするお前がちょっと手を止めた。

「うん?」冷蔵庫から取り出したビールを片手に、少し丸まった後ろ姿を見た。小さくてスタイルが良くて、あんなにもかわいかったのに、いつの間にやらお互い歳を取ったものだ。


「あれがもうちょっと大きくなって、チョロチョロ動き出したら、帰ってホッとするパターンよね」

「だろうな。気も落ち着かないしな。でも、かまってもらえるのも今だけさ。やがてじいさんばあさんの出番はなくなる」

「いやだ、じいさんばあさんなんて……」振り向いて眉をひそめる。


「だって、孫から見たらじいさんばあさんだ」椅子に座りビールを開けた。

「まあ、そうだけど」

「ふたりきりというのもなんか寂しいな。翔次郎は音沙汰なしだし」

「まあ、男の子なんて、独立しちゃえばそんなものでしょうね」

 お前が手を拭いてリビングテーブルに腰を下ろした。


「ふたりでいればさ」

「うん?」

「何もいらなかったのにな」


「あら、口説いてるの? 嫌だお父さんったら」

「熱でも出たか」俺は鼻で笑った。


「でも、ふたりでいれば、ほんと何もいらなかったよな」

「そうね。満ち足りてたわね。あなたと、あたしと、ナナハンの元祖、CB750Fourさえあればね」


「お前さ、こんな俺と一緒に生きてきて楽しかったか」

「何バカなこと言ってんのよ。決まってるでしょ。だからここにいるんじゃない」


「そうか。恋愛ってさ、相手を選ぶのは男じゃなくて女だからな」

「そうかしら。だいたい最初に選ぶのは男でしょ」


「でも、最終最後の決定権を持つのは女さ。女の前には、討ち死にした男たちの累々たるしかばねが横たわってる」

「あぁ、そうかもね」

「だから俺は、お前が選んでくれたことに感謝してるよ」


「やだ、ぐっと来ちゃうじゃない。こちらこそ、ありがとう」

「だからさ、もう一回呼んでくれよ、昔みたいにさ」


「そかそか、わかった。じゃあ期待に応えて、行くよ」

「どぞ」

「あっくん……てへへ」

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