第8話 ルフィだとぅ!

「名前を付けてほしいって」

「名前? 孫のか」


 上着を腕にかけたお前が、ネクタイを手際よく引き抜いた。

「当たり前じゃない。お隣さんちの猫の名前を頼まれるわけないでしょ」


「断りなさい。名前というのは、子供の将来を考えて親が頭を悩ませてつけるものだ」

「あたしもそういったんだけどね。卓実君がアニメの妙な名前を付けそうだから阻止してくれって。お父さんが名づけると言えば文句は言わないだろうしって」


「アニメ?」

「そう、ルフィに当てられる漢字を探してたりするらしいの」

「なんだそりゃ」

「ワンピースよ」


「ああ、タイトルだけは知ってるな。女の子だったらどうする気だ」

「女の子の名前もアニメらしいのよ」

「単なる馬鹿だな」


 ひと風呂浴びて、注がれたビールを一息で飲み干した。

「もうちょっと、ゆっくり飲みなさいよ」

「一杯目はこれがいいんだよ」


「しかしソフィアとは、恐れ入谷いりや鬼子母神きしもじんだな」

「ルフィよ」お前が傾けた瓶ビールにグラスを寄せる。


「似たようなもんだ。だったらいっそのこと勘吉かんきちにすればいい」

「なによそれ」

「こち亀だよ。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の両津勘吉巡査だよ」

「冗談よね」

「当たり前だ。しかしこのチキン旨いな」

「チキンステーキにね、ガーリックチーズをのせてオーブンで焼いてみたの」


「そか。うん、美味しいよ」

「あなたのいいところはそこね」お前がニマニマと頬杖をついた。

「なに」

「すぐにほめるところ」


「だって、旨いもんを旨いというのは自然だろ。さ、一本電話してみようか」

「どこに」

「ルフィ君にだよ」お前が顔をクシュクシュにして両手でぱっと腹を抱えた。そんなにおかしいか?


 携帯を取り娘の番号を押した。


「お父さん?」

「うん。この声がお母さんのわけはないな。ルフィ君はいるかね、ワンピースを着てるかもしれんが」

 日南子が電話口で、ぷっと吹いた。

「ええ、いらっしゃいます。スマホ片手に漢字を調べてます」


「あ、お義父さん」

「おぉ、ルフィ君かね」

「はい?」

「その声はルフィ君だろ? 間違いない」

「あ、あ、え?」

「ルフィ君と呼ばれて嬉しいかね。孫の名前は俺が考える。以上だ。日南子に代わってくれ」


「まずは男の子の名前は、千代の富士でどうだ」

「馬鹿じゃないの」

「もおー冗談だってばさ」

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