第3話 近道なの?

 そうだ、伊豆にもよく行ったね。戸田へだにも行ったし土肥といにも行った。下田から遊覧船にも乗ったね。


 温泉もあちこち行った。階段のあるとこ伊香保温泉だよね。それと、どこだったっけね、畳の部屋がやけに広くて、ふたりでテーブルをテレビの前に運んでちまちまと見たっけ。当然、まだブラウン管だった。


 雲が流れてきたのか、窓外の景色が少しかげった。


 あれはどこの帰りだったろう。凄い渋滞に巻き込まれたんだよね。海沿いの道だったから伊豆かもしれないね。


 日も暮れた海岸線は車の列だった。

 熱射の余韻の残る中を、CBナナハンは車列の横をすり抜けて走った。


「これー! 車だったら大変だったね!」

 フルフェイスのヘルメットのせいで、こもった声が後ろから聞こえる。

「んだな!」


 このまま順調に抜けられるだろうと思った、その時だった。車幅の大きいトレーラーが目の前に立ちふさがっていた。通り抜ける隙間はない。


「やられちまった」

「なに!」

「見ろよ」

 君の動きで体が左へ持っていかれる。

「おっきい!」

「うん。それは原因で、結果は抜けられないってことさ」


 しばらくとろとろと走っていると、右手に斜めに上がる坂道が現れた。何の確証もなかったけど、俺はウィンカーを出してその道へと入った。


 とどまるは後退に等しい!


「近道なの⁉」

「いや、わかんない!」

 呆れたのか、君からの声は返ってこなかった。ただ、しがみつく力がぎゅっと強くなった。


「たくさんついてきたよ!」君が声を大きくする。

「見えてるよ!」


 ミラーには後ろに続く車が何台か見えた。カーブに差し掛かるとその車の数が半端ではないことがわかる。


「やばいなあ……」

 ナナハンの品川ナンバーを見たに違いない車がついてきてしまったのだろう。その車列に引き寄せられるように、車が続々と坂を上ってくる。このまま山の奥まで連れていかれそうな、胸を突くような急な上り坂だった。


 これが近道じゃなかったとしたら……。

 だって、愛車CBナナハンの前に車などはまったく走っていないのだ。それは自己責任、などとクールに割り切れない俺は、責任感につぶれそうだった。


 坂を相当上り詰めたころ、視界が白く曇った。

「霧だ!」濃霧があたりを白く染め始めたのだ。ライトは霧ばかりを照らし、スラロームのように続く道が見えない。

 フルフェイスのヘルメットも曇ってきた。


「美紀ちゃん! メットこすって! 前が見えない! やばいぞこれ!」

 右手が伸びてきて、景色を見せた。でも、依然として前は見えない。


二人羽織ににんばおり!」

 事の重大さを知らぬかのように、君のはしゃいだ声がした。

「あたしも見えなぁい! あっくんこすって!」

「むぅーりッ!」


 いつだったか、君は言った。

 あたしのために頑張る必要はないのよ。あたしはあたし、あっくんはあっくんだから。二人で一緒に、時々は交代で頑張ればいいのよ。


 君はいつもそうだった。俺の肩の力を抜いてくれたんだ。


 そしてあの山道は大正解のルートだった。道は下り坂になり、さっきまで走っていた海沿いの道が眼下に並走するように見えた。そしてそこが渋滞を抜けていると分かったとき、ふたりで歓声を上げたっけ。

 同じことに気づいた後ろの車列から、短いクラクションがいくつも鳴ったっけね。

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