第10話③「壁の中へ 後」

 まどろみの中だった。

 温かな水に包まれてるような感じがした。

 けどこれも錯覚だ。意識がはっきりしていないせいで、今置かれている状況を理解できてないに過ぎない。

 だから私は目を開けて、ここが荒れ果てた街のど真ん中であると受け止めなければならない。

「…………」月野さんも福井もハルもいない。

 砂埃は舞ってないけど空気は最悪。直視し続けたら気分が悪くなるに違いない。

 深呼吸。

 少し前の出来事を思い出す。

 壁に触れた瞬間に体が触手のような何かに包まれて中へと引き込まれた。それで意識が飛んだのか、電気を落として点け直したみたいに、今の状況に置かれていた。

 ともあれこの廃墟街が壁の中の本当の景色。マスコミ達が知りたがった真相。生きてる者などどこにもいない。

「そういえば……」

 ハッツの使い方を教わり忘れた。それどころか二人一組の行動もできそうにない。

 イレギュラーだ。

 けど思考を形にできるムーンドライバーなら何とかなるはず。そう思いシステムを起動させると、すぐに見付かった。手の中に『HATS』のカードが来てくれていた。

「何でもできるな、ほんと」

 カードを使うと目の前に網戸みたいな光線が走った。地面から空へと伸びてだんだんと人の形を成していく。それからものの数秒でハッツが出来上がった。

『システム、完了。起動。オーナー登録を始めます』

「お、オーナー……」

 ハルと違って可愛げのない事務的な声だ。

『テジマ、カオリ様ですね』

「……はい」

『認証。確認。これからは貴方様の

「…………」

 確かに。

 低くて抑揚がなく感情もこもってない。情が映ってしまい万が一に破壊しなければならない、なんて状況になったら躊躇いなく壊せそうだ。

「周りはどうなってるかわかる?」

『……』カシャリと、見覚えのある仕草。『敵の領域内。肉眼は有効ですが、強い瘴気のようなものが充満しているせいでレーダーが使えません』

「というと」

『機械的なロックオンやホーミング機能がすべて無効となっております』

 ハッツは巨大なアームキャノンを構えてくれたが、側面の小さな画面――ロックオン用だろうか――の全体がノイズに覆われていた。

 だけどカード能力は問題ないはずだ。科学ではなく魔法や超能力と言った方が正しい力なら消される事はない。彼の言う事は信用に値するだろうけど、デバイスが無効化されてない事が何よりの証左だ。

「それで‥‥。‥‥‥‥」

 破壊し尽くされた街の位置なんて判別できない。ただどこに進めばいいかはわかる。見上げて真っ直ぐ見たその先に、東京スカイツリーだけは無傷で聳え立っていた。

「異常だ」

 たった一つだけ綺麗に残された建造物なんて、そこに何かがありますよと言ってるようなものだ。私が行くべきはそこだけ。

 あの真っ白で細い電波塔に。

「ハッツ、ついて来て」

『了解しました。ところで‥‥』

「何」

 立ち止まらずに会話が続く。

『H.A.T.S.には型番以外の識別方法がありません。カオリ様から名前を与えてもらえませんか』

「‥‥名前ね。歩きながら、考えてもいい?」

『かしこまりました』

 今は考えられない。

 考えないで、ただ辿り着きたい。

 考えていられるのはその事だけだった。

 

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