第11話「深層へ」

 歩いてる途中におかしな事に気付いた。

 いや。おかしな事などとかわいげのある表現ではなく、私にとって間違いなく不利な状況に置かれているのを理解していた。

 まず最初にハッツの挙動が狂っている。数分前までは自らのカメラで見て自らの脚で歩いていた彼は、その手を引いてやらないとすぐに方向を見失ってロストしては立ち止まってしまう。最初は不運な不具合だと思っていたが……。

 十分、数分、数十秒、十数秒と、その間隔は段々と狭まって、今は数秒置きに繰り返される。

 嫌な予感だった。もしかしたらこのまま機能を停止し、そこから先を私一人で進まばければならなくなる。

 不安になると考えれば不安になってしまいそうだった。一人で生きていけるのかもわからないのに。今は機械相手にさえすがらなければいけない。手を引いてはいても、引かれているのは私なのかもしれない。

 もし止まったら?

 次は誰の手を引けば――引いてもらえばいい?

「…………」

 あの時。

 あの日。母は何を思っていたのだろうか。地球に帰れず死ぬ瞬間まで、今の私みたいに震えていたのだろうか。それとも――。

「…………」

『……………………』

「……ハッツ?」

 歩けなかった。

 歩けなくなっていた。

 いくら手を引いても私が引っ張られるばかりだった。血の通わないその手は本当に冷たかった。

 あまりにも重い。急いで振り解き胴体や頭をガンガンと叩いてみても一切の反応がない。バッテリー残量を示す表示もなく、わかるのは、その眼から光が失われている事だけだった。

 動かなかった。動かせなかった。

「…………ここからは、一人……………………?」

 一人で歩くの? 月野さんもリュウもサチもハルもいないのに。

 歩けるのか。母は歩けたのに。

 大丈夫だ。

 無理だ。

 いや歩ける、足が動く。重いけど、今はただ歩くしかない。

 不運にもこの街を歩き回った事がない。だからどこにどんな建物があるのかわからない。

 これが普段の外出なら「あそこ面白そう」とか「いい匂いがする」とか、己の勘でどうにでもなるのだけれど。

 けれどもだ。とにかく、ただ一つ不自然な、スカイツリーを目指しさえすればどうにかなりそうな気はする。

 絶対。

 いやおそらく。

 きっと。

 たぶん。

 もしかしたら。

 こうやって言い聞かせれば寂しさも紛れた。

「これは……」

 驚けるくらいに、隕石で壊滅したとは信じられなかった。

 壁に近ければ近いほど荒れていた町並みが、遠ければ遠くなるほど綺麗なまま遺されていた。

 建物が崩れていない、一軒も。多少は石ころや岩が転がってるけど。

 それも、そうだ、現にスカイツリーが傷一つなくそびえ立っているんだから。不思議だけど何も不思議じゃない。

 もし、もしもだ。

 いやもしかしたら。

 これだけ無事なのなら…………。

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