第6話「令和X年宇宙の旅」

 メインフロアには誰もいなかった。

 中央も空席で、座ってみると夜空がよく見えた。作り物だけど。

 デスクはワックスをかけた床のようにツルツルでボタンらしき出っ張りがなく、手近なキーボードを除けば、どこを押せばどんな動作ギミックが起きるのかわからない。

 吹雪の激しいゲレンデに取り残されたように右も左もわからない。

「先客か……」

「…………」

 福井が入口から現れた。

 どこかの部屋に入ろうとしてたけど、物珍しそうに私を見てから足を止めた。

「聞いた。HALを破壊したらしいな」

 まあ、間違ってはいない。

「直るの?」

「……。バックアップはあるからプログラムは問題ない。右腕は有り合わせのパーツで何とかなる。だが胴体の修復には骨が折れるそうだ。一睡もしてない」

「誰が」

「博士がだ」

「…………。ハルはどうして私達を、攻撃したの?」

「実験と聞いたが……違うのか?」

「そうなんだけど」

「だが珍しいな。道具が壊れたくらいでは動じないのがアイツだったが、初めてかもしれない」

 私は月野さんの事をそんなに知らない。けど眠らずにハルを直している、というところには何か人間臭さを感じる。最初こそネジが緩んでるような、自分とは価値観の異なる人だとしか思わなかった。

 福井の事はそこまで気にかけてなさそうだけど、ハルに限っては並みならぬ愛情を注いでいるような。

 自分の子供と同じように接してるような。

 どうだろう、考えすぎか。

「部品さ、足りるの?」

「足りる……が……」

 腕を組んで、私の後ろを見ている。

 誰もいない。おそらくはその先にいるんだろう。

「補助電源に使ってたムーゾンの予備は欲しいな」

「こないだので足りないってこと?」

「ドライバーとアトマイザー、それに新武器……」

「あーあと量産型の何とかでしょ」

 それで足りないという事か。

「採ってくればいいの?」

「いや、問題ない」肩に掛けてたボディバッグを下ろす。

 そのバッグの中には六個のカプセルが詰め込まれいた。仕事はとっくに済ませておいたのか。

「アイツの、腕が一本失くなるくらいは想定していた。無損でデータを得ようなんていうのは無謀だからな。これでギリギリ足りるか……」

「結局得たかったデータって何?」

「一つはHALが使ってたカタナの性能テスト。もう一つはノーマルのHALがどこまで戦えるかだ。人間相手に手を抜くならこの先戦えない可能性があった」

 それは…………その通りではある。

 シンカーは地球に住む生物を模した姿である事が多い。蜘蛛や犬だけじゃなく人間の姿まで真似できるのだから、それに惑わされてしまえば負けてしまう。

 それが私達を選んだ理由なら、月野さんも非人道的だ。人ではないけど。

「もしハルが私やサチを殺せたらどうなってたの?」

「それはそれで実験成功だな」

「でも……」

「殺せはしないだろうな。博士も一切モニタリングしてないはずがない。博士に忠実な者が命令に背けるとしたら、人間だろう。あるいは技術的特異点シンギュラリティに達した時か」

「うーん……」

 月野さんがハルを人間の子供と同等に扱ってるとしたら。

「引っかかる事でもあるのか?」

「そもそも月野さんがそこまでする理由って何さ」

「それは……」腕を組む。「全てのシンカーを倒す為だな」

 つまり。

 その終着点は。

「最終的には福井もその対象にあるっていう話になるよね」

「そうだろうな」

「月野さんもシンカーな訳じゃん。それって月野さん自身もいつかは…………死ななきゃ、いけないでしょ。あの人が筋を通すなら、という前提だけど」

「そうだな」

 ハルを人間わたしたちに仕向けてまで得たかった事。それはシンカーを確実に仕留められる武器の完成と、誰が相手でも迷わず戦える固い意志の獲得。即ち最後には自分さえも始末してくれる人に現れて欲しいという願い。

 遠くない日に壁の中での戦いが始まる。

 それが終わったら、最後のシンカーを消さなければならない。

「……。…………いつかは訪れる未来だ。別れを告げる前に余計な想いが芽生えてはならない」

「月野さんだって生きればいいじゃん。福井もハルも」

「それは博士次第だ」

「…………」

 現実的な問題はさておき、理由がないなら死ななくたっていいじゃないか。

「そこまでして、自分も含めて敵を全滅させなきゃいけないのって……なんで?」

「聞いてないのか?」

「そういうあんたは」

「ない。聞く必要がないからな」

「あーそうわかった」

 だったら本人に聞くのが一番早い。月野さんがいるであろう部屋に入ろう。

 福井が見ていた方向に行き、壁に触れると枠が光って扉となった。

「…………」何も言われない。

 口出ししてこないという事は入っても問題なさそうだ。

 中は真っ暗で、所々にアナログなモニターが置かれている。あの人は現代と一世代先の技術の狭間に生きてるんだよな。

 奥にハルがいた。全身にケーブルを繋いでいて、まさにスパゲッティ状態というやつだった。自宅の浴槽より大きいカプセルに身体が収まっている。

「……カオリ様ですか」

「あ……」

 起きていた。元々の顔のせいで目が開いてるか閉じてるかわからない。光が弱々しいので、人間でいう微睡んでる感覚だろうか。

 と言うかハルにだけじゃなくて、辺りに太かったり細かったり色んなケーブルが伸びてて、歩き回れるような足場が少しもない。油断したらスッ転びそうだ。

「月野…………さんは?」

 近くにはいない。

「もう一つ奥です」

「もう一つ?」

 言われて横を見ると、ジャングルの蔦を掻き分けたような隙間スペースが空いていた。人一人がやっとで通れそうだ。

 そこを覗くと確かにいた。

 ノートパソコンを抱えてせせこましく身を縮めている。

「……こんな所に」

 しかも眠っていて、寝たふりではない。

「修理は終わったの?」

「まだ完全ではないですね」

 それも、そうだ。

 外装の殆どはピカピカに綺麗だけど、内部の所々がまだ繋がっていない。

 中身、こんなになってるんだな。

「今回の戦闘で得たデータはこのボディのアップデートの為に使われます。武器のカタナ・アブソーバーも強化の余地が見られました」

 そんな名前なんだな。

「量産型のワタシに関する話は聞きましたか?」

「いや」

「……。もしよろしければですが、名前を付けてみませんか」

 名前を?

 心のない機械に?

「必要なの、それ?」

「必要だと思います。博士がそうしてきたように。機械マシーンとしての型番は既に用意されていますが、個としての名前はないに越した事はありません。博士も否定しないでしょう」

「そうなんだ……」

 家電でも固有名のある商品は珍しい気がする。

 この場合はアシモみたいな愛称を――アシモは略称だけど ――考えてあげればいいのか。

 いいって言うんだから、どうにかしなきゃ。

 とりあえず切欠としての何かが欲しい。

「そういえば、ハルのロボットとしての名前はあるの?」

「あります。ATS-HAL0001です」

「あっ、へぇー」

 想像よりも機械っぽい名前だった。

「博士は地球に来てから様々に文化に触れたそうです。歴史、映画、小説、漫画、アニメ……。ある映画に登場する人工知能の名前そのままで命名してくれました。それが『ハル』です」

 聞いた事がある。当時は極めて難解とされた作品だ。

 観た事はちっともないけど。

「うーん」

 量産型だからといってHALナントカは安直……と言っても月野さんも厳格な命名基準は設けてない。ならばテキトーでも文句を言われる事はないはず。

 ハルから心をオミットし戦闘に特化させたタイプ。

 名無し、ネームレス。

 じゃあハートレスだ。

「ATSの頭に『H』を付けてHATS-HALで……どうかな。えいちえーてぃーえす」

「エイチエーティーエス……ハッツ・ハルですね」

「ハッツか……………………帽子……?」

「ワタシは好きですよ」

「月野さんに似てんのかなぁ」

「親子みたいですね」

「それは……」

 悪い事ではない。

「ハッツ、ですね。博士が起きたら報告しておきます。きっと気に入りますよ」

「何を根拠に」

「あの人の子供だからです」

 子供か。

「…………」

 そう思いながら特に別れも言わずに部屋を後にする。

 部屋を出る頃にはケーブルで見えなくなっていた。

 当然と言えば当然だけど、あの人も親を持つ子供なんだな。自分をこの世に生み出してくれた人がいる。それってとても幸せな事だ。

 福井はわからないけど、ハルの事を考えると死なない方が正しい気がしてくる。

 子供を残して死ぬなんて嫌だ。

「…………いない」

 メインフロアに戻ると、私一人だった。ドア脇にあのバッグが置き去りにされている。

 一人きりだ。

 作り物の夜空の下、誰もいない。

 お母さんが帰らなくなったあの人同じだ。

「こんなこと、思い出すなんて……」

 二人の関係だ、私が中途半端に関わっていい事じゃない。月野さんはすべてのシンカーを倒し、自らも死に、それで何もかもが終わる。それでいいじゃないか。

 一旦考えるのを止めよう、馬鹿馬鹿しい。

 エスケープで外に出て深呼吸すれば目的げんじつに戻れる。

 ドライバーを出して、カードを使って、目を閉じて。

「…………」開く。

 そこは、私の家の私の部屋だった。無意識だったけど人目に付かない場所と思えばここになるのだろう。人混みの中とかじゃなくてよかった。

 昼時だけど父は家にいる。リビングでワイドショーを見ているようだ。

『最近は物騒になりましたよね。前は道路が壊されてたんでしょう』

『こんな事をして犯人には何の得があるんですかね』

「…………」もっとうまくやらないといけない。

 と言うか気付いたけど、このまま部屋を出たら怪しまれる。友達と遊びに行くと伝えてあるから、いつの間に帰ってたんだと問い質されてしまう。

「窓から出るしかないな……」

 いやそれもできない。廊下側だから格子が付いている。体は隙間に通せるほど細くないし物理的に厳しい。

 もう一度エスケープを使うしかない。しかし音声が聞こえてしまうのではないか。

 できる対策は一つ。布団を被って音漏れを防ぐ。

「聞こえそうだけどなあ……」

 壁は厚いから大丈夫。

 家の造りを信じろ。

 カードを再びセット、そして発動。

 とりあえずはと思考して、駐車場へと移動した。ここならまず誰にも見られないし、人が出て来ても不自然じゃない。

 それでだ。月野さん家以外に行く当てがない。

「あっ、先輩!」

「……………………」

 当てのある人は来てしまった。

 ダウンジャケットにモコモコの手袋と暖かそうな姿だった。

 身近で流行ってんのかなダウン。私も着てるけど。

「え、何、家教えたっけ?」

「最初に言うのがそれですか!? 折角会いに来たのに」

「嘘」

「ひどいですねぇ。でも半分ですよ」

 半分。

 そうか、会いに来たのは主目的ではない訳か。

「寄り道ってこと?」

「それなんですよ。今日がバイトの初出勤なので、お仕事のいろはを教えていただきたくぅ……」

「いいけど……」

 初日だからアクティブな仕事は任されないはず。大抵の仕事場と同じで、オリエンテーションとか合うサイズの制服のフィッティングとかをやる。非番だから付き合う義務はないけど、義理はあるから付いて行ってあげてもいいか。

「ありがとうございます!」

 リードされる形で歩き始める。

 イエスと言ったはいいけど、土曜日の電車は乗りたくないんだよな。

 土曜日のと言うか電車そのものにだ。

 トラウマになったりではなくて憚られるとか億劫とかに近い。戦う覚悟はできていても、まだどこかで奴らと会ってしまうのは面倒だと思っている。また電車で遭遇して、破壊してしまうのではないかと。

 改札を潜る時も、列車に乗る時も、揺られてる間も気が抜けない。

 嫌いではないけど話すのは「ちょっと」の感覚に似ている。

 しかし何事もなくと杞憂に終わって、道中のイベントもなしにバイト先に到着した。

 休日にも関わらず店内は混んでいない。ピークタイムを過ぎたからだろうか。

 入店に気付いた店長が真っ先に飛んで来て、カウンター奥の更に奥――スタッフルームへと案内してくれた。

「お待ちしてました。私が店長でオーナーでリーダーです。妹から話は聞いてるよ!」

「あ、お、お願いします」

「はははは、緊張してるね。でも大丈夫」

 さっきまでの元気はどこへやら、借りてきた猫だ。月野さん達ととはまるで違う。

 それも当然か。現実に直結した自分の人生を決めるイベントの一つだ。

「まずは制服のサイズなんだけど……」

「あ、Mです。ひゃくごじゅうなななので……」

「エプロンはフリーサイズだから気にしなくていいかな?」

「あ、はい……」

 事は着々と進んでいた。

 私などいる必要がないくらいには。

 この子の深い事情は知らないけど、アルバイトをしようと一歩踏み出せたのは良かったと思う。あとは仕事に慣れれば良い。

 頑張り続けたら何かを見付けられるかもしれない。その時までもがき続けるんだ。

 私も……。

 私は。

 私は壁の中に行って、やる事をやったら、どうするんだろう。

 バイトの事じゃない。戦いが終わったらどこで何をして、どう生きていくんだろう。

 いや、今そんな事で不安になってはいけない。

 何を考えてるのかわからない地球外生命体が傍にいる日常に揉まれているのだから、現実の板挟みになっては今のサチ以上に迷ってしまう。

 今はとりあえずただ前に進もう。


 お母さんに、さよならを言うために。

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