第5話③「ハルの実験」
銃弾が跳ね返され――瞬間に手が動いた。
槍をブン回し、横へと振り下ろす。
弾は真っ直ぐサチちゃんへと返されるが、槍が弾き地面に激突した。
「お前……!」
「・・・・・・・・・・・・」
「喋るな!」
持ち上げ、汚いバッティングフォームでソイツを上下に切り裂く……!
それも阻止された。
手ではなく、さっきと同じように不思議な力が阻んだのだ。
「無駄」
「サチちゃ……サチ! 一旦退いて!」
込めてた力を抜くと体が後ろへと一気に引っ張られた。
刃がサチに向かっていた。
サチは驚きつつもライフル本体で受け止めた。おかげで勢いも殺された。
合体させてたガンユニットを二挺の銃に戻しながら私とも距離を取る。
私も槍は投げ同じようにしかし別方向へと逃げた。
かと言って敵は追撃は仕掛けて来ない。全身を光らせてるだけだった。
違和感だ。
「なるほど、余裕という訳か……」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カードを三枚取り出してる間も光量は増していく。
あの日と同じように。その姿が見えなくなるほどに光が強くなると、爆発した。
辺りは一瞬で焼け焦げ、しかし延焼する事はなさそうだった。火は少しずつ弱まっていく。
お姿は黒煙の中でまだ見えない。
だが違和感は煙よりも早く消えてなくなった。
その中に一つだけ赤く光る眼がある。
たった一時間も見ていないかもしれない、けれども記憶にはハッキリと焼き付いてる顔だ。
「あんたが……どうして?」
「・・・・・・・・・。……仕事です」
やがて黒煙は消え襲って来た敵が露わになった。
ハルだ。
両腕はいつもより一回り大きく。
左腕には新型のアトマイザーを装着しているのがわかった。位置も上腕から前腕に変えられて、旧版よりは使いやすくなったようだ。
それだけじゃなく、ドライバーではないがベルトと思われるユニットが追加されている。アトマイザーも遅れてアップデートを受けたという訳か。
『WEPON:KATANA ACTIVE』
その左側に赤い光が駆け巡り日本刀を形成した。音もなく身が抜かれる。
仲間だから下手に攻撃できない。それはサチもわかっているみたいで、武器を構えはしても撃とうとはしない。
「攻撃しなければ始まりません。カオリ様、サチ様。これは裏切りではありません」
「私達を襲う理由がない!」
「ですから仕事です」
首のぼろいマフラーをたなびかせながらこちらに歩いて来る。
忍者か侍をモチーフとしたアクセサリのようだけど、状況のせいで悪趣味だ。
「来ないなら、行きます!」
振りかぶって、狙ったのはサチだった。
焦りはしてもサチは防御体勢を間に合わせる。
『ダガーモード!』
銃口からビーム刃が伸長し、その二本でカタナを防いだ。
それでも優勢なのはハルだ。最新版のシステムとはいえ、サチの足が少しずつ地面にめり込んでいく。
地力の差は明らかだ。
「サチ!」
「なんのっ……」
サチは不安定な体勢なままグリップを曲げ、銃から刃が生えただけではない「二本のビームソード」へと変形を遂げた。
羽を拡げるようにカタナを弾き返した。
よろけてスキを作れた、チャンスだ。
「こんのっ!」ビームソードによる挟撃。
『REFLECT ACTIVATE』
しかし素早いカード捌きで能力を発動。左右からの攻撃を寸止めしてみせた。
バリアでもなく武器を使ったのでもない、さっきの力の正体だ。
『ユニット:ナックル! アクティブ!』
「けど、できた!」
前に駆けつつ、ナックルのブーストで後ろに回り込む。
「まずは一発!」
『ESCAPE ACTIVATE』
「!」
当たらなかった。
思い切り空振って転び顔が泥にまみれた。
「汚……」
「大丈夫ですか先輩!?」
「なんとか……」
逃げたハルは視界にいてくれた。顔は逸らさずにカタナを鞘に収めている。
「あまりカードは使いたくないのですが……」
アトマイザーの外周には青く細長い線が埋め込まれているようで、カードを使う際にはそこが飛び出しホログラムのように宙に浮かぶ。
全部でいくつあるかはわからない。ただその内四つが光を失っているので、使用回数には制限がかけられているのは明白だった。
残りはあと十二枚。
即ち攻撃を耐え続ければ私達の勝利は確定する。そうはさせてくれないのもわかっている。
地面に刺さった槍を引き抜いた。
これのリーチを活かすか、ナックルで確実な一発を入れるかだ。この状況で不利な点は、ハルが持つカードの内訳が私達にはわからない事だ。同じ能力を二度使った以上は三回目や四回目もあると考えないといけない。だからと言っても残り全部が同じとも限らない。
その点においては逆に私達が有利と言ってもいい。おそらく使用回数に制限はかけられていないであろう事は、ドライバーのどこを見ても明らかだ。あの腕輪と同じ模様はどこにもない。
確実なのはハルにはリフレクションはもう残されていない。
「どうするんですか先輩……」
「どうするって…………」
耳打ちが始まり、その間も攻撃は来ない。
「攻撃しないっていう事はそういう戦闘スタイルか……」
「もしくは自ら動くのは、ハルかあの武器の特性上リスキーなのかですよね」
「刀だしな……繊細なのかも……」
見た目通りである可能性は低いと見た方がよさそうだ。なにせ科学を超えて、魔法の域に突入してる月野さんの技術なのだから。
「来ないのなら……こちらから行きます」
ハルが月の軌道でカタナを抜いた。
お互いに相手のペースに呑まれたら負けるのは一緒だ。
「武器をライフルに変えて退避して!」
「! はいっ!」
遠距離武器の強みを立たせる。
その為にまずあの武器の間合いを測るんだ。
辛うじて刃が届かない距離だ、こちらが一方的に叩ける。
「ふっ!」
横に一閃。
だがこれはカタナで防がれた。
「…………」
上に受け流された。この一瞬の隙で詰めるか。
そうはいかない。
力負けせずに振り下ろす。ちょうどハルの頭の上だ。
「……強くなりましたね」
今度はしっかり止められた。流される気配はない。
「まだです!」
軽く浮かされて、よろけた。
ハルはまた光の輪を展開し、カードを一枚スロットに投げ入れた。
『ACCEL ACTIVATE』
「!」
『アクセル! アクティベート!』
高速で仕掛けて来るなら同じ力で対抗するしかない。
間合いに入られる前に、振る。
次の攻撃もその次も、何度連続しても全てが当たらない。
むしろじわじわと後ろに押されてきている気がする。
気付けば私が守る側になっていた。
リーチだけではカタナの猛攻を防ぐのが精一杯だ。これくらいのはやさで、この辺りに来るだろうと予想して、そこに槍を置くばかりで攻撃に転じられない。
だけど今のハルにはリフレクションも、エスケープも残されていないのはハッキリしている。
防御に徹してカタナの弱点を見付ける。
それから残されたカードを暴き、使わなければいけない所まで追い込む。
そして一瞬でも隙を作る事ができたのなら……遠くで待機してるサチに仕留めさせる。
素人にできる一発の逆転方法だ、これしかない。
「……と、カオリ様が考えているのはわかっていす」
予測地点に攻撃は来ず、サチのジュウに狙いを定められた。
「!」
「先にこっちから行きます!」
『ダガーモード!』
「それくらいわかるって!」
ライフルが一瞬でジュウモードに分離。
空振って土をバターのように切り裂いた。
ハルが大勢を立て直す前に、サチは片方のダガーを投げ付けた。
切断し損ねたけど腕に火花を散らせた。
「! まさか……」
「隙ができた!」
『ソードモード!』
「そこだぁっ!!」
ビームソードでの斬り上げ。見事に右腕を奪った。
あとは左腕だけだ。
「うっ」
サチが蹴り飛ばされた。
ハルは落ちてきたダガーをキャッチし、私に向けて投げ付けた。
うっかりだ。
形が形なので軌道は読みにくい。
「これで間に合うのは……」
『バリアー! アクティベート!』
これしかない。
視界を潰すほどの眩い光に包囲されたかと思ったら、ドーム状のバリアがダガーから守ってくれた。
使うのは初めてだけど便利だ。周りが見えなくなるのは発動時だけで、バリア自体は半透明だから死角から攻撃される弱点もない。
ダガーを広いサチに投げ返しておく。
アクセルによる高速化効果は消失していた。
「…………」
先がなくなりバチバチ言う肩を見ると、人間じゃなくてつくづくよかったと思える。
これ以上続けても疲れるだけだしハルにも月野さんにも損だ。
「……終わりでいいんでしょうか?」
「わからない……」
ハルは膝を突いて動かなかった。
これが対シンカー戦なら気を抜いてはいけない所なのは間違いない。
でもハルは仲間だ。復元不可能な状態になるまで壊してしまうのはさすがに心が痛む。
殺す気がないのは確かでも、また攻撃してくるのなら一度だけやり返せばいい。
破壊してしまわない程度に。
「損傷は……」
その意思はまだあるらしい。カードを使おうとしているけど、手に取ってもスロットに入れようとしない。
「駄目ですね……パーツが焼け切れている……」
カタナを拾い、再びサチに向かう。
『ライフルモード!』
サチは反射的に発砲した。
しかしその弾丸を、ハルはカタナで斬り弾いた。
単発では無駄だ。
『ショットガンモード!』
「…………」
あの時私はたまたま反射された弾を防げたけど、あのカタナは変だ、そうじゃない。明らかに見てからでは対応できない物にも追い付いている。ハルがロボットだからだけではなくて、カタナがそういう性能を持ってる可能性が十分にあり得る。
一発を当てるにはまだ足りない。
『ユニット:ワイヤー! アクティブ!』
ワイヤーを飛ばし、左腕を動かせなくした。
「これで撃てる! ……撃って!」
「! 先輩……!」
私の命令に応えるように、引き金が引かれた。
重い一発が、ハルの腹部を貫通した。
あまりにもあっさりしたトドメだ。必殺技を使ったら本当に直せなくなるし、これでいいのかもしれないけど。
「…………」
遠くからウーウー聞こえてきた。
パトカーか消防車のサイレンだ。
起動時の火炎がちょっとしたボヤ騒ぎだと通報が入ってしまったか。
「せ、先輩。ヤバいですよこれ……?」
「私達のことは見えないだろうし大丈夫だと思う……」
「えっ!」
「え?」
何だそれ素で驚いてるんだ。往来のど真ん中で戦ってて、誰からも注目されてなかった事に気付かなかったのか。
「ハル……動ける?!」
「…………」反応がない。
死んだって事はないだろうけど、機能停止してるとしたら面倒だ。
ワイヤーユニットを出して、沈黙した身体に取り付けてやる。
射出先は橋の下でいいか。あそこなら夜が助けて目立ってしまわないはず。
私達は一旦上に上がって、それから改めてハルをどうにかしよう。
「あ……来ましたよ」
「……」
ハルが引っ張られるのと入れ替わりで警察が到着した。目撃者らしき男性も一緒だ。
「ランニングしてたらボッって燃えたんです!」
「確かに焦げ臭いですね。でも誰もいないね?」
「そうなんですよぉ」
恐ろしい事件だ。
警察のお兄さんもランニングの男も下へと降りていく。
もう、今は、関係ない。
ともかく。
ハルは身体だけ起き上がらせてこっちを見ている。再起動はできたみたいで良かった。
「……システムは解除しないでよ」
「ええ……」
どうやってこの人を運び出すか。
いや思い出した。確かエスケープなら一枚でも二人同時に移動させられるはずだ。
「先輩」
「ん、何」
「私が月野さんとこに連れて行きます。先輩は帰った方がいいですよ」
「……」
それも思い出した。でも酔っぱらってるし、今夜は起きたりしないんだよな。帰った方がいいのはその通りだけど。
言われた通りに帰るか。
カードを取ると、サチ―― とハルが手を振っていた。
私は手を振り返しながら、帰宅した。
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