第5話②「ムーンドライバーver.2.0 後」
家族として一緒に過ごした時間は短くない。仕事の合間合間に電話もメールもした。三人で外出する機会だって充分なくらいにあった。
でも、ある日を境に帰ってくれる事も、メッセージを交わす事もできなくなった。
それがスカイツリー隕石事件。
正確に言うと事件で死んだのではない。もっと言えばどのように死んだかは未だに明らかになっていない。事件発生の数日前に月にいるはずの宇宙飛行士全員との交信が途絶えた事が判明し、その事実から「死んだ」とされている。
もしだ。
シンカーが月から来た生命体で、隕石と共に地球に降り立ったというのなら、二つの事柄は何らかの関係があると見て間違いないと思う。お母さんが生きてると思いたいけど、そんなに都合のいい話もないとわかってる。
それでも諦めきれないところはあった。
「………意外でした」
「何がだ」
「数週間前までは私を壁の中に入れたがらなかったでしょう」
「それは君がまだ未熟で、あらゆる準備が整っていなかったからな。今なら行けない事もないだろう……という訳だ」
「…………」
福井という男が死に。
その彼をこの男がコピーし。
この男をコントロール下に月野さんが置いた。
「一つ。わかった事があります」
「…………」
今日まで事件当日に死んだ人や行方不明者は一人も見付かっていない。興味本位で進入を試みた人も誰一人として生きて帰らなかった。
そんな状況でシンカーに対抗手段を持っていて、シンカーを一体従えさせた上で壁から出るなんて、あまりにも出来すぎている。
「月野さんも、シンカーなんですよね」
「……………………」
すぐには答えてくれそうにない。ポスターのお母さんと目を合わせているけど、十割中九割は正解のはずだ。
「……。隠す必要は、ないな」
「……」
「失望したかね」
「いえ全く。先週くらいには察してました」
「その上で…………そうか……」
日本にいるありとあらゆる科学者が、科学的観点から事件の分析に乗り出したニュースもあった。結局真相なんてわからずフェードアウトした。
最初こそ月野さんは素晴らしい科学者だと思った。でも冷静に考えて、日本どころか海外ですら解明されてない謎の物質を使いこなすなんて、事前知識でも持ってなければ不自然だ。
「詳しい事情は知りません。今は。少なくとも人類の味方をしてくれるなら、私達には都合が良いですから」
「……」
「普通は同胞に牙を向けるなんてできない。そうですよね?」
「ああ。人間が成長、進化し、群を成し、コミュニティを築き、やがては国となったのと同じだ。違うとすれば戦争を起こさなかった事か。……いや今はもう違うな。わたしだけが他の同胞と戦っている」
「……。私達がいるじゃないですか」
「ありがたい話だ……」
「…………」
「我々シンカーが同族で殺し合う事は決してなかった。だが変わってしまった」
「それは……」
机の上の地球儀を回して言った。
「人間と出会ったからだ。地球ではなく…………月で。一人の女に」
「一人の……」
それって、お母さんの事じゃないか。
「名を……手嶌抱月と言ったな……」
お母さんだ。
月に行き、そこでシンカーに遭遇していたんだ。
だから月野さんは部屋を見た時に妙な反応をしたのか。
「……すまなかった」
頭を深く下げられた。
「君の母を生きて帰らせる事ができなかった。わたしの責任だ」
「どういう……事ですか?」
「君の母は――……シンカーと一人戦って亡くなった」
「戦った……?」
「始まりは月面だった。帰還用の船を使えなくし、月にいた男女をほぼ全員食らったシンカーがいた。その時に彼女にドライバーを渡したのがわたしだ。戦いが激化し、彼女が奴にトドメを刺そうとした時だった。奴は無数の隕石を従えて最後の抵抗を行った」
それが、スカイツリー隕石の真実……。
「一発だけ他よりも大きな隕石が落ちた。それが奴と君の母だった…………」
「…………本当ですか」
「……」
「嘘じゃないんですね?」
「…………」
肯定の沈黙だ。
「……。…………」
当時のニュース映像が残されている。動画サイトで検索すればいくらでも出てくるはずだ。今から改めて見ようとは思わないけど。
確か……そうだ。
小さな隕石が辺り一体を破壊し尽くしていく。
そんな中、一個だけ大きな隕石が落ちていた。
今でも思い出せる。
「人の形は……していないですよね?」
「自らの醜態を人類に見せたくなかった奴のもう一つの抵抗だ」
「…………」
街は破壊され、あの壁ができた。
荒れ果てた街でも月野さんは何とか生き残り、闊歩するシンカーを捕まえ、福井として仲間に引き入れた。命からがら外へ出てあの拠点に落ち着いたという訳か。
「奴……って?」
「我々が倒すべき真の敵。壁の中のどこかにいる」
「名前は……」
「……無い」
月野さんが意図している事は何だ。
「不思議です。ならどうして私にムーンドライバーを……?」
「…………君は怒るだろうな」
「…………捨てませんよ」
「……。すまない……」
「告白する。福井が君と会ったと聞いて、君しかいないと思った。君ならいつか奴を倒してくれると思えた。…………侮辱にも程がある」
「…………お母さんは」
「……」
「一度は人類の為に戦ったんですよね」
「……それはわからない」
「でも」
その時お母さんがそうしたのなら、武器を手にしたのなら。あの人の子供の私だから、同じ状況に立たされたら同じ選択をしていた気がする。地球に住む七十億の命を預かれるかと言われたらそれはできないけど、仲間や友達の復讐とその奴に反撃ができるのなら、少しは躊躇っても最後には戦うかもしれない。
誰かの為に。
「……母の事、聞かせてくれてありがとう」
「……」
「一つ知りたいんですけど、どうしてサチちゃんをスカウトしたんですか?」
「……ああ。一応説明しておこう」
月野さんは落ち着いていた。少しアツくなったりした事はあったけど、沈んで暗い表情を見せたのは初めてだと思う。
机の上の月パズルを手に取って私を見た。
「リュウ君がゲームセンターで彼女に目をつけていた事は知っているね」
「え、はい」
「シンカーの多くが習性として持つ好奇心がある。人間も同様だが……。店に入ったのは偶々なのだが、話を聞いてから目の色を変えた」
「それって……」
「わたしも間接的に窺った。君の時と同じなのだが、例え運動能力が低かったとしても、戦いに適してると思った対象を戦力にしたがるのが彼だ」
「でも一度は私を諦めようとしましたよね」
頭を下げてまで。
「腐っても元は半分が人間だからな。おそらく。サチ君が逡巡していたら結果は違ってたはずだ。君に話した内容もすべて嘘だろう」
「それで、月野さんは?」
「わたし自身は戦ってくれるなら誰でもよかった。男でも女でも若くても年老いててもさして問題ではない。重要なのは戦えるか、否か、だ。運動神経など悪くてもいいし、常日頃からスッ転んだり物をひっくり返しててもいい。力を使いこなせるのは野望や希望を持つ者だからな」
「あの子には何て言ったんですか」
「給料も良くゲームのように思いのままに生きられる、だったかな」
「だったかなって……」
ゲームのようには誘い文句としては最悪でしょうが。
「あと言い忘れていたがどうも様子がおかしくてな」
「おかしいって?」
「一枚の紙を持っていた。何か思い詰めてるような顔をしていたな」
「思い詰めてた……ねぇ」
私の中にわずかな心当たりがある。
シフトを減らすために、サチちゃんをマスコットにするという交渉。それが成立すれば彼女はあの店で働く事になる。
おそらくはそれだ。
それを確かめたい。
こんな事はちょっと前まで、より正しく言えば数分前まで考えもしなかった。別に誰かが何かをしようなんて本当はどうでもいい。自分の人生に何一つ影響を及ぼさないし、ちっとも無駄足を踏む必要がない。
「サチちゃんの所に行ってもいいですか。話がしたいです」
「構わないが、居場所の見当はつくのかね?」
「大丈夫です」
不思議な感情に突き動かされたように玄関まで走って、乱暴に靴を履いてドアを開けた。
しかしそれと同時に人一人――父が倒れ込むようにご帰宅なさった。
「え、何……!」
靴も脱がず鞄も置かず、下半身は玄関に上半身を廊下に仰向けに突っ伏している。
顔がゆでだこだ。飲み会が終わりやっとの思いで帰れたようだ。
「帰ったぞ……カオリ……。ほう…………」
「いや酒臭いって!」足で足を捕まえるな。「悪いけど出るからさ……!」
「一人で夜道はぁ、危ない!」
マイルームから首だけ出してる月野さんも呆れている。
「ん……誰か来てるのか」
「…………」
「これは……」
ヨッパライの癖に機敏に起き上がって月野さんを見た。
足取りはフラフラしている、まだ酔いの向こう側から戻っていない。
「…………ママ……?」
「え…………」
「何」
酔っぱらいだから言動が完全にぶっ飛んでいる。死んだはずの人が目の前にいると思い込んでいるんだ。呂律が回っていないのに、声色だけは真面目だこの人。
「待て。わたしは……」
「…………。そうだよなぁ、帰って来るはずがないもんなぁ……」
それだけ言い残して倒れる。
と思ったら月野さんが前に出てその体を受け止めた。
そんなになるなら最初からお酒なんて断っておけばいいのに。
「仕方ない。わたしが……そこのソファにでも運んでおいてやろう。君はサチ君の元まで行ってやるといい」
「え、あ、いいんですね」
もう部屋は出ちゃったけど。
父を運んでくれるのはありがたい。あのやたら重い体を引っ張るなんてできる気がしないけど、月野さんはいともたやすくそれも片手でずるずると……。あっと言う間にリビングのソファに放り投げた。
終わっちゃったよ。
「わたしも出ておこう」
「へ?」
「鍵を貸したまえ」
「あはい」
月野さんも外に出てしまって、家には父一人になってしまう。言われるがままに渡したら律儀に鍵を掛けて返してもらえた。電気は点けっぱなしだけど。
「晴のメンテナンスの時間でな。エスケープの転送先にサチ君の位置座標を追加しておく」
「そのつもりです。わざわざ、どうも」
ドライバーを出してエスケープを使う。周りには人の目はないし大丈夫だろう。
便利さに甘えると体がふわっと浮かんで。
バイト先のカフェの前にいた。
本当に便利だ。さっさとドライバーを仕舞って、会いに行かなければ。
「ていうかここに送られたっていうことは……」
あの子もここに来てるのか。
店の中はまだ明るくて、中に入るとサチちゃんが窓際に座っていた。しかもあの履歴書と一緒だ、席の向かいには染岡さんまで。
「あれ……」
「いやその、ちょっと事情があって……」
当然だけど気付かれた。後からサチちゃんも振り向いて驚いた。
「あれ先輩、どうしてここがわかったんですか」
「いやほんと」
心当たりっていうのはアテにできないはずだけど。
月野さんが言ってた紙は遺書なんかじゃなくて、履歴書で間違いじゃなかったみたいだ。人がどこかに紙切れを持って出かけるというのは、概ね郵便物の投函とか、バイト先に面接に行くと相場が決まっているから。
「ほんと、たまたま。それよりも何ですか、面接ですよね」
「ん。そう」
染岡さんは満足げに言った。
つまりはサチちゃんはここで働く事か決まって、尚且つシンカーとも戦うと決意してたという訳だ。本来ならバイトだけと決めてたんだろうけど。
「週二で入る……て。だからカオリもいいよ」
「あ」忘れていた。
そうだ。サチちゃんをバイト要員にしたかったのは、もともとは私のシフト日数を減らす為だった。
うっかりだ。
私は信用できてなかったんだ。どうしてなんだろう。
拠点で見たこの子の顔はとても悲しかった。人に構って欲しくて、けどアピールをしたらあしらわれてしまって、その純粋な気持ちが無下にされてしまったような。そんな子だと思っていた、私の気のせいだったみたいだ。
引っ掛かったのはまた別の部分による所もあるんだけども。
「とにかく、面接は終わり。えーと……サチちゃん」
「はい……!」
「次に来れる日をあとで連絡してね」
「わ、わかりました……!」
「じゃあね」
面接は終わったようで、染岡さんはカウンターに行って、サチちゃんは私の背中を押しながら店からた退散する。
店を出ても明かりはそのままだった。
「先輩はよくわかりましたね」
「え、何が」
「私がバイトの面接に来てたこと」
「なんかごめんね。月野さんが便利すぎて」
「それほんとですよ……」
段々と店から離れていき、店の明かりがあるかがわからなくなった。
街灯がそこらに立っているのと、二人でいるから多少は暗くても怖くはなさそうだ。何せそれに化物との戦いもあるからなおのこと。
「ごめん。気になっちゃって」
「何がですか?」
「拠点でさ、月野さんに帰される時の顔……。すごい悲しそうだった」
「……そう、見えました?」
「うん……」
どうしても気になっていた事だ。ちょっと前の私ならこんな事はしないはずだった。それもこれもお母さんの話を聞いてしまったせいかもしれない。
多分というか、私が足を突っ込まなくていい話になる。家庭もとい人生で何か問題があって、だからあんな顔をしていたんだと思う。
「……聞いてくれますか、私の話」
「…………」
話さなくてもいいけど、話してくれるなら。
「どこのバイトを受けても駄目で」
「あ。それ聞いた」
「え、じゃあ終わり……ではないですね。私には兄がいるのもご存知だと思いますが」
言ってたな。
「兄は何でもできてしまう人で、その反対に私は何にもできないんです。できる事と言えばゲームくらいのもので……。この世界なら私は私でいられると思ってました」
「…………」
「ゲームセンターは私だけの居場所でした。でも……兄とその友達が楽しそうにしてて……」
来てはいたんだ。
居心地が良くなかったから、別の店舗に足を運んだんだな。福井が聞いた話では色々な場所で遊んでそうだけど。
「そうなんだ……」
だから戦っていれば気が紛れるかもしれない。
怪しげな月野さんの誘いも快諾できた。
「じゃあ面接に来たのは?」
「いい加減でバイトを始めようと思ったんです。何もできないままなら、大人しく兄の救いの手を取ろうって。コネなんです」
「タイミングが悪かった訳か」
「そこは良かったと言ってほしいです」
「一石二鳥か……」
「そうとも言うかもしれません」
バイトを始めようと外に出て、もしかしたら新しい自分を見付けられるかもしれない。そしたら今度は未知の怪物と戦う事で、自分でいられるかもしれない。
サチちゃんもまた、私とは違う意味で勇気のある人間だ。
命を擲ってるからじゃなくて、怖くても動かなければいけないと思えたところが。
「……それで、なんだけど」
大丈夫とわかったし、キリのいい所で帰りたい。父は心配しないだろうけど補導されたくはない。明かりも人目もあるけど、交番も近くにあるから補導されるのは御免だ。
「送っていこうか、家まで」
「え? やだなぁ、大丈夫ですよ。それに寄り道しますから」
「寄り道って……」
さすがに帰らないと家族に怒られると思うのだけど。放任主義という訳ではないだろうに。
「これからもう一回、行きませんか?」
「え…………」
さっき倒したばかりじゃないか。
毎日戦わなくても済むように、福井が夜な夜な一人で戦ってくれてるというのに。
笑ってるけど疲れてはいないと言うのか。
「……いいけどさ。まだいるの?」
『週に一度』と『夜間のみ活動』のルールが崩壊してるから、まだ知らない奴らの生態をサチちゃんは暴いているのかもしれない。
「いや、いませんけど」
「おい」
「でも先輩は、バージョンアップしたドライバーをまだ触ってないですよね」
そう言えばそうだ。
デバイスは月野さんが逐一直接のアップデートを行っているはずだ。ならば最新の状態で戦ったのはサチちゃんだけで、私も福井も旧いままの物を使ってたという事になる。
いや、だとしたら今も旧バージョンのままではないか。あの人が意地悪をするとも思えないから、タイミングが悪かっただけだろうけど。
「試してみるだけ試してみよっかな……」
「そうしましょうよ!」
ノリノリだ。
「どこにするの?」
「もちろん!」
そう言って私の手を力強く引いて走り出した。
まさか壁際でとは言わないだろう。カードを使うかタクシーを捕まえるかでもしないと時間がかかってしまい、とてもじゃないが「お試しで!」の感覚で行きたいとは思えない。
川沿いなら人気もないしロケーションとしては最適かもしれない。月もほぼ真上に在るから、大分アウトローな雰囲気になるだろうけど。
そして予想通りにも、彼女が選んだのは河川敷だった。
草野球に勤しむ少年達も部活に明け暮れる高校生もいない。段ボールハウスも見当たらないし、缶スプレーを持ち歩いてそうな集団もいない。
すっかり平和になったものだ。
事件以前と比べると特にそう思う。
壁とシンカーが変えたのは街の日常だけではない。
夜に出歩く人の割合も減ったとワイドショーなどで報じられた事がある。事が大きくなったであろう地下鉄の列車破壊や、学校の大火災の影響で、少なくとも識者達の間では「早めに帰りましょう」と呼びかけられた。不用心にも街に繰り出す若者もかなり減っていた。
まあ、私達二人はいるんだけども。
「では、先輩!」
サチちゃんがドライバーを出し、起動を完了して言った。
「今みたいな感じでやるんですよ!」
ドライバーの装着。
システム発動の待機と起動。
かなり手早いお手本だったけど同じ仕様ならできそうだ。
「よし……」
お腹に手をかざす。いつもと同じようにドライバーが装着された。
ここからがver.2.0の手順。
コアの天面に待機スイッチが追加されているのでまずここを押す。と言っても押ボタンではなく小さなタッチパネルだ。
押すとコアからコネクタ単体が飛び出し、Aスロットから細い電撃が放出され、二つを繋いだように見えた。
それと同時にコア側面に穴が空くのでそこにコネクタを接続すると、二段階に分けられた待機シーケンスが終わる。
『コネクティング!』
そしてアクティベーションスイッチを叩く。
『ムーンライズ!』
これで起動完了。
黒いアンダースーツが全身を包み、両腕両足に装甲が装着された。
波動が辺りの草木とサチちゃんを揺らした。
「そう、そんな感じです! さすがです!」
「馬鹿にしてる?」
「そんなことあるわけないじゃないですか!」
装備自体には大幅な仕様変更は加えられていないらしい。デザインもおそらくさっきまでと変わらない。着させられてるアンダースーツに防寒効果があるようで、全くもって肌寒さを感じずとても温かい。
「もういい?」
「いえ、まだですよ?」
『ウェポン:ガンユニット! アクティブ』
左右のユニットに出しながら笑顔で否定された。
試運転だけに終わらずまだ自由にはしてくれないのか。どういうつもりなのか。
念のために周囲に敵がいないか注意だけしたけど、やはり雑魚すらいない。草陰に隠れてる様子もないから安全だ。
誰もいない。こういう時こそディテクトを使うべきではないか。
と、カードを手に振り返った瞬間。
銃弾が頬を掠めた。
「……! …………」
後方で重い音がした。
だがそれよりも、危険だったのはサチちゃんだ。
銃の狙いを私の――後ろに定めて躊躇なく撃つなんて。
銃を私の胸の辺りに向けて睨んでいた。
撃とうとしているのが私ではないのはわかる。だが右にも左にも少しもずらそうとしない。
「敵……?」
「…………そうです。動かないで下さい」
「でも……」
殺される心配がはなくてもその眼力に気圧されてしまう。一発目は後ろの敵に命中したからいいものの、二発目も外してくれるとは思えない。まだそこまで信用できていない。
ここはカードをスロットに投げ入れ、
『ディテクト! アクティベート』
動向を探るしかない。
しかしこの能力の弱点を発見してしまった。
探知できる範囲が視界に限られてしまっている。
けど音はわかる。素の状態よりも、草のざわめきとか、ソイツの呻き声もよく聞こえる。
「振り返ってもいいですよ……」
左右のガンユニットを取り外した。
右手の銃のやや斜め後ろにもう一方を合体させると、そこから青い筒が伸びて――形としてはスナイパーライフルと呼べる物に変化した。
本当に何でもできる便利な武器だ。
『ウェポン:ランス! アクティブ』
私も武器を手に取りステップで急ぎ彼女の横まで下がった。
草がガサガサと鳴る。
敵がゆっくりと、手を地面に付けずに体を起こした。
「キモ……」
「…………」引き金に指を掛ける音。
銃口もゆっくりと上げられソイツの頭部を捉えた。
風が吹いた。
そして、止む。
同時に発砲。
銃弾が放たれ、その眼の数センチ前で止まった。
「!?」
その弾は何かの力に操られたかのように、徐々に向きを変えていき。
サチちゃんの方を向いた。
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