第5話①「ムーンドライバーver.2.0 前」

「サチ……ちゃんで間違いないんだよね?」

「ん? え、はい。そうですよ」

 どうやら本当の本当に間違いないようだ。あの履歴書で見た顔と輪郭もパーツも一致する。髪もどこも整えてないからボサっとしている。

 ドライバーを仕舞ってみると私より背が高い。と言ってもほんの二、三センチくらいか。

「ところで、なんだけど」

「? はい」

 この話をこんな状況でするのもどうかとは思ったけど。

「君の……」

「サチ」

 拘るのか。

「サチちゃんのお兄さんが、うちのバイト先に履歴書を出してたりするんだけど……」

「うげっ、ホントに出してたんですか」

「……」

 本人の耳には届いていないのか。家族というか兄との関係はあまり良くないのだろうか。

 露骨にと言うほどではないけど少し嫌そうに目を細めている。

「他んとこに出してるの?」

「いやー、どうだろう。兄もそこまで顔は広くないし……」

「どうして、うちの店に……?」

「…………」

 言葉通りなら、顔が広くないイコール頼れるお店もそこしかない、という意味になる。

「どこも駄目だったんです」

「……」

「どこ行っても長続きしなかったんです。私が使えないばかりに……」

「…………」

 だから。

 せめて。

 マスコット的ポジションでもいいから、身内という暗黙の了解が利くであろううちのお店を選んだ。

 ……使えなくても。

「でもこの戦いなら私でも続けられる気がするんです!」

「……死ぬかもしれないのに?」

「それは……先輩も同じ、じゃないですか?」

「まあ、うん」

 私にもまだお父さんがいる。母だけじゃなく私まで死んだら、今度こそ一人ぼっちだ。

「先輩はどうして戦うんですか?」

「え? いやぁ……偶々、この、福井に会って、流れだよ流れ」

 本当は壁の中に入りたいから。

「ネットのニュースとか見てるでしょ」

「! まさか……」

「待て」

 福井が私達の手を突然掴んだ。

 多分これ以上余計な話をこんな所でさせない為だ。会話を含めた私達の活動が極秘である以上は、月野さんの拠点に行くかドライバーが起動していないとバレる。

「…………一旦戻るぞ。いいか?」

「ちょっと待って」

 サチの口止め前に、父から連絡が入ってないかを確認したい。

 運が良いのか着信履歴も留守電もなく、メッセージが一通届いてるだけだった。あの人にしては珍しい。

『今日は飲み会で帰りが遅くなってしまいます。帰るまで必ず鍵はかけておくように』

「…………」

「大丈夫そうだな」

「そうだね」

 どこまでも運が良い。これなら多少は遅く帰っても問い質されはしないだろう。

「移動するんですか?」

「ああ。人前で話していい内容ではないからな」

「そういえば月野さんもそんな事言ってましたね」

 口に滑り止めを付けてもらえてよかったよ。

 とはいえ私も迂闊なところはあるから人の事は言えない。

「ひとまず人目の付かない場所に行ってそこで《《

使う》》。固まるのも避けよう。お前達は別行動だ……」

 福井は指を私に指した。

「使ったら改めて話をしよう」

「オッケー」

「オッケーです」

 聞き分けはいいらしくて助かった。そうでなきゃ困るんだけども。

 特に互いに何も言わずに別れた。

 私達もどこかいい感じの場所を探さないといけない。人の次は場所だ。

「どこにするんですか?」

「まあ人目のとこにするしかないよね」

「えー、その辺のお店とお店のスキマでいいじゃないですか。誰も見てませんって」

 そうもいかない。

「コンビニのトイレでよくないですか?」

 悪くはない。

 ちょうど横断歩道の先にコンビニもある。歩行者用の信号も青だからすぐに渡れる。

「先輩ってこの信号の色は青だと思いますか、緑だと思いますか?」

「よくある議題だ。でも今はどっちでもいいでしょ」

「そうですね。急ぎましょう」

 コンビニに入り店員に「借ります」とお願いを投げてさっさとトイレに駆け込む。ドアを閉じてドライバーを…………出していいのだろうか。あの電子音って普通の人にも聞こえたりしないか。

『サンセット』

 迷った瞬間にサチが躊躇いなくドライバーを出していた。

「えっ」

「何ですか。先輩が選んだんじゃないですか」

「そうだけど……」

「じゃあ行きましょう」

『エスケープ』

 多分だけど、こっちは誰にも聞こえないんだろうな。


 もう拠点に来たから、こんな事を気にしても意味ないのだけど。


 私達がいるのはあのメインフロアだ。変わらぬ夜空に全員が見守られている。

 中央に月野さんとハルがいて、デスク越しに私、福井、サチちゃんが並んでいる。福井は片手を、さちゃんは両手を腰に当ててるのに対し、私だけはだらんと垂らしていた。

 月野さんが立ち上がると同時に、サチちゃんがザザッと前に出た。

「さて……」

「私をスカウトしてくれてありがとう!」

「…………」

「……」

 見つめ合う二人。

 月野さんの笑顔が固まっていた。

「うむ。重要な戦力だからな。君には戦う資格、いや、素養がある。……さて」

 改めてと言い咳払い。背後に巨大なスクリーンをせり上がらせた。

 さすがに空気を読んだのか、サチちゃんは喋らない。

「集まってくれた事を改めて感謝する。来る壁の中でのシンカーとの戦いに向けた準備が整いつつある事を報告する。わたし、晴、リュウ君、カオリ君、そしてサチ君。自律する戦闘員はこれで足りるだろう。それと……こいつを投入したい」

 画面にロボット一体が映された。

 頭部はハルと同じ形状をしている。という事は量産型になるんだろう。

「このスーツの下は機械で……」ハルの肩をノックする。「人工皮膚などは使ってない。この彼――晴からAIを……いや、感情に寄ったAIをオミットし、戦闘により特化させたタイプだ。ただし武器はサチ君の物と同型の銃だ。殆どのカード依存の能力を搭載していて、我々の弱点である予備動作もないので隙も少なく、他ユニットとの併用も可能と良い事づくめだ」

「あるとしたら、ハルみたく意思疎通できないことですかね?」 私はそう思う。

「それは大した問題ではない。寧ろだ。見て話すなどするから機械に劣るケースもあり得る」

 その為の機械という訳か。

「晴ならともかく金属の塊が壊れてしまう事にいちいち気を取られていては、壁の中では生きていけない」

「だったらその、こいつを増やしまくるっていうのは?」

「それでは意味がない。わたしはカオリ君にいてほしいからな」

 サチは興味なさそうに欠伸をする。

「……。勿論数は増やしたいが……増やしすぎても、管理から外れるという恐ろしい事態も考えられる。状況次第だ」

「はあ」

 いてほしいと言うのならいるしかない。

 この場には不適当な言葉だけれど。

「続いてはデバイスのアップデートに関してだ」

 表示がドライバー達と入れ替わった。

 ドライバーもアトマイザーも見た目に大きい変化はないように見える。唯一パッと見でわかったのは、ケーブル部分だ。

「操作性についてはサチ君が先行して触れたが、カオリ君はまだだったな」

「そうですね。それよりも……」

「その目は気付いているようだね」

 当然だ。ケーブルが灰色から青色に変わっているのだから私でも気付く。

「ふむ。逆に言えばサチ君は旧バージョンに触れていないね。初回起動時の映像を何度か見て不便だと思ってね……。最新の2.0ではコマレールをムーゾン依存のタイプに変更した。有線と無線という物があるだろう。Aスロットとコネクタを繋ぐケーブル、即ち電波の流れを、ムーゾンで可視化させたと言って差し支えないだろう」

 あの紐がプラプラしなくて、邪魔じゃなくなったのか。

 便利だな。

「第二にドライバーの起動方法。コアの天面に起動スイッチを追加した。出現させコネクタを接続する前に……」

 ドライバー中央にズームアップした。

 押しボタン式ではないようで、わずかな出っ張りすら見当たらない。

「ここを押さなければコネクタを接続できない仕様になっている」

「できないっていうのは、物理的に? それとも接続不良的なやつ?」

「物理的にだ」

 そういえばもよく見てなかったけど、あの部分がどんな機構をしてるか目で見てなかったな。

「あとは……対応カードの追加と音声の変更だな」

 画面がプツッと消えた。大事な話はそれで終わりらしくて、ハルと福井はさっさと奥の部屋に消えていく。

 父からの連絡は依然として来ていないので私はまだ帰らない。

 けどサチちゃんも帰ろうとする素振りを見せなかった。寧ろ帰ろうとしないというか、この拠点を観光気分で歩き回り始めている。まるでテーマパークにでも来たみたいな気分だ。

「止めないんですか?」

「理由がない。好きにさせたっていいだろう」

 無関心にも月野さんは彼女を見もしなかった。

 しかしサチには声が聞こえているので、すぐに月野さんまで走り詰めた。

「いやいやいや! 案内してくださいよ! さっきは『君には戦士になる資格を得た』とか言ってくれたじゃないですか!」

「それはそれ、これはこれだ。カオリ君達はもっと落ち着いていた」

「……………………」

 サチちゃんが急にスンと黙ってしまった。

 深い事情は知らないけど、他人と比べられるのはどうも嫌いのようだ。

「……すまない。言い過ぎた。だが一旦帰りたまえ」

「……。……はい」

 月野さんがモノリスのように黒いデスクに触れた。

 するとサチちゃんは一瞬だけ光って消えてしまった。

 ワンタッチで追い出せるシステムが備わってるとは周到だ。

「……」

 あの悲しそうな顔は……。

「君ももう帰るかね……?」

「……。あ、そうですね。帰ります……」

 帰ってくれっていうフウな声ではないのはわかった。

 どっちかと言うとではなくどっちでもない訊き方だった。

「……でも家に誰もいないんですよね。父が仕事で」

「こんな時間までか……?」

 飲み会も仕事の内らしいんだよねどうも。

「仕方のない事です」

「ならわたしが送ってやろう。それと君のパパが帰るまで一緒にいておこう」

「…………」

 さっきはサチちゃんを一人で帰したのに。

 私と違って家族がいるからというのもあるかもしれないけど、そこだけ比べると少しの薄情さを感じてしまう。

「……いいですけど」それでも断る理由はない。

「転送座標を君の自宅に設定する」

「ほんっとうにダダ漏れってやつですね」

「心配するな。何階に部屋があるかまでは知らない。以前駐車場にお邪魔した時の大体の位置だ」

「そうですか…………」

 記憶力が良いのかとも思ったけど、多分その場で車のナビにでも登録したんだろう。それで今でも憶えているという訳だ。ちょっと気味が悪いけど。

 月野さんがまたデスクに触れた。

 そして一瞬で私は帰宅した。

 正確にはマンションの入り口にいる。部屋番号を入力する機械があるので、そこに電子キーを挿すと自動ドアがガーと開いた。

 中に進むと、月野さんが無言で後ろを付いて来る。白衣ではなくよくあるコートを着てるからかろうじて不審者には見えない。

 エレベーターに乗り最上階のボタンを押したら、月野さんが小さく感嘆の声を上げた。

「……」

「もとから大きいとは思っていたが……部屋は宇宙に一番近い階にあるのか」

「それがどうしたんだ……」

「宇宙に一番近いっていう事だ」

「どういう事ですか」

「良い事だ」

 目を閉じて感傷ならぬ感動に浸っている。

 良い事なのか。

 それはそれとして最上階に到着し、部屋の前まで移動すると、私が鍵を出すよりも早く月野さんがドアノブに手をかけた。

「…………ここ、私の家ですからね」

「失礼。……家の中が気になってしまった」

「子供か」

 子供でもするかは知らない。

「とりあえずどいてください」

 避けて、鍵を挿して回した。

 ドアを開ければ毎日見る光景だ。

「ふむ」

 月野さんはつかつかと中へと入り、靴を脱ぐと綺麗に揃えた。

 驚いた。てっきり風習やマナーとは無縁の人だと思っていた。何よりもさっきの言動から、そんな事より部屋の中を見回すんじゃないかと予想していた。

「ここが君のハウスか。それで、カオリ君専用の部屋はどれかね」

 そう思っていたら廊下を進んで近くのドアを見て言った。

「許可なく開けないでくださいね」

 そう言うと少し先のドアを開けて「トイレか……」と呟いた。

 今一番近かった部屋は父専用兼書斎だから、私はともかく知人じゃない人が入ると怒られるかもしれない。見られて困る物がある訳じゃないけど、仕事道具もあるから身内外の人を入れさせたくない。

 反対側の部屋はスルーして、トイレよりも先に行けばあとはリビングくらいだ。ロングチェアとガラステーブル、それとは別に食事用のテーブルなどを置いてもなお余裕が出るくらいには広い。

「広いな……」

「広いでしょう」

「隣にもう一つ……いや、これが君の部屋なわけがない」

「元は、ですね。今は玄関左脇です」

「なるほど…………」

 二人して戻り、父の部屋の反対側に連れて行った。

 そしてドアを開けると……何も言わなかった。エレベーターほどの感動がなかったのか、息を漏らしたりもしない。

 壁に天井に宇宙や天体のポスターが何枚も貼ってあって、この人ならそれなりのリアクションをすると内心で期待してたんだけど。

 ようやく入ったと思えば、一枚のポスターに目が釘付けになっていた。

「……………………」

 私の母だ。宇宙服に身を包んだ、つまりは宇宙飛行士だった人。

 ここは元々は母の部屋で、半分くらいは片付けてないだけだったりする。

「その人がどうかしました?」

「いや。そういえば父も母も不在だから、こういう事なら何もおかしくはないと思ってな……」

「気にしないでもいいですよ。言わなかったし」

 私の母は既にこの世にいない。

 宇宙に出て、ミッションの中で命を落とした。

 宇宙飛行士だったあの人を父は「世界で一番かっこいい」と毎日のように言っていた。今は減っている。

 この部屋のそんな母の生きた証は一つも捨てられなかった。私にとって母の存在を感じられる数少ない遺品で、何よりもそれを生きた証だと手離したくないのが父だ。私の何倍も何十倍も母を愛しているのだから当然だ。再婚もしないだろう。

 父は父で。

 私は私で、あの人の背中を追いかけている。だから壁の中に行きたいんだ。

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