第3話①「奴らはどこから来たのか 前」

「さて」と立ち上がった月野さんはエスケープを二枚用意した。

「レストランに戻らなくていいんですか? 財布が置きっぱなしじゃないですか」

「必要な分しか入っていない。カードは作ってないし、身分証も入ってない」

「でも処理に困りますよ」

「……。帰る前に取りに行くよ」

 敵の残骸も塵となって消えたので、そろそろ帰ろうという流れになっている。

 カプセルは合計で二十一個で、内一個は敵のデータなので大収穫も大収穫らしい。ハルの腰に提げられてる十個だけでも壮観だ。おまけに光ってる――一般人には見えないらしい――ので、電灯の灯らないここでは貴重な光源にもなる。

「ん。…………リュウ君か」

 いよいよ帰宅というタイミングで月野さんのスマホが鳴った。

 即切りせずツーコールで出てそのまま通話に入った。聞かれたくない話ではなさそうだけど、ホームの端まで離れて行く。

 一瞬だけ聞き取れはした。さっきの戦闘についてらしいけど。

「我々は先に帰りましょう」

「え?」

 ハルが全てのカプセルを抱えながら立っていた。

「月野さんを置いてっちゃうけど……」

「大丈夫です。今はレアケースですが、を考えて一人を先に帰らせるのが博士のやり方です」

「まあ」その方が安全なんだろうけど。

 それにしたってハルがそんな事を言うとは思わなかった。

「あと、博士にとってこの時間はとても貴重です。普段は作り物の夜空を眺めているという話はしましたが、今なら本物を自由に見上げられるでしょう」

「そうだね」

 確かに雲一つないおかげで、輝きの弱い星も、強い星も、飽きるくらい見えている。

 その都度見たいのだとしたら、よほど空というか星が好きなんだろう。なんと言うか、かぐや姫みたいだ。

「月野さんって空が好きなの?」

「……」

「……。?」

「いえ、すいません。そのような話は聞いた事がないもので」

「別に……」

 なんか今妙な間があったけど、してはいけない質問だっただろうか。

 そんな事はないと思うんだけどな。

「なんだ、まだ帰っていなかったのか」

 通話を終えた月野さんが戻っていて、白衣を羽織りながらカプセルを拾い上げた。

 次々とその内側に仕舞っていくので、「殴らない方がいい」と脅す悪役とか、メスとかの医療器具を仕込む医者みたいに見えてくる。

「まあ、いい。帰るぞ」

『エスケープ』

 特に帰り際の言葉を交わそうともせず、高速の帰宅が強制的に始まった。

 月野さんは何も言わなかったけど、ハルだけは最後に「また」と言ってる気がした。

 顔が付けばいいのに。


 次の日は学業が終わると足早に学校を去らせてもらった。別に福井と鉢合わせになりたい訳ではないし、ましてや新田さんと会いたくないという意図もない。

 単に今日はバイトがあって、入る日数を減らしたいと先輩に交渉したかったからだ。

 某駅を降りて数分の所にあるカフェーが私のバイト先だ。クッキーとクリームを混ぜ合わせたみたいな色が特徴である。

 正面の出入口から「こんにちは」とドアを開けると、真っ先に出迎えたのがその先輩だった。

 染岡さん。片方の目がに見えるのが特徴だ。

「あ、早い」

「ちょっと話がしたくて……」

 先輩と言ってもこの職場でという意味で、同い年で俗に言うタメの関係だ。馴染むまで時間はかかったけど、同級生とわかると打ち解けるのはトントンだった。

 時間はあるしと、染岡さんは「適当に座っていいよ」とティーサーバーを操作している。

 駄目だ。少し毒されているぽくて、ムーゾン回収機を思い出してしまう。

「それで、どうしたの?」

 茶葉をこしながら、カウンターから座った私を見下ろした。

「シフトに関して相談があって……」

「相談……シフト…………??」

 すーっと硝子の中の茶葉がぐちゃぐちゃに広がる。

 眉も口角も動いてないけど、所作から謎の動揺を感じてしまう。

「珍しいね……。そんな話、一度もしなくて……」

「そうなんだけどね。ただちょっとリアルで別の用事ができてしまって」

「ここも、リアル」

 それはごもっともですが。

「それで……?」

 改まるとすごい言いにくい状況だな。

 一週間に一回は未知の怪物と戦うから、余裕を持ちたいなんて。

「ええっと、普段は週三で入ってるじゃないですか。これからは週一に減らしたいなあ………って」

「どうして……」

 丁寧語にしなくてもの圧を感じる。

「いやごめん」

「続けて」

「自分勝手っていうのはわかってるんだけど、やむにやまれぬ事情というものができてしまって……。折り合いをつける為にも、しばらく心の余裕が欲しい…………っていうか」

「全く、見えてこない……話が……」

 その点については詳細に話せない私に非がある。

「うーん……」

 紅茶が完成したらしく、高そうなカップに注ぎながら小さく唸っている。

 そしてそれを自分で飲むのではなく、かと言って私に渡すのでもなく。誰もいないカウンター席に置いて、湯気を立たせ香りだけを漂わせた。

「手嶌さんが最初に……このお店に来たのは……」

「……」

「お金が欲しかったから……。買いたい物があるって……面接の時に言ってたけど、今はたぶん違う…………」

 そうだ。買いたい物は他にはもうない。

 服とか靴は

「いいよ」

 やった!

「……というのは、冗談で」

「がくし」

 あなたみたいな人でも言うんだなって驚いたよ。

「この世界は……等価交換ギブアンドテイクの世界……。仕事なら労働力の対価に給料……物語ストーリーなら伏線と布石つみかさねの先にあるべき結末エンディング……」

「ちょっと何言ってるかわからない」

「……。…………」

 染岡さんは黙り込んで、数秒の間を空けて咳払いをした。少しだけ湯気が揺れた。

「条件をクリアできるなら、シフトを減らしてあげてもいいよ……」

「ほ、本当ですか」

 条件付きというのは、まあ先輩としては当然の権利だろう。申し出に対してはいそうですかと安請け合いするのは禁物だ。上司と部下って言うほどの関係じゃないけど。

「まずは……………………そうだな」

 今から考えるのかよ。

「当然だけど、減らす分は増やさなきゃいけない……。埋め合わせというものは必要……。だから新しいアルバイターを一人、連れて来ること……」

「なるほど。……え、ちょっと待って」

「そんな簡単に見付かる訳がない……そう言いたい?」

「い、いや」読まれている。

「大丈夫……アテはあるから……」

「? ……!」

 紙切れ一枚が放り上げられる。不規則な軌道を宙に描きながら私の席に舞い降りると、染岡さんは「それを見て」と左肩を少し下げた。

 履歴書だ。女の子の写真が貼られている。

 でも名前も住所も角張ってて汚いし、嫌々書いたみたいだ。

「この子は誰?」

「サチちゃん。私達の後輩」

「そうなんだけど……。でもおかしくない? これを提出してる……っていう事はここで働きたいって思ってるはずじゃ」

「それには……その子のお兄さんが『俺に頼りきりでウザイから、自立心を芽生えさせたい』っていう事情が…………」

「なるほどぉ…………?」

 勝手に書いて送り付けたという訳か。聞く限りじゃ能動的じゃなさそうだけど。

 ただコンビニとかを選ばなかっただけ情けをかけているな。

「うーん」

 何から何まで頼りきりという訳ではなさそうなんだよな。自己PRのスペースに『部活はやってます』とか…………『ゲーム得意です』とか書いてるし。人に言える事があるだけマシだし。

 逆にそんな子が進んで部活に入れるとは思わないんだけど。

「ともかく、顔は良いよね」

「うん……だからウチで是非働いてほしい……」

「マスコット的存在?」

「そう……」

 間に合ってるとは思うけど、どこかが戦力になると考えているんだな。それでお店にとって、プラスの方向にはたらくかはまだわからないとしても。

 髪は長そうだけどボサボサ。確かにこれは顔面偏差値が高いっていうやつだけど。

「ちなみにこの子のバイト歴は?」

「ゼロ。来年で二年生だし……」

「まだ十六歳なんだな」

 この歳でまだ兄にベッタリって珍しい気がする。本当に甘えたがりなのか、はたまた面倒臭がりでものぐさな性質なのか。おそらく後者なんだろう。

「まあ、いいよ、これくらい」

 とりあえずはオーケーだ。これくらいの条件で仕事量を減らせるなら、こっちとしては有難い。

「それで、まずはっていう事は他にもあるの?」

「それはー…………いい、かな。後回しというか、やっぱり、なしで」

「あっそう?」

 あまりにも軽すぎて怖いけど、いいって言うんだから甘えさせてもらおう。

 席を立って、カウンターの紅茶を飲ませて貰った。

 そしてエプロンを突き付けられた。

「じゃあ、今日の労働を」

「……」

 いや、確かに今日は休ませろとは言ってないけども。

「はい、わかりました」

「うん、ありがとう」

 今日のところは働くしかない。シフトも入ってるから当たり前なのだが。

 あと紅茶の味はよくわからなかった。


 この店の営業時間は夜の九時までなので、時間が近くなると店長が「お帰りの時間ですよ!」手を叩く。それを聞いて早々に退勤体勢に入っていた。

 丁度カウンター内でたまたましゃがんでいた時だ。店のドアが開いて、客と思われる男の人が来店した。

 その客が男だったのは声でわかるのだが、おまけに聞き覚えがあったせいで誰なのかまでわかってしまった。

「遅くなって申し訳ありません。コーヒーだけ飲んで帰りますので……」

 福井だった。

 未成年なんだから外出は控えろと思ったけど、っ問題はそこではない。偶然とはいえどうしてこの店に来たんだ。

「あ。いつもありがとうございます!」

「すいません。ありがとうございます」

 店長とは顔見知りらしい。しかも『いつも』という事は常連客みたいだ。

 スタスタと歩いて、よりにもよってカウンター席に座った。

 いやまじかよ。立ったらここで働いてるってバレるし、四つん這いでバックヤードに下がったら店長に怪しまれる。

「今日はギリギリですね」

「はい。どうしても用事が長引いてしまいまして」

「来るたびに怪我してるけど、大丈夫?」

「すぐに治りますので……」

 来るたびに……?

 あの人は休みだって言ってるけど、本当のところは毎日のように働いてたりするんじゃないか。

「危ない事に巻き込まれてたりしない?」

「多少の怪我は覚悟してますから。そういう仕事です」

「大変だね……」

 カップを置く音がした。少し待っても一息つかないし、飲み終えたみたいだ。

 レジでではなくその場でコーヒー代を支払って「ではまた」とものの数秒で出て行った。

「…………」

「知り合い?」

「いや、知りません、あんな人……」

 頭だけ出して見たら、本当にいなくなっている。

 違和感を覚えたな。私と同じ学生で働くのは一週間に一回、それも一時間もかからないはずなのに。常連である程度は慣れ親しんだ仲だとしたら、店長はあいつを高校生ではなく若い社会人くらいに思っている。

 そうなのか?

 あいつはこんな時間に何をしているんだろう。

 頭を激しく振ってその考えをフッ飛ばした。しかしよくできたブーメランみたいに戻ってきてしまった。


 そして退勤した私は、福井を探していた。

 長くなるだろうと思って前もって父に連絡を入れ、以降はスマホの電源をオフにしてある。終電を逃して外泊になってしまう前に終わらせればいい。

 しかしどこを歩いているのか見当もつかない。用事が済んだなら家に帰ってるだろうし、追いかけるのは無駄かもしれない。家と家の間を縫うように探し回っても影すら見付けられない。明るくて人目のある場所にも当然いない。

 ならばとまた土手まで上がると、

「誰か探しているのか」

 いつの間にか後ろに回り込まれていた。

 お見通しとでも言わんばかりに棒立ちだった。

「いや…………別に……」

「なら帰れ」

「わかってんじゃん」

 月明りに照らされた土手の上に男女が二人、と書けばある意味ロマンチックなシチュエーションと言えるんだけど。目的と関係のせいでそんな気分でも雰囲気でもない。

 福井は一足早い赤のダウンジャケットを羽織っている。両手はポケットに突っ込んでいるので対話をするという感じではない。だからと言って逃げようともしないから、あとは帰るだけらしい。

「俺を探しているらしいが、先に聞いてやろう。何故今更なんだ?」

「今更って……?」

「あの時、店の中で店長の他に二人分の気配を感じた。その内の一人はお前だろ」

「……」バレてたんかい。

 一言も喋ったり、足を擦ったりもしなかったはずなんだけど。まさか呼吸をどんなに抑えてもそれで居場所を悟られたりするのか。

「それで、追いかけてまで聞きたい事でもあるのか」

「別に。ただ学生のあんたがこんな時間に出歩いてるなんて、変じゃん」

「俺は学生ではないからな」

「なんだ」

 あっさりだ。

「じゃあ学校の制服を着ていたのは? どうやって手に入れたのかは置いといて、偶然にしても私と同じっていうのはどういう事?」

 すぐには答えてくれなくて、少し空を見上げてからこっちを見た。

「お前は映画を観るか?」

「えっ。何急に」

「ある映画では、未来から現在に送り込まれたロボットが、その時代の人間から服を奪うシーンがある。裸では都合が悪いからな。だから俺もその場のルールに合わせる必要があったんだ」

「それで着たってわけ?」

「ああそうだ。博士が用意してくれた。幸いにもその情報データはお前達から集まっていたから、複製に手間はかからなかった。似顔絵よりは簡単だと、博士とHALは言ってたな」

「嘘でしょ……」

 初めて出会ったあの日に話したたった数分で。

「じゃああんたはあの学校の生徒ではないの?」

「そうだな。更に正確に言えば学生ではない」

「だったらどうやって生活してるわけ?」

「食い扶持には困っていない。本来は食事の必要もないからな」

 ロボットかよ。

「おそらくお前は俺をロボットと思っているのだろうがそれも違う」

「心を読むなって」

「誤用の方ので言ったが、本当に案外当たるんだな」

 どうやら人を弄ぶのが好きらしい。

「でもわかった。家がないから月野さんの家に泊めてもらってるって事でしょ」

「それも違う」

「だったら何なんだよ本当に……」

 福井はまた空を見上げた。

 奇しくもその仕草は、話に聞いた月野さんの姿に重なった。

 そして顔だけは私に、しかし手だけは月に向けていた。左手はポケットに収めたまま、人差し指を真っ直ぐに。

「俺は月から来た」

「……………………」

 とんでもない発言だった。思わず言葉が出ないくらいに驚いたし、月とその顔を何度も交互に見ては反応に困ってしまった。

 せめて未来から来たとか言ってくれれば現実味はあるのに。それもまだかろうじてオカルトの域を出ないけど。

 唾を何度も飲んで少し冷たい空気を吸った。

「信じてないか?」

「いや…………いや?」

 でもシンカーなんて化物の存在や、オーバーテクノロジーを持ち歩く月野さんがいるんだから不思議でもないのか。アメリカのエリア51では宇宙人の研究が行われてる噂もあるし、UFOの目撃情報もあれば心霊写真だって撮れたこの世界だ。

「でもスカイツリー隕石直後にシンカーが生まれたっていうなら、あんたが月から来たっていうのも信じられる。隕石と衝突して化学反応で生物が生まれるよりは、隕石の中に潜んでいた地球外生命体が解き放たれたって言う方が、信憑性の前に筋は通から」

「わかってくれたみたいだな」

「わかったっていうかさ……」

 こうも出来事イベントが連なれば導き出せる事ではあるだろう。

 ただ連鎖するように浮上した予想が酷いのだが。

「ならば話は簡単だ。シンカーは地球外生命体」

「…………」

「そして」

 肘は曲げて、月を指し続けて福井は言った。

「俺もシンカー。だった者だ」

 奇しくも私の予想に寸分の狂いもなかった。

 身近な人は、宇宙人だった。

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