第3話②「奴らはどこから来たのか 中」

「う、宇宙人……」

「宇宙人?」

 地球の言葉で表すならそれが適当だ。

 地球の外から来た――この場合は月から――と自称する宇宙人。

 宇宙人シンカー

 蜘蛛とか犬とかばかりじゃなくて、意志疎通が可能な人間タイプがいたんだ。しかも名前まで付いていて、言葉から行動まで普通の人間と変わらない。

 福井リュウが侵略者シンカー。なら倒した方がいいか?

『サンセット』

「待て。ドライバーを出すな。死ぬぞ」

「……」つい反射で手を当てていた。

 仕舞わなきゃと思うと引っ込んだので、この体にそこそこ馴染んできているようだ。

「宇宙人とは何だ」

「…………」

 制止しておいて訊く事がそれなのか。

「ここは地球で、外の真っ暗で音のない世界が……宇宙。それくらいは知ってるでしょ」

「当たり前だ」

「そして宇宙にいる生き物を宇宙人って呼ぶんだよ」

「成る程な」

「……」

 福井はこんなに喋る男だったかと思うけどそこじゃない。何故本来シンカーなら仲間を倒す仕事なんて引き受けているんだ。敵同士…………。

「敵同士……」

「…………」

「月野さんはシンカーだったあんたを制御下に置いて、人間側に従わせているんだよね」

「そうだな」

「だとしたらあんたは奴らにとって反逆者に他ならない……」

「その通りだ」

「でもどうして人間の姿を…………」

「俺が最初に食した情報が人間だったから、としか言いようがない。ベースの人間は死んでいたからな」

「…………」

 スカイツリー隕石が起きた日、当時はなかった壁の中で死んだ男を乗っ取ったのが…………この男。とするなら福井リュウという名も偽名な訳で。

「あんたの……元々の名前は?」

「名前などない。名前というのは文字や聲という文化を持つ人間が付けたがるモノだ。故にシンカーは名無しの生物。博士が安直でも名付けたがる理由はわかるだろう」

「スパイダー……」

「そうだ。名前がないと困るのは人間くらいのものだ。だが」

「…………」

 ……だが?

「感謝している」

「……。どうして?」

「名前がないという事は存在していないのと同じだ。人間特有の文化が俺達を定義付ける事で、俺は俺として生きていられる」

 笑っていた。初めてそんな顔を見た気がした。

 敵と戦う時の、力に引っ張られて歪んだ顔じゃない。月野さんに名前を貰った事に心から感謝してる、穏やかな「嬉しい」の微笑みだった。

 私もあの犬に勝手に名前を付けてたけど、あれは自分の中で物事を整理しやすくする為だ。けどきっと月野さんは福井やハルに生き物として名前を与えたんだ。

「俺が戦う理由は一つ。博士の目的を守る事。同じシンカーでも立ちはだかるというのなら、正面からぶっ壊してやるのみだ」

「……人類の平和とかは」

「当然興味はない」

 即答だ。逆に清々しいほどに安心できる声だったけど。

 おそらく私も月野さんも、福井も最終的に到達する場所は同じだ。全てのシンカーを滅ぼして、人々を魔の手から救い出す。

 しかし動機は全く違う。自分に正直に、素直に生きている。

「お前こそ何故戦う?」

「! 私は…………」

 正直に吐いてしまえば、私だって人類の平和とかに興味はない。そんな大層な理想の為に戦えるほど肝は据わってないのだから。学校での一件で、少しでも迷えば誰かが傷付いてしまう事くらいは学んだ。

 けどそれは結局のところ、悲願の成就を拒む障害に過ぎないのかもしれない。いつか夢が目の前に現れて、その夢か人の命かという選択を迫られたとしたら。どちらを選ぶのだろう。

「私は…………夢を諦めるくらいなら戦い続けたい。だってその為にドライバーを手に取ったんだ」

「……お前が戦うのは」

「私は私の為に戦ってるんだ、あんたと同じで。…………けどシンカーじゃなくて人間だから」

 だから一度は迷ったんだ。

「人間だから、わがままで、きっと命の選択を迫られたら……また躊躇うと思う」

「…………」

「でも」

 あんたの話を聞いて少しは目が覚めた。

「次は決断する。……決断したい」

「……。ふっ。どこまでも人間だな」

「これだけはハッキリさせる!」

 指を指すが、私の人差し指が見てるのは月ではない。

「私はあんたを超える」

「…………なかなか面白いな」

『エスケープ』

 突然、福井の姿が空気に溶けて霞んでいく。

 いつどうやって使ったかはわからない。

「なら次の夜に実力を見させてもらう……」

「…………」

 言い返す猶予も与えてくれなかった。吹かした煙草の煙みたいだ。

 不思議と勇気が湧いてきた。拳を強く何度も握るとカイロなんていらないくらい温かい。開いてもしばらくは冷めない。

 月か。

 あいつの生まれ故郷が月なら、あいつを超えられればシンカーをも超えられる。そして強くなれば壁の中でも生き残れるはずだ。いつかは倒す事になってしまうだろうけど、その最後の時まで戦い抜いてやる。

 絶対に。






「サチちゃん?」

 呑んだ条件の為にサチという子を知ってそうな人を探していて、最初に行き当たったのが彼女だった。特別顔が広そうだからとは思ってなくて、自分の人脈が狭い上に浅いが故の結果だ。

 誰も来ない階段に座りながら。ユリエは曲の演奏を中断して顔を上げた。再開する気があるのでギターは抱えたままである。

「二年生ではないよね。一年生?」

「そうそう」

「お店のその先輩から聞けばよかったんじゃない?」

「………そ、それはそうなんだけど」

 仕事前も仕事中も退勤の直前もその事が全く頭になかった。これもどうも不思議で、その場で効率化できるはずが、すぐにはその思考に至れない事が稀にあるらしい。

 それに今日は休みだし、店に行って探してというのは時間の無駄だ。

「それってどんな子?」

「髪はボサッとしてて、長くて……」

「え、それだけ?」

「顔だけだとどうもなあ……」

 眼鏡をかけてるとか何かしらの髪飾りを付けてるとかでもないし。

 ましてや月野さんのように特徴的な色でもなかった。

「あとは?」

「ゲーム好き」

「あー。スマホの時代だし家庭用だと難しそうだね」

「そこなんだよね」

 顔や所属クラスを知ってたところで登下校タイミングを把握していて、最速で取っ捕まえられなきゃ話にならない。趣味のゲームも、スマホなのか家庭用なのか、アーケード系なのか、もっと未来的な物なのかもわからない。

「そういえばこないだ、月野さんとこでゲームやったって聞いたんだけど」

「ギターのやつ?」

「嗜好まで音楽に染まってるな……」

 そこは関連性なさそうだなあ。

 染岡さんはとっくに下校しちゃってるし、他に顔を知ってるとしたら。

「やっぱり先生か」

「そりゃあそうなっちゃうよね。演奏しても?」

「どうぞ」

 演奏が再開される。

 わりと穏やかな時間には似つかわしくない激しい曲だ。この曲はタイトルとジャケットが宇宙っぽい。宇宙からの来訪者というか侵略者というか。そんな奴らとの邂逅と戦いを表している気がする。

 ……私達も宇宙人と戦ってるんだよな。

 どこから来たのかわからない、なんて事はなくて。地球のすぐそばの月から来て本拠地と思われる位置もほぼ特定されてる、と判明している事実だけでもフィクションの世界よりのではないだろうか。

 ちょこちょこ町に現れる個体を潰して経験を積み力を蓄え、壁の中に入ってからが本番だ。休む暇もなくシンカーと戦う事になるんだろう。千切っては投げ殴っては砕き、蹴散らし続けた最奥で何が待ち受けているのか。

 戦いの先で私達が見るものは何なのか。

「できたっ」

「……………………」

「おっ、考え事だな?」

 しまった、曲にノってしまった。

 とにかくどうやって捜すかだ。まずは染岡さんにメッセージを飛ばしてみよう。

「サチちゃんの履歴書ってまだ見られる?」

『ごめん。返しちゃった』

 …………住所に直接出向く選択は閉ざされた。

 というか学校にいないで仕事でもないはずなのに返事が早いな。何やってるんだ。

「今どこにいるの?」

『いつものゲームセンター』

「誰かと一緒?」

『サチちゃんの兄とその友達』

「サチちゃんご本人は?」

『いないよ。定期的に来るらしいけど』

「!」

 それは良い情報だ。

「次はいつ来るかとか知ってる?」

『ごめん知らない』

「ありがとう」

 メッセージはここで終わりにした。スマホを鞄に仕舞っても、それ以降は鳴動しなかったのであちらも私の意図は理解したようだ。

 不確定とはいえ出会う方法が決まったのは大きい。あとは毎日の放課後はゲーセンに通い詰めればいつかはエンカウントできる。それでもまだ不安だから、もう少し確実に会えるようにしておきたい。

「先に帰っていいかな?」

「ん。どうぞ」

 互いに手を振って別れ、まずは学校を後にする。

 それから着信履歴から月野さんに電話を繋ぐと、コールが鳴るとほぼ同時にハルが応答した。

『はい、カオリ様』

「あれ、月野さんは?」

『現在新たなカードの作成と各種デバイスのアップデートを行っております。十分は出られないかと』

「そうなんだ」

 アプデって言われると何だか親しみやすい。

「それって何ができるようになるの?」

『性能の向上と対応カードの登録です。遠距離戦用の武器も追加されると聞いてます』

「へー、遠距離」

 銃とかかな。蜘蛛スパイダー戦で使ったのは長物だったし、遠近で戦いやすくなるといいな。

「カードは何増えるの。レーダーみたいなのとかはある?」

『予定には……ないですね。今なら追加の要望も通せると思いますが』

 いや待てよ。自分で言っておいて気付いたけど、対シンカーの機械が人間に効くのか?

 頭が順調に狂ってきている。同じ人間でそれも見ず知らずの女の子に力を使おうなんて。

「ごめん……やっぱり」

『あ。ありますね。レーダーではないですが……。えっ?』

「すいません、何も…………」

『そうですか。あれ博士、早いですね』

『話し声が聞こえたものでな。カオリ君か?』

「!」

 十分も経たずに戻るなんて。

 向こうで受話器を取って代わる音がした。

『何か用かね?』

「…………」

『いたずら電話か……』

「ちょっと待ってください!」

 電話の目的は既に果たしてしまっている。それもカードの効果は人間にも適用できるか、という問いも自己完結している。

 やはり話したい事があまりない。

『博士。カオリ様は先程、カードについて訊ねておられました』

『カードを?』

 顔が見えないというのに適切な助け舟だ。

『何か質問かね!!!』

「…………」

 初対面の時の声だこれは。

 とりあえずは通りがかった小さな公園に入ろう。幸いにも周りには誰もいないので、堂々とベンチに座っていても怪しまれる事はあるまい。砂をかぶっていて不快だけど許そう。

「新しい物が何なのか、前もって知りたいんですけど」

『なるほど。確かにわたしもお披露目したいと思っている』

「アプデをやってるって聞きました」

『手間が省ける』

 まさに理想の機械と言えてしまうくらいハルは融通が利く。

『今回のアップデートはver1.7でな。これまでに手に入れた情報や追加予定のカードデータを含んでいる。ゲームでいうアンロック方式の追加コンテンツというやつだな』

「それで」

『先日の戦闘データからACCELのカードを作成した。発動する能力は意味の通りだ』

「他にはあるんですか?」

『あとは遠距離武器も予定しているが、これはWEPONに統合したい。装着者に適した武器を召喚するのが望ましいと考えているが……どうだろう?』

「得手不得手ってありますもんね」

『もし君が銃の扱いに不慣れであれば不適切という事になる』

 ムーゾンで何とかなるのがこの技術の常識だし、実銃ほど取り回しに専門知識を必要とはしないと思いたい。

「腕を丸ごと巨大な銃みたいにすればいいんじゃないですか。ナックルみたいに」

『賞金首じゃないんだぞ。あれはそういうコンセプトなんだがな……』

「あとは敵の位置がわかるカードとか」

『何だ、欲しいのか。予定にはなかったが……いや、ないに越した事はないな。ならばDETECTの名で実装しよう』

「助かります……!」

『まあ申し訳ないが下位互換にはなる……。詳しい使用方法は実戦で試せばいいな? その機会が来ればいいのだが』

 確かにそうだ。ケル犬との戦いでバリアもガードも使わずじまいだ。リカバリはできれば使いたくないけど。

 いくつか持ち腐れにしてしまうよりは、惜しみ無く使うようなスタイルにするか、そういう状況に持ち込まれたりするかだ。

 あとはもうひとつ。

「ところで、私もに出入りできるようにしたいんですけど」

『わたしの家に?』微妙に言葉が詰まっていた。

 これには、理由がある。

 第一にここまでの会話を他人に聞かれる可能性を減らせそうだからだ。スマホのスピーカーから漏れる音は音量調整やイヤホンで対処できるけど、私がうっかり口を滑らせてしまう危険性を鑑みると、あった方が月野さんサイドも有難くなると思う。

 第二にだ。何となくと言っても理由がない訳じゃない。論理的と言うよりは感情に起因するから何となくが適当なのだ。説明もむつかしい。

『車では不満か』

 不満ではない。あんなは乗らないともったいない。

「夜はいいけど、昼に移動するならそっちの方が好都合だと思うんですけど」

『一理ある』

「それに私にだって家庭というものがあります」

『一理ある』

「もしもの、いつかの話ですけど…………夜よりも昼の方が生存率は高いと思うんですよ」

『一理ある。だが中から太陽や月が見られるとは限らないぞ』

「……。…………?」

 どういう意味だ?

「どういう意味ですか?」

『…………君は憶えていないのかね。壁の中では奴らに行動制限はかからない。外では夜に活動するのが常識だが、中なら昼夜問わず可能性が非常に高い。と言うか十割はそうに違いない』

 その話か。

『しかし一理どころか三理はある意見だ。君にも自由な入退室を許可したい』

「それで気になるんですけど、家はどこなんですか?」

『さすがに詳しくは教えられん。だがエスケープの転送座標に追加しておけば何も問題はないだろう』

「まあ、そうですね」

 決められた柱に突撃したりよりは怪しまれないだろうし。

『他にはあるかね』

「ん。ないですね」

 ディテクトの効果が一般人レベルまで適用されるかを聞きたかったけど。

 これも犬の一件を思い出せばいいだろう。あのレーダーに映っていたのはケル犬とハルの位置だけ。他の人とか無関係の犬までは対象としていなかった。

 下位互換か、想像できない。

『では作業に戻るので一旦切るぞ』

「お邪魔しました」

 通話終了。

 さてとだ。

 後は真っ直ぐ帰宅するだけ……と行きたいところだけどもう一つ寄り道をしておきたい。

 ゲーセンに出没する事だけは確定したサチちゃんを捜す前に、店舗を下見しておきたい。「定期的に来る」というメッセから出没場所はほぼほぼ絞られている。だから足を運んで発見したら声をかけてフィニッシュだ。

 けど困った事に私はゲーセンで遊んだ経験が皆無。おぼろげに思い出せるのは、プリクラでテキトーに撮ってクレーンゲームでわいきゃいした事だけ。店内の構造を予め記憶しておけば、混んでいてもスムーズに出入りができるはず。

 学校の最寄りは却下。校則で禁止されてないとはいえ、出入りをに見られなくない。

 適切な選択は駅を一つか二つ跨いだ所にある店舗だ。

 ここならまず身内には見られはしない。みんなが遊んでいるのはもう少し先だから出くわす事もあまりない。

「さて……」

 まず学ぶのは店内の進み方。どこにどういった筐体や両替機が設置されていて、どう歩けば目的のゲームに辿り着けるか。これはこの店が複雑じゃなくて見晴らしもいいからすぐ覚えた。

 次はマナー――より正確に言い換えるなら民度。全体的にどれくらい騒がしいかを知っておけば、彼女がどこで遊ぶかも自ずと導き出せる。

 クレーンゲームコーナーは比較的静かだ。ショッピングモールのテナントは別物。

 メダルゲームコーナーは静かだけど煙草臭かった。

 アーケードゲームは駄目だ。騒ぎ散らす有象無象がちょこちょこいて居心地は最悪。こんな所にサチちゃんは来ないだろう。

「そして都合よくは…………いないね」

 ヒトはいるけど女性ユーザーはゼロだった。カードを排出するタイプのゲーム周辺にはいるけど、あの写真と一致する姿は見当たらない。

 ゲームが好き、か。

 ゲーム好き、悪くないと思う。やりたい事を見付けているのだから。

 なのに縛り付けてしまっていいものか。

「おいすげぇ! これで十連勝だ!」

「ありえねぇって、初心者じゃなかったのかよ……」

 格闘ゲームの方で男達がうるさい。店員も注意しに行かないし、これがこの店のマナーといったところか。

 しかし初心者が勝ち続けるっていうのもすごいな。気になってしまう。

「…………」

 帰ろうと思って店を出かけていたけど、つい惹かれてしまって戻った。どんな初心者なのか顔を拝んでみたい。

 戻った先には歴史の長いゲームが置かれていた。ロボットを駆るのではなく、主に人間が、己の肉体をぶつけ合うタイプのものだ。

 私側の筐体には男四人が集まっている。

 騒がしさの原因がこの人達だとしたら、初心者というのはこの反対側か。どんな人やら。

「…………」

「……もう一戦やるのか」

「……」

 福井だ。

 さっきの電話で出ないと思ったらこんな所にいた。

「…………」

 隣に立っても気付く気配はない。意識の十割がゲームに向けられている。

 どこで習得したのか、レバーを下から握り。

 普通はすぐに慣れるはずもないコンボを繋げ。

 全ての攻撃を完璧に読み、ガード以外で体力が削られない。

 そしてものの十数秒で相手を完封した。

「十一連勝……」

「嘘でしょ…………」

「ん?」

 ついに気付かれた。コントローラから手を離さないまま私を見上げている。

「次は、お前もやるか?」

 遊びに来た訳じゃないのに、やる訳ないだろ。

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