第2話①「月に吠える 前」

■■■


「ここまでの記録」

「スカイツリーとその一帯を破壊した隕石。そこから生まれた生命体シンカー。奴らは壁の中で生きるだけだったが、ついには外に出て生き物さえも血肉に返る事を覚えた……。それは侵略の始まりなのだった」

「……」

「しかし、それを許さない勢力があった。侵略者を討つ、科学者・月野鷲と、福井リュウ」

「そして、手嶌カオリ。彼女は新たなデバイス『ムーンドライバー』で変身し、ついに初めてシンカーを打ち倒すのだった」

「だがこれも序章に過ぎない。新たな敵はすぐに現れるだろう。侵略者撲滅はまだ先の長い道のりだ……」


■■■


 カードの束を手渡さ……れなかった。

 月野さんが指を指せばそれが光るだけで、プレゼントする気は微塵もないらしい。まぁでも望めばこの手に来てくれるなら、貰っておく必要はない。

 ドライバーも含めて新型は未完成らしく、カードも種類は少ないと言われた。武器召喚、戦域離脱、ワイヤー射出、透明化、ナックルユニット、必殺技発動が精一杯との事だった。

「でも私は気に入りましたよ、ナックル」

「そう言ってもらえると開発者冥利に尽きる」

 実に嬉しそうだ。

 両手を広げて見えない空を仰いでる。今は立っているから脚や手の長さが目立つ。

「今回の敵は……蜘蛛型なので、とりあえずは『スパイダー』と呼ぶとしよう。安直でも名前がないよりは扱いやすい。奴を倒せば何かしらのデータが手に入る予定だったのだが……」

「すいません……」

「いや、いい。無から生み出すのも私の生き甲斐だからね」

 十個以上のディスプレイを鋭い目で追いながら、人とも話せるのだから、その執念はお世辞抜きに見習いたい。

「ひとまず武装解除したまえ」

「あっはい」

 どうやって、と教えを乞いたいところだったけど、もうなんとなくで理解できる段階に入っていた。

 こういうのは手順を遡ればいい。ケーブルを力任せに引っこ抜いたら、四肢の重みが抜けた。ちゃんと素肌に戻っている。

「改めて説明しておこう」

 月野さんが宙にディスプレイを一枚浮かばせる。手を開き円を描くと、立体映像ホログラムのムーンドライバーに変化した。

 中央の半月状の部分が光った。確かそこはセントラル・M・エンジンだっけか。

「各部位は戦闘中に触れた通りなので省くが、ここには膨大な量のムーゾンを圧縮し内蔵している。手に収まる程度の大きさでも、一カ月近くは尽きる事はないだろう」

 次に左側の突起ユニットとケーブルも併せて光った。

「カードをセットするとスロットがその情報を解析し、中央コアが情報を実体化させる。能力ならば発動だ。アトマイザーなら即時だが、ドライバーでは一応の安全性を考慮して、スイッチを稼働させる必要がある」

 反対側のユニットと、隣の歪な部分が拡大される。

「アクティベーションスイッチの稼働に必要な衝撃はどれだけ小さくてもいい。ただし使用者のものしか受け付けない。この怪物じみた箇所はエングレーブドアーマーというのだが、役割としてはコマレールとさほど変わりない。さてここで質問は?」

 正直ないんだよな。使用に関しては感覚で掴めるし。

 気になる事があるといえばある。聞いてくれっていうかんじの顔をしてるし。

「本当にちょっとやそっとじゃ死なないんですか」

「うむ。わたしが適当テキトーに言ったやつだね」

 聞き捨てならないな。

「その言い方には語弊があってね。正しくは『ドライバーは壊れない』という意味なのだが……そもそもこれで戦う者はあっさり死なないという意味も込めた」

「何故なら生身で敵に立ち向かおうとしたから……ですか」

「その通りだ」

 少しは戦えるようになったと思う。さっきも殴る時だって一秒たりとも躊躇しなくて済んだ。第三者が危険に晒されてるとわかったら別だけど。

 でも本当に新田さんが無事で良かった。

「だが敵を倒すには新たな機能が必要だ。そこで」

 また指パッチン。

 三枚のカードがお試し展示のスマホみたいに現れた。

 青が二枚と、緑が一枚。色味は他のカードと微妙に違うようだ。

 試しに手に取った右端のカードには『SHIELD』と書かれている。

「それは読んで字の如くだな。武器と同じで防御用のユニットを腕に装着する」

 じゃあ真ん中の『BARRIER』は別物なのか。

「シールドと違い、バリアは独立した半透明の防御壁だ。メリットは非装着型である事と、一般人にも扱える事だ。デメリットはその逆だな。自由に動かせない」

 最後の一枚は『RECOVERY』だから、これも文字通りなんだろう。

「それは回復に使える。リカバリとはあるが、無機物の損傷だけでなく、動物の傷も軽ければ一瞬で完治する」

「じゃあ……」

「ああ。考えたくはないが、例えば君の友達が怪我をしても、治せる程度であれば治せる。骨折までいくとさすがに不可能……かはわからんが」

 それは、良かった。

 カードを全部元に戻すと、スゥーと床に引っ込んだ。どれだけ凝視しても、やはりどこも開きそうな構造には見えない。

「そういえば、ムーゾンって何なんですか?」

 私達の環境といえば言い過ぎだけど、ドライバーとかには必ず使われている。こんな物をどうやって確保しているのか。

「先日さらっと説明したな。ムーゾンはシンカー達の体内を循環している。と言っても体液とはまた違うか……。有り体に言えば化学物質だ。採取だけなら壁の周辺でも行える。奴らを地球外からの侵略者とするなら、ムーゾンも地球外からの未知なる新たな物質という事になる。形も定まっていないので、地球外不定形物質Extraterrestrial Amorphous Materialとでも称するのが科学らしいか」

 そんな危険物を科学技術に応用してしまうのだから、月野さんはすごい。世界の平和とかに貢献するんじゃなくて、シンカーを倒すためにしか利用する気しかなさそうだ。

 もし私でも回収できるなら協力はしておきたい。ご機嫌取りではないけど、人員が増えたのならできる事はしておく方がいい。

「ムーゾンの回収ってどうやるんですか?」

「それに関しては現地で教えた方がいい。だがまだ任せたくはない」

「どうして……」

「その仕事は主に私が受け持つからだ。リュウ君でも怪我を負う事がある。ならば尚更だ。理解したかね?」

「あ、はい……」

 子供を叱りつけるような顔と声だった。そんな表情を見たのは久しぶりな気がする。

 そこまで言うのなら、今は戦う事に専念しよう。

「ともかく、奴らの活動が活発化する前にドライバーを完成形にしたい。まだ完璧ではないからな。君には戦いに集中してもらいたい。異論はないね?」

「ありません」

 おそらくこれまでの戦いの比にならないほど危険なんだろう。まだ二回しか戦ってないけど、あの場所はスカイツリー隕石の現場なんだ。シンカー達の棲処と考えれば、まぁ納得のいく命令だ。

 もう一度壁を見たい、なんて好奇心は置いておいた方がいいんだ。死んでしまったら、二度とどころか一度目のチャンスすら逃してしまうのだから。

「……夜も更ける。そろそろ君の親御さん達も心配するだろう」

 スマホの時計も七時を指している。

 電話の着信履歴はないけど、いつもならもう帰ってる時間だ。

「じゃあ、新田さんは連れて帰りますね」

「ああ」

 一部だけ黒い壁があるから、ここがこの部屋の出入口だと思う。

 前に立つと開いたので、予想は合っていた。

「ところで月野さん」

「『さん』はいらないよ」

 私が何故『さん』を付けて呼んでいるのか理解しているのだろうか。

「上下関係や性別に縛られたくない。ミスでもミセスでも……」

「それはどうして?」

「わたしはわたしだからだ」




 ドアが閉まった。閉めたのではなく、閉められたような気がした。

 月野さんとしては話はここで終わりのつもりなんだろう。これ以上話を聞けそうではなかったし、当然といえば当然の流れだ。

「すぐここなんだな」

 さっきの部屋とメインフロアは直結のようで、最初に会った月野さんのいた場所が目についた。

 歩くだけで足音が部屋に響き渡った。

 一面艶のある大理石の床。

 本物ではないだろうけど、夜空を映す天井。

 真ん中のデスクはプラネタリウムの特等席だ。ここからぐるっと見回したら、自分がどこにいるのかわからなくりそう。

「わー、すっごい」

「あ……」

 新田さんだ。福井もいる。

 二人が出てきたらしいドアが閉じると、この空間が一気に賑やかになった。

「博士の趣味でな、この時間になるといつもこうやって夜空を眺められる。密閉されてて窓もないから、リフレッシュには丁度いい」

 声がよく通る。ボソボソ喋っても聞こえそうだ。

 福井は語りながら、デスクを通り過ぎて壁に手を着いた。あの薄暗い通路が見えたので、あの辺りで拠点を出入りすればいいようだ。

「今日は帰った方がいい」

「そうする。どうする?」

 新田さんも帰りたいだろう。

「名残惜しいですが……」

 あの部屋はよっぽど快適なのか。でもまぁここよりは生活感があるんだろうな。

 ドアを開けさせたままは悪いから彼女の手を引いて潜ると、特に声をかけられる事もなく、すぐに閉められた。ガラスに遮られてるので誰も見えない。

「素っ気ないな……」

 でも愛想を良くする義理もないか。

「帰ろ」

 とにかくさっさと帰らないと心配される。

 奥のスペースに用意された車に二人で乗り込むと、人感センサーの音と共にライトが点灯した。

『どこで止めますか』

「あっ……」

 運転手ロボに訊かれて気付いたけど、友達の家の住所は全く知らない。

 どうしよう、新田さん。

「家の近くで!」

「ざっくりしてるなあ」

「かしこまりました」

 この車も運転手もハイテクが過ぎる。返事一つで目的地に着けるのは感心するけども。どうなんだろう、どこに行くべきかわかっているのだろうか。

 待て、まだ出発されては困る。

「ちょっと待って」

 機械の首だけがこっちに向いた。

「この車って透明化はできない?」

 その質問に即答はしてもらえなかった。

 ただカシャカシャと音がするので、こちらの意図を汲もうと思考回路を働かせてるのはわかる。

「はい、可能でございます。博士のカードと一緒に、この車にも同様の機能が搭載されましたので」

 あの人、融通も利いている。

「! じゃあそれでお願い」

「かしこまりました。ただし隠密性が優先されるので、先日のように到着には時間がかかります。よろしいですね」

 こくり。

 アクセルが踏まれ、車は先の見えない闇へと前進した。

 かと思うと一気に視界が開けて。

 私達は東京の上空を飛んでいた。

「な、何これっ!」

「すっごーい!」

 二人して思わず窓に貼り付いてしまった。

 窓の外から、煌々とした町が見渡せる。

 地上の星空だ。

 この車がどんな原理で飛んでいるのかはさておき、光り輝く海を一望できるだけでも感動だ。こんな光景を目にできるの機会は滅多にない。

「驚いておられますが、それほどまでに素晴らしい光景なのですか」

 カシャリと運転手は無機質な関心を示していた。

「見慣れた光景でも、角度が変わるだけですごいもんだよ」

「そうなんですね」

 答えてはみたけど、共感してるフウではないらしい。

「あんたは綺麗とか思わないの?」

「運転中ですから」

「そうじゃなくてさぁ」

 こういう所で真面目なのはある意味でロボットらしいとは思う。やはりと言うべきではないんだけど。

「……。博士はワタシに必要な物は何でもくれました。体も、仕事も生き甲斐です」

「あはぁ」

 急に何だろう。

「『心』も貰いました。景色を見て綺麗と思う事もできます。喜怒哀楽も解析できます。ただ」

「ただ?」

「毎日同じ景色を見て、同じ感想を抱くばかりでした。博士の仕事を見て、生活の補助をして、あの部屋であの夜空を一緒に見上げるんです。不満はありませんでした。AIを搭載してると言っても、その構造パターンは博士をベースにとしてますから」

 そうなんだろうな。

 私もそうしてしまうかもしれない。

「心は進化します。たった今あなた方の心を知れたなら、ワタシも同じようにこの景色を綺麗と思えます」

「それは良かった」

 時代の最先端を行くロボットらしく、コミュニケーションに関する機能もそなえているので、快適性において文句の付け所がない。

「ところで、博士は楽しそうに見えますか?」

「……………………? あ、どうだろう」

 何だろう、どうしたんだろう。

 感情を込めた声ではないけど、裏に意図が隠されてるように聞こえた。

「あの人ね……」

 実際の所、充実した人生を送れていると思う。好きな事を研究して好きな物を作って、それを打倒シンカーに使えるのだから。

 身の回りもハイテクな機械で固めて、ゲームに興じるための部屋まであるのだから退屈はしないと思う。

 でもエントランスのあの空気は寂しかった。

「リュウさんは貴方に申し訳ないと思っています。戦ってほしいし、一方の戦いたくない気持ちも察していました。でもあまり言葉にはしません」

「うん……」

「博士も心で思ってる事は言葉にしないかもしれません。リュウさんよりも喋らないでしょう。だから何かあっても、せめて、博士の事は最後まで信じてあげてください」

「…………」

「着きました」

 返事は待たないと言わんばかりに停車した。いつの間にか地上に降りていて、見知らぬ一軒家の前だった。

「ここで間違いないでしょうか」

「はい、合ってます!」

 どうやら新田さんの家のようだ。

 灯りは点いてないっぽいけど、両親が不在ならまだ帰らなくてもいいのでは。

 と思うけどそうはいかないみたいで、ささっと降りて急ぐように正面玄関まで駆け上がっていった。声はドアに阻まれるので聞こえないけど、そこから「じゃあね」と手を振っている。

「あれは?」

「あれは……」

 そういったやりとりも今までしてこなかったんだな。

 開発者とその子供と思うとそれらしい関係性ではある。

「あれは『また明日ね。また会おうね』のサイン。私達は明日もお喋りするから」

「そうなんですね」

 それだけで、車のエンジンが再度かけられる。

 前進。高度が上がるにつれて、その顔はどんどんと小さくなっていった。

 そして星空の上に二人きりだった。

「先程のサインなのですが」

 線路の上を超えたあたりで続きが始まった。

「お二人は仲が良いと見受けられます。そのような間柄で交わすものですか」

「ん。どうだろう……」

 別に仲が特別に良いという訳じゃないしな。一緒にいる時間が長いというのは正しいけど。

「仲が良くても、そうじゃなくても、やると思うよ」

「そうなんですね」

「だと思う。もし良くなくても、また明日って言って、会ってお喋りをするでしょ。そしたら昨日よりは仲良くなれるかもしれないじゃん」

「……言った事がありませんでした」

「だろうね」

 科学者とその従者――しかも人間ではない――だとそんな関係でしかなさそうだ。

 福井もこの人も利害が一致してるだけで、単なる協力者から先へは進みそうにない。きっと私もそうなる。

 それでいいなら、どうして月野さんはこの人に心を与えたんだろう。目的を達成する為だけなら、仕事には不要なものだ。

「あ、電話……」

 スマホでお父さんが呼び出している。

 とっくにゴールデンタイムだ。こんな時間にもなっても娘が帰宅してない事と、あの騒ぎを聞き付けての安否確認を兼ねてるに違いない。

「……もしも」

『お前今どこにいるんだ??!!!!』

「うっ」

 片方の耳がキンとした。

「今帰ってるとこ」

『! 怪我はしてないか!?』

 予想通り気にしてたんだな。そこが父の良い所なんだけど。

「大丈夫。自撮りでも送ってあげようか?」

「そこまではしなくていい。無事ならいいんだ」

 男手一つだから心配性になるのもわかる。

 危ない事に顔と足を突っ込んではいるけど、日常的な面ではもう少し信用してくれたっていいのに。私はまだ未熟なんだろうか。

『最近は嫌な事件が起きてる。先週は電車が壊されて、ついさっきは学校で爆発に火事だ。もしもカオリが巻き込まれたら、お父さんは生きていけない』

 ごめん。それはシンカーと私のせいだ。

「うん。……わかってる」

『あと何分で帰るんだ?』

「たまには自分で作ってよね。だから尻に敷かれたんだよ」

『うう……。まぁとにかく気を付けて、絶対に帰って来いよ』

「うん。お父さんもね」

 返事は待たず、切断。

 父は甲斐性がないのではない。ただ私の料理が好きというだけなのだ。

 でもこれから作ってあげられるか怪しくなってきている。どうしたらいいものか。

「着きましたよ」

「えっ」

 窓の外に見慣れたマンションが見えた。

 確かに自宅なんだけど、どこからこの住所を割り出してるんだろう。ドライバーの認証だけで、そこまで知る事ができてしまうのか。

 今は何も訊かず素直に降りて、無事である事を教えてあげなきゃいけない。

 目立つと都合が悪いのはわかっているようで、再びアクセルをかけて駐車場へと移動すると、隅っこのそれも壁際に寄せてくれた。端も端で夜間も助けてか通路や部屋から見えにくい。

「……。どうも」

 長居は無用だ。住所の割り出し方は月野さんから聞けばいいし。

 外から運転席をちらりと見た。

 視線に気付いて、窓が開いた。

「博士に伝言ですか?」

「そうじゃなくて」

 人間相手じゃないから表情が読みにくいな。

「名前。あるの?」

 話しかけたいと思う時に不便だった。さっきから君とかお前とか呼びたくて仕方なかったし、他に誰かがいたらアイツとかコイツとか、ぶっきらぼうになってしまいそうだ。

「名前ですね」

 間を置いて考える素振りも見せなかった。


「ハルといいます。博士に貰った最初の宝物です」

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