第2話①「月に吠える 前」
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「ここまでの記録」
「スカイツリーとその一帯を破壊した隕石。そこから生まれた生命体シンカー。奴らは壁の中で生きるだけだったが、ついには外に出て生き物さえも血肉に返る事を覚えた……。それは侵略の始まりなのだった」
「……」
「しかし、それを許さない勢力があった。侵略者を討つ、科学者・月野鷲と、福井リュウ」
「そして、手嶌カオリ。彼女は新たなデバイス『ムーンドライバー』で変身し、ついに初めてシンカーを打ち倒すのだった」
「だがこれも序章に過ぎない。新たな敵はすぐに現れるだろう。侵略者撲滅はまだ先の長い道のりだ……」
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カードの束を手渡さ……れなかった。
月野さんが指を指せばそれが光るだけで、プレゼントする気は微塵もないらしい。まぁでも望めばこの手に来てくれるなら、貰っておく必要はない。
ドライバーも含めて新型は未完成らしく、カードも種類は少ないと言われた。武器召喚、戦域離脱、ワイヤー射出、透明化、ナックルユニット、必殺技発動が精一杯との事だった。
「でも私は気に入りましたよ、ナックル」
「そう言ってもらえると開発者冥利に尽きる」
実に嬉しそうだ。
両手を広げて見えない空を仰いでる。今は立っているから脚や手の長さが目立つ。
「今回の敵は……蜘蛛型なので、とりあえずは『スパイダー』と呼ぶとしよう。安直でも名前がないよりは扱いやすい。奴を倒せば何かしらのデータが手に入る予定だったのだが……」
「すいません……」
「いや、いい。無から生み出すのも私の生き甲斐だからね」
十個以上のディスプレイを鋭い目で追いながら、人とも話せるのだから、その執念はお世辞抜きに見習いたい。
「ひとまず武装解除したまえ」
「あっはい」
どうやって、と教えを乞いたいところだったけど、もうなんとなくで理解できる段階に入っていた。
こういうのは手順を遡ればいい。ケーブルを力任せに引っこ抜いたら、四肢の重みが抜けた。ちゃんと素肌に戻っている。
「改めて説明しておこう」
月野さんが宙にディスプレイを一枚浮かばせる。手を開き円を描くと、
中央の半月状の部分が光った。確かそこはセントラル・M・エンジンだっけか。
「各部位は戦闘中に触れた通りなので省くが、ここには膨大な量のムーゾンを圧縮し内蔵している。手に収まる程度の大きさでも、一カ月近くは尽きる事はないだろう」
次に左側の
「カードをセットするとスロットがその情報を解析し、中央コアが情報を実体化させる。能力ならば発動だ。アトマイザーなら即時だが、ドライバーでは一応の安全性を考慮して、スイッチを稼働させる必要がある」
反対側のユニットと、隣の歪な部分が拡大される。
「アクティベーションスイッチの稼働に必要な衝撃はどれだけ小さくてもいい。ただし使用者のものしか受け付けない。この怪物じみた箇所はエングレーブドアーマーというのだが、役割としてはコマレールとさほど変わりない。さてここで質問は?」
正直ないんだよな。使用に関しては感覚で掴めるし。
気になる事があるといえばある。聞いてくれっていうかんじの顔をしてるし。
「本当にちょっとやそっとじゃ死なないんですか」
「うむ。わたしが
聞き捨てならないな。
「その言い方には語弊があってね。正しくは『ドライバーは壊れない』という意味なのだが……そもそもこれで戦う者はあっさり死なないという意味も込めた」
「何故なら生身で敵に立ち向かおうとしたから……ですか」
「その通りだ」
少しは戦えるようになったと思う。さっきも殴る時だって一秒たりとも躊躇しなくて済んだ。第三者が危険に晒されてるとわかったら別だけど。
でも本当に新田さんが無事で良かった。
「だが敵を倒すには新たな機能が必要だ。そこで」
また指パッチン。
三枚のカードがお試し展示のスマホみたいに現れた。
青が二枚と、緑が一枚。色味は他のカードと微妙に違うようだ。
試しに手に取った右端のカードには『SHIELD』と書かれている。
「それは読んで字の如くだな。武器と同じで防御用のユニットを腕に装着する」
じゃあ真ん中の『BARRIER』は別物なのか。
「シールドと違い、バリアは独立した半透明の防御壁だ。メリットは非装着型である事と、一般人にも扱える事だ。デメリットはその逆だな。自由に動かせない」
最後の一枚は『RECOVERY』だから、これも文字通りなんだろう。
「それは回復に使える。リカバリとはあるが、無機物の損傷だけでなく、動物の傷も軽ければ一瞬で完治する」
「じゃあ……」
「ああ。考えたくはないが、例えば君の友達が怪我をしても、治せる程度であれば治せる。骨折までいくとさすがに不可能……かはわからんが」
それは、良かった。
カードを全部元に戻すと、スゥーと床に引っ込んだ。どれだけ凝視しても、やはりどこも開きそうな構造には見えない。
「そういえば、ムーゾンって何なんですか?」
私達の環境といえば言い過ぎだけど、ドライバーとかには必ず使われている。こんな物をどうやって確保しているのか。
「先日さらっと説明したな。ムーゾンはシンカー達の体内を循環している。と言っても体液とはまた違うか……。有り体に言えば化学物質だ。採取だけなら壁の周辺でも行える。奴らを地球外からの侵略者とするなら、ムーゾンも地球外からの未知なる新たな物質という事になる。形も定まっていないので、
そんな危険物を科学技術に応用してしまうのだから、月野さんはすごい。世界の平和とかに貢献するんじゃなくて、シンカーを倒すためにしか利用する気しかなさそうだ。
もし私でも回収できるなら協力はしておきたい。ご機嫌取りではないけど、人員が増えたのならできる事はしておく方がいい。
「ムーゾンの回収ってどうやるんですか?」
「それに関しては現地で教えた方がいい。だがまだ任せたくはない」
「どうして……」
「その仕事は主に私が受け持つからだ。リュウ君でも怪我を負う事がある。ならば尚更だ。理解したかね?」
「あ、はい……」
子供を叱りつけるような顔と声だった。そんな表情を見たのは久しぶりな気がする。
そこまで言うのなら、今は戦う事に専念しよう。
「ともかく、奴らの活動が活発化する前にドライバーを完成形にしたい。まだ完璧ではないからな。君には戦いに集中してもらいたい。異論はないね?」
「ありません」
おそらくこれまでの戦いの比にならないほど危険なんだろう。まだ二回しか戦ってないけど、あの場所はスカイツリー隕石の現場なんだ。シンカー達の棲処と考えれば、まぁ納得のいく命令だ。
もう一度壁を見たい、なんて好奇心は置いておいた方がいいんだ。死んでしまったら、二度とどころか一度目のチャンスすら逃してしまうのだから。
「……夜も更ける。そろそろ君の親御さん達も心配するだろう」
スマホの時計も七時を指している。
電話の着信履歴はないけど、いつもならもう帰ってる時間だ。
「じゃあ、新田さんは連れて帰りますね」
「ああ」
一部だけ黒い壁があるから、ここがこの部屋の出入口だと思う。
前に立つと開いたので、予想は合っていた。
「ところで月野さん」
「『さん』はいらないよ」
私が何故『さん』を付けて呼んでいるのか理解しているのだろうか。
「上下関係や性別に縛られたくない。ミスでもミセスでも……」
「それはどうして?」
「わたしはわたしだからだ」
ドアが閉まった。閉めたのではなく、閉められたような気がした。
月野さんとしては話はここで終わりのつもりなんだろう。これ以上話を聞けそうではなかったし、当然といえば当然の流れだ。
「すぐここなんだな」
さっきの部屋とメインフロアは直結のようで、最初に会った月野さんのいた場所が目についた。
歩くだけで足音が部屋に響き渡った。
一面艶のある大理石の床。
本物ではないだろうけど、夜空を映す天井。
真ん中のデスクはプラネタリウムの特等席だ。ここからぐるっと見回したら、自分がどこにいるのかわからなくりそう。
「わー、すっごい」
「あ……」
新田さんだ。福井もいる。
二人が出てきたらしいドアが閉じると、この空間が一気に賑やかになった。
「博士の趣味でな、この時間になるといつもこうやって夜空を眺められる。密閉されてて窓もないから、リフレッシュには丁度いい」
声がよく通る。ボソボソ喋っても聞こえそうだ。
福井は語りながら、デスクを通り過ぎて壁に手を着いた。あの薄暗い通路が見えたので、あの辺りで拠点を出入りすればいいようだ。
「今日は帰った方がいい」
「そうする。どうする?」
新田さんも帰りたいだろう。
「名残惜しいですが……」
あの部屋はよっぽど快適なのか。でもまぁここよりは生活感があるんだろうな。
ドアを開けさせたままは悪いから彼女の手を引いて潜ると、特に声をかけられる事もなく、すぐに閉められた。ガラスに遮られてるので誰も見えない。
「素っ気ないな……」
でも愛想を良くする義理もないか。
「帰ろ」
とにかくさっさと帰らないと心配される。
奥のスペースに用意された車に二人で乗り込むと、人感センサーの音と共にライトが点灯した。
『どこで止めますか』
「あっ……」
運転手ロボに訊かれて気付いたけど、友達の家の住所は全く知らない。
どうしよう、新田さん。
「家の近くで!」
「ざっくりしてるなあ」
「かしこまりました」
この車も運転手もハイテクが過ぎる。返事一つで目的地に着けるのは感心するけども。どうなんだろう、どこに行くべきかわかっているのだろうか。
待て、まだ出発されては困る。
「ちょっと待って」
機械の首だけがこっちに向いた。
「この車って透明化はできない?」
その質問に即答はしてもらえなかった。
ただカシャカシャと音がするので、こちらの意図を汲もうと思考回路を働かせてるのはわかる。
「はい、可能でございます。博士のカードと一緒に、この車にも同様の機能が搭載されましたので」
あの人、融通も利いている。
「! じゃあそれでお願い」
「かしこまりました。ただし隠密性が優先されるので、先日のように到着には時間がかかります。よろしいですね」
こくり。
アクセルが踏まれ、車は先の見えない闇へと前進した。
かと思うと一気に視界が開けて。
私達は東京の上空を飛んでいた。
「な、何これっ!」
「すっごーい!」
二人して思わず窓に貼り付いてしまった。
窓の外から、煌々とした町が見渡せる。
地上の星空だ。
この車がどんな原理で飛んでいるのかはさておき、光り輝く海を一望できるだけでも感動だ。こんな光景を目にできるの機会は滅多にない。
「驚いておられますが、それほどまでに素晴らしい光景なのですか」
カシャリと運転手は無機質な関心を示していた。
「見慣れた光景でも、角度が変わるだけですごいもんだよ」
「そうなんですね」
答えてはみたけど、共感してるフウではないらしい。
「あんたは綺麗とか思わないの?」
「運転中ですから」
「そうじゃなくてさぁ」
こういう所で真面目なのはある意味でロボットらしいとは思う。やはりと言うべきではないんだけど。
「……。博士はワタシに必要な物は何でもくれました。体も、仕事も生き甲斐です」
「あはぁ」
急に何だろう。
「『心』も貰いました。景色を見て綺麗と思う事もできます。喜怒哀楽も解析できます。ただ」
「ただ?」
「毎日同じ景色を見て、同じ感想を抱くばかりでした。博士の仕事を見て、生活の補助をして、あの部屋であの夜空を一緒に見上げるんです。不満はありませんでした。
そうなんだろうな。
私もそうしてしまうかもしれない。
「心は進化します。たった今あなた方の心を知れたなら、ワタシも同じようにこの景色を綺麗と思えます」
「それは良かった」
時代の最先端を行くロボットらしく、コミュニケーションに関する機能もそなえているので、快適性において文句の付け所がない。
「ところで、博士は楽しそうに見えますか?」
「……………………? あ、どうだろう」
何だろう、どうしたんだろう。
感情を込めた声ではないけど、裏に意図が隠されてるように聞こえた。
「あの人ね……」
実際の所、充実した人生を送れていると思う。好きな事を研究して好きな物を作って、それを打倒シンカーに使えるのだから。
身の回りもハイテクな機械で固めて、ゲームに興じるための部屋まであるのだから退屈はしないと思う。
でもエントランスのあの空気は寂しかった。
「リュウさんは貴方に申し訳ないと思っています。戦ってほしいし、一方の戦いたくない気持ちも察していました。でもあまり言葉にはしません」
「うん……」
「博士も心で思ってる事は言葉にしないかもしれません。リュウさんよりも喋らないでしょう。だから何かあっても、せめて、博士の事は最後まで信じてあげてください」
「…………」
「着きました」
返事は待たないと言わんばかりに停車した。いつの間にか地上に降りていて、見知らぬ一軒家の前だった。
「ここで間違いないでしょうか」
「はい、合ってます!」
どうやら新田さんの家のようだ。
灯りは点いてないっぽいけど、両親が不在ならまだ帰らなくてもいいのでは。
と思うけどそうはいかないみたいで、ささっと降りて急ぐように正面玄関まで駆け上がっていった。声はドアに阻まれるので聞こえないけど、そこから「じゃあね」と手を振っている。
「あれは?」
「あれは……」
そういったやりとりも今までしてこなかったんだな。
開発者とその子供と思うとそれらしい関係性ではある。
「あれは『また明日ね。また会おうね』のサイン。私達は明日もお喋りするから」
「そうなんですね」
それだけで、車のエンジンが再度かけられる。
前進。高度が上がるにつれて、その顔はどんどんと小さくなっていった。
そして星空の上に二人きりだった。
「先程のサインなのですが」
線路の上を超えたあたりで続きが始まった。
「お二人は仲が良いと見受けられます。そのような間柄で交わすものですか」
「ん。どうだろう……」
別に仲が特別に良いという訳じゃないしな。一緒にいる時間が長いというのは正しいけど。
「仲が良くても、そうじゃなくても、やると思うよ」
「そうなんですね」
「だと思う。もし良くなくても、また明日って言って、会ってお喋りをするでしょ。そしたら昨日よりは仲良くなれるかもしれないじゃん」
「……言った事がありませんでした」
「だろうね」
科学者とその従者――しかも人間ではない――だとそんな関係でしかなさそうだ。
福井もこの人も利害が一致してるだけで、単なる協力者から先へは進みそうにない。きっと私もそうなる。
それでいいなら、どうして月野さんはこの人に心を与えたんだろう。目的を達成する為だけなら、仕事には不要なものだ。
「あ、電話……」
スマホでお父さんが呼び出している。
とっくにゴールデンタイムだ。こんな時間にもなっても娘が帰宅してない事と、あの騒ぎを聞き付けての安否確認を兼ねてるに違いない。
「……もしも」
『お前今どこにいるんだ??!!!!』
「うっ」
片方の耳がキンとした。
「今帰ってるとこ」
『! 怪我はしてないか!?』
予想通り気にしてたんだな。そこが父の良い所なんだけど。
「大丈夫。自撮りでも送ってあげようか?」
「そこまではしなくていい。無事ならいいんだ」
男手一つだから心配性になるのもわかる。
危ない事に顔と足を突っ込んではいるけど、日常的な面ではもう少し信用してくれたっていいのに。私はまだ未熟なんだろうか。
『最近は嫌な事件が起きてる。先週は電車が壊されて、ついさっきは学校で爆発に火事だ。もしもカオリが巻き込まれたら、お父さんは生きていけない』
ごめん。それはシンカーと私のせいだ。
「うん。……わかってる」
『あと何分で帰るんだ?』
「たまには自分で作ってよね。だから尻に敷かれたんだよ」
『うう……。まぁとにかく気を付けて、絶対に帰って来いよ』
「うん。お父さんもね」
返事は待たず、切断。
父は甲斐性がないのではない。ただ私の料理が好きというだけなのだ。
でもこれから作ってあげられるか怪しくなってきている。どうしたらいいものか。
「着きましたよ」
「えっ」
窓の外に見慣れたマンションが見えた。
確かに自宅なんだけど、どこからこの住所を割り出してるんだろう。ドライバーの認証だけで、そこまで知る事ができてしまうのか。
今は何も訊かず素直に降りて、無事である事を教えてあげなきゃいけない。
目立つと都合が悪いのはわかっているようで、再びアクセルをかけて駐車場へと移動すると、隅っこのそれも壁際に寄せてくれた。端も端で夜間も助けてか通路や部屋から見えにくい。
「……。どうも」
長居は無用だ。住所の割り出し方は月野さんから聞けばいいし。
外から運転席をちらりと見た。
視線に気付いて、窓が開いた。
「博士に伝言ですか?」
「そうじゃなくて」
人間相手じゃないから表情が読みにくいな。
「名前。あるの?」
話しかけたいと思う時に不便だった。さっきから君とかお前とか呼びたくて仕方なかったし、他に誰かがいたらアイツとかコイツとか、ぶっきらぼうになってしまいそうだ。
「名前ですね」
間を置いて考える素振りも見せなかった。
「ハルといいます。博士に貰った最初の宝物です」
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