第1話②「月からの侵略者X 中」
光に包まれてる間は目を閉じてて、開けるとそこは駅の外だった。
外といってもあの地下鉄のすぐ上じゃなくて、その一つ先で、つまり私の家に一番近い場所だ。
そこにいるのは私と、あの化物と戦っていた福井という男で。
「隣の駅で電車がぶっ壊れてたってよ!」
「マジかよ! ウチの町やべぇな!」
周りの人達はスマホを片手に、もうこの事件で騒いでいる。
もう話題になるほどなのか……とツミッターで『電車 破壊』とか入れて検索すると、ボロボロ引っかかった。情報社会恐るべし。
「あのさ……」
この男は悠然と問題なさそうに振る舞っているけど、本当に大丈夫なのだろうか。
無表情で見下ろしてくるし意図が全く読めない。陽が落ちてるから顔も暗くて余計にわからない。
「あれは何だったの?」
「その質問は許可できない。連中がこぞって話題にしている中で話すのは、こちらにとっても都合が悪い」
「それは……」
そうだけど。
あんたの言う通り化物の事も戦った事も、誰かに聞かれたら平穏が脅かされてしまう。それに同じ学校の人間ならそれはお互いに避けたいはずだ。
煮え切らないけど今は聞いてる場合じゃない。
「じゃあ一つ約束をして」
「何をだ」
「明日! 学校で! 同じとこ通ってるんだから……」
「そこで話せばいいんだな」
話が早い。
「だがそこも無理だ。誰かが聞き耳を立てる可能性もある」
「じゃあどうするって?」
同じ学校の学生とはいえ、ほぼ見ず知らずの男に連絡先を教えたくはない。
そういう意図を込めて訊いたら、福井は顎に手を当てて線路の続く先を見た。
「いい店を知っている。そこには店員さえも介入を控えるVIPルームが用意されているはずだ。そこで俺達の事も話そう。ここから各駅で三つ目の駅を南口から出て」
「あそう……わかった」
言葉通りならこんな普通の町にそんな空間があるとは思えないけど。
でもこの男の事だからあると言うんだ、信じられるかもしれない。
私達の町で何が起きようとしているのか、何が起きているのか。
生きる為にはまずは知らなければいけないと思った。
これからどうなるかも知らずに。
私を呼び止めたのはあの男ではなくクラスメートの女子だった。
あまり話した事がないので名前は憶えていない。でもあっちは憶えているらしい。
「どうかしたの?」
「いや……」
よくわからないけどギターが弾けるらしい。今も真っ黒なケースを背負っていて、これから部活に向かうとか前にも聞いた。
「あそこを見てよ」
「うわっ」
その指が指す教室の入り口に、見覚えのある男が体半分を覗かせていた。
あれでは傍から見たらただの不審者だ。
「あれずっと見てるよ。アタシではなく」
「それは気持ち悪いな……」
長身っていうほどじゃないから物理的な威圧感はないけど、クラス中の視線が集まってしまっている。
何あれ。
ウチにはいないよね。
アイツどこのクラスの人間だよ。
そんな声が聞こえてきて、さすがに気の毒だ。
「あの人が、何、私をずっと見てるって……?」
「そうなんだよね。五分くらい」
声をかければいいのに。
仕方がないから私が行くしかない。
尚も続く好奇の声をかき分けながらソイツの――福井の前まで行って、振り返った。
「ごめんなさい。知り合い」
「……」
「呼ばれてるのを忘れてたんだ。みんな気にしなくていいから」
とりあえずこの人は人目の少ない場所に連れて行かないといけない。
おちおち話ができないのではどうしようもない。
でも、どこを掴めばいいんだ。
振り向いたらついて来てくれてるし手を引く必要はないんだろうけど。
「さっきのは何のつもり?」
「悪気はなかった。名前も知らないから呼びづらかったんだ」
「それなら中に入ればよかったのに」
「考えた事もなかった」
「……」
バッグも何も持ってない完全な手ぶらなあたりは感心する。他に用事がないのかは知らないけど、責任を果たす事はできるらしい。
学校の外に出てからとりあえず近くの公園で止まって、彼の左腕を手の甲で叩いた。
「……」
あれは付けて来ているようだ。でもそれ以外は普通の腕だ。
「何か気になる事があったか? ここは人気のある場所だと思うが」
「別に。さっさと昨日言ったお店に案内してよ」
「今日は定休日だ。そこの店員二人にさっき聞いた」
「おい」
そんな事も忘れて言うのはどうなんだよ。
「仕方がない。アイツに車で来てもらえば、無関係の人間に盗み聞きされる心配はないだろう」
「最初からそうすればいいじゃん……」
スマホでアイツとやらに電話をかける福井は焦ったフウではなくて、クールな男だと思っていたけど天然なのかもしれない。
「五分で着くらしい」
「はやっ……いやめっちゃ近くない?」
呼び出してからそんな短時間で来られるような場所って秘匿性に欠けないか。
「ところで一ついいか」
私から質問するつもりなのに、逆にされるのか。
神妙な表情だしよほど大切な話なのだろうか?
「何」
「あの夜、足元に手すりが落ちていたのを憶えているか?」
「手すり……。電車でしょ。確かにそうだけどそれがとどうかした?」
「あれで一度戦おうとしなかったか?」
「……してない。勝てる訳ないじゃん」
戦おうとなんてしてない。それはあんたの戦いを見て改めて実感できた事だ。
鉄パイプとか木の枝とか、そんな物で殴ってダメージを負わせられるのは人間くらいだ。事実私は振りかぶるどころか握る事すらできなかったのだから。
力のない人間は肝心な時には何もできない。
振り回せても空振りするに違いなかった。
「………まさかでしょ」
「それも……そうか」
ポケットに手を突っ込んで私から目も体も逸らした。
「だが普通の人間にはできない選択を、お前は既にしている。普通なら逃げ惑う。泣き叫んでドアでも窓でも叩き割ろうとする」
そうだ。
「…………しかしだ。一度でも武器を手に取り、一瞬でも戦う意思を見せたのなら、その勇気は偽物ではない」
その声は優しかった。
「だからお前とここでこうしている」
「何それ……」
「スカウトだ」
淡々とした台詞を、白銀の車が猛スピードで掻き消した。
公園の入り口脇に急停車したが、ゴムを焼き切るようなブレーキ音はしなかった。
「あれ中の人は大丈夫なの?」
運転席にエアバッグが広がっているし、運転手らしき人はハンドルを握ったままそこに身体を埋めている。
「心配ない。停車する度に作動するし、でないと身体も持たない」
「大丈夫じゃないじゃん」
「まぁ乗れ」
福井が車を顎で指すと、そのドアがタクシーみたいに自動で開いた。
しかも上方向に翼を広げる鳥みたいに。すごいぞそんなの、庶民も庶民だとお目にかかれない。
「……」しかし。
乗らなきゃいけないのか。
いや乗るけども、さっきスカウトだって言ってたし、もしかしたらそういう流れもあるかもしれない。
戦えるのか、私に?
「どうした? 乗車しないのか?」
「いや……うん……」
乗るんだけどさ。
車内は狭いけど
福井は助手席に座ったけど、運転手は誰なんだろう。
「隣のこいつが誰だか気になるか?」
「!」
座ったままで、察しのいい人だ。
「いや……」
「こいつはな」
いや気にならないって言ったじゃん。
「人間じゃない。AI搭載のロボットだ。免許を持つ余裕のない俺の代わりには便利だし、出不精の博士のパシリとしても有能だ」
「ドウモ、お世話になります」
ど、どうも。
あの蜘蛛といいノイズが乗ったみたいなくぐもった声だ。
右手はハンドルを握って、左手は真ん中の機械を操作している。
音楽でも流してくれるなら気の利いたロボだ。
「ワープ先を拠点に設定。十秒後、移動体勢へと移行します」
「ベルトは締めたか?」
「あ、まだです。え? ていうか、何、ワープって」
急いでシートベルトをカチッと填めたけど、気になってしまう。
昨日みたいにどこかに瞬間移動するのか。どうなるんだ。
いやもしかして、さっきの急ブレーキって……。
「では」
アクセルが踏まれる。
タイヤが高速で道路を温めた。
「行きます!」
一瞬だけ体が後ろに引っ張られ、頭がガクンと倒れた。
あ、柔らかい。
と感じた次にはまた眩しくなって、今度は腹にシートベルトが食い込んだ。
「うっ」
「着いたぞ。生きてるか」
「安全面に問題があると思う……」
少し痛いけど。
それよりも、到着が早い。
ただ着いたと言われてもここがどこかはわからない。場所がという意味でもあるが、それ以上に周囲が夜中よりも暗くて、広いのか狭いのかもわからない。
あ、ドアが開いた。という事は人が乗り降りできるだけのスペースはあるか。
暗闇の中に足先だけを浸けてみると、カツンとエスカレーターに乗った時に近い音がした。
「立てるな……」
ひとまず安心して、両足で体重を乗せても大丈夫なようだ。
ここから先は道になっているようで、隅っこが映画館の階段みたいに光っている。
その光は途中で途切れていた。
「見えるのか?」
「薄っすらとね……。あれって入口でしょ」
「話が早いな。行こう」
後ろでドアの閉まる音がして、車は遠くに去り、福井は早歩きで奥へと進んでいく。
そしてもう一つのドア……があるはずだけど、冷たいだけで取ってがない。
『リュウ君。その隣にいる女の子はなんだ』
ドアが喋った。
「昨晩話しただろ」
『ああ……』
ドアが開いた。
拍子抜けだ。てっきり指紋認証とか網膜認証とかあるのかと思った。
しかし車といい、このドアもプシュと言いながら開くのだから、ここだけ時代から切り離された近未来の世界みたいだ。
「あのドアもだが、この施設一帯は博士の監視下にあると言ってもいい。破壊行動にでも出ようものなら、最悪の事態も考えてもいいだろう」
「トイレは?」
「そこはさすがに。あと正確にはモニタリングしているのは出入口、この廊下、博士個人の研究室。あとはあまり目は行き届いてない」
「博士がいない場合は?」
「携帯端末があればどこからでも」
当然か。
しばらく歩くとまたドアだった。
けど今度は透明で、撫でるとつるりと滑る。ここだけごく普通のガラスだ。
その向こうに、機械に囲まれた人の姿が見えた。
「あれが博士?」
「ああ。……入るぞ」
福井がドアに手を当てるとそこが赤く光って、更にそこからガラス全体に光が回路のように広がった。
そしてドアがフッとフェードアウトした。
本当にどこにもなくなっている。上下に格納されたりしていない。
なのに振り向くと元通りになっていた。何もかもが理解に及ばない。
「……ちょっと待っててくれ」
博士と呼ばれる人は、宙に浮かぶ
背凭れを限界まで倒しながらの作業なので、プラネタリウムでも観ているようだ。
「形だけは概ね完成だ。先日のデータがあれば完璧だったが……あとは中身だな」
「もしかして新型ですか」
もしかしなくてもこれは私の介入する余地はないな。
「ああ。次の実戦に早速投入したい。……それよりもだ!」
うわ顔だけがこっちに向いた。
「君だね。シンカーに生身で挑もうとした勇気ある者というのは」
「え」
もうそんなフウに話を広めたのかこの男。こら目を合わせろ。
「……。…………そうらしい、ですけど」
「やはりか! となれば次のシンカー撃破に出向かせる価値はあるな」
ちょっと待って。
「そのシンカーっていうのは……」
あの蜘蛛野郎の事なんだろうか。
「察しの通り奴らの事だ。思考する生物、だからシンカーだね」
「はぁ……」
「いつどこで生まれたのかは定かではない。だが一つ断言できるのは、この地球に降り立ったのはあの日以降……」
「『スカイツリー隕石』……ですか」
「ご名答!」
キーボードを打つスピードが加速している。
そこだけ切り取ったみたいに時代が遅れてるのは趣味なのだろうか。環境だけはハイテクなのに。
「そして最新のデータではこうだ」
椅子を回転すると同時に、左手でモニターを一つこちらにスライドさせた。
「実はシンカーの壁の外での活動は以前から観測されていてね。それまではわたし一人だったが、それ以降はリュウ君の手を借りている。頻度は一週間に一回と多くはないが。……だが人を襲ったのは今回が初めてのケースだ」
「!」
台詞から察するなら、シンカーは普段無機物か人間以外の何かを食べている。
けど今は雑食になっているんだ。どこかの動物と一緒で、一度血の味を憶えたらまた人を襲うに違いない。
「奴らは学習する。もし人の情報が仲間にも伝わっていたら、次も人間が犠牲になると断言できる」
「……」
「……そこでだ。いや、申し遅れた。まずは自己紹介だな」
彼なのか彼女なのかわからない顔のこの人は、背凭れだけを起こして私と目を合わせた。
うーん、声も中性的だけど……。
「わたしは
「アトマイザー? Aカード?」
何だろうそれ。腕輪とカードの事か。
「奴らと……シンカーと戦う為にわたしが作った。二つともその目で見たかな?」
「ええ、はい」
「性能はどうだったかな。一般人の目に触れる事はないと思っていたが、見られてしまっては仕方がない。君のような人の感想を聞きたい」
「感想ですか……」
新しく買ったアクセサリとかじゃないんだからさ。
「その前に一ついいですか」
「何だね!」
「一般人の目に触れない……とかもそうなんですけど、この、福井さんは『どこにもいない事になる』とか言ってました。それっ」
「いい質問だね!」
食い気味だ。声も大きくで淀みがない。
「奴らと遭遇した君は一つ違和感を感じなかったかい。気配が少しもしなかったのに突然現れたとか」
「そうですね。すごい不気味でした」
「我々の技術の
。それの性質の一つ、それが透明化、もしくは気配の消失と考えている。音も臭いも常人では知覚できなくなるという訳だ」
だから、見えなかったのだろうか。
「本来ならリュウ君の姿を君は捉えられない。たとえ触れてもぶつかっただけで、そこには誰もいない。では何故見えたのか? それはシンカーに君が狙われたからだ」
「というと?」
「奴らは自身と獲物だけをこの世から消せる。そのテリトリーに引き摺り込まれた者だけが、同じ世界の住人を視認できる……という訳だ」
「つまりあの日の出来事は……突然電車が破壊された不可解な事件として処理される……。恐ろしい……」
「その通りだ。理解が早くて助かる。あとその『恐ろしい』は感想と受け取っておこう」
そういう訳か。なら奴らが今まで通りゴミでも食べたら、物が忽然と姿を消した事になるんだ。現代の神隠しを垣間見た気分だ。
というかそれ感想でいいのか。
「さて本題に入ろう」
月野さんはタイピング音を鳴り止ませた。
「君に戦ってほしい」
「……」
それは、私にも戦えと、命を左右する重大な選択を迫っている。
正直、怖い。
福井のように戦えるか不安なんじゃない。戦って自分が死んだらと思うと鳥肌が立つし、もしかしたらあのサラリーマンのように食われてしまうかもしれない。
もし私が一歩でも間違えば、人が死ぬ。
「君には新型のデバイスを使ってもらいたい」
一枚のディスプレイが私の前まで回ってきたかと思うと、物体に変形して私の手の上に落下した。
何やら月の形をしたブローチみたいな物だけど、裏面にピンは付いていない。
「月野ドライバー……いや、月のドライバー。そうだな、確か……………………ムーンドライバーと名付けられている。アトマイザーと違い持ち運ぶ必要はないし、性能も段違い。おまけに
「これは何ですか」
「ああ、ドライバー本体ではない。まずは認証と使用者の登録が必要だからな。まずは腰に当ててみてくれ」
「……」
腰に。
そしたら私も戦う。大丈夫なのか?
「どうかしたかい」
「あの。大丈夫なんでしょうか」
「何がだい?」
「私に…………戦えるでしょうか」
やっぱり、止めた方がいいんじゃ。
でも福井一人で戦い続けたらそのうちガタがくる。私も戦えばきっと楽になるはず。
でも大丈夫なのか。いいのかそれで。
矛盾だ。
「駄目……何がしたいのか、何が言いたいのかわからない……」
「なるほど、君も人間だ。よくある悩みだね」
「博士。スカウトしたのは俺だ」
「そうだったね」
月野さんは微笑んで背を向けた。
「すまなかった」
「いや……知りたいって言ったのはこっちだから……」
あっちへ行ったりどっかへ行ったり、優柔不断な私が良くない。
自分の気持ちに正直になれたなら迷わずこれを使えるはずなんだ。
頬を叩いて、一度深呼吸。大丈夫だたぶん。
「どうした」
「やる。戦う。知りたい事が山ほどあるから、これは受け取っておく。……いやもう貰っちゃってるけど、そうじゃなくて! 蜘蛛の化物からまた逃げたくないから……」
「そうか」
それを腰に当てると、光った。
部屋全体を真っ白に染め上げていかんとばかりに、光は強さを増していく。
光でホワイトアウトしたかと思うと、腰回りに何かが見えた。
「あれ?」
何もない。腰に機械らしき物体が巻かれた気がするけど。
「そんなに触っても何もないぞ」
「月野さん」
「わたしの事は月野博士と呼びたまえ。……さて」
月野さんがモニターを一枚、私の顔の横へとフリックで飛ばしてきた。最新の科学技術ではそんな事までできるんだなあ。
うわ、私の名前が書かれてる。
「いや、これおかしくないですか?」
「名前は手嶌カオリ。職業、学生。高校二年生
。身長はひゃくろくじゅ……」
「いやおかしいでしょ!!」
何やったかわからないけど、ほんの少しの動作でそこまで割れるって何だよ!
しかも他にも人がいる状況で何やらかそうとしてんだ。
「まぁ待ちたまえ」
「読み上げていい内容ではないですよね」
「……。至極真っ当な意見だ」
「俺は気にしないぞ」
フォローになってないからね。
「この情報はわたしが厳重に管理すると約束しよう」
お願いしますよ。幸い顔は笑ってないから、真面目にやってるのは伝わったから。
「それでは手嶌君。今後はよろしく頼むよ」
これからは私もシンカーと戦う。一人じゃなく、二人で。
自分で決めた事だけど、怖くもあるからやっぱり不安だ。
私生活に悪い影響が出ないといいんだけど。
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