第8章 11 聖女ソフィーの救出

 私はゆっくりと偽ソフィーが眠っているベッドへと近づき・・横たわっている彼女を見て息を飲んだ。

な・・・なんて事なの・・・!


偽ソフィーの顔には恐ろしい黒く細長い模様が幾筋にもわたり、浮かび上がっている。いや、それは顔だけに留まらなかった。

袖の下から見える手にも黒い模様が浮かび上がり・・・胸元や首筋にも浮かび上がっている。

恐らく洋服の下も模様が浮き出て・・・全身に恐ろしい模様が刻まれているのかもしれない。しかも良く見ると、黒い模様はまるで意思をもってるかのように蠢き・・・その度に身体に黒い模様が刻み込まれてゆく。


「う・・・っ!」


余りの恐ろしい光景に私は口元を押さえた。

一体これは何なの・・・・?何がこの偽ソフィーの身に起こっているというの・・?

まるで恐ろしい呪いのようにも見えたその時・・・。


「うう・・・・。」


ソフィーがゆっくり目を開けたのである。そして私を見ると言った。


「ジェ・・・・ジェシカ・・・・。よ・・よくも・・こ、この私に・・・こんな真似を・・・!」


え・・?何を言ってるの・・・?まさか・・・私が貴女をこんな目に遭わせたのだと言いたいの?

その時、私はもう1つ別の声が偽ソフィーの中から聞こえてくる事に気が付いた。


<ジェシカ・・・お願い・・助けて・・・・・。>


この声は・・・間違いないっ!この声こそ・・・本物の・・ソフィーの声だっ!


「ソフィー・・・。貴女・・・そんな所にいたのね・・?道理で今迄分からなかったはず・・・!」

待っていて、今すぐ貴女を助けてあげる!私の両手が突如、強く輝き始める。

私は光り輝く自分の両腕を高く掲げると、ソフィーの両手を指を絡ませるように繋いだ。そして念じる。

ソフィー・・・・!出て来て・・・っ!

そしてグイッと腕を引っ張り上げると・・・そこからまるで身体が分離するかのように、もう一人のソフィーが現れたのである。

そのソフィーは瞳を閉じてまるで眠っているかのように見えた。

ああ・・・ついに・・・ついに・・本物のソフィーが現れた。やっと会えた—!

そのまま私は偽ソフィーの中から聖女ソフィーを抱きかかえるように引きずり出し、勢い余って彼女を抱きかかえたまま床の上に倒れてしまった。


「い・・いたたた・・・。」

思わず顔をしかめると、私に抱きかかえられたソフィーがゆっくりと目を開けた。

ソフィーの瞳は・・・深い海のような神秘的な色を湛え、その瞳には私の顔がはっきりと映し出されている。


「ソフィー・・・。」


私は彼女の名を呼んだ。

するとソフィーは目に涙を浮かべて私に言った。


「ジェシカ・・・。やっと・・・やっと貴女に会えた・・ね・・・?」


そう言って私を強く抱きしめ、泣きだした。私も彼女につられ・・・2人で抱き合いながら・・・少しの間、涙した—。


その後、私とソフィーはベッドの上にいるソフィーを見て、息を飲んだ。

そこに横たわっていたのは先ほどまでの姿とは全くの別人の女性が眠っていたのである。そして・・彼女の顔や体には・・黒い縄の様な醜い模様が浮かび上がっている。


「ア・・・アメリア・・?」

そう、その姿は・・・今まで何度も見かけたあの女性の姿だったのだ。

しかし、ソフィーは言った。


「うううん・・・。彼女は私の幼馴染のジャニス・オルソン・・・。私はずっと・・ジャニスに身体を奪われていたの・・・。」


「ソフィー。色々話したいことは沢山あるけれど、今、実は大変な事が起こっていて・・・。」


「うん、知ってるわ。だって・・・私ずっとジャニスに囚われていたけれども・・・全て見ていたから・・。ジャニスが私の身体を使って・・酷い事を沢山して来た事も・・・そ、それに・・・色々な男の人達とも・・・。」


そこまで言うと、ソフィーは泣き崩れてしまった。

私は彼女をしっかり抱きしめると言った。


「大丈夫、貴女の身体は汚れていない。汚れたのは・・・ジャニスの方よ。ジャニスは貴女の身体を乗っ取ったわけじゃ無く、貴女の身体を吸収して・・・自分の身体を貴女と同じように作り替えたのよ。そして、色々な蛮行を重ねてきて・・ついにそのツケが回ってしまったのよ。」


「ジェシカ・・・・。」


ソフィーは目に涙を貯めて私を見た。


「私はアカシックレコードを持ってるの。だから・・・何でも分かるんだから。・・ね?」


「うん・・・!有難う、ジェシカ・・・ッ!」



その後―

私は部屋の外で待たせていたエルヴィラとマシューを部屋の中へと招き入れた。

エルヴィラは一目ソフィーを見ると、やはり聖女に間違いないと、ソフィーと握手を交わし、マシューは初めて真の聖女であるソフィーと対面したのだが・・・不思議な事にそこにはもう聖女に恋する目をしてはいなかった。


ひょっとすると、私がずっとソフィーの身体を奪っていたジャニスから取り返した時に、ジャニスの呪縛と言う呪いも解けたのかもしれない。



「ソフィー。祭壇に立って・・・貴女が真の聖女だと皆の前で宣言して。そうすればきっと皆の気持ちが一致団結して、門が直るまでの間・・魔物達と立ち向かえる原動力になるはずだから・・・っ!皆の先頭に立って指揮をして・・・!」


私はソフィーの肩に手を置くと言った。


「・・・分かったわ。ジェシカ・・・。」



その後―。

ソフィーが神殿に立つと、不思議な事にそれまで分厚い雲に覆われた空が晴れ渡り・・・一筋の光がソフィーに向かって降りそそいだ。

学生達は何事かと駆けつけ・・そこに光に包まれたソフィーを見て、彼女こそ本物の聖女だと誰もが認めた。

駆けつけた学生達の中にはアラン王子、デヴィット、ノア先輩、ダニエル先輩も含まれていて・・・誰もが聖女ソフィーの姿に釘付けになっている姿を私は壇上の陰から見守っていた。


ソフィーは聖女らしく堂々と、門を修復するまでの間、力を合わせて魔物達と立ち向かおうと協力を呼びかけ・・・誰もがそれに賛同した。



 ソフィー・・・。もう・・・大丈夫だよね・・・?

私は皆の声援に応えるソフィーに心の中で呼びかけると、振り向いた。

そこには・・私に仕える偉大なる魔法使いエルヴィラがいる。


「・・・魔界へ・・・行くのですか?ハルカ様。」


そう、いつだって・・・エルヴィラは私と2人きりの時はハルカと呼んでくれた。

私の一番の理解者であり、仲間であり、一番の従者・・・。


「うん、行く。エルヴィラ・・・。私と一緒に魔界へ行ってくれる?」


「はい、ハルカ様。前回は・・・お1人で魔界へ行かせてしまいましたが・・・今回は別です。ハルカ様が向かう所はどんな場所でも御一緒致します。そして・・・必ずハルカ様の目的が達成出来るように・・・尽力を尽くします・・・。」


「ありがとう・・・エルヴィラ・・・。」


私はエルヴィラの手をしっかりと握り締めた—。




今、私とエルヴィラは『ワールズ・エンド』へ再びやって来ていた。

そして、そこには魔物を見張っているヴォルフの姿もある。


エルヴィラは私がヴォルフと話をしている姿を遠目から見守ってる。



「ジェシカ・・・魔界へ行くのか?」


ヴォルフが心配そうに私に尋ねる。


「うん、行って来る。ヴォルフ・・お願い。私が戻って来るまで・・・人間界にとどまって・・・ここを守ってくれる?」


「ああ。当たり前だ。お前の願いならどんな事だって聞いてやるぜ?」


ヴォルフはニヤリと笑った。


「有難う、ヴォルフ。それじゃ・・・行って来るね。」


するとヴォルフの腕が伸びてきて、次の瞬間私はヴォルフの腕の中にいた。


「ごめん・・ジェシカ。一緒に行けなくて・・・。」


ヴォルフは私を抱き締めながら言った。


「大丈夫・・・。私には心強い人が一緒について来てくれるから・・・・心配しないで。」


その時—。



「ジェシカ・・・。」


背後で私を呼ぶ声が聞こえた。


振り向くと、そこに立っていたのはマシューだった。



「マシュー・・・。」


私はヴォルフから離れると名前を呼んだ。するとヴォルフが言った。


「お前・・・完全に呪いが解けたみたいだな?仮面を被っていた男だろう?」


「え?ヴォルフ・・・知ってたの?」


「ああ。俺は魔族だ。同属の匂い位・・・嗅ぎ分けられるさ。最も半分は・・人間の様だけどな。」


「ああ・・・。俺は確かに半分・・・人間だよ。」


「マシュー。ひょっとして・・・ヴォルフと交代する為にここに来たの?」


「うん・・・。そうだよ。今までの俺は・・・聖剣士であるのに・・その役目を放棄してしまっていたからね。」


「そうかい、そう言う事なら遠慮なく変わって貰おうかな?俺も仮眠取りたてね。それじゃジェシカ・・・・。気をつけてな?」


「うん。今まで有難う、ヴォルフ。」


するとヴォルフはニヤリと笑みを浮かべると、転移魔法で一瞬で姿を消した。

ヴォルフが去った後、私はマシューを振り返ると言った。


「それじゃ、マシュー。魔物からしっかりこの世界を・・・守ってね。」


「あ、ああ・・・。分かったよ。」


そして背を向けて歩き出そうとした時・・・


「ジェシカッ!」


名前を呼ばれて振り向いた瞬間・・・マシューが私を抱きしめてきた。


「ジェシカ・・・。俺・・・さっきの男の言う通り・・・完全に呪いがとけたんだ・・。」


マシューは私の髪に顔を埋めながら囁くように語り掛けてきた。


「・・・。」

私は返事をしなかったが・・・そんな事は本物のソフィーを助け出したと時に分かっていた。


「ジェシカ・・・。君に酷い事をしてしまった事は・・・覚えているよ。・・本当にごめん。でも・・もしまだ許されるなら・・・。」


マシューの私を抱きしめる腕が強まって来る。彼の身体からは・・・かつて私が大好きだった匂いがする・・・。以前の私だったなら・・・喜んでマシューを受け入れていただろう。

だけど、もう・・・。


私は強くマシューの身体を押して、彼の腕から逃れた。


「ジェ・・・ジェシカ・・・?」


「確かに・・・かつての私は・・貴方の事を愛してた。魔界へ行って・・・必死の思いで帰って来たのも・・・ひょっとすると貴方が生きているかもしれないと思ったから・・。この世界に戻ってからも・・貴方の手掛かりをずっと探していて・・やっと会えた時には貴方は仮面を被せられ、何もかも失っていた事を知った時は・・・悲しくて・・泣いた事も沢山あったわ。」


マシューは黙って話を聞いている。


「仮面が外れるほんのわずかな時間・・貴方と初めて両思いになれて・・・私は本当に幸せだった。でも・・・もう・・・。」

私は俯くと言った。

「さよなら・・・、マシュー。私には貴方よりも大切な人が・・・出来たの。今度は彼を救わないと・・。エルヴィラッ!私を・・・魔界へ連れて行って!」


するとエルヴィラが一瞬で私の前に現れ・・・次の瞬間、私は見覚えのある場所に立っていた—。













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