※魔王への目覚め —ドミニク・テレステオ―(大人向け表現有り)
ジェシカの温もりの余韻を自分の身体に残しつつ・・・俺は神殿へと飛んだ。
本当はずっと彼女の側にいたかった。もっともっとお互いが離れられなくなるくらいに深く・・・愛を交わしたかった・・・。この手から・・彼女を離したくは無かった・・・。
でもそれは叶わない願い。
いくらジェシカが俺の側にいてくれても、彼女の周囲に近寄って来る男共を見れば、途端に俺の中に醜い嫉妬心が沸き上がり・・・監獄塔でのように・・まるで彼女を犯す様に無理やり身体を奪ってしまう。そんな自分が恐ろしかった。
愛しているのに・・・大切にしたいと思っているのに、俺の心と身体は、あやふやだ。このまま彼女の側にいれば、また嫉妬に駆られて今に取り返しのつかない事を彼女にしてしまうかもしれない。何より、ジェシカに・・恐れられることが一番怖かった・・・。
だから・・・俺はジェシカから離れなければいけない—。
そう思った途端、頬に涙が伝わって来る。
ああ・・・こんな風に彼女を想って涙する程に・・・俺はジェシカの事を愛してしまっていたのだ・・・・。
取りあえず、このままでは駄目だ。今のままではソフィーに飲み込まれて、完全に自分を見失ってしまう。何か対策を考えなくては・・・。
よろめく身体に鞭打って、自室に戻ろうとしたその時・・・神殿の門に何やら異変を感じた。
何やら禍々しい気配を感じ、ソフィーの兵士達も何かを察したのか怯えながら門をじっと見つめている。
何だろう?すごく嫌な予感がする・・・っ!
俺は門の一番近くにいた見張りの兵士に近寄ると言った。
「おい!一体・・何があったんだ?!」
兵士は俺を見ると、一瞬怯えた目をして視線をさっと逸らせた。
「貴様っ!ふざけるなっ!俺の質問に答えろっ!」
襟首を締め上げるように無理やり自分の方を向かせると、兵士は身体を震わせながら語った。
「あ・・・あの・・聖女ソフィー様が・・・1人で『ワールズ・エンド』へ向かわれたのです。魔界の門を開けるのだと言いながら・・・数人の兵士達が聖女様を止めようとしたところ・・怖ろしい力で吹き飛ばされて、壁まで飛ばされて叩きつけられました。だから・こ・・怖くて止める事が出来ませんでした・・。」
顔面蒼白になり、ガタガタと震えながら兵士は言った。
くそっ!
あの女・・・・とうとう気が触れてしまったのか?!
「おい!馬を用意しろッ!お前は今日の見張り当番だったのだろう?それをみすみす見逃してソフィーを『ワールズ・エンド』へ行かせるなんて・・その責任は重いぞ!だからお前も一緒に来るんだっ!」
俺は怯える兵士を無理やり『ワールズ・エンド』へと連れてきた。
少し馬を走らせていると、こちらの世界と魔界をつなぐ門の付近で何やら異変が起こっている事に気が付いた。禍々しい黒い渦がうずまいているのである。
そして、そのすぐ側にはソフィーが倒れていた。
馬から飛び降りると、俺はソフィーを抱き起した。
「おい!ソフィーッ!しっかりしろっ!」
しかしソフィーは・・・気を失っているのか、いくら揺すっても反応が無い。
くそっ・・・!一体何があったんだ?俺は門に視線を移した。
見ると、門がむりやりこじあけられたのか、かぎが壊されて門からはがされている。
「まさか・・ソフィー・・・。本当に封印を解いたのか?」
馬鹿な!一体何の為に・・・?お前はとうとうそこまおかしくなってしまったのか?!
しかし、ソフィーからの反応は無い。
「おい!そこのお前・・・。今すぐソフィーを連れてここから離れるんだ!何やら嫌な予感がする・・・。」
「は、はいっ!」
2人がかりでソフィーを馬に乗せると兵士は逃げるように門から遠ざかっていく。
慎重に門の付近に現れた黒い渦に近寄った。すると、突然黒い渦が巨大化し、俺の身体を飲み込んだ。
「!!」
気付けば闇のような真っ暗な世界に閉じ込められていた。
「くそっ・・・!出口・・・出口はどこだっ?」
必死で辺りを見渡してどす黒い霧のように覆われた世界では何も見えない。
「チッ!!」
舌打ちをすると、腰に下げていた剣を抜刀し無駄と知りつつも黒い霧を切り裂くが・・手ごたえは全く無い。
完全に閉じ込められてしまった・・・。かくなるうえは・・・!
転移魔法を試みるも、何やら不思議な力が働いているのか・・全く魔力が使えない。
そして肝心な事に気が付いた。
そうだ・・ここは『ワールズ・エンド』だった。この世界では・・・魔法を使う事が出来なかったのだ・・・。
最早絶望的な気持ちで剣を鞘に戻すと、何やら俺の耳元で何者かの囁き声が聞こえ始めた。
<やっと・・・やっと・・・目が覚めたな・・・?我が魂よ・・・・。さあ、今すぐその身体を俺に差し出すのだ・・・。我が分身よ・・・。>
誰だ?俺に語り掛けて来るのは?目が覚めただと?我が魂?一体何を言っているんだ?それにこの身体は俺のもの・・・俺だけの物だ。何故、お前に渡さなければならないのだ?!
すると、突然闇の中から腕が伸びてきて左腕を強く掴まれた。その腕の余りの力の強さに腕の骨が軋む。
「うう・・!は・・・離せ・・・・っ!!」
あいている右手で剣を引き抜き、腕に切りつけようとしたのだが、その右腕までも力任せに握られる。
「ウワアアアアアッ!!」
余りの激痛に思わず悲鳴を上げる。
<抵抗するな・・・・。それにこの身体は俺の依り代・・・あまり傷つけるような手荒な真似はしたく無いのだ・・・。さあ、観念してこの身体を俺によこせ・・・!>
嫌だ、誰がお前のように得体の知れない奴に俺の身体を渡すものか・・・!
必死で抵抗しつつも・・徐々に頭に霞みが懸っていくかのように朦朧としてくる・・・。やがて思考能力が鈍くなり・・・俺の意識は完全に途切れた—。
次に目を覚ました時・・・俺は全身黒づくめのマントと服に身を包み・・何処かの宮殿のような場所に立っていた。
するとそこへ10人程の男達が俺に近寄って来ると、突然跪いた。
彼等の顔は皆しわが刻まれ、年配者ばかりであると言う事が見て取れた。
そして全員が不自然なほどに巨大な耳を持っている。・・ひょっとすると・・・人間では無いのか?
すると1人のリーダー角と見られる男が顔を上げて俺を見ると語り掛けてきた。
「我らが魔界の偉大なる・・・魔王様。300年の時を経て・・・ようやく御目覚めになられたのですね?我等全ての魔族は・・この日をどれだけ待ちわびて来た事か・・。」
そして嬉しそうに笑みを浮かべて俺を見つめる。
何だって?魔王?この俺が・・・?一体何を言っているのだ。俺の両親は人間だ。いや、それどころか魔族の血統など俺の一族にそのような人物等いた試しがない。
「おい・・・。俺が魔王だと・・・?ふざけた事を抜かすな。俺は人間だ。もしかすると・・・ここは魔界・・・なのか?」
すると男は答えた。
「ええ、ここは第三階層と呼ばれる魔界でございます。ここにいる魔族は・・・全員が由緒正しい血統を持ち、強大な魔力を持つ・・・正にエリート揃いばかりが住まう世界です。」
そして恭しく頭を下げる。更に別の男が俺に話しかけて来る。
「魔王様・・・。本当にこのタイミングで目覚められるとは・・・・ようやく我らの長きにわたる願いが叶ったのですね。魔王様の肉体が滅びてからは・・・我等第三階層の魔族達は年々その数を減らし・・・最早絶滅寸前でございました。人間達を攫って来る事も禁じられ・・絶滅するのを待つだけかと思っていた所を突然目覚められて・・我等一同心より魔王様を歓迎いたします!」
何だ?こいつ等・・・さっきからこの俺を魔王等と言ってるが・・・?
「おい!お前達・・・・何やら勘違いをしているようだが、もう一度言う。俺は魔王などでは無い!今すぐ人間界へ帰らせて貰う!」
身を翻して、立ち去ろうとすると・・・彼等の態度が一変した。
「どちらへ行かれるおつもりですか?魔王様・・・。」
全身から凄まじい魔力を放ちながら、最初に俺に語り掛けてきた男が立ちあがった。
「まだお気づきになられないのですか?ご自身が・・・300年前に憎き人間達と『狭間の世界』の者達にその身を滅ぼされた魔王であると言う事が・・・。」
そしてパチンと指を鳴らすと、突然目の前に肖像画が現れた。
「これは・・・300年前の魔王様のお姿です・・・。よく御覧になってご自身の目で確かめてください・・・。」
俺は・・・その肖像画を見て息を飲んだ。
漆黒の黒い髪・・・そして左右の瞳の色が異なる若い男・・・・。
その姿は正に・・・自分自身であった。
「そ・・・そんな馬鹿な・・・っ!」
あまりの衝撃の事実に俺はその場に立っているのがやっとだった。その時・・・俺の中から何者かの声が聞こえてきた。
<いいや・・・これは・・夢などでは無い。どんなにこの日を待ちわびた事か・・・。今までも何度も何度も俺の魂を宿した人間が誕生したが・・・彼等の誰もが魔王の血に目覚める事無く、肉体が年老いて・・・死んでいった。だが、お前は違う。その若さで魔王の血に目覚め・・自らの意思でこの魔界へやって来たのだ。さあ・・今こそ我にその身体をよこすのだっ!>
そ・・・そんな・・・俺は本当に・・魔王の魂を宿して、この世に生まれてきたのか・・・?
やがて・・巨大な影が俺を覆いつくそうとするのを感じた。
俺は自分が完全に失われるのを感じ・・・思った。
最期に・・・一目だけでも・・もう一度愛するジェシカに会いたかった・・・と―。
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