第8章 10 ガラスの棺

 テオ・・・テオの嘘つき・・・。


『俺は・・・俺なら絶対に何があろうとも・・・お前の側から離れない。お前に寂しい思いをさせないし、絶対に・・・その手を離したりしない・・。お前が何処か他の土地へ行くと言うなら・・・その時は一緒だっ!俺の居場所は・・・ジェシカ・・。お前の隣だ・・・。』


頭の中でテオが私に言った言葉が繰り返される。

テオ・・・貴方迄・・・私に嘘をつくの?

私は今迄散々皆から嘘をつかれて来た。アラン王子・・偽ソフィーに操られ・・何度も何度も私に嘘をついて来た。

ダニエル先輩も・・・ノア先輩も・・・一度は私の元から離れて去って行った。

公爵も・・・そして唯一愛し、一番信じていたマシューさえも私の目の前で去って行ってしまった。


 今度こそ・・・貴方だけは絶対に約束を守ってくれると思っていたのに・・。

こんな形でいなくなってしまうなんて・・・。

私の両目から涙があふれ、頬を伝って落ちてゆく。

こんな風に泣くなんて・・ひょっとして私はテオを愛していたの・・・?

彼とは一度も深い関係を結んだことも無かったのに・・・?



「ハルカ様・・・・。」


誰かが近くで私を呼んでいる。


「ハルカ様・・・・。」


いや、お願い。もう私を起こさないで・・・。何もかも忘れて眠りたい・・・。


「お願いです、ハルカ様・・・・・。貴女の力が必要なのです。だからどうか目を開けてください・・・。」


誰かが私のすぐ側ですすり鳴いている。

ああ・・・お願い。

そんな悲し気に泣かないで・・・。



「あ・・・。」

意識が戻り、私はゆっくり目を開けた。するとそこには私を覗き込みながら涙しているエルヴィラの顔があった。


「エルヴィラ・・・。」

私は自分の頬が濡れている事に気が付いた。また・・・泣きながら眠っていたんだ。


「ハルカ様・・・。申し訳ございませんでした。」


エルヴィラは頭を下げてきた。


「ハルカ様の体内で暴走する魔力を押さえる為には・・・どうしようもない措置だったのです・・・。私が中に入ろうとしたのですが、テオ様に止められました。私の力はこの先も絶対に必要だから、代わりに自分がやると申し出て・・・決して後を引かなかったのでございます。」


「テオは・・・どうなってしまったの・・?」

私はベッドに横たわったまま尋ねた。


「テオ様の肉体だけは・・・残されていますが、その魂はハルカ様の中に入っております。」


エルヴィラは頭を下げた。


「え?身体は・・・・残されているの・・?」

身体を起こし、私はエルヴィを見つめた。


「はい・・・。私がハルカ様の中へ送り込んだのは・・魂のみですから・・。けれども・・死んだも同然です。入れ物だけ残されても・・・肝心の中身が無ければ・・もうやがてその肉体も・・朽果てていくだけです・・。一応テオ様の肉体には時を止める魔法をかけて保護しておりますが・・・もう二度目を覚ます事は無い出しょう。」


「エルヴィラ・・・・。」

エルヴィラの声は悲しみに満ちていた。


「お願い、エルヴィラ。テオの・・身体がある場所へ案内してくれる?」


「承知いたしました、ハルカ様。」


エルヴィラは私の手を取ると転移した。



そこは私がアカシックレコードを手に入れた場所だった。

青白く光る巨大な木の下に・・・何かがある。


「!」

それは十字架の立ったお墓だった。


「エルヴィラ・・・。これは・・・お墓・・・?」


「はい、そうです・・・。これは・・アラン王子様とデヴィット様が作られました。ですが、テオ様は死んだことにはなっておりません。」


「どういう事?」

私はエルヴィラを見た。


「アカシックレコードの意思が働いたのでしょうか・・・。何故か分かりませんが、テオ様の存在を認識しているのが私と、アラン王子様。そして・・・デヴィット様にハルカ様・・・我々だけだったのです。彼は・・・最初から存在しない人物にされておりました。」

「そう・・・だったの・・・。」


私は十字架に近付くと・・そっと触れると言った。


「エルヴィラ・・・。テオに会わせてくれる・・・?」


「はい、ハルカ様。」


エルヴィラが右手を上に上げると、地面が突如として割れ、そこからガラスの棺に納められたテオの姿が現れた。

テオ・・・ッ!!


エルヴィラは静かに棺を地面に降ろすと言った。


「私は・・・向こうで待っておりますので・・・。必要な時に声を掛けてください。」


気を遣ってれたのだろうか・・。エルヴィラは席を外した。

後に残されたのは魂の抜けたテオと私の2人のみ。


「テオ・・・。」

ガラスの棺にそっと触れると、驚いたことに蓋が一瞬で消滅した。

テオは両手を胸の所で組み、まるでその姿は眠っているようにも見えた。

そっとテオの頬に触れてみるが・・・全く体温を感じない。

冷え切った肉体だった。そう・・・まるで血の通わない、死者のように・・・。

私の目から再び涙が溢れて来る。

思えばマシューが一度死んでから、悲しい出来事が多すぎる。最近自分は泣いてばかりのような気がする。

こんなに弱い人間では無かったはずなのに・・・・誰かを大切に思うと・・・人はこんなにも涙もろくなってしまうのだろうか・・・?


テオ。

私には・・・もう貴方を救う事は出来ないの?アカシックレコードを手に入れたのに、魔力が暴走して、大きな犠牲を払わせてしまった。エルヴィラ・・・・私・・本当はこの世界に来るべきじゃなかったんじゃないの・・・?

私はそっと身をかがめ・・・冷たくなったテオの唇に自分の唇を重ねた。


その時・・・。


<ジェシカ・・・・。>


私の中から・・・誰かが私の名前を呼んでる気配を感じた。まさか・・っ!


「テオ・・・テオなのっ?!」


しかし、その声は・・・もう聞こえなくなってしまった。ひょっとすると・・・テオを助ける事が出来るのかもしれない・・!方法は全く分からないけれども、私がこの世で生き続ける限り、私の中にあるテオの魂が消えない限り、まだ望みはあるのかもしれない・・・!

私は顔を上げた。

決めた・・・・全ての件が片付いたら・・何としても私はテオをこの世に蘇らせる方法を見つけるのだ。世界中を旅してでも―。




「エルヴィラ・・・。お待たせ。」


私は石の上に座っていたエルヴィラに声をかけた。


「ハルカ様・・・・?どうされたのですか?先程とは違い、目の輝きが強まったように感じられますが・・・・?」


エルヴィラは私の心境の変化に気付いたようだった。


「うん。エルヴィラ・・・。私は決めたの。全てが片付いたら・・・必ずテオを元に戻す方法を探し出そうって・・・。彼の声が私の中から聞こえるの。私の名前を呼びかけてくれた・・・。まだ魂は消えていないのよ。」


私は自分の胸に手を当てながら言った。


「ハルカ様・・・・。分かりました。私も・・お手伝いさせて頂きます。」


エルヴィラはそう言って私の前に跪くのだった—。




「エルヴィラ・・・。あのソフィーは今・・どうなっているの?」


エルヴィラがテオの棺を地面の中に戻した後、私は彼女に尋ねた。



「はい、実は・・・未だに目が覚めず・・・セント・レイズシティの病院のベッドの上で眠っております。・・・その上・・・何かがあの物の体内を蝕んでいるのでしょうか・・・?あの偽ソフィーの身体に・・不思議な痣が出来始めたのです。」


「痣・・・?」


私は首を傾げた。


「はい、痣です。ハルカ様・・あの偽ソフィーを・・見て頂けますか?」


「う、うん・・・。」


そしてエルヴィラは私の手を取ると、偽ソフィーが眠る病室へと飛んだ。




「ジェシカ・・・ッ!」


そこにいたのはマシューだった。

偽ソフーのベッドの側に椅子を持ってきて、ずっと彼女の手を両手で握り締めていたようだった。



「マシュー・・・・。ずっと・・・ここにいたの・・?」


すると黙って頷くマシュー。


「ジェシカ様・・・。」


エルヴィラが心配そうに声を掛けてきたが・・・・。でも私はもう大丈夫。


「マシュー。貴方は聖剣士なのに・・・『ワールズ・エンド』を守らないで・・・・・ずっと彼女の側に・・?」


「・・・。」


無言で頷くマシュー。

その顔は・・・苦しみに歪んでいる。


「自分でも・・・分からないんだ・・・。何故、彼女の側から離れる事が出来ないのか・・・。こんな事をしていてはいけない、俺も皆と一緒に『ワールズ・エンド』を守らなければいけないのは分かっているのに・・・。」


「マシュー・・・。席を外してくれる?エルヴィラも・・・。」


私は後ろに控えて居るエルヴィラに声を掛けた。


「ジェシカ様・・・?」


「彼女の様子を見たいの・・・。お願い、2人きりにさせて。」


マシューは少しためらいながらも・・・席を立って病室を出て行き、エルヴィラも後に続いた。


静かに扉が閉じられると、私はそっと偽ソフィーが眠り続けるベッドに近付いた―。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る