第8章 9 アカシックレコードの暴走
「ジェシカ様っ!」
「ジェシカッ!!」
突如私の名前を呼ぶ声に目を開けると、そこには私を抱きかかえて心配そうに覗き込んでいるテオとエルヴィラの姿があった。2人とも・・何故か涙を浮かべて私を見ている。
「テ・・・テオ・・?エルヴィラ・・・?」
2人の名前を口にした途端、突然むせて激しく咳き込むと同時に喉の奥から何かがせりあがり、気付けば私は吐血していた。そして身体が熱く、全身がズキズキと激しく痛み、呼吸をするのも苦しい。
え・・・?一体何・・・?何故私の身体が・・・こんな事に・・・?
「ジェシカ・・ジェシカ・・・お願いだ、しっかりしてくれ・・・。頼むから・・・死なないでくれ・・・。」
テオは私を抱きかかえたまま顔を歪めてボロボロと泣き、彼の涙が私の頬の上に落ちて来る。
テオ・・・何故そんなに悲し気に泣いているの・・?
「ジェシカ様・・・。大丈夫です。貴女は絶対に死にません。私が必ず貴女の命を救って差し上げます・・・っ!」
エルヴィラ・・・。
そこで私は再び意識を失った・・・・。
<ジェシカ・・・・ジェシカ・・・私はここよ・・。ここにいるの・・・。早く私を見つけて・・・。>
誰かが私を呼んでいる・・・?
<ジェシカ・・・・頼む・・目を開けてくれ・・・ジェシカ・・。>
今度は別の声がした。
・・・何故・・・?すぐ側で声が聞こえる・・・・。
私はその声に呼ばれて、徐々に意識が覚醒してくるのが分かった。
「う・・・・。」
2、3度瞬きをしてゆっくり瞼を開けると、そこには私のベッドに頭を付けて眠っているエルヴィラの姿があった。
「エルヴィラ・・・・?」
声を掛けるとエルヴィラはパチリと目を開けて、私を見ると目に大粒の涙を浮かべた。
「良かった・・・・ハルカ様・・・・やっと・・・やっと・・意識が戻られたのですね・・・?」
そしてぼろぼろと涙を流した。
・・・信じられなかった。あの偉大な力を持つエルヴィラが・・・こんな風にまるで子供のように泣くなんて・・・。
「泣かないで・・・エルヴィラ・・・・。私はもう大丈夫・・。どこも苦しい所は無いから・・。」
エルヴィラの頬を撫でようと右手を布団から上げると、エルヴィラがしっかりと私の手を握り締め、自分の頬に当てると再び泣き崩れた。
「ハルカ様・・・ハルカ様・・・・ご無事で本当に良かった・・・・。」
私は・・・エルヴィラが落ち着くまでは、じっと彼女を黙って見つめるのだった—。
ようやく落ち着いたエルヴィラに私はベッドに横たわったまま尋ねた。
「ねえ・・・エルヴィラ・・・。ここは・・どこなの?」
弱々しい声で私は尋ねた。
「はい、ここは・・・セント・レイズシティの病院です。ハルカ様は・・5日間意識を失って眠り続けていたのです。」
「そう・・・5日も・・・。」
まさか、そこまで自分が眠り続けていたなんて・・・。
「エルヴィラ・・・・。今『ワールズ・エンド』はどうなっているの?魔界の門はまだあのままの状態なの・・?」
「ハルカ様・・・・。ご自分の事よりも『ワールズ・エンド』の事を心配されるなんて・・・・。」
エルヴィラは一瞬声を詰まらせたが、ゆっくりと語りだした。
「魔界の門は相変わらず、あの状態のままです。ただ・・アラン王子の説得のお陰か・・聖剣士達が戻ってきて、今では彼等が交代で見張りを立て、魔界から転移して来た魔物達を相手に戦っています。実はここ数日の間に魔界からやってくる魔物の数が減って来ているのです・・。これは・・・私の勘なのですが、もしかすると魔王になったドミニクが何らかの影響を及ぼしているのでは無いかと・・・。」
「ドミニク様・・・。」
私は瞳を閉じた。何処か・・・暗い影を持っていた人だった。だけど、とても純粋で誠実な人で・・・私の全てを愛してくれた・・・・。ひょっとして、私が公爵の愛に応えていれば・・こんな事にはならずにすんだの・・・?
すると、そんな私の気持ちに気が付いたのか、エルヴィラが声を掛けてきた。
「いけません、ハルカ様。ご自分を責めないで下さい。全ては彼の運命だったのです。魔王の魂を持ってこの世に生まれてきたのも・・・あの偽ソフィーによって悪影響を与えられ・・・魔王として目覚めてしまったのも・・・全てはあの女が貴女の小説を勝手に書き換えてしまい・・・・起こってしまった悲劇なのですから・・。」
「エルヴィラ・・・。」
彼女が私の為を思って言ってくれているのは手に取るように分かる。だけど・・・公爵は偽ソフィーと出会う前から、私の事を愛していたのだ。
その時に私が公爵の愛を受け入れて・・彼の手を取ってあげていれば・・・こんな事にはならなかったのに・・。
だけど、後悔しても始まらない。今はこの先の事を考えなくては・・・。
「エルヴィラ・・・私は・・一体どうなってしまっていたの?教えてくれる?」
「はい、ハルカ様。貴女は無事にアカシックレコードを手に入れて、あの時・・御自分の身体の中に戻って来られたのです。ハルカ様は魔法陣の中に横たわると・・・10分程でトランス状態に入りました。・・あの時は本当に驚きました。そんな短時間でトランス状態になった話は今迄一度も聞いたことがありませんでした。あの悪魔の力を持つ偽ソフィーですら・・ハルカ様よりも前に瞑想に入っていたのに時間がかかったようでした。」
「そうだったの・・・。」
私は目を閉じた。
「その後です。少し時が経過し頃・・突然・・・ソフィーを見守っていた彼等が大声で騒ぎ始めたのです。何事かと思い、様子を見に行ってみれば、あの女が私達の見ている傍で次々と身体中の至る所から発火しはじめ、次々と火傷を負っていったのです・・・。そう言えば・・・ハルカ様も一房だけ髪を焼いてしまいましたね。」
「・・・。」
私は黙ってエルヴィラの話を聞いていた。
まさか・・・あの異次元空間で受けた火傷が・・実際に自身の身体に降りかかって来ているとは思いもしなかった。私は・・・髪を一房焦がしてしまった程度だったがが・・それでは偽ソフィーは?かなり酷いや火傷を負っていたはず・・・
「それで・・その直後に・・・突然ハルカ様と偽ソフィーの身体がほぼ同時に強く光り輝いたのです。そして光が静まった時・・貴女は両手でしっかりと本を抱えていたのです。それを見て私は瞬時に理解しました。ついにハルカ様はアカシックレコードを手に入れたのだと・・。」
「エルヴィラ・・・。それでは今、アカシックレコードは何処にあるの?ここには無いようだけど・・・?」
「はい、それが実は・・・確かにハルカ様は胸に抱えるようにアカシックレコードを持っていました。するとその本が徐々にハルカ様の身体の中に吸い込まれて行ったのです。」
「え?私の身体の中に・・・?」
「はい、あの時は本当に驚きました。まさかアカシックレコードが人の身体に同化するなどと言う話は・・・今まで一度も耳にした事がありませんでした。そして完全にハルカ様の身体の中にアカシックレコードが入り込んだ途端・・・ハルカ様は酷く苦しみだしたのです。私達の呼びかけにようやく目を開けられましたが、その直後にハルカ様は大量に吐血して・・・再び意識を失ってしまったのです。」
そうか・・・。あれはあの時の・・・。私が一度目を開けた時・エルヴィラもテオも酷く泣いていたっけ・・・。
「ハルカ様が何故、そのような事になってしまったのか・・・原因は明白でした。それはアカシックレコードをご自身の体内に取り込んでしまったからです。
アカシックレコードは・・・それ自体に大きな魔力を持っています。そしてハルカ様は魔力がゼロでした。そこに膨大な魔力が流れ込んできた為・・・受け入れきれず、身体の内部で魔力が暴走してしまったのです。」
「!!」
私はその言葉に全身がぞっとした。魔力が体内で暴走・・・?良く助かったものだ・・・。
「エルヴィラ・・・。どうして私・・・助かったの・・・?」
すると・・・何故かエルヴィラは悲し気に顔を伏せた。
「・・・?」
その悲し気な顔を見た時・・何だかすごく嫌な予感がした。
「・・・教えて、エルヴィラ・・・。どうして私は助かったの・・・?」
「そ・・それは・・。」
その時—。
バンッ!!
激しくドアが開け放たれ、アラン王子とデヴィットが病室へ飛び込んできた。
「ジェシカッ!!良かった・・・ッ!!」
「もう・・・今度こそ助からないかと思ったよ・・ッ!!」
デヴィットもアラン王子も・・・泣いていた。
エルヴィラは席を外し、今はデヴィットとアラン王子が私の病室にいる。
けど・・何かがおかしい。私は異変を感じ、2人に声をかけた。
「あの・・デヴィットさん。アラン王子。・・・テオは・・・何処ですか?」
すると2人は顔を青ざめさせ、肩をビクリと震わせた。
「テオ・・。あ、あいつは・・・。」
デヴィットはそこまで言うと口を閉ざした。
「アラン王子?」
私はアラン王子の方を向いた。
「ジェシカ・・・・。その前に・・一つだけ聞かせてくれ・・。お前は・・テオの事をどう思っていたんだ・・?」
え?何故アラン王子はそんな事を尋ねて来るのだろうか?
「テオは・・・テオはずっと私の側にいると約束してくれました。自分の居場所は・・・私の隣だと・・・。だから私もずっと彼に隣にいて欲しいと・・願っていましたけど・・・それがどうかしたんですか?」
「テオの奴め・・・。」
突然デヴィットは俯くと肩を震わせた。
「・・・デヴィットさん・・?」
何だろう・・・?凄く嫌な予感がする・・・。
「あいつは・・・・テオという男はもういない。」
「え・・?どういう事ですか・・・?」
「テオは・・・魔法が体内で暴走してしまったお前を助けるために・・・エルヴィラの力を借りて・・・お前の中に入り込んだんだ・・・。暴走した魔力を静める為に・・・。」
私はその言葉を聞いた途端・・・意識が遠のき、気を失ってしまった—。
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